星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

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黒山墨字は銀河鉄道の夜を観る3

 

15分の休憩の後、第二幕が開幕する。

 

舞台の幕が開けると、いきなり真っ白のスモークとスポットライトで舞台の様子が見えない。

 

しばらくして、煙が晴れてくると阿良也の影が見えてくる。阿良也は椅子に座っている。ただ単に。

 

そう。舞台には4つの椅子しか存在しなかった。

 

銀河鉄道を思わせる客車のセットも無ければ、窓から見える星々も無い。 椅子に座った阿良也にスポットライトを当てられている。ただそれだけだった。

 

劇場が戸惑いの声で溢れる。だが、それは突然列車に乗った阿良也の戸惑いにも通じて、会場全体が軽くざわめく。

 

そのざわめきが収まってきたころ、舞台の袖から一人の男の子が歩いて来た。景が扮するカムパネルラだ。

 

「カムパネルラ!」

 

「みんなは、ずいぶん走ったけれども遅れてしまったんだよ。 ザネリもずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」

 

「どこかで待っていようか?」

 

「ザネリはもう帰ったよ。 ザネリのお父さんが迎えに来たんだ。」

 

そう言って、カンパネルラは窓を開ける。

 

俺の脳裏にカシャンと音がした。

 

「ご覧よジョバンニ。 この汽車は銀河を走っている。」

 

景の手から車窓を開く幻聴が聞こえるのと同時に、俺の脳裏に銀河鉄道の客車とそこから見える星の海が飛び込んできた。

 

あの感情表現に戸惑っていた夜凪景が、巌裕次郎や劇団天球の指導の下に格段の進歩を遂げていた。 今の彼女の動作一つ一つが強烈に銀河鉄道を想起させる。

 

それと同時に、第一幕までのカムパネルラとは雰囲気が変わっていた。 今の景は明らかに浮世離れしてミステリアスな魅力を秘めている。まるで千世子の芝居のようだ。

 

ここに乗っているのは銀河鉄道に乗っているカムパネルラだ。 つまり今の彼はもうすでに死んでいるのだ。 死を迎えた後のカムパネルラを演じる景は、その生と別れた後の演技を、生きている事が信じられないほどの美しさを持つ百城千世子を参考にすることで、生きていた時と死んでいた時の差、生を超えた魅力持った人物を見事に表現していた。

 

天使と呼ばれて、浮世離れした美貌を持つ千世子は、その生を感じさせないぐらい美しさを武器に芸能界を席巻してきたが、同時に人間的な部分を彼女からそぎ落として得た彫刻のような美しさは人間らしい役を演じる時には彼女の枷となっていた。

 

その枷を取り払ったのは景の芝居だ。 千世子は深く役に入り込む景の芝居を観察して、ただの美しい人形から、人間をどう表現するのかを学んで、血の通った人間的な部分も持つ美しい唯一無二の女優として君臨している。

 

しかし、今度は逆に景が千世子の芝居を参考にして今まさに天国への旅路を歩んでいるカムパネルラを見事に表現していた。

 

演技を客観視する千世子と、主観で深く潜って演技をする景、二人とも演技の方向性は違うが、友人でありながら凄まじいライバル関係だ。

 

演技の事であればお互い一歩も引かずに、相手の強みすらも真似る。それで平然としていられる二人に、俺は女の怖さを感じた。

 

だが、それだけではない。今の景の芝居の真骨頂は、客観視して表面だけを真似るのではなく、あまりに繊細で異常な没入を見せる演技。深くまで潜り戻って来るような人を映す鏡のような芝居。景はもはや人格から別人と化していた。

 

これが夜凪景。 景の演技は完全に阿良也と肩を並べている。俺は巌のじいさんに預けたわずかな間に開花した景の持つ予想以上の才能とポテンシャルに驚いていた。

 

星アリサや星アキラ、百城千世子や明神阿良也などの景の親友や理解者たちが、なぜ景の事を天才と呼ぶのかをこの舞台を通して日本中の人が知ることになるだろう。 今のカムパネルラは星アキラも、明神阿良也も、百城千世子も、その他のどんな俳優であっても演じることができない、夜凪景だけのカムパネルラだ。

 

「おや、あの河原は月夜で光っているのだろうか?」

 

そういうカンパネルラの見た先には、青白く光る銀河の岸に咲いている一面の銀いろの空のすすきが風にさらさら揺られているのが自分の目にも一緒に見えるようだ。

 

「月夜では無いよ。銀河だから光るんだよ。」

 

星々を渡る列車は走って行く。

 

「見てっ! 天の川の水が見えるよ。」

 

俺には景と阿良也の瞳が天の川の水に反射した星々を映すように輝いて見えた。

 

そのきれいな水は、ガラスや水素よりも透き通っていて、ときどき眼の加減か、ちらちら紫いろのこまかな波をたてたり、虹のようにキラッと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行って、野原にはあっちにもこっちにも、燐光のように輝く三角標が優美に立っている。

 

俺は銀河鉄道の文章を思い出していた。 二人の芝居によって、宮沢賢治の手で描かれた美しい文章を体感できる。

 

椅子だけが用意された舞台で紡がれる二人の芝居。 椅子と二人しか存在しない空間にもかかわらず、観客の心の目には、宮沢賢治の想像したこの世に存在しない美しい情景が映し出されている。

 

「誰も銀河鉄道なんて代物を見た事がねぇ。 だからこそ誰もが見ることが出来る。 つまりセットや美術に頼る必要は無いんだよ。」

 

巌裕次郎が60年以上の間、人生を通して舞台の演出をして最後にたどり着いた結論。

 

二人の天才はその結論が正しい事をその身をもって演じていた。

 

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