星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

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星アキラはアリサママの歴史に思いをはせる2

 

ちょっと話が逸れちゃったので、アリサママの話に戻そう。

 

アメリカの生活でほとぼりが冷めたアリサママは僕を連れて、日本に帰国した。アメリカを拠点に生活を続ける事も考えたみたいだけれども、治安や教育面を考えて僕のために日本に帰国してくれたようだ。

 

そして、巌裕次郎の舞台への出演が決まる。子供を産んでから、新しいイメージの役を望んでいたアリサママと、脂が乗り切って人生最高の舞台を模索していた巌裕次郎の思惑が一致した形だ。

 

演劇界の第一人者と演劇界の立役者との共演。まさしく夢の舞台。

 

その舞台の題名は『狂った一頁』。 大正時代の映画を舞台化した物で、アリサママはその中で狂った母親を演じた。

 

この舞台はこの後の経緯から、名演だって語られる事は無いけれども、間違いなく巌裕次郎の最高傑作の舞台の一つと言えるだろう。この舞台の狂った母親の演技の素晴らしさに、舞台は超満員となり、社会現象を引き起こして開演日は延長された。

 

それがアリサママの精神に深い傷を負わせた。アリサママは狂った役を毎日繰り返して演じたために、本当に狂ったまま戻って来れなくなってしまった。

狂った母親の役をそのままに、アリサママに虐待を受けて、ボロボロになって児童相談所に保護された僕を見て、巌のじっちゃんは泣きながら僕に謝り続けた。

 

仮にアリサママが僕を生んでいなければ、ここまでの事態にはなっていなかったかもしれない。でもアリサママは僕を生んで母親の愛と言う物を知ってしまっていた。その状態で狂った母親を繰り返し演じたのは、アリサママの精神を崩壊させるには十分であった。

 

その時の僕は、アリサママと同じく精神に変調をきたしていて、謝り続ける巌のじっちゃんを見て、なんでこのおじさんは僕に謝っているだろうと、感情の籠っていない目でぼーと見ていたのを覚えている。

その時から僕は、自分の感情表現そのものがすごく苦手になった。感情を表現するというのが、芝居がかっていて、オーバーで嘘くさく思えるのだ。そもそも自分の感情と言う物に自分自身が共感できなくなっていた。

 

アリサママは本当に『狂った一頁』を地で行ってしまい、地方の療養所へ行く事になってしまった。 もちろん、なし崩し的に女優もそのまま引退である。

 

アリサママが居なくなって、身寄りが無くなった僕は、巌のじっちゃんの劇団に保護される事となった。

そこで、劇団員の芝居に触れて、僕も才能に目覚めれば、この話もハッピーエンドで終わる訳だけれども、現実は非情だ。

 

突如、僕は、あんなに優しかった母親が豹変して、自分を虐待した事実を受け入れられずに、完全に精神に異常をきたしていた。

 

アリサママが戻って来る半年間は、ずっと稽古場に行って、無表情に劇団員の練習を見続けたのを覚えている。

僕は、そんな劇団員の練習を見続けても、何かを得るという事は無かった。

ただ、幼い身で母親が狂い、何をやればいいかもわからずに、ただ単にぼーっと無表情に練習を見ていた。

 

劇団員の練習をずっと見ていたのは、おそらく僕自身の精神が刺激と救いを求めていたんだろう。

 

そんな僕を見て不気味がる劇団員さんも居たけれども、多くの劇団員さんは僕に同情的で、本気で僕を心配してくれた。

この練習をただ単に見ていた半年間というのは、本当に虚無の時間だったけれども、感情を切り離しても体は動くことを知った。

 

そのうち、僕を心配してくれる劇団員の人達の対応が面倒になって、作り笑いをして元気なふりをするようになった。

もちろん、作り笑いである事は、巌のじっちゃんを始め、劇団員さん達にはわかっていたようだけれども、特に何も言わなかった。

カラ元気であっても、無反応よりは元気なフリの方が何百倍もマシだからである。

 

そんな生活を続けて、半年が経った頃にアリサママが退院して、僕を迎えに来た。

アリサママは正気に戻っていた。 でも僕はそんなアリサママに虐待を受ける以上の衝撃を受けた。

 

アリサママがアリサママじゃ無くなっていたからだ。

 

アリサママは壊れたままで、正気を演じているだけだった。僕ですら気が付いたんだから、巌のじっちゃんが受けた衝撃は相当な物だっただろう。

 

こうして、僕は半年間の劇団生活に別れを告げて、再びアリサママと暮らすようになった。

 

アリサママと一緒に暮らし始めてから、案の定、アリサママは僕に愛情を注ぐような事はしなくなった。 壊れているんだから当たり前だ。 そして僕もそれについて何か感じる事も無かった。 こちらも壊れているんだから当たり前だ。

 

とは言っても、アリサママは僕に愛情を注ぐ事は無くても、ちゃんと親としての義務を果たしてくれて、僕に虐待をしなかった事は幸いだった。 もっとも愛情を注がない事自体が虐待ではあるんだけれどもね。

 

仮にアリサママが狂った原因が僕にあるのであれば、アリサママは僕を嫌ったのかもしれないけれども、幸いなことに狂った原因は完全に別の原因だったので、アリサママにとって僕は扶養の義務がある同居人が出来た。そんな感じだったのかもしれない。

 

しばらくすると、アリサママは何を思ったのか、芸能事務所を作る事にしたようだ。今振り返ると、自分が狂った原因である、メソッド演技に頼らない役者を生み出したかったのだろう。 狂ってしまった自分には、もっと別の正しい選択肢があった事を証明して精神の安定を得たかったのかもしれない。

 

世間で言われているような、メソッド演技の犠牲者をこれ以上出したくないとか、自分を育ててくれた芸能界に恩返ししたいとか、そんな崇高な事ではなくて、もっと利己的な理由からアリサママは芸能事務所の経営に乗り出していた。

 

同時に僕はその事務所のタレント1号として、登録をお願いした。 何でこんな事をしたかと言うと、しばらくの安定した生活で、僕の方も精神の傷が癒えてきていて、アメリカに居た頃の幸せだった生活を思い出して取り戻したくなったからだ。 こんな表面的にしか感情を出せない人間は本当の自分では無い。 きっとこの狂った母親を正気に戻せば、自分もあの頃の感情を取り戻せると考えていた。

 

こちらも実は世間で言われているような、親子の絆を守るために子役を目指したとか言う、どっかから湧いて来たような美談ではなくて、自分の感情がおかしくなったのは母親のせいなので、母親を正気に戻せば、自分の感情も戻ると信じていたという、非常に利己的かつ、子供的理論で僕は子役を目指していた。

 

前世を思い出した今からしてみると、完全にヤバイ人間である。親が親なら、子も子だ。 まさに似た者同士。 子は親に似るとかそう言う次元ではなくて、単に両方ともヤバイ人間である。

 

アリサママのメソッド演技に頼らない役者作りの方針は、感情の壊れた僕にはちょうど良い物であったが、イマイチ結果は出なかった。 表面だけテクニックを真似るのは上手かったんだけど、中身の感情が壊れたお子様では、いくらテクニックを磨こうがどうにもならなかったようだ。あっと言う間に、後輩の千世子ちゃんにも追い越されてしまった。

 

その意味ではメソッド演技に頼らない役者を作ると言うアリサママの方針は完全に失敗していたと言える。 だって、精神が壊れて感情を出せない僕をスターにできなかったんだからね。やっぱり感情の出せない人間が役者になるというのは無理ゲーだったようだ。

 

そして、僕は自殺未遂から前世を思い出して、一気に正気に戻って今に至り、アリサママは僕の謝罪会見でようやく正気に戻った感じ。だから、謝罪会見後のアリサママは方針を変えて、景ちゃんを自分の手で育てることにしたんだ。

 

同時に、アリサママの芸能事務所経営は、失敗するんじゃないの?っていう周囲の心配をよそに、意外な有能さを見せて、あれよあれよと言う間にタレントが僕一人の零細事務所から、わずか10年足らずで大手芸能事務所にまでのし上がって行った。

 

アリサママの芸能事務所(スターズ)が成功した理由を一言で言うのであれば、アリサママが『変なこだわりを持たなかった』と言うこの一言に尽きるんじゃないかな。 もちろん、初期から専務さんのような経営面やマネージメント面の優れた人材に恵まれた事もすごく重要だよ。

 

自分のメソッド演技を否定したアリサママは、皮肉な事に芸能事務所の人間なら誰しもが夢に思う、『本物の役者』を探し求めるなどと言う幻想に取り付かれる事が無かった。そして所属タレントの長所を客観的に引き出して、身の丈に合った仕事を与えて行った。精神がぶっ壊れていたアリサママは、すごくドライかつ客観的にそのラインを見極めて、常に成功し続けた。

 

経営者にサイコパスが多いのは、それなりに理由があるし、サイコパスになったアリサママは皮肉なことに、そう言った判断を得意としていて、その面の才能にも恵まれていた。

サイコパスの才能を褒められても、本人は嬉しくないだろうけど・・・。

 

芸能界というのは信用が重視される業界でもある。 その派手な業界の見た目に対して意外に保守的で、極端に成功するけれども、大失敗もする人物よりも、コツコツと失敗しないで成功を積み上げる人間の方が好まれて長期に仕事を任せられる傾向にある。

 

そりゃ、一発の当てると大きいけど、一発の失敗で全てを失う業界だからねぇ・・・。

 

極端に成功するけれども大失敗もする人間は、ものすごくブレイクするけれども、旬が過ぎるとあっと言う間に干されて終わってしまう。

スターズはその看板とインパクトのわりに、実はけっこう安定志向で固定ファンが付いてコツコツと仕事を続けられる人間が多かった。 自殺未遂を起こすまでの僕がそうであったように。

 

同時に王賀美兄さんのような人間には向いていない事務所でもあった。王賀美兄さんの才能を見出したのはアリサママだったけれども、アリサママのそういう経営方針に合わなくて、結局事務所を飛び出しちゃったしね。

 

でもスターズは王賀美兄さんが飛び出した後でも盤石な経営を行って今に至っている。そして、僕と同年代の子には、星アリサと言えば芸能事務所の敏腕社長であり、日本を代表する女性経営者として世界的にも有名だね。だから、世間的に見ると、戦後に最も成功した日本人女性は星アリサが上げられる。 本人の思惑は別としてね。

 

これが、業界大手の芸能事務所、スターズを経営する星アリサという人間の半生。

 

 

対して、巌のじっちゃんもまた星アリサを狂わして引退に追い込んだ事で世間から大きなバッシングを受けていた。

 

巌のじっちゃんが主催していた劇団は、星アリサを精神的に追いつめて引退に追い込むという最悪の事態を引き起こして、客足がどんどん遠のいて行った。

 

そして、僕がアリサママの元に戻ってから半年後に、巌のじっちゃんの劇団は解散する事になってしまった。それぐらい、星アリサを引退に追い込むという事を当時の人間が許せなかったという事だった。

 

でもそこからちょっと時間が経って、冷静になった多くの人の中には、巌裕次郎が演劇界を去るというのは才能の損失だと思う人も出てきた。

そして、2年を過ぎる頃には沢山の後援者が出来て、巌のじっちゃんはまた劇団を立ち上げることにした。

 

巌のじっちゃんは、今度は過去の過ちを繰り返さないようにするために、後進および、役者の育成に重点を置いた劇団天球を立ち上げる事にした。だから劇団天球には若くて情熱のある劇団員が非常に多い劇団となっている。

 

巌のじっちゃんにとって幸運だったのは、星アリサが引退後は第二の人生として芸能事務所を経営し始めて、表面的には元気に見える事だった。仮に星アリサが自殺でもしようものなら、日の目を見る事は二度と無かっただろう。

 

劇団を解散した後の2年間の月日は、巌のじっちゃんにとっても、沢山の物を失って、同時に沢山の物を得た日々であった。

 

劇団天球の主宰として復活した巌裕次郎は、徐々に活気を取り戻していき、演劇界の第一人者の輝きを取り戻して、舞台や後輩の育成などの功績が認められて、文化勲章が授与されるまでになる。 今や演劇界の巨匠と言えば、巌裕次郎を指す言葉である。

 

そして、現在の劇団天球は、明神阿良也を始めとして、三坂七生、青田亀太郎やその他の新世代の舞台俳優を送り出して再び絶頂期を迎えようとしていた。

 

星アリサと巌裕次郎、それぞれの人生でそれぞれ成功した二人。

 

でも、この二人は『狂った一頁』の舞台が終わったあの時から道を違えたままだった。

 

古くからの演劇ファンであれば、死ぬまでにもう一度、巌裕次郎の舞台に出演する星アリサを見たいに違いない。

 

戦後に生まれた演劇文化、いや日本の文化全体に多大な影響を与えたこの二人がまた一緒に舞台をやると言う事は、話題性以上に日本の演劇史にとって非常に意味がある事だった。

 

僕達はそんな舞台の共演者となるのだ。 いや、景ちゃんが主役とかいう話題が吹っ飛んじゃうぐらいインパクトのある話だよ。 どうしよう!?

 

 

 

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