星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

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ちょっと未来の夜凪景ちゃんの話1

ある夏の夜に自由時間ができた私は、アキラさんの家の視聴室を借りて映画を見ることにした。

アキラさんの家にはリビングの他に映画などの資料を見るための専用の視聴部屋があった。

 

視聴部屋は6畳ぐらいの部屋で、大画面のプロジェクターやテレビと、照明や音響設備も充実しており、防音機能を備えた完璧な映画の視聴環境だった。

この部屋が空いている時は、私は自由に使って良い許可をもらっており、アキラさんの家に住み込みのお手伝いさんとして引っ越してからは、実は私が一番この部屋を利用していた。

 

アキラさんの家には自分の家に元々あったビデオよりも、何倍ものDVDやBlu-rayがあって、暇を見つけては私はその中から、見たい映画や気になる映画を探して視聴していた。

今日は、お母さんと私が大好きなローマの休日を見るつもりであった。

ルイとレイも映画を見ている時は一人にさせてくれて、私はこの部屋で誰にも邪魔されずに映画に没頭できた。

 

オードリーヘップバーンが演じるアン王女を体験して、バイクのハンドルを奪い、真実の口で驚き、スペイン広場でジェラートに舌鼓を打ち、エンディングの後にアン王女から戻ってきた私は、アン王女と一緒に一筋の涙を流して、ちょっとの悲しさと一筋の寂しさ、ジョーとの思い出の幸福感などの複雑な感情が残っていて、映画を見終わった私自身の心は満ち足りていた。

 

数年前の私では、この映画で感動することは無かっただろう。いや、見る事すら無かったと思う。

アキラさんに救われるまでの私は、特にハッピーエンドの映画が大っ嫌いで、逆に好きなのは悲劇的な映画、特に主人公が悲惨な終わり方をする映画を好んでいた。

 

実は数年前に私が初めてアキラさんに出会う頃、私の一番好きな映画は火垂るの墓だった。

 

ルイとレイが生まれて、父親と言う名の憎いあの男が失踪すると、夜凪家の生活は一変した。

私が生まれた時には、あの男も小説の収入がそれなりにあり、お母さんも何とか私を育てられたらしいが、ルイとレイが生まれた時にあの男が働かずに失踪したことで、夜凪家の状況は大きく変わった。

ルイとレイが生後5ヶ月ぐらいまでは、なんとか出産の給付金や貯金を切り崩して生きていけたが、その後は貯金も底を尽き、夜はルイとレイを私に任せて、お母さんは夜のスーパーで働くようになった。

 

私は慣れない双子の世話に悪戦苦闘して辛かったが、ほとんど寝ないでスーパーに働きに出て、私が学校で居ない間は双子の世話をするお母さんを見ていると、何にも言えなかった。

あんなに綺麗だったお母さんは見る見るうちにやつれてきて顔色も悪くなり、健康状態が悪化していくのが判った。そしてお産後の定期検査で病院に行ったある日、ついに入院するように言われてしまった。

 

補助金が出るとのことで、ルイとレイを施設に預けてお母さんは病院に入院した。

病院に入院すると、お母さんは少しずつ回復してきて、病院の中を一緒に軽くお散歩するようになった。

すごく久しぶりにお母さん独り占めできて、すごくうれしかった。やつれていくばっかりのお母さんが回復してきていて、私はこの時に、この状況が改善するのではないかとわずかな希望も持っていた。

 

お母さんの入院から3日目に病院内をお散歩していると、すごく澄んだ鐘の音のようでありながら、すごく独創的で不思議なピアノの旋律が耳に聞こえてきた。

この曲はリストの「ラ・カンパネラ」って曲らしいんだけど、その時の私は曲名など判らずに、ただ、ピアノの音がする方に引き寄せられていた。

 

そしてある病室の前に来るとドアが開いていて、中で私よりもちょっと年上の男の子がその曲を弾いていた。

その時の私は、綺麗とか素敵な曲とか、そんなありきたりな感想ではなく、ただその男の子が奏でる音楽に圧倒されて、何の感情も表現できなかった。

 

私が男の子の病室の前で呆然としていると、男の子に部屋に入って聞きませんか?と勧められたので、私とお母さんは部屋に入って、用意してあった椅子に座らせてもらった。

その男の子の名前はアキラ君と言った。アキラ君にリクエストを聞かれたんだけど、ピアノの曲なんて咄嗟に思いつかなかったので、あの男が失踪する前までは好きだったプリキュアリーの曲をリクエストしてしまった。

久しぶりに聞いたプリキュアリーの曲はポップで心も弾んだが、同時にちょっと前までの私はこんな幸せそうな曲が好きだったんだと、悲しくなった。

 

それから、お母さんが入院している間は毎日アキラ君の病室に行って、いろいろお話をして、彼が奏でるピアノを聞く毎日であった。

彼のピアノは私に安らぎを与え、一緒にアキラ君がいろいろくれる果物や缶詰なんかの甘い物たちは、精神と物質的な栄養の面から私に幸福を与えた。

あの男が失踪して以来、双子の育児用品にお金が回って、私は甘い物を口にできる機会がほとんど無くなっていたから、彼のピアノと彼が私にくれる甘い物は一時にでも、私につらい現実を忘れさせてくれた。

 

お母さんが退院して、またあの辛い日々が戻ってきた。

お母さんは入院で健康状態が一旦持ち直したように見えたんだけれども、またすぐに前の状態に戻ってしまった。

そして私はそんな現実から目を背けたくて、たびたびアキラ君へのお見舞いに行っていた。お見舞いに行けばいつもの通り、ピアノと甘い物で一時現実を忘れられたけれども、それも長く続かなかった。

 

アキラ君はついに退院してしまった。そしてテレビで立派な謝罪会見をして別の世界に行ってしまった。彼は良くテレビでは見るようになったけれども、もう私と会う事は無くなってしまった。

 

そうして私達、夜凪家一家の状況はどんどん悪くなっていった。

私達に限界が迫っていたある日、「お母さん、どうしてそこまでして働かなければいけないの?」と聞いた。

お母さんは何かを誤魔化すようにしていたけれども、私が問い詰めたら、あの男が借金を残していることを知った。

 

私は目の前が真っ赤になった。私達はまだあの男のせいで、こんなに不幸な目に遭わなければいけないの!?

私は父親への憎しみが心の奥に炎のように燃え上がっていた。

 

でもこの行き場の無い怒りをどこにもぶつける事はできなかった。

私は双子の赤ちゃんの面倒を見て双子が寝静まると、大好きな火垂るの墓を見た。

 

火垂るの墓を見るのは楽しい。特に節子が死ぬ最後のシーンは最高だと思う。私よりも不幸な節子になろうとして、節子を体験しながら見ると、映画が終わって私に戻った時に、私は餓死した節子よりも不幸では無くて安心する。

私には優しい母親もいるし、大切な双子の弟妹も居る。

 

そうして、精神をなんとか保っていたけれども、ある日、双子の子供の面倒を見ていたお母さんが、立ち上がった瞬間にそのまま倒れた。

私はびっくりして、救急車を呼ぼうとしたけれども、お母さんに止められた。そして毛布を持ってくるように言われて、床から動く事ができないお母さんに掛けてあげた。

 

お母さんは真っ青な顔をしながらしばらくうずくまっていたけれども、パートの時間になると、限界が近い体を押してパートに行ってしまった。

 

「お母さんがっ。お母さんが死んじゃうっ・・・・!」私の体は震えが止まらなかった。

 

その日の夜、ショックを受けたまま、いつも通りに火垂るの墓を見た。

そして映画を見終わった時に、私は理解してしまった。

 

私はいつも、節子は私よりも不幸だと思っていた。でも節子は大切なお兄さんに見守られながら安らかに死ぬことができた。

それに対して、このままだと私は、お母さんが死んで、ルイとレイも居なくなって、最後に私は、あの男への怨嗟を吐いて、苦しみながら死んでいくのだ。

私は節子を見て安心していたけれども、節子は私よりも幸せだったのだ。

 

私の心が節子よりも自分の方が不幸だと理解した時に、私がなんとか我慢していた物がすべて吹き出した。

 

「ふえっ。このままだとお母さんが死んじゃうっ。ルイとレイともばらばらになっちゃうっ。やだっやだやだっ。」

 

涙が止めどもなく流れる。

 

「やだっ。お母さん、死んじゃやだっ。死なないでっ。お願い。良い子にしているから。お願いだから死なないでぇっ。」

 

「やだやだやだっ。やめてっ。神様お願いだからお母さんを死なせないでくださいっ。お願いっお願いですから。」

 

私は、お母さんがあの男のように私たちを捨てれば、お母さんも生きられる事を知っていた。でもお母さんは私たちを捨てなかった。

 

「私たちのせいで、お母さんが死んじゃうんだっ。いやだ。いやだよ。やだやだっ。」

 

「やだやだやだっ。やだやだっ。誰か助けてっ、助けてくださいっ。お願いですから助けてくださいっ。お願いですから。うわーーーーんっ。助けて!、助けてよっ。だれか私達を助けてくださいっ。わぁぁぁぁーーーーん。」

 

もう私は駄々っ子のように泣くのを止めることができなかった。これだけ泣いても、苦しんでも、小学生の私では、ただ破滅へ突き進むのを黙って見ているしかなかった。

現実は映画とは違う。どんなに不幸であっても、私たち家族を助けに来てくれる人など誰も居ないのだ。

 

 

だから私はハッピーエンドの映画が大嫌いだった。

 

 

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