星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
-------------柊雪視点-------------
「う―――――ん。 全く良いアイデアが浮かばないよ!」
私は頭を掻きむしりながら、私は突如任された映画の企画に悩んでいた。
いきなり監督という上に、何でも撮って良いという、文字通りフリーハンドの制限無しと言う破格の内容。 しかし、だからこそ悩む。
なんでも好きな物を食べてもいいよとか言われて、すぐに食べたい物を言えるだろうか? 半分ぐらいの人は、ぱっと思いつくかもしれない。 寿司? すき焼き? しゃぶしゃぶ? カレー? フランス料理? 会席料理? 食べたい料理は人それぞれだけど、欲望の赴くまま、わりとすぐに思いつくだろう。
では次の内容で質問されたらどうだろうか?
「あなたはもうすぐ死にます。 貴方が死ぬ前に人生の最後の食事として何でも好きな物を食べてよいですよ。」
これだと、好きな物の意味合いが変わって来る。 おそらく多くの人は悩むだろう。 単純に欲望の赴くまま食べたい物を食べるのとでは訳が違う。 誰しもが自分の人生の最後を飾る食事として、自分の人生を象徴するか、自分の人生に最も影響を与えた食べ物を選ぶ事だろう。 そしてその食べ物を悩まずにすぐに答えられる人は非常に稀だと思う。
私が今置かれた状況は、この質問をされたのに等しい状況であった。 もちろん、私が死ぬわけでも、人生最後の映画を撮影する訳でも無い。 むしろ私の初監督作品であり、最初の作品だ。 私の監督人生はこれから始まるのだ。 でもだからこそ、思い入れの強い映画を作りたい。
もちろん、私も映画監督を目指す身であるから、実はいくつか映画のアイデアを持っていた。 特にイカ娘で助監督を務めて、ヒットの結果、かなりのインセンティブをもらっていた私は、景ちゃんにも気づかれないように、密かに自分の映画の制作の企画を進めていた。
映画の内容は、下町の喫茶店を舞台に、父親が倒れて臨時で喫茶店の店長をやる事になった女の子と下町の人々の人情喜劇のような映画だった。 この映画は完全に私のポケットマネーで作るつもりだったので、主演は市子(朝野いちご)あたりに友情価格で出演してもらって、後は伝手で俳優さんとエキストラとかを雇ってなんとか撮影しようかと考えていた。 実際、市子もかなりの売れっ子だから、正規のギャラを払う事は難しい。 ・・・もしかしたら、市子のファンが観てくれるかもしれないけど・・・。
映画自体も撮影してポンと黒字を出せるような物では無い事を承知していた。 そもそもシネコンのようなメジャーな映画館で放映してくれる事すら無い。 だから、地方か、個人経営の映画館でちょっと放映してもらえるような、そんな映画になるはずだ。 もちろん、ポケットマネーによる制作で、何かの拍子でバズりでもしない限り、収益など得られるはずが無いぐらいの赤字だ。 そもそも収益という物が入って来るかすら怪しい。
これは、映画会社が私の作った映画を買ってくれて、全国に配給してくれる可能性が非常に低いからだ。 少なくともスタジオ大黒天のレベルで配給先を探して、放映してくれる映画館を探す所から始めなければいけない。 墨字さんの映画は、海外では配給先はそこそこあったんだけど、日本の大手映画会社から配給された事は無い。 だから、墨字さんは世界の3大映画祭で全て賞を獲得しているという、化け物染みた日本有数の映画監督なんだけれども、日本での知名度はそんなに高くない。
ただ、誤解して欲しく無いのは、墨字さんの場合には自分の撮りたい映画を優先しているために、わざと収益を狙っていないということだ。 彼は売れる映画を撮ろうとすればいくらでも撮れる。 墨字さんは日本の映画会社でも注目を集める映画監督だし、自分の考えを曲げて大衆の需要にマッチするような映画を撮れば、墨字さんの映画は大ヒット間違い無しだろう。
大ヒット映画を撮る能力があるけど自分の考えで作らないと言うのと、頑張ってもヒットさせる能力が無いのとでは、天と地ほどの差がある。 そして、おそらく彼の最初の大ヒット映画は、景ちゃんが初主演した映画になるはずだ。 それこそ、墨字さんが撮りたいものを撮って、それが自然と大衆の需要にマッチするような凄い映画になるはずだ。 その映画はまだ彼の頭の中にしか存在しないだろうけれども、それを実際に観たら背筋が震えると思う。
逆に、あんなに拘りとかなくて、企画からして爆死確定で、あんなに適当な台本で作った映画を大ヒットさせたアキラ君と千世子ちゃんは別の意味で化け物すぎる。 監督としての目線から見ると、全く文化や考え方の違うエイリアンだ。 企画の段階でイカ娘をヒットするのを予想できていた人間は、本人達以外には誰も居ない。 出演者ですらここまでヒットすると予想できた人は居なかった。 あの二人は大衆の需要にマッチさせたのでは無くて、大衆の需要自体を作り出した。
あの二人の能力と手腕は凄すぎる。友達では無くて、映画関係者の目として公平に見ると、悔しいけれども天才としか言いようが無い。 世間で天才俳優と言われる二人の才能を本当に感じる。 天才俳優すぎて、役者の延長上で片手間に映画を撮っても大衆を驚かせるのだ。 中身はあれなので、全く尊敬は出来ないけれど・・・。
私もプロだ。 もちろんゆくゆくはみんなに認められるような映画を作って評価されたい。 自分の作った映画で収益を上げて食べていけたらとても素敵な事だ。 でも資金も知名度も無い人間がぽっと出で作った映画が黒字になるような甘い世界じゃ全く無い。 むしろ明らかに嗜好品で、生活必需品では全く無い映画というジャンルは、非常にシビアで厳しい世界だ。
ただ、資金も知名度も無いんだけど私には幸運なことにけっこうコネがある。 アキラ君や千世子ちゃん、景ちゃん、阿良也君などに出てもらえれば、それなりに売れるんだろうけれども、そもそも論として、私に彼らの出演料をペイできる自信が無かった。 もちろん、これまでの経緯や付き合いを考えれば友情出演してもらえる可能性もあるんだけど、彼らの好意に甘えて一方的に搾取するなんて、とても健全な関係とは思えない。 卒業制作の映画撮影とは訳が違うのだ。 それにもらった恩を返せる宛てもなかった。
こういう事を考えた結果、市子が主演でこじんまりとした話にまとめる。 アキラ君達の力は借りない。 それが私の映画のプランであった。
市子を選んだ理由は、もちろん、阿佐ヶ谷芸術高校の同級生で親友だった事と、少なくとも世代の上位だけれども、トップとは言い切れない彼女の立ち位置とギャラがちょうど良かったからだ。 それでも正規のレートで市子にお願いすると、主演だと400万から800万以上は飛んでいくだろう。 明らかに半額以下のお金でも良いと言ってくれたのは、彼女の友達としての温情だ。 アキラ君達をこの値段でお願いする訳には行かない。 アキラ君に至っては、脇役であっても、出演料は億から始まる。 温情で100万ぐらいで出てもらいましたとか、友情出演でもありえないし、彼らを出演させるのは、完全に私の売名行為だ。
そんな感じで、ひっそりと私の映画撮影企画を裏で進めていたんだけれども、しかし、このプランが本当に私の作りたい映画だったかというと違う。 これは現状の自分が持てるリソースを考えて、妥協に妥協を重ねた上で、映画撮影のコスパを考えてまとめた映画のプランだ。
この映画プランが今回の件で完全に覆ってしまった。 予算は超ウルトラ潤沢、内容制限無し、アキラ君や千世子ちゃんなど、おそらく阿良也君や景ちゃんも使いたい放題。 内容も好きな映画を作っていい。 でも、このメンバーを出演させるのに、本当に無責任な映画を作る訳には行かない。 そして作った映画は間違いなく大手配給会社から配給されて、シネコンとかで放映される。 初監督作品を撮れるのは嬉しいけれども、とてつもないプレッシャーだわ。
一応、墨字さんに変わってくれないか聞いたんだけど、もちろん断られてしまった。 そりゃそうだよね。 自分の考えで大手配給会社に流れるような映画を作っていないんだし、そもそも、墨字さんがそう言った映画を撮りたかったら、アキラ君かアリサさんあたりに話せば、いくらでもお金を出してくれる事だろう。 そもそも墨字さん自身もスターズからもらっている仕事でそこそこの収入はある。 次の景ちゃん主演の映画はスターズから製作費が出るかもしれないけれども、現状では、外野からガヤガヤ言われる事が嫌いな墨字さんが自分を曲げて、アキラ君からこの条件の映画撮影を了承するとは思えない。
っていうか、もしかして、私が映画を作ろうとしていたことにあの二人は気が付いていたの? 元の映画のプランを墨字さんと市子以外に話した事は無いんだけど、まさか、私の映画に出演できない事に気が付いて、自分達を私の映画に出演させるために今回の監督を押し付けたとか・・・。 まさかね。 我ながら流石に自意識過剰すぎるわ。 大した実績の無い私の初監督にそこまで出たいとか思う訳もないものね。
だめだ、こんな現実逃避をしている場合じゃない。 全然映画の企画とは関係ない事を考えているじゃないか。 早く新しい映画の企画とプランを考えなければ!
私は突如任された、大作になる事だけが決まっている映画の監督として、私はやっぱり、ぐるぐると悩んで行った。
椅子の背もたれに腰かけて、天井を見る。 天井の模様を観察しながら思った。 ・・・・私が本当に作りたい映画って何だろう?