星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

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星アキラは幹事をがんばる

 

 

「準備が整いましたわ。 それでは巌のおじい様から乾杯の合図をお願いいたします。」

 

「えー。乾杯。」

 

「えっ、それだけですの!? これでは全然盛り上がらないですわ。」

 

「もっとあるでしょ? 本番まで後一週間がんばりましょうとか、亀の未来に乾杯とか!」

 

「巌さんはそういうのが苦手だから。」

 

亀兄さんが巌のじっちゃんに文句を言って、七生姉さんがフォローする。

 

「キアラ、裕次郎さんはこれでいいのよ。 それでは裕次郎さんの最高傑作の舞台を目指して乾杯しましょう。乾杯!」

 

「「「「「「「「「「乾杯!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」

 

ダレそうになった空気をアリサママがフォローして激励会が幕を開ける。アリサママが完全に巌のじっちゃんの役割を奪っている感じがするけど、この辺は巌のじっちゃんも気にし無さそうだし、アリサママも昔の付き合いで慣れているのかもしれない。

 

乾杯と同時に、豪華な料理が運ばれてくる。

 

今日の料理は若い子達が多いので、格式に拘らずに量を多めで板前さんに注文していた。板前さんもそれを汲んでくれて先付けも皿は少ないけど、ボリュームがある酒のつまみが提供される。

そして、順々にボリュームがあって豪華な料理が提供されていく。 メインは前沢牛のステーキとおつくりから選択できた。

 

「凄い料理! こんな料理は結婚式の時ぐらいしか食べた事無い!!」

 

劇団の人達も感激の声を上げる。

 

僕も職人さんの豪快だけど繊細な料理の数々に舌鼓を打つ。 調理場が限られている事を逆手に取った、意外な調理法の料理が次々と出てくる。

 

僕達はそれらの料理を一通り食べて満足をした。

 

「亀お兄様、お注ぎしますわ。」

 

「キアラちゃんありがとう!! キアラちゃんみたいな美人に注いでもらえるとお兄さん嬉しいな!!・・・なんでこれで男なんだ。」

 

僕は劇団員の人にお酒を注いで回る。

 

「亀、完全に酔っているわね。本音が駄々洩れだわ。」

 

「七生お姉様もどうぞ。」

 

「ありがとう。キアラは飲まないの?」

 

「わたくしはまだ未成年なので、この時期にこんな所でお酒を飲んだのがバレると面倒な事になりますので飲酒はしませんわ。千世子ちゃんや景ちゃんも一緒ですわね。」

 

「キアラぐらいの年頃なら大抵は見逃されるけど、有名人は大変よね。」

 

「星キアラ飲酒って記事が躍って、舞台の公演に水を差す訳には行きませんもの。それに最近の風潮で無理にお酒を勧められるのは少なくなったので助かっていますわ。」

 

「そうだ!キアラちゃん、なんか余興やってよ!」

 

「こいつ、酔っ払って何を口走っているのよ。」

 

「別に良いですわ。 余興用にヴァイオリンを用意してきましたの。」

 

僕は、ヴァイオリンを出して調弦をする。

 

みんなの注目が僕に集まる。

 

「それではパッフェルベルのカノンを・・・。」

 

「そんな古い曲じゃなくて、なんか流行歌やってよ!」

 

「あっバカっ!!」

 

「それでは亀お兄様のために流行歌を3曲ほど弾かせていただきましょうかね。」

 

亀兄さんの言葉にカチンときた僕は、ハイライトが消えた目で微笑みながら演奏を始める。

 

「あんた! 何で怒らせたら一番ヤバイ人間を怒らせているのよ! クラシックマニアのキアラがクラシックをバカにされたら怒るに決まっているでしょ!」

 

七生姉さんは亀兄さんの首を絞めてガクガクと揺すっている。

 

「あぐあぐあぐっ」

 

ただでさえ酔っ払っている亀兄さんは七生姉さんに揺すられてグロッキー状態だ。

 

「亀・・・よりにもよって、アキラとキアラの数少ないブチ切れポイントを的確に打ち抜くとは・・・。」

 

僕の前でクラシックをバカにしたらどんな目に遇うのかを、身をもって知っている前科者の阿良也は顔を青くしている。

 

「七生お姉さま、大丈夫ですわ。クラシックは格調高い楽曲。その良さを理解されない方も多いんですの。 そんな方にはちゃんと洗脳・・・。 いや、良さがわかるようにOHANASHIするのがわたくしの義務ですわ。」

 

そう言いながら、僕はヴァイオリンを構える。

 

「完全にキアラがブチ切れているじゃないの。このバ亀、なんて事をしてくれるのよ!」

 

普段キレない僕のブチ切れに、屋形船の中に戦々恐々の空気が流れる。

 

「それでは、1曲目は恋ですわ。」

 

逃げるが恥だが役に立つから、ドラマの主題歌で流行曲になった恋をヴァイオリンで演奏しながら歌を乗せる。

 

僕が軽快な曲を選んだのに安心したのか、会場の空気が一気に和む。

 

僕は軽快で伸びやかなヴァイオリンの音と共に、ノリの良いメロディーとそれに合わせた歌をつむぐ。

 

僕の怒りがフェイクだと思ったのか、会場に和やかな雰囲気が生まれて、ヴァイオリンと歌に合わせて音楽に乗っている。 雰囲気も明るい。

 

まぁ、僕もそんなに本気で怒っている訳でも無いけどね。 クラシックも元はただの流行曲だし。ただ、クラシックが古臭い曲だって思って敬遠されて、クラシックの良さがわかってもらえないのは少し寂しいので、少し仕掛けをしようと思う。

 

「やべぇ、ヴァイオリンもすごいけど、歌もうめぇ! まじでCD出せる。」

 

「当たり前でしょ! こっちの方面でもプロとしてやって行ける人間になんでケンカ売っているのよ!」

 

1曲目の恋を引き終えると、屋形船の中は満杯の拍手だ。

 

「それでは2曲目ですわ。 窓に凭(もた)れてですわ。」

 

「え?」

 

僕は昭和6年の流行小唄をヴァイオリンで演奏しながら歌い上げる。

 

若い頃を懐かしむ哀愁漂うメロディーをヴァイオリンと共に歌う。 まさしく戦前の懐メロといえるようなメロディーラインと表現。

ソプラノ歌手、関種子さんの美しい声と心象を合わせた素晴らしい曲だ。でも巌のじっちゃんが生まれる10年も前の流行曲である。

作曲家は古賀政男さん。 後に5000曲もの楽曲を残した偉大な作曲家だ。

 

この曲が流行するのもわかるという素晴らしい曲だけど、みんな聞いた事が無い流行曲に戸惑う。

 

ただ一人、巌のじっちゃんだけは、目が少し潤んでいた。 歌詞とメロディーに乗せられて若い頃を思い出しているのか、それともこの曲に何か思い出があるのか・・・。

 

曲が終わると、戸惑とまばらな拍手が出る。 でも大半は曲のチョイスに戸惑っているようだ。 その中でも巌のじっちゃんは大きな拍手をしてくれた。

みんなが知らない流行曲を演奏したつもりが、なにやらこの曲は巌のじっちゃんに特効で刺さってしまったようだ。

 

「それでは最後の流行曲は1720年あたりバッハが作曲して、19世紀にヒットした流行曲、G線上のアリアですわ。」

 

ものすごく遅れてヒットした流行曲、G線上のアリアを演奏する。

 

この曲はバッハが1720年頃に作曲した後に一旦埋もれて、19世紀になってドイツのヴァイオリニスト、ウィルヘルミがヴァイオリンのG線(一番低音の弦)1本で弾けるように移調した曲だね。実はそれまでは埋もれていたんだけど、このG線のアレンジで話題になって19世紀に一挙にヒットしたわけだね。

 

誰しもが知る神聖さを感じるような落ち着いたメロディーと、300年に渡って人間が築き上げてきた文化の重みがヴァイオリンの重みとなって僕の肩に伝わる。

 

僕はクラシックの持つこの歴史の重みが好きだった。これは人が音楽を愛してきた歴史そのもので、その歴史の重みが、今の演奏者である僕にプレッシャーと共に、人間の不変な息吹を語りかけてくるのだ。

 

演奏が終わると、みんなは呆然とした後に我に返って、全員が割れんばかりの拍手をしてくれた。

クラシックに文句を言っていた亀兄さんも、僕の演奏に満足して拍手をしてくれている。

 

好きな音楽は人によって違うし、そもそも流行の音楽は、置かれている環境や年代、精神状態によって変わるものだ。ただ、クラシックの曲は、名曲であるが故の不変さが存在する事も確かだった。

 

「亀お兄様、クラシックはなぜ名曲なのかご存じですか?」

 

「えっ?権威がある人とかがみんな名曲だって言っているからじゃ無いの?」

 

「違いますわ。 クラシックとして現在に残っている曲は全て名曲なのです。なぜなら、名曲以外の曲は全て歴史の中に消えて行ったからですわ。 その上で音楽の再生機器も無い時代に、楽譜を見て、演奏者が演奏したいと思えるぐらいのほんのわずかな曲だけが生き残って、それをみんなが名曲と言っているだけですわ。だから今でも生き残り続けているクラシックは全て名曲ですの。」

 

「ですからクラシックも元はただの流行曲ですわ。 ただ世代を超えて何百年も流行し続けているだけですの。どの世代の人も聞いたことがあって、愛好家がいる不変の流行曲。 亀お兄様はジャンルは違えど芸術に携わる者として、人類に永遠に語り継がれるような作品を残したくありませんか?」

 

これこそが僕がクラシックが好きな理由だった。どの世代の人間にも受け入れられる不変の音楽。 音楽という流行廃り(はやりすたり)が激しい文化の中で雑草のように生き抜いてきたクラシックの強さと、人を惹きつけ続ける不変の旋律に僕は惹かれるのだ。

 

「あうあう。」

 

亀兄さんは二の句を継げなかった。

 

「はっははははっ、完全に亀の負けだ。」

 

巌のじっちゃんは機嫌が良いようだ。

 

「なぁ、キアラよ。 窓の外を見てくれないか?」

 

僕は窓の外を見た。 東京の美しい夜景が流れている。 東京を彩るビルの明かりの一つ一つが水面に反射して映し出される幻想的な風景だった。 そんな水面を渡る船はまるで星の海を渡っているみたいだ。

 

「銀河鉄道みたいだろ?」

 

確かに言われてみればそんな感じかもしれない。ジョバンニとカンパネルラも銀河鉄道でこんな光景を見ていたのかもしれない。

 

「この風景に合う曲をみんなに演奏してもらえないか?」

 

「リクエストお受けしましたわ。電気を暗くしていただけますか?」

 

「はい。」

 

女将さんにお願いして、夜景観賞用のモードとして部屋を暗くしてもらうと、僕はドビュッシーの星の輝く夜をヴァイオリンで伴奏して、テオドール・バンヴィルが綴ったフランス語の歌詞を歌った。

 

 

 Nuit d'étoiles,Sous tes voiles,Sous ta brise et tes parfums,

 Triste lyre Qui soupire,Je rêve aux amours défunts.

 

 La sereine mélancolie Vient éclore au fond de mon coeur,

 Et j'entends l'âme de ma mie Tressaillir dans le bois rêveur.

 

 Je revois à notre fontaine tes regards bleus comme les cieux;

 Cettes rose,c'est ton haleine,Et ces étoiles sont tes yeux.

 

 Nuit d'étoiles,Sous tes voiles,Sous ta brise et tes parfums,

 Triste lyre Qui soupire,Je rêve aux amours défunts.

 

 

 星の輝く夜、あなたのヴェールの下で、あなたのそよ風と香りの中で、

 悲しいリュートはため息をつく。私は消えた恋に夢見る。

 

 静かな憂鬱が咲き出す 私の心の奥に花開き、そして私はあなたの魂を聞く

 愛する人の魂が夢見る森の中で震えているのを。

 

 私は二人の噴水の前で思い出す。あなたの瞳は空のように青いことを。

 この薔薇はあなたの吐息、 そしてこの星はあなたの瞳。

 

 星の輝く夜、あなたのヴェールの下で、あなたのそよ風と香りの中で、

 悲しいリュートはため息をつく。私は消えた恋に夢見る。

 

 

僕が歌っている間、阿良也と景ちゃんは、ずっと二人で外の風景を見ていた。

明らかに二人はジョバンニとカンパネルラとして役に入り込んで、銀河鉄道から見える外の風景を楽しんでいた。

 

千世子ちゃんも銀河鉄道に乗ったイメージで役になり切っている。

 

他の劇団員さん達も同様に、銀河鉄道に思いを馳せていた。

 

そんなみんなの様子を見て、僕は舞台の成功を確信した。

 

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