星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
舞台の袖から白衣姿の巌裕次郎が静かに出てくる。
「ブルカニロ博士!」
「ジョバンニ、ありがとう。 私は大変いい実験をした。」
78歳とは思えない、良く通る声だ。 何十年も役者から離れていたとはとても思えない。
「実験ですか?」
「そう。 私はこのような静かな場所で、沢山の人々の考えを共鳴させる実験をしていた。 君とカムパネルラが交わした言葉もみんな私の手帳にとってある。 さあ帰ってお休み。」
「あれは幻じゃ無かったのですか?」
「夢ではあったが幻では無い。 君が交流した沢山の人とは、君と意思が繋がっていたのだよ。 だから天上へと向かう機関車に君も乗る事ができたんだ。」
「カムパネルラは・・・。」
「ジョバンニ、君は夢の中で決心した通り、真っすぐに進んでいくがいい。 そして何かあったらいつでも私の所へ相談に来なさい。」
「僕はきっと真っすぐに進みます。きっと本当の幸いを求めてみせます。」
「ああ、きっと君ならできると信じているよ。 これはさっきの切符だよ。」
そう言って、ブルカニロ博士はジョバンニに切符を渡す。
ざわついていた客席も静まり返り、この切符を渡した瞬間が何を意味するかを観客も理解し始めた。
ジョバンニは大切そうに、その切符を受け取る。
そう、この切符と同じように、巌裕次郎の手から劇団天球が、阿良也や新世代の巌裕次郎が育てた劇団員に託された瞬間だった。
俺を含めた、この劇場に居る観客達は巌裕次郎からの世代交代と言う、歴史的な瞬間に立ち会っていた。 それを見た瞬間、背中に伝わる冷や汗と共に、演出に全てを賭ける巌裕次郎の恐ろしさに震えていた。
自分の進退すらも演出として舞台に生かす。 そしてラスボスと思われた星アリサはその見届け人であったのだ。 巌のジジイ、やつこそ本当の意味で舞台全部を操っていた黒幕、いや裏ボスだった。
もう、この舞台を超える舞台は今後日本には出てこないかもしれない。 本当に伝説の舞台だ。 この舞台を生で観た人間は、この事を一生語る事ができるだろう。 芝居好きな人間であれば、自分が死んだときにこのチケットの半券を自分の棺に入れて、思い出として一緒に火葬してもらうかもしれない。 それぐらい、凄まじい舞台だ。
60年以上もの間、舞台演出に人生を賭けた男、巌裕次郎。 まさしくその人生の総決算として演出した舞台は、彼の名声をさらに高めて、日本の演劇史に再び燦然とした輝きをもたらす舞台となった。
そして、俺達観客はその瞬間を目撃し、カーテンコールでブルカニロ博士を演じた巌裕次郎にその舞台人生への感謝の心と共に、直接拍手を贈れるという、ものすごい栄誉を授かったのだ。
------------- アキラ視点 -------------
決意のもとに阿良也が去って、フィナーレを終えた舞台の袖から、僕は客席を見ていた。
客席はまさしくスタンディングオベーション。 スタンディング・オベーションとはこういう状態を指すというお手本のような状態だった。 暴風雨で打ち付ける雨のような凄まじい拍手の音が劇場の中を襲って、暴れまくっている。
僕でも聞いた事が無いような恐ろしい拍手の音圧だ。 僕はこの観客の前に再びカーテンコールで姿を現す事を考えると身震いした。
近くに出番を終えたアリサママが居る。 僕は気になっていた事を聞くことにした。
「ねえ、アリサママ?」
「なに? キアラ?」
「アリサママが出演する交換条件として、巌のおじい様に対して、最後にブルカニロ博士として出演させる演出を提案したのですよね?」
「そうよ。」
「巌のおじい様は、何十年も舞台には立っていないのに、どうして最後にこんな役をやらせたのですか?」
「この劇団天球は巌裕次郎あっての劇団よ。 でも裕次郎さんもずっと天球で演出をやれる訳ではないわ。 だから劇団員にも、天球のファンにも巌裕次郎が引退して行くという自覚が必要だったの。 今の裕次郎さんにおんぶや抱っこの状態で、突然裕次郎さんが亡くなったら大変な事になるわ。 だからファンや観客を含めて、みんなに引退を受け入れる自覚を作る必要があったのよ。」
「なるほど。 確かに突然、巌のおじい様が死んじゃったら大変な事になりますわね。」
「それに、天球の俳優達もここまで立派に育ったのだから、裕次郎さん自身も天球から少し外れて、もっと自分の好きな演出をしてもいいと思わない?」
「う゛っ、その表情は、アリサママ、何か企んでいますよね?」
「もちろんよ。 次の巌裕次郎が演出する舞台はすでに決まっていて、劇団天球じゃなくて、古馴染のメンバーを集めて舞台をやるの!」
「そのメンバー、すごく嫌な予感がするのですが・・・。その主役はまさか・・・。」
「そうよ。星アリサ主演で昔の友達を集めて放浪記をやるの。素敵でしょ!」
アリサママは少女のような笑顔で言う。 しかし騙されてはいけない。 星アリサはそんな純粋な優しさとは最も遠い位置にいるサイコパスママだ。
「アリサママの方で巌裕次郎の自由が利くように、引退の自覚をほのめかして、巌のおじい様と天球の劇団員の両方をハメましたわね!?」
「そうよ。流石は、私からサイコパスの血を受け継いだキアラね。 あなたは私から演技の才能はほとんど受け継がなかったけど、サイコパスの血だけはちゃんと引き継いでくれたわね。 嬉しいわ♪」
「全員にラスボスが星アリサで、裏ボスが巌裕次郎と見せかけておいて、さらにその裏でラスボスが真のラストボスとして暗躍していたなんて、ラスボスの概念が完全にゲシュタルト崩壊ですわ!」
「そういえば、今回の銀河鉄道の公演で、今回を入れて、毎回、スターズの方で席を押さえたまま、チケットをどこにも配っていない席が200席ぐらいありますよね・・・。初回が本当に丸々空いていて、勿体ないから、私の方であゆみちゃんとか、いちごお姉ちゃんとか環さんとか、茜ちゃんや、絵麻ママの友達にまでチケットをバンバン配れて嬉しかったのですが、次回以降は空いているのに配るのが禁止で・・・。 まさかこれも・・・。」
「鋭いわね。 流石は私のサイコパスチルドレン、星キアラ。 この劇をネット配信やメディアで見た著名人や同業者、上流階級の方々から、今頃スターズの事務所は、チケットが余っていないかを確認する、問い合わせの嵐でしょうね。 そして有力な人から順にチケットを渡してあげれば、コネが作りたい放題よ。 変にチケットを売るよりもはるかに儲かるわ❤」
「巌裕次郎の引退を仄めかさせて、自分のコネづくりに役立てようとするとは、天地心一も真っ青の邪悪っぷりですわ。 そして、サイコパスチルドレンとか、エヴァンゲリオンじゃないんだから、あまりにも心外ですわ。 しかも演技の才能を引き継いでいないなんて、悲しすぎて泣いてしまいますわ。うるうる。」
僕は涙腺を緩めて涙を流す。 こういう時に役者は便利だ。
「ごめんごめん、冗談だったのだけど、上手く行き過ぎていて、少し調子に乗りすぎたわ。」
そう言って、アリサママは僕を抱きしめてから、僕の髪を撫でてよしよしとしてくれた。
アリサママに抱きしめられるのは何年ぶりだろう? アリサママが狂って精神病院に行く前でしか記憶に無い。
「勝手にこんなに大きくなっちゃって。 それにあなたの演技は、私も本当にあなたが死んじゃったんじゃないかと思って、震えて後悔したぐらいとても素晴らしかったわ。 ヴァイオリンの演奏も言葉に言い表せないぐらいステキだったわよ。 アキラ、心を入れ替えてちゃんと大切にするから、もう勝手に居なくならないでね。」
そう言って僕を抱きしめるアリサママから、花のような匂いがした。
これで、銀河鉄道の夜の劇場公演は終了となります。
予想以上に長い話となってしまいましたが、この長い話にお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。日々の感想がとてもうれしかったです。
お盆明けでまた仕事が始まってしまったので、また週に数回の投稿にペースが落ちるとは思いますが、次回以降は世間の反応や掲示板回を中心に、この劇の反応などをお伝えしていく予定です。 お楽しみに!