星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

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黒山墨字は銀河鉄道の夜を観る6

 

「そちらに持っておられるのはヴァイオリンですよね。 音楽をやられるのですか?」

 

カムパネルラが、いつの間にかヴァイオリンのケースを手にして立っていた家庭教師の青年に聞く。

 

「ええ。私は姉弟の音楽の家庭教師でして、このヴァイオリンは船が沈んだ時に浮き輪の代わりとして持っていた物なのですが、私の人生が詰まったヴァイオリンだったので、私を追いかけて来たのかもしれません。」

 

キアラは登場時にはヴァイオリンなんて持っていなかった。気が付いたら手にヴァイオリンを持っている。おそらく千世子が観客の関心を引いた瞬間に、観客に気付かれないように自然な仕草で取り出したのだろう。 まるで手品師のようだが、あいつはこう言った観客の盲点を突く技術が上手い。 ましてや共犯者に千世子が居れば、阿吽の呼吸で簡単にやってのけるだろう。

 

「先生のヴァイオリンは本当にすごいのですよ。 留学先で有名な賞を取ったぐらいなのよ。」

 

「ぼくも先生の演奏をまた聞きたい。本当にすごいんだ。」

 

「そんなすごいヴァイオリンなら僕にも聞かせてくれないですか。」

 

「差しさわり無ければ、是非演奏していただきたいです。」

 

四人は口々に、家庭教師の青年にヴァイオリンの演奏をせがむ。

 

「一度別れたヴァイオリンが再び私の手元に来たと言う事は、音楽と共にあれと言う神様の思し召しなのでしょう。 是非皆さんにも聞いていただきたいです。」

 

そう言ってキアラはケースからヴァイオリンを取り出すと、構えて弓で弦を弾いて調弦をする。ギコギコと不協和音が観客席に響き渡る。 キュイーンというチューニング特有の音階の変化。 しかし、音楽に明るくない俺には、ただの不協音にしか聞こえん。 そもそも舞台でヴァイオリンを披露するのであれば、最初からチューニング済みのヴァイオリンを持って来ればいいだろう。*1

 

調弦の後に弓を見て、もたもたと松脂を塗るキアラ。リアルだけれども、おおよそ舞台の上で行う動作では無い。そして特に急いている様子も無い。 ヴァイオリンから放たれる不協音とマイペースな楽器の調整に、見ている観客達も気勢を削がれて、大丈夫か?という表情をしている。

 

この時の俺は、キアラが意図して観客の精神にギャップを作っている事に気が付かなかった。 ホラー映画でも緊張状態でモンスターが襲うよりも、緊張が解けた状態で突然襲われる方が驚きは大きいのだ。この演奏に入るまでのヴァイオリンを弄る間は、観客に緊張の弛緩をもたらしていた。

 

そこから演奏に入るキアラ。 第一音を出した瞬間から舞台で見える世界は大きく変わる。

 

 

------------- アキラ視点 -------------

 

死者の演技を思いついたのは、前世の私としてダイビングプールに潜っていた時だった。

 

そもそも前世の私に切り替えたからと言って、別にメソッド演技として他人になり切って演技なんてできない事に気が付いた。 それはそうだ。 だって私は前世でVTuber兼、演奏家(たまに歌手)であって、別に役者だった訳でも何でもない。 ドラマにすら出た事も無かった。

 

つまり、前世の私に切り替えた所で、LV.1の素人状態だ。 転生時に神様に会って、すごい演技力が付くチート能力をもらった訳でも無ければ、演技力を数値化して見れるステータス画面が見える訳でもない。只の人が只の人に転生したにすぎない。 むしろこの辺の技術は、第二の人生である、僕の方が強かった。 そもそも前世の私に、阿良也や景ちゃんを超える演技の才能があるとも思えないし、今の僕でも阿良也や景ちゃんと同じ土俵で戦った所で見劣りするのは当然だ。

 

ではどうするのか? 水の中で死んだ青年のつもりで漂っていた時に、ふと自分と青年の間には強い共通点がある事に気が付いた。私も青年も一度は死んでいるのだ。 私はアキラとして生まれ変わり、青年は銀河鉄道の中で意識を取り戻した。

 

役で他人として深く潜る事は出来ないけど、自分であれば深く潜れる。 だって私なんだから。 

 

私は演じるのではなくて、前世で刺されて死んだ自分をそのまま出すことにした。

 

結果、やってみたら周りが私が死んでいると誤解するぐらいのすごい演技だと賞賛されたのには驚いた。 自分的には怪獣倉庫の中に眠っていた、補修されたメトロン星人の着ぐるみを着て粋がってみたら、それが予想外にウケちゃった感じ。

 

この世界は俺TUEEEEモノじゃなくて、勘違いモノだったのか。

 

・・・いや、勘違いモノの主人公に無能力で転生とか、地獄でしかないだろう。

 

そんなくだらない考察はさておき、大切なのは前世で死んだ私を引っ張り出してきたら、みんなが私を死んだと認識した事。 つまりみんなの中にも魂はちゃんと存在して、前世は僕の思い込みなんかじゃなくて、私はちゃんと存在したのだ。

 

その事実に気が付いた時に、私は思いっきり泣いた。 ついでに私を見て私が死んだと泣いていた景ちゃんや阿良也も大泣きして、大号泣の嵐だった。 そんな私達を興味深く冷静に観察していた千世子ちゃんェ・・・。

 

過去の私が存在しているって事が証明された事で、死んだ私から今の私に何か曲を贈りたくなった。 舞台の上での演奏を巌のじっちゃんに提案したら、ダリっ子*2の巌のじっちゃんは、二つ返事でOKをくれた。

 

そんな訳で、今から私はヴァイオリンを演奏する。

 

皆の者、聴くが良い。 今から演奏するのは、死んだ私が今の私に贈る、世にも珍しいレクイエムだ!!

 

 

------------- 黒山墨字視点 -------------

 

キアラが演奏を始めた。リストの愛の夢と言う曲だ。

 

映画やテレビなどで一度は聴いた事がある曲だろう。でも、それを真剣に聴く機会なんて今まで無かった。

 

美しい。 ただ美しくて甘美で優しい曲だ。 全く混じりっけの無いキアラの純粋なヴァイオリンの音が、舞台演出として穿った見方で論評している俺の心の隙間に入り込んで来る。

 

死者から放たれるヴァイオリンの音色。この曲はレクイエムとして指定されている曲では無いが、キアラがレクイエムとしてこの曲を弾いているのはわかる。

 

通常のレクイエムは、生者から死者に向けたメッセージであり、死者を慎むとともに、生者の悲しみを癒して親しい者の死を乗り越えるための曲だ。 しかし、ここで奏られているレクイエムは、死者から生者に向けたメッセージ。 死者から生者をいたわる純粋なやさしさと共に、生きている苦しみで傷ついた魂が癒されていくのを感じる。

 

とつぜん、ポタッと太ももに何かがぶつかったような感触を受けた。

 

「俺、泣いているのか?」

 

自分の涙が垂れて太ももに涙の雫がぶつかった感触だった。 太ももに涙が落ちるまで俺は、自分が泣いていた事に気が付かなかった。

 

死者が奏でる美しいメロディーは純粋な優しさだけで出来ていて、天国や来世という物が実際に存在する事を実感させる。 そしてそれは生者の魂に希望を与える演奏でもあった。 キアラが死んでいると認定した俺の中に眠る魂のような何かが歓喜しているのがわかる。

 

「主よ、今この瞬間に、この素晴らしい演奏に立ち会えた奇跡に感謝します。」

 

有島母が涙を流して、神に祈りながら演奏を聞いていた。 こいつ、クリスチャンなのかよ・・・。

ヤンキーで、アダ名呼びのママ友でチェロ奏者なのに、さらにクリスチャンとかどれだけキャラが濃いんだよ。

 

だが、クラシックの名演奏を沢山聞いているはずの有島母が、神に感謝の祈りを捧げながら聴いている所を見ると、やはりこの演奏は奇跡の演奏なのだろう。

 

音楽なんて嗜好品であって、演奏が人生を変えるなんてマクロスじゃないんだから、実際にはあり得ないと考えていたのだが、本当に人生を変えるような演奏に立ち会うと、そう言うことがあり得ると実感できる。 おそらくこの演奏を舞台やネット配信で聴いた人の中では、実際に人生が変わる人が何人も出るだろう。

 

音楽に初めて触れたゼントラーディ人もこんな衝撃を受けたのだろうか。 子供の頃にマクロスが好きだった俺は、ふとそんな童心を思い出した。

 

------------- アキラ視点 -------------

 

私が演奏曲にリストの愛の夢を選んだのは訳があった。

 

ピアノの魔術師と呼ばれたフランツ・リスト。愛の夢も当然ながらピアノによって演奏される事がほとんだ。ピアノによるメロディー、ハーモニー、ベースを調和を持って弾くことがすごく難しい曲だ。

 

でも、私はそのメロディーをあえてヴァイオリンによって演奏する事にした。 このメロディーには特別な意味があるからだ。

 

この愛の夢というのは、元々、ドイツの詩人、フライリヒラートの詩が歌詞として付いている。

この詩が死んだ私からのメッセージとして重なるからだ。

 

 

  愛しうる限り愛せよ

  愛したいと思うかぎり愛せよ

  墓場にたたずみ なげきかなしむ

  時が来る 時が来る

 

  なんびとか、愛の真心を

  温かくお前のために注ぐとき

  お前は胸に愛を抱いて暖め

  ひたすらにその炎を燃やすがよい

 

  胸をお前のために開く人を出来る限り愛せよ

  いかなる時もその人を喜ばし

  いかなる時もその人を嘆かすな

 

  わが舌をよく慎めよ

  あしきざまの言葉をふと口にしたなら

  ああ それは決して悪意からでは無かったのに

  けれど その人は去り そして悲しむ

 

  愛しうる限り愛せよ

  愛したいと思うかぎり愛せよ

  墓場にたたずみ なげきかなしむ

  時が来る 時が来る

 

   日本評論社 1948| フライリヒラート詩集  井上正蔵訳より引用。

 

 

私は、前世での死を実感しながら、今を生きる人に愛の夢を届けた。

 

 

------------- 黒山墨字視点 -------------

 

キアラ達の出番が終わると、第二部の終了のアナウンスと共に20分の休憩時間に入った。

 

俺達観客は深く椅子に寄りかかって、本当に休憩していた。

周りの観客もそうだ。 トイレに行く観客以外は、みんな黙って目をつぶって舞台の余韻を楽しんでいる。

 

普通は幕間の休憩時間というのは、次の舞台のための舞台裏の準備時間なわけだが、この舞台では、本当に観客のための休憩時間だった。

 

とんでもない舞台だった。あの四人が一堂に会して、巌裕次郎が演出をするとこうなってしまうのか。

 

特にキアラの演技と演奏は素晴らしいという言葉だけでは言い表せない。 魂が歓喜した事を感じる。 この舞台は、すでに巌裕次郎の最高傑作という言葉では生ぬるい。 翌日の新聞やワイドショー、ネットなどはこの舞台が話題で持ちきりだろう。

 

だが、キアラ達の出番も終わって山は越えた。 後はカムパネルラとジョバンニの別れと、エピローグ、そしてカーテンコールだ。

カムパネルラとジョバンニの別れの芝居も素晴らしい物になるだろう。 そうして舞台が終わったら、良い酒を買って帰って、この舞台をつまみに一杯やるか。

 

キアラの演奏に圧倒された俺だったが、20分という休憩時間によって大分回復していて、今後の予定を考えるぐらいの余裕が出来ていた。

 

だが、なぜ巌裕次郎がこのタイミングで20分の休憩を入れてきたのかという意図を考える事が無かった。 この休憩も一息つくための巌裕次郎の演出であった。

 

この後の俺は、巌のじいさんの驚愕の演出に再び震える事になる。

 

 

*1
墨字さんは楽器には詳しくないので、

ケースから取り出すとヴァイオリンの音程が狂う事を知りません。

*2
手遅れだが、決してダリ公では無い。

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