星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

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星アキラはアリサママの歴史に思いをはせる1

 

「みんな揃っているな。ちょうどいい。今から紹介する。今回の舞台に招聘した星アリサだ。」

 

「星アリサです。皆様、よろしくお願いします。 裕次郎さんの舞台に出演するのは16年ぶりになります。 私と裕次郎さんの関係は皆様もご存じだとは思いますが、今回は、私が一旦女優を引退する原因になった裕次郎さんの舞台に再度出演させていただき、その過去を清算したいと考えております。 舞台を離れてからブランクがあり、皆様にご迷惑をお掛けする事も多々あるとは存じますが、皆様のご指導ご鞭撻をよろしくお願いいたします。」

 

そう言って、アリサママは僕達に深々とお辞儀をした。

 

「「「「「「「「「えええええええええええええーーーーーーーーっ!!」」」」」」」」」」

 

アリサママの挨拶にみんなびっくりして声を上げる。これはサプライズすぎる。そして話題性が高すぎる。 景ちゃんが主役とか、僕達が出演するとか、巌裕次郎の人生の総決算の舞台とかそんなレベルの話題じゃない。 この話が世に広まったら、この話題一色になるだろう。ワイドショーでもほとんどの時間はこの話題に割かれるに違いない。 それぐらいインパクトがある話だった。

 

なんでアリサママが巌のじっちゃんの舞台に出演する事がこれほど大きな話題になるのか。それは巌のじっちゃんとアリサママの人生と演劇界の歴史に関係する。

 

最初は1960年代。 まだ戦後の色が消えきらないこの時代、舞台は歌舞伎、能や狂言、雅楽と言った伝統芸能が幅を利かせており、西洋の現代的(モダン)な演劇自体は非常にマイナーなジャンルで、「新劇」と呼ばれていた。

 

さて、この新劇なんだけど、戦前からあったんだけど、戦中は弾圧の対象だった。 そして時は学生運動の真っ只中、世相を反映して非常にリアリズムのある作風と思想が詰まった劇がメインだった。

太平洋戦争、朝鮮戦争、東西冷戦、ベトナム戦争、アメリカに敗北した後の重苦しい時代と不条理な世の中、そして自由への抑圧とそれにレジスタンス(抵抗)するための社会に縛られた中での自由の表現。

 

そんなバックグラウンドで作られた劇は、プロレタリア演劇やイデオロギー優先の非常に重厚なテーマを多く扱っていた。つまりかなり政治色が強い劇だったようだ。

 

しかし、こんな重いテーマの劇ばっかりで、当時はきつい先輩からの指導や厳しい人間関係、学生運動と合わせて見られる世間からの冷たい目、その他諸々を含めて、当時のこんな演劇の雰囲気に耐えられない人間が居た。 それが若き日の巌裕次郎。 巌のじっちゃんだね。

 

巌のじっちゃんはそんな新劇から飛び出して、自由劇場と呼ばれたアンダーグラウンドの劇場(今でいう地下アイドルの劇場みたいなものかな)に所属して、政治色に囚われない本当に自由な演劇を模索し始めた。 そういった同志は多数存在して、1970年代ぐらいにはアングラ演劇ブームが始まる。

 

とは言っても、アングラはやっぱりアングラであって、演劇ファンという世界では注目されたけれども、世間の日の目はなかなか当たらなかった。

まさしく、それこそ今の地下アイドルのようなイメージでいいんじゃないかな。

 

そんな感じで、一定の成功は収めたものの、アングラ演劇はまだまだ世間でブームを巻き起こすような力は無かった。

 

そして、80年代初頭。 女優を夢見て16歳で上京したアリサママは、今は主宰が亡くなって存在しない、とあるアングラ劇団に所属して、天然で持ち合わせたメソッド演技の才能を元にどんどんと頭角を現して行った。

 

転機は日本で開催された国際演劇祭の一幕だった。 ここでとある劇の主役を務めたアリサママは、その演技の完成度と美貌で世界に賞賛を浴びて、海外にも沢山のファンや協賛者が出来て、そのまま海外公演を実施して大成功。 ブロードウェイとウェスト・エンド・シアターでの公演成功は今でも伝説になっており、当時は海外のテレビ局に混じって、日本のテレビ局でも大きく取り上げられた。

 

当時の日本は、長く苦しかった戦後が完全に終わりかけて、電化製品や経済力で日本は自信を取り戻し始めており、極めつけはバブル景気の前夜。

 

新しい日本人像を見せつけて、海外で成功を収めたアリサママを日本国民は熱狂と拍手をもって出迎えて、アリサママは一躍時の人となった。

 

そして、同時にアリサママがやっていたアングラ演劇も注目を集めて、巌のじっちゃんがやっていたアングラ演劇は「小劇場」という形になり、市民権を獲得してバブル景気と共に世間でブームを巻き起こす事となった。 ここから「小劇場」の第一人者である、巌のじっちゃんは演劇界以外でも有名になって行く。

 

そしてバブル時代に突入。 日本中が金余りと共に自由と狂乱を謳歌する狂気の時代はアリサママの時代でもあった。

 

アリサママは日本でも多くの舞台や映画、ドラマにも出演したけれども、同時に半分は海外での舞台出演や映画出演。 007でのボンドガール役やカンヌ映画祭での主演女優賞受賞は特に有名だろう。

 

当時はアリサママに憧れた少年少女は沢山いて、日本でも別格の扱いだった。戦後ずっと日本のお笑いをけん引してきた、元祖お笑いBIG3でもアリサママと番組を収録する事は緊張したし、アリサママと同年代で、体を張って何でもやったお笑い御三家の方々も恐れ多すぎてアリサママにはツッコめなかったぐらいだ。

 

この辺の御三家の方々は、頂点を極めた今でもTV局でアリサママに会うと腰を低くして、アリサママと話せることが栄誉であるような雰囲気を見せる。

アリサママの息子であって、当時は子役の才能が無いと見られていた僕にすら、やさしくしてくれたんだから筋金入りとも言える。

 

ちなみにバブル当時に一世を風靡した、いわゆるトレンディードラマにはアリサママはそんなに出演していない。

それは、当時のトレンディー俳優と言われた人達と演技レベルが違いすぎたからだ。

 

アリサママが出演した貴重なトレンディードラマの回を見た事があるけれども、レベルが違いすぎて、素人目にも「あっこれアカンやつや、アマチュアの中にトッププロを混ぜたらあかん。」って感じだった。

 

今で言うと、大谷選手が高校野球のチームを率いてプロ野球チームと対戦したら、結局プロ野球チームが大谷選手の弾を打てなくてノーヒットノーランになって、大谷選手がホームランを打って試合が決まって勝っちゃったみたいなもの。この高校野球のチームメイトがトレンディー俳優って感じ。まぁ、大谷選手の玉を取れる高校生のキャッチャーはそうそう居ないと思うし、現実はそんなに甘い物じゃないとは思う上に、プロ野球選手の人にも失礼な例えだとは思うけれども、実際にそんなイメージ。

 

もちろん、これらのトレンディードラマの俳優さん達は時を経て、まさしく超一流の俳優になった人達が沢山居る訳だけれども、自分の演技力だけで世界を相手に道を切り開いて来た日本最高のスターであるアリサママの相手には、若かった当時では力不足だった。

 

代わりにアリサママには、周囲を力のある俳優でまとめて、沢山の映画が作られた。

バブル期の有り余る予算と合わせて、まさに邦画の絶頂期として数々の名作映画が撮影された。

 

そして、バブルの崩壊後も彼女の人気は衰える事を知らず、むしろ日本の方が彼女にすがっていた。

 

バブル崩壊後の暗い世相を彼女は明るく支えた。人に影響を与えたという意味では、バブル期の活躍よりもバブル崩壊後の方がはるかに大きい。

 

例えば、直接職を失った人であったり、会社を失った経営者であったり、バブル期に働きすぎて家族との関係が悪くなってしまった人達、就職が決まらなくて呆然とする大学生、未来に漠然とした不安を抱えた人達。

 

そんな人達をアリサママは、時には優しく、時には格好良く、時には夢見がちに様々な役を通して間接的に支えて行った。

 

当時、どん底に居て傷ついた人の多くは、テレビから流れてきたアリサママの笑顔や輝く演技に癒されて、心機一転して、自分の置かれた不条理な境遇に立ち向って行った。

 

2000年のITバブルの前後から出てきたベンチャーやIT系の若手経営者や日本を出て海外で働くような意識を持った人たちの多くも、子供の頃からアリサママを見て、海外などで一旗揚げたアリサママに多くの影響を受けている。

 

同時に、アリサママの生き方そのものが、近年の女性の社会進出のシンボルでもあった。

 

そんな感じで、アリサママの人気はむしろ、バブル後の方が高まって、熱狂的なファンというのも、バブル後の不遇な時代をアリサママと共に過ごした人の方が多かったりする。

 

そんなアリサママだけど、30代中ごろに父親不明の子供を身ごもる。もちろん僕だ。それはそれはとんでもないスキャンダルで日本中が大騒ぎだったらしい。

アリサママは、そんな大騒ぎの日本からひっそりと逃げ出して、アメリカで僕を出産した。

 

それから2年ほど僕とアリサママはアメリカで過ごした。ロサンゼルスにある白い1軒屋で、幼児の頃にはアリサママに連れられてグリフィス天文台に歩いて行った記憶がある。

僕の優しいアリサママとしての記憶のほとんどは、このアメリカでの生活によるものだ。

 

アリサママがロサンゼルスを選んだのは映画の街であるのと同時に、日本人のコミュニティーがしっかりしているためだろう。

 

ちなみに僕自身、僕の父親が誰かは知らない。今さら父親を知る必要は無いので、アリサママの胸にしまってもらって、別に一生知らなくてもいいと思っている。

 

こんな経緯なので、僕の生まれは実はアメリカのロサンゼルスだ。それはつまり、僕はアメリカ永住権(グリーンカード)を持っている事を意味する。

だから、僕はハリウッドで仕事をする際に就労ビザは必要ないし、アメリカの大学に行くのも比較的自由だ。

ハリウッドで自由に仕事をできるのもこの辺のグリーンカードが大きく関係しているし、アメリカ生まれというのは、僕のハリウッドでの人気にも一役買ってくれていた。

 

特にロサンゼルスの地元生まれと言う事を話すと、ハリウッドで僕に対する態度が変わった人が何人も居た。ベッカミやヤム・クルーズが日本の生まれで、日本大好きって言ったらどう思う? 日本人なら嬉しいでしょ? 場所が変わってもそれは一緒さ。

 

おそらく、この経緯を知っているアリサママは、自殺未遂の後に、僕が突然英語をペラペラと話し始めても、不審に思ったけれども頭を打ったショックで幼少期の事を思い出したんだなぐらいにしか思っていないだろう。音楽については、完全に怪しんだだろうけど・・・。

 

どちらにしても、星アリサの女優時代というのは、まさに日本が彼女を中心に回っていた。そんな時代だった。だから今でも星アリサというのはその時代のアイコンでもある。

 

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