星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

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黒山墨字は銀河鉄道の夜を観る7

 

「ルイ、レイ、おトイレ大丈夫?」

 

休憩で10分ぐらい経った頃、放心していた夜凪母が我に返り、双子にトイレの確認をしてくる。

 

「ルイ、どうしたの?」

 

あんなすざまじい劇を見たせいか、子供たちになにか影響が出ていないかを確認する夜凪母。

 

「ママ、ジョバンニはまだカムパネルラが死んじゃっている事に気が付いていないんでしょ? あの子達はみんな一緒に天国へ行けたのに、ジョバンニとカムパネルラはお別れしなきゃいけないの? あんなに仲良しなのにかわいそう。」

 

子供らしいルイの素直な感想は、大人として擦り切れた精神を持った人間には眩しい物であった。

 

「そうね。どうなるかは劇を最後まで見ないとわからないけれども、ジョバンニとカムパネルラの旅路を最後まで見届けるのよ。」

 

「うん。」

 

「その前に、念のためにおトイレに行きましょうね。あゆみちゃんも大丈夫?」

 

「私も行きます。」

 

そう言って、夜凪ママは双子とあゆみちゃんをトイレに連れて行った。

 

俺が巌のじいさんにやられっぱなしの銀河鉄道の夜は、本来は児童文学だ。 だが、今にも語り継がれて数々の物語の題材になっている事からわかるように、子供の情緒を育てるための児童文学の最高傑作という側面を持つ。

 

死と言う残酷なテーマを取り扱った児童文学であるが、だからこそ、読んだ子供に大きな影響を与えて、そこから得られる教訓と思慮で人生を渡って行くのだ。

 

そして、子供の頃に銀河鉄道の夜に影響された親は、自分の子供にもまた同じ本を分け与える。 こうして宮沢賢治の物語は彼の死後もずっと語り継がれていく。

 

生きている間には認められず、死後にその評価が高まった宮沢賢治。 生前に認められなかったのは悔しかったとは思うが、いまごろ彼は銀河鉄道に乗って銀河の星々を旅しながら子供達や舞台の中で、自分が作った物語が生き続けている事を喜んでいるかもしれない。

 

20分の長めの休憩は、俺や観客達に精神的に立ち直るまでの時間を与えていた。

 

そして始まる最終の第三幕。

 

母親と会話する、阿良也の一人芝居から始まる。食事をしながら、ここには存在しない母親との会話。

 

「母さん、僕、父さんはもうじき返ってくると思う。」

 

「今朝の新聞で、北の方の猟は大変良かったって書いてあったから、きっとラッコの上着を持って帰って来てくれるよ。」

 

「うん。みんながそれを言うよ。 父さんがラッコの上着を持って帰って来るよって、冷やかされる。」

 

「けれど、カムパネルラだけは言わない。」

 

「カムパネルラだけは。」

 

カッと阿良也だけにスポットライトが当たった状態から、舞台全体に照明が入り、カムパネルラの横に座って幸せそうなジョバンニの表情が見える。

一人芝居をしていた時の辛そうな表情と違って、なんて幸せそうな表情なのだろうか。

 

カムパネルラと居る時と、そうでない時の感情の振れ幅が危うさを覚えるほどに大きすぎる。 見ているこっちの方が不安になって来る。

 

「ねぇ、カムパネルラ?」

 

「なに? ジョバンニ。」

 

「僕達はまた二人きりになったね。」

 

「うん。そうだね。」

 

「ねぇ、カムパネルラ、僕達ずっと一緒にいようね。」

 

カムパネルラは答えない。

 

「・・・カムパネルラ?」

 

「ねぇ、急に黙りこんでどうしたの?」

 

「ねぇ、カムパネルラ。」

 

カムパネルラの死を知らないのはジョバンニだけ。 銀河ステーションを経て汽車に乗ったカムパネルラは、自分がもうすでに死んでいる事を知っている。 そして生きているジョバンニと一緒に居られない事も。

 

黙って動かないカムパネルラと対照的に、少年期らしい感情の起伏が大きくて素直な少年、ジョバンニ。

 

一人芝居によって、寂しい少年とカムパネルラと一緒に居る事で幸福な表情の二つの顔を見せた事で、阿良也の存在感が高まってきた。 ジョバンニはこのやり取りで、カムパネルラがすでに死んでいるのではないかという、否定したい疑念が大きくなっていくのがわかる。

 

「カムパネルラ!」

 

「ジョバンニ。」

 

「僕はもう行かなくちゃ。」

 

この言葉を聞いたジョバンニの絶望が舞台を覆う。 

 

「カムパネルラ・・・。行くって一体どこへ?」

 

「さようなら。」

 

「いやだっ!!!!」

 

カムパネルラを引き留めてカムパネルラにすがりつくジョバンニ。 しかしすでに二人は生と死、別の世界の住人として別れているのだ。

優に30秒、ジョバンニにカムパネルラはすがりついたまま動かない。そしてジョバンニがカムパネルラの表情を見るため顔を上げた瞬間。

 

「僕は行くよ。 ジョバンニ、本当に楽しかった。」

 

そうして、カムパネルラは優しい笑顔を浮かべて去って行った。

 

取り残されるジョバンニ。 舞台の上にジョバンニの慟哭が響き渡る。その慟哭に観客は胸を打たれる。 今度は悲しみによって再び涙を流す観客も沢山いる。

一緒に来たメンバーもみんな涙を流しながら阿良也の芝居を見ている。

 

現実と芝居の狭間で危ういほどの演技を見せる役者、これが憑依型カメレオン俳優、明神阿良也。 

 

巌裕次郎が見出した才能。 不幸も幸福も全てを自分の血肉とする怪物。

 

そして、照明が暗くなっていき、ジョバンニの慟哭だけが舞台に響き渡る。

 

こうしてカムパネルラの死をジョバンニは受け入れて物語は終わる。・・・・と俺は思っていた。観客も全員そう考えていただろう。

 

 

突然照明が明るくなって、ジョバンニとカムパネルラが座っていた席に一人の女が座っていた。

 

 

呆気にとられる観客達。

 

女は、黒い大きな帽子と黒い服を着ている。

 

「お前の友達がどこか遠くへ行ったのだろう。」

 

チェロのような優しい声だ。 本当に楽器を思わせる。 ジョバンニはゆっくりと顔を上げる。

 

とても響く声、そしてとてつもなく大きい存在感だ。

 

・・・俺は、この女優が誰だか知っている。 誰しもが見たいと思っていながら、絶対に巌裕次郎の舞台では見ることができないはずの女優だった。

 

一人、また一人とその女優の正体に気が付き、観客席のざわめきがどんどん大きくなっていく。

 

「あの人はね。 本当に今夜遠くへ行ったのだよ。」

 

銀河鉄道には存在しないはずのシーンで、巌裕次郎の舞台に存在しないはずの人物が登場している。

 

そう。 彼女の名は星アリサ。 戦後最高、いや戦前、戦後を通して日本最高の舞台女優が今、巌裕次郎の舞台に降臨していた。

 

 




アリサママ(愛称:アリリン) ついに登場!
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