星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

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黒山墨字は銀河鉄道の夜を観る8

 

「お前の友達がどこか遠くへ行ったのだろう。」

 

「あの人はね。 本当に今夜遠くへ行ったのだよ。」

 

全く予想しなかったタイミングで、舞台の上に星アリサが登場していた。

 

「お前はもう、カムパネルラを探しても無駄だ。」

 

「どうしてですか!! 僕はカムパネルラといつまでも一緒に行こうと言ったのです。」

 

「ああそうだ。 みんなそのように考える。 けれども一緒に行けない。」

 

「そんな! 僕はカムパネルラと一緒に行くんだ!!」

 

ジョバンニが激昂する。 大切な友人が目の前から居なくなった彼は本当に痛々しい。

 

「確かに今、お前はカムパネルラと一緒に行くことはできない。 しかし、最後にはカムパネルラと同じ道を歩むことはできる。」

 

黒い帽子の女はジョバンニをしっかりと見つめて、ゆっくりと言葉を紡いでゆく。 優しくしゃべっているだけなのに、阿良也の激昂して発声した大きな声よりも遥かに劇場に響く。 まるで星アリサの声が直接、脳内に語り掛けてくるようだ。

 

あんなに感情的だったジョバンニが徐々に落ち着いて行く。 舞台は感傷的なジョバンニの悲愴ではなく、いつの間にか、黒帽子の女、星アリサが支配している。

 

演劇好きの年配や演劇関係者からは、酒の席などで星アリサがどれだけすごかったのかという話をよく聞く。 俺も子供の頃に星アリサが出演する映画を観て、そして星アリサのような女優の映画を撮りたいと思って映画監督の道を目指した。

 

しかし、俺は舞台の上に立つ星アリサを若草物語以外では見た事が無かった。 だから、実際に星アリサの舞台を見た事がある人間から語られる星アリサ伝説は眉唾物だと思っていた。

 

だが、若草物語は完全に星アリサが手加減をしていた。 本気の星アリサの舞台をいま目にすると、誤っていたのが自分だと言う事に気付かされる。 舞台の上で席に向かい合いながら阿良也と語り合う星アリサの存在感は、間違いなく阿良也を上回っている。

 

同時に、彼女からは知の探究者とも言えるような叡智を感じ、明らかに人間を超えた知性を備えた神のような存在では無いかと言う気配も感じさせる。 これはキアラが死んだのとはまた別の、悟りを開いて高次元の存在に解脱したような、高次の生命体のような確かな存在感だ。 キアラと同じように、アリサもまた人間ではない別の存在である事を感じさせた。

 

俺は、星アリサを見て震えが止まらなかった。 この震えは歓喜なのか、役者を極めた先に見える狂気に対する震えなのかが全くわからない。

 

演出を冷静に観察している俺を、さらに冷静に見つめていると錯覚させるような星アリサの目。 巌裕次郎はこんな化け物を、『狂った一頁』で狂った母親に配役したのか。

 

舞台を見て星アリサと一緒に狂った人間が居たなんて話を聞いた事があるけれども、それは当然だ。 眉唾物の伝説かと思っていたけれども、いまなら真実だとわかる。

 

今、目の前で理性的な人物を演じているだけでもこんなにヤバいのに、こんな風に役者を極めて、役者以外の何かに解脱しかかっているような化け物を狂った母親に配役するとか、本人が狂う以前の問題だろ! こんなの社会から批判を浴びて当然だろうが!!

 

昨日までは、星アリサを引退に追いやった後に、社会からバッシングを受けて劇団を解散した巌のじいさんの話に俺も同情していたのだが、今は全く異なった感想を抱いている。 自業自得だ。

 

本人もこの件は自業自得だと語っていたが、星アリサの引退は事故であり、自業自得と言う言葉は、巌裕次郎の舞台指導者としての人格者の言葉だと思っていた。 しかし、この舞台を見ると本当に自業自得だ。 巌のじいさんが主催していた、前の劇団が解散した話は、星アリサ引退からの社会からの制裁で、客が居なくなって解散みたいな経緯で語られていたけれども、それもかなり怪しくなってきた。

 

おそらく、劇団員の中でも星アリサを狂った母親役に抜擢するのを止める人間が沢山居たのだろう。 星アリサと共に歴史を作ってきた劇団員ばかりだろうから、星アリサの力量も良くわかっていただろう。 一緒に練習をしていれば尚の事だ。 しかし巌のじいさんは、最高の舞台を作るためにその意見を無視して、舞台を強行したに違いない。

 

結果、ああなった訳だ。 そりゃ、劇団員も辞めて、劇団も空中分解する。 完全に自業自得だ。 

 

星アリサ引退の経緯から、『狂った一頁』のビデオも完全に禁書扱いで、販売される事も無かったが、これ、星アリサ引退とかそう言うレベルじゃなくて、見た人間が発狂するような、ホラー映画も真っ青な舞台で、とても販売できる物じゃ無いんだろ? 特級呪物を生み出してどうする気だったんだ?

 

今、目の前で展開されている、星アリサの本気の芝居を見ているだけで、長年、頭の隅に散らばっていたパズルのピースが繋がって行って、あの時何があったのかが明確に理解できる。 それぐらいに舞台の上に立つ星アリサは化け物で、とんでもない芝居だった。

 

そんな俺の発狂をよそに、二人の会話は続く。

 

「ああ、僕はどうやって、それを求めたら良いのでしょう。」

 

「私もそれをずっと求めている。 お前は、お前の切符をしっかり持って行くんだよ。そして一心に生きなければいけない。」

 

「僕は絶対にそうします。」

 

「ほら、見てご覧。 あそこにプレシオスが見える。お前はあのプレシオスの鎖を解かなければいけない。」

 

「鎖を解く?」

 

「そうだ。あの鎖はお前の人生そのものだ。 混沌としている事実を切り分け、虚構と現実をしっかりと断ち切り、真実を見つけていなかければいけない。」

 

「ああ、マジェラン星雲だ!」

 

俺達の目の前にジョバンニが見たのと同じような雄大なマゼラン星雲のイメージが浮かんでくる。

 

「僕は誓うよ。 僕は僕のために! 僕はお母さんのために! カムパネルラのために、みんなのために!」

 

「僕は! 僕はっ! 本当の幸いを探すぞ!」

 

この星アリサとの会話の中で、ジョバンニは精神的に成長し、少年期を脱しつつある事が見て取れる。

そして、阿良也は自らその精神的な成長を克明に演じている。

 

これは、感情の振れ幅が大きく、役に深く入り込める阿良也だからこそできる役だ。 阿良也もまた、星アリサというラスボスを得て大きく成長していた。

 

このシーン、星アリサと対等に舞台に上がるために、阿良也も悩みぬいて役を作り上げたのだろう。 アニメの主人公では無いのだが、化け物染みた強敵が化け物を生み出している。 おそるべき化け物たちの連鎖。 

 

あの四人の格段の進化の理由がわかってしまった。 汗と青春の努力みたいな甘酸っぱいさわやかな能力向上じゃなくて、暴君王、ティラノサウルスである、星アリサに対する過酷な生存競争の末に身に着けた能力なのだろう。そしてその舞台を用意したのが巌裕次郎。

 

俺はあの四人に同情した。

 

星アリサの芝居をこの目で見るとわかる。 技術を引き継いだのは夜凪景だが、彼女は星アリサともまた違った女優だ。 星アリサのコピーという訳では無い。

 

むしろ、存在感が似ているのは、星アキラだ。 演技に対する考え方が全く異なる二人だが、この二人は間違いなく親子だ。 根源の部分は良く似通っている。二人が一緒の舞台に出演して、初めて気が付いた。 

 

星アキラのアンチが多い舞台評論家の先生の中には、今回の舞台で星アキラを見直す人間が何人も出るだろう。 逆に見直せない先生は、ただの権威主義にハマって主張を変えられない人間か、頭が固すぎて自分の意見を変えられない人間だろうから、今回の件が良いテストになりそうだ。 読者もその辺は良く見ているだろう。

 

「さあ、切符をしっかりと持って行くのよ。 お前はもう夢の鉄道では無くて、本当の世界の火や激しい波の中を大股にまっすぐに歩いて行かなければいけない。」

 

「そして、天の川の中でたった一つの本当の切符を、決してお前は無くしてはいけない。」

 

星アリサのセリフを元に、決意を持ってジョバンニが自らの道を進んでいき、舞台から離れる。

 

そしてしばらくすると、残った黒帽子の女が最後に寂しく呟いた。

 

「私はあなたの想い出の中だけにいる女・・。私はあなたの少年の日の心の中にいた青春の幻影。さよならジョバンニ。」

 

こうして暴風を巻き起こした星アリサ扮する黒帽子の女はフェードアウトして行った。

 

・・・・巌裕次郎に完全にしてやられた。 一体この舞台でしてやられるのは何度目だ? 引退を考える歳だろうに、とんでもない舞台を作り出しやがった。

 

銀河鉄道の夜は、宮沢賢治が何度も推敲を重ねて、四つの形が存在する。 一般的には最終版の第4版が銀河鉄道の夜として知られている。

しかし、この銀河鉄道の夜の舞台は、カムパネルラと別れて終わる最終版ではなくて、その前の黒帽子の男が出る1~3版までの銀河鉄道の夜がベースになっている。

 

であれば、最後に・・・。

 

天気輪の柱がある丘に戻ってきたジョバンニ、そこに博士姿の人物が近づいてくる。

 

星アリサでも、ものすごいサプライズだったのに、最後の最後にさらにとんでもないサプライズが観客を襲う。

 

騒然とする観客席。

 

近づいて来た博士は巌裕次郎だった。

 




アリサママの最後のセリフは、今年亡くなられた松本零士先生に捧げます。
沢山の素晴らしい漫画やアニメをありがとうございました。
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