星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
「もうすぐ白鳥の停車場だね」
「ああ、十一時きっかりに着くんだよ」
白鳥の停車場に着いた二人はプリオシン海岸で化石を掘る人との会話の後、一緒に発車時刻が迫っている電車に向って風のように走る。
走る二人の友情が伝わる良いシーンだ。少年二人の幸福さや、少年時代の純粋な楽しさが伝わってくる。
そして、その後乗り込んできた鳥を取る人との会話、お菓子で出来た鷺や雁を食べながら他の乗客と交流する銀河鉄道の楽しい旅路。
明神阿良也と夜凪景、二人を中心とした劇は美しい宇宙を走る銀河鉄道の情景と、楽しい旅情を感じさせて、その魅力を生き生きと描き出している。
本当に本当に美しい舞台、そして美しい物語だ。 人の優しく美しい部分だけを描いている。 人によってはこれだけで満足だろう。 だが、銀河鉄道の夜はただ美しいだけの物語ではない。
駅員さんにポケットの中から入れた覚えのない三次空間の通行券を見せたジョバンニは周りの人に驚かれると同時に褒められて不思議に感じ始める。
停止していた物語が進み始める音がする。
そして、突然、一緒に乗っていた乗客や鳥を取る人が消える。
突然、人が消えた事で戸惑うジョバンニとカムパネルラ。
「あの人達は一体どこへ行ったのだろう? 一体どこでまた会うのだろう? 僕はどうしてあの人達ともっと会話しなかったのだろう。」
「ああ、ぼくもそう思っているよ。」
カムパネルラが同意する。
もうすぐアキラ達の出番だ。 なんやかんや言って、俺はアキラが毎回出してくるビックリ箱のような演技を楽しみにしていた。 たとえ感情の匂いが無くても、役に潜っていなくても、それでも観客に強烈な印象を残すアキラの芝居は、監督や演出の立場では無くて、観客としてならエンターテイメントとして十分に楽しめる。 ましてや、今回は千世子のオマケつきだ。 外野からワイワイと楽しめる芝居をしてくれる事だろう。
この時の俺は、自分自身で知らず知らず、無意識のうちに星アキラや百城千世子を舐めていた事に気が付いていなかった。 なまじ舐めて舞台を見ていたからこの後の衝撃を真正面から受けることになるとは思いも至らない。どこかに自分の演技を客観視する俳優よりも、主観的に役に入り込む俳優の方が優れているという思い込みがあったのだろう。
「何だか林檎の匂いがする。僕は今、林檎の事を考えたのかな?」
「本当に林檎の匂いだよ。 それから野薔薇の匂いもする。今は秋だから野薔薇の匂いなんてしないはずなのに。*1 」
その時、舞台の右側にスポットライトが当てられて、星アキラ、百城千世子、三坂七生の3人が登場する。
3人は突然客車の中に来たのか、3人とも呆然としている。
俺は、この真ん中の星アキラを見てハンマーで叩かれたような衝撃を受ける。
まだ舞台がやっているにも関わらず、会場が大きくどよめく。このどよめきは、第二部が始まってセットが無い椅子の上に阿良也が座っていたのよりも、はるかに大きいどよめきだった。
舞台の上に3人の俳優が上がっただけなのに、どよめきが止まらない。
「ねぇ、あの青年の人、星アキラよね?」
「あの人、死んで無いよね? 生きているよね?」
「どうして!? 私、なんであの人が死んでいるってわかるの!?」
「アキラ君って死んで無いよね?別にニュースでも死亡したとかのニュースないよね。」
まわりの観客から話し声が上がる。舞台の公演中にこれは異例の事態だ。舞台の公演中は他の人の迷惑ならないように黙っているというのが当然のルールだ。 当然、見に来た全員がそれを理解している。 それを破ってでも周囲の人間に自分の感覚が正しいのかを確認せざるを得なかった。 スマフォを取り出して星アキラ死亡の緊急ニュースが報じられていないかを確認する人間すら居る。
姿かたちはいつも通り、傷一つ無い。 しかし、この舞台の観客はみんな星アキラが死んだことを理解した。これは演技とかそう言った物の範疇を超えている。 魂の中に刻まれた何かが明確に舞台の上の星アキラが死んでいるという判定を下していて、俺が見ているのは死んだあとの星アキラの魂を見せられている錯覚を覚える。
「アキラお兄ちゃん死んじゃったの!?」
「そんなのいやだよ!」
「そんなっ、ふぇっ。」
子供達も口々に驚きの声を上げて、目じりに涙を溜める。
星アキラ、いや星キアラが舞台に立っているだけだ。 奴が死んでいるなんて事は無いはずだ。 どうして俺は、アキラが死んでいる事を理解できるんだ? 本当にどういう事なんだ! 俺は人生で一度も体験した事が無い感覚を味わって、戸惑っていた。
ちなみに、この日本の野薔薇は野ばら/ノイバラ(ロサ・ムルティフローラ)と呼ばれて、現代の園芸種の薔薇の品種を形作った8種の重要な薔薇のうちの1種です。
現代の園芸種の薔薇に房咲の性質を与えている特別な薔薇の御先祖様ですので、春に道端で咲いているのを見かけた方はこの事を思い出して観察すると、ちょっと良い気分になるかもしれません。