星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

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絵麻ママはみんなで銀河鉄道を観に行く5

 

アキラ君が突然舞台に現れた時に、私の心臓は止まるんじゃないかってほどの衝撃を受けた。

 

アキラ君が死んでいる!!

 

私は舞台であることを忘れて、喉の奥から声が出そうになった。

 

みんな我に返って、口々に聞く。

 

「アキラ君が死んでない?」

 

「でも、舞台に立っているじゃん。 でも・・・。死んでる感じがする。」

 

「アキラ君が本当に死んじゃったとか?」

 

「そっそんなのだめよ! うちがつぶれる。もうあの状態に戻っちゃったら絶対にやって行けない!」

 

「おいちゃん、こんな所で現実に戻らないでよ。」

 

「ちょっと、アキラ君が急死してないか確認してみるね。」

 

みーちゃんはスマフォでニュース検索を始めた。

 

私はというと、あまりの衝撃に震えて何もできなかった。 あのアキラ君が死んでいる? 感じたことのない親しい人の死を間近に感じて私はパニックになりそうだった。

 

そんな混乱の中、千世子ちゃんが動いた。

 

千世子ちゃんの演技で私はまた舞台に惹きこまれていく。アキラ君も動くけれども、やっぱり死んでいるって感じる。 アキラ君の死後にアキラ君の生前のドラマを観ているような気分だ。 舞台の上で生きている人間がリアルに死の感覚を振りまいていた。

 

ただ、アキラ君が演技を始めると、死の衝撃は和らいで、すぐに舞台に没入した。

 

私はただひたすらに、アキラ君が死んでいるのは演技なんだ!演技なんだ!って自分に言い聞かせた。 そうじゃないと私の精神は耐えられそうに無かった。 本当にアキラ君が死んでいて、ここに見えるのがそのアキラ君の最後の幻影なんて事が分かったら、私は今ここで発狂する自信があった。

 

キアラちゃんと千世子ちゃんの演技はすごかった。 死の衝撃の後の演技でも景ちゃんや阿良也君と全く遜色がない。 舞台の上で2連星が4連星になった感じだ。

 

4つの恒星が互いに大きな光を出しながら互いに引き寄せ合って劇を形成していく。

 

千世子ちゃんのその魅力的な演技に一度でも魅入られると目が離せなくなる。 魅入られるってこんな体験なのかもしれない。 

 

普段の四人が見せない、本気の役者としての芝居とその緊迫感、そして魅力的過ぎる四人に私は溺れて行った。

 

夢のような空間、そして死者としての気配を纏う二人と、純粋に星々を渡る汽車の旅を楽しむ二人。

 

四人の会話が進むと、キアラちゃんの手にヴァイオリンが握られていた。 みんなにせがまれてキアラちゃんはヴァイオリンの準備を始める。

 

キアラちゃんのヴァイオリンは筋金入りの上手さだ。 ここでキアラちゃんのヴァイオリンを聞ければ、アキラ君の死の演技で混乱した私の心も一息つけるかもしれない。

 

そうして、キアラちゃんがヴァイオリンを弾き始めたら、あっ、これはダメだって思った。 その後は正直、記憶が曖昧だ。 死者から私に贈られる優しい愛の歌に私の魂は歓喜の雄叫びを上げて、同時に私の精神は文字通り昇天していた。

 

気が付いたら、第二部は終わりを告げて、休憩時間だった。休憩時間も10分を超えていた。

 

私は涙でバッチリと決めてきたメイクがボロボロだった。 おそらく私の今の顔はかなり悲惨な事になっている事だろう。

 

でも他のみんなも一緒だった。みんな大量の涙を流して呆然としていた。

 

悲しくて号泣するとか、嬉しくて歓喜の涙を流すんじゃない。 ただ、奇跡の曲で、心の奥底の魂みたいな人間を形作る部分が浄化された感じ。 なんて言うか、魂がデトックスされて、生きていくために我慢して貯まっていた毒やストレスが全部洗い流されて、人間として生きてきた苦労や否定的な心の傷が全部癒えて子供の頃の心と活力を取り戻した感じ。 そしてそれらのネガティブな毒や心の傷が全て涙と一緒に体の外に排出された気分。

 

私は今、生まれ変わったような気がしていた。

 

しかし、そんな流された涙で私の顔はドロドロだった。 みんなの顔も本当に酷いことになっているけれども、私の顔も酷いんだろう。

私はコンパクトを取り出して、メイクを取り繕った。 なんとかメイクの応急修理は完了した・・・と思う。

 

そこかしこでメイクを直す同じ光景が見える。 でもそれは仕方がない事だと思う。 その証拠に、誰一人、化粧が崩れた事に文句なんて言っていない。 普段は泣かない男の人もみんな涙を流しているけれども、みんなそれを誇らしくしていた。

 

そして第三部が始まり、ジョバンニとカムパネルラの別れに私は号泣し、私のメイクの応急修理箇所は再び大破し、上から修理の化粧を上塗りしていた私の顔は余計に酷い事になってしまった。

 

でも、黒い帽子の女性が舞台に上がると、そんな事も言っていられなくなった。 

 

星アリサ。 日本に多大な影響を与えた伝説の女優。 その圧巻の演技に私は体が縫い付けられるような戦慄を覚えた。 

 

景ちゃんもすごかったけど、アリサさんは本当にすごい。 アリサママとか社長とか、そう言うのを取っ払って、女優として魅せる、星アリサという女の芝居。 ちょっと見るだけでもわかる。 その芝居にかける執念と技術では追いつけない絶対の才能。これこそ、まさに天才。 日本を作ってきた一人の女優の芝居をこの目で目撃している感動を肌で感じる。

 

最後の極めつけは、最後の巌裕次郎の登場と、銀河鉄道の乗車切符を使った、劇団天球へのバトンタッチの演出。 私は今、この瞬間、時代の生き証人である事に気が付いて、体が震えた。 なんて舞台なの!! こんな舞台のチケットをアキラ君はタダで配っていたの!?

 

舞台の感動と共に、こんな歴史的な舞台に立ち会えた自分の幸運さに、身が縮む思いだった。

 

そして感動のカーテンコール。

 

カーテンコールの最中に、私はふと我に返ると、急いでカバンを漁って、いつも持ち歩いているスケッチブックと鉛筆を取り出すと、一心不乱にこの劇を見て受けた感想やインスピレーション、そして私の中の心の情景を画用紙にぶつけ始めた。

 

舞台の感動、そしてキアラちゃんの奇跡の演奏によってネガティブな感情や、心の傷が洗い流されて、私の中で最後に残った感情は絵への執着と、体の外に吹き出す炎のような猛烈な創作意欲であった。

 

アニメーターを目指して山形から上京してはや6年。 経営難からムサニを辞める事になり、フリーの原画マンになって、アキラ君に見初められてイラストレーターになり、漫画家を経て、再びアニメのキャラクターデザインをやっている訳だけれども、ずっと私の心の奥底に引っかかっていたことがあった。

 

それは、未だにアニメーターとして自分は未熟なのではないかという不安と、アニメーターの仕事から逃げてイラストレーターになったのではないかという後ろめたさだった。

 

私よりも何倍もすごい先輩達がアニメーターとして頑張っているのに、私はアニメータの技術が未熟なまま、イラストレーターとしてこんなに沢山のお金を稼いでしまって良いのだろうか。 結果的に私はアニメーションの仕事から逃げたのではないか。 それは私の心に刺さった棘であり、イラストレーターや漫画家、VTuberとして成功した今でも、ずっと刺さったまま取れない心の傷だった。

 

現に、アニメーター時代の私は自分で満足できる原画を描いた事が無かった。 いつも納品の時間とノルマに追われて、私の絵は常になにかを妥協していた。

 

他の先輩達はもっと素晴らしい原画を、私よりも短時間で描いていた。 きっと先輩達はちゃんと満足した原画を納品しているに違いない。 自分すら満足できない絵を原画として納品している自分が、とてもみすぼらしかった。

 

私は自分の絵に自信が無かった。 こんな私が、成功して先生なんて持ち上げられて良いのだろうか? 私の絵はすぐにみんなに飽きられてしまうのではないか。 私は、今この瞬間までそんな不安感に囚われていた。

 

でも、キアラちゃんの演奏に癒されて、色々なしがらみから解放された私の心に、最後に残った物は絵を描きたいという純粋な衝動だった。 だから私はその衝動のままに、舞台の感動を画用紙にぶつけた。

 

全員がスタンディングオベーションをしている中で一人席に座りながら、一心不乱に画用紙に絵を描きまくる私。

 

周りから白い目で見られているかもしれないけれど、そんな事は全く気にならなかった。 カーテンコールの拍手の音も、集中して絵を描く私の耳には全く入って来なくなった。

 

世界が止まって私だけが動いて絵を描いている。 こんなに集中して絵を描いた事は、今まで一度も無かった。 そんな世界の中で、私はクロッキーで1分につき1枚という、とんでもないスピードで12枚ほどの絵を描いた。

 

のちに私は、この時に書いた自分の絵を見直してみたんだけど、どれも1分で書いたとは思えないほど、線が生きていて、本当にわずかな線で描きたい対象や心情を的確に表現していた。 

 

もうこれ以上は削ることが出来ないほどに、シンプルで表現力に富んだ絵だった。

 

私は生まれて初めてこの瞬間に、自分が本当に満足できる絵を描きあげた事に気が付いた。 わずかな線で究極に無駄を削ぎ落した絵は、まさしく私が追い求めていて、ずっと身に付けようとして努力していた、アニメーションを形作る原画そのものの理想の形だった。

 

そうこうしているうちに、カーテンコールも終わり、何かにとりつかれるように絵を描きあげた後に呆然としていると、私の後ろにハリウッドスターの人が来ていて、私の絵を興味深そうに見ていた。

 

そして、詳しく見せてくれと言うので、その絵を見せてあげると、一心不乱に絵を見て、そして涙を流していた。 私の絵で銀河鉄道のシーンを思い出しているのかもしれない。

 

この素晴らしい絵を貸してくれないかと言ったので、そのまま貸してあげると、なんとアメリカの展覧会で展示される事になって驚愕した。 そして12分で描かれたその絵の来歴とともに、私の絵が話題を呼んで各地の美術館を巡り、最後には、私のいくつかのキャラクターデザイン画と共に、『奇跡の12分』という題名で12枚の絵が続き絵として、ニューヨーク現代美術館で展示と所蔵がされることになるという、幸運な運命を辿る事になった。

 

あの絵をニューヨーク現代美術館に寄付する時に、超高額の値段で売れるのにタダであげるなんてもったいない!ってみんな言ったけれども、私は自分の描いた絵にそこまで執着する気にはなれなかった。 あの絵は、銀河鉄道の舞台が描かせてくれた絵であり、そこで描き上げた絵よりも、あの絵を描いた事で私の心の中に得られた喜びと経験の方が、私にとって何倍も価値がある物だった。

 

私の人生が変わった瞬間は、初めてアキラ君にファミレスで出会った瞬間だったけれども、私の心が成長した瞬間は、この舞台を観た瞬間だ。

 

銀河鉄道の舞台は、星々を旅する鉄道の美しい情景と共に、私の心と人生を解き放つ、鮮やかな色どりを与えてくれた最高の思い出となった。

 

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