星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

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ちょっと未来の夜凪景ちゃんの話2

そんな苦しいギリギリの日々を過ごしていたある日、転機が訪れた。

それはアキラさんが家に尋ねて来てくれた事だった。

 

アキラさんは私の家に遊びに来てくれる約束をしていたけれども、今や頻繁にテレビに出演するようになっていた。正直な話、遠い世界に行ってしまったアキラさんが、私なんかの約束を守って家に尋ねてくるとは思っていなかった。

 

アキラさんは私達家族の惨状を見ると、どうしてこういう状況になっているかと尋ねてくるので、私は言いたくないけれどもぶっきらぼうな態度を取って、仕方なく質問に答えた。そしてあの男の事を聞かれると、つい激昂して私は泣き出してしまった。

アキラさんは泣いている私を見ると、どこかに行ってしまった。アキラさんがせっかく来てくれたのに、私に呆れて出て行ってしまったのだ。

 

そう思って、絶望と後悔していると、しばらくして、また戻ってきて私に豚のすき焼きを作ってくれた。

 

このすき焼きは正直に言って、人生で一番美味しかった。あの男が居なくなってからすき焼きなんて全然食べられなかったし、なによりも一人きりで孤独だった私を、見返り無しで純粋に助けてくれようとしている心が嬉しかった。

私は様々な感情が押さえられずに、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら一心不乱に、豚のすき焼きを食べた。

 

すき焼きを食べ終わると、アキラさんは「よく頑張ったね」と言って私の頭を撫でてくれた。

私はアキラさんに抱き着いて、号泣してしまった。しばらくして落ち着いてくると、抱き着いていたアキラさんの服のおなかのあたりには、私の涙と鼻水、あと唇に残ったままのすき焼きの汁と卵でべちょべちょに汚れてしまっていた。

 

私は「汚してしまってごめんなさい。」と謝ると、「そんなこと気にしなくていいよ。」と言ってくれてまた私の頭を優しく撫でてくれた。

 

それから、あれよあれよと言う間に、生きるか死ぬかの瀬戸際だった私達家族は、アキラさんによって救われることになった。

 

私達はアリサさんとアキラさんの家の、住み込みのお手伝いさんという仕事と家と食事を与えてくれて、疲労で死にそうになっていたお母さんは回復し、今の私はこんな幸せな生活を送っている。

 

こんなすごい事を、あの時10歳だったアキラさんがしてくれた事が信じられない。

でもアキラさん以外の人では、きっと救われることも無く、私達家族はもっと悲惨な結末を迎えていただろう。

 

私は、私と大切な家族を救ってくれたアキラさんに深く感謝していた。

 

私は、あの後から私の人生の転機やお祝い事の時に、アキラさんから「何か食べたい物ある?」と聞かれたら「豚のすき焼き」と答えている。

アキラさんは何かを察したのか、そのリクエストをすると、何も聞く事無く、あの時に食べたすき焼きを作ってくれる。

この前、千世子ちゃんにもご馳走したら「普通は牛肉でしょ。こんなのすき焼きじゃないわよ!」と言われて、アキラさんと顔を見合わせて笑ってしまった。

 

いろいろな思い出と共に、私にとっての豚のすき焼きは、アン王女のジェラートや、節子のサクマ式ドロップスのような忘れられない味になったのだった。

 

 

------ ちょっと未来の夜凪ママの話 ------

 

アリサさんとアキラさんの家の住み込みの家政婦として働き始めてから2年が経過した。

そして今日でついに夫が残した借金を全て返し終わった。

 

私は借金を返したその足でそのまま区役所に行って、夫だった人との離婚届けを提出し、その後、夫の本の印税を振り込んでいた出版社に連絡して、離婚したのでこれから印税の振り込みは不要であることを伝えた。

 

区役所の窓口で離婚届はあっさりと受理され、私達夫婦はこうして赤の他人となった。

今朝、景にお父さんとの離婚届けを出してくる事を伝えると、「ついにあの男と離婚する決心がついたのね!嬉しいわ。」と喜んでいた。

その様子を見て私はすごく複雑な気分になった。

 

景にとってお父さんだった人と縁が切れるのは喜ばしいことであって、私が感じる寂しさなどは全く無いようだった。

 

私は区役所を出ると、時間が少しあったので近くの大きい公園に来てベンチに腰かけた。

秋晴れの空を見上げながら、あの人との結婚生活の後悔と、あの人との関係を全て終わらせることができた事、そしてこんなにもダメな母親でありながら、幸運にも子供たちを守れた事への安堵感に浸っていた。

 

私はローマの休日が大好きで、アン王女のような恋に恋焦がれていた。

あの人と出会ったときには、運命だと思っていた。私達は駆け落ちして、実家に絶縁された。

そして、人生は物語のように上手くいかないことを知った。今思い出してみても、結婚後のあの人との生活は上手くいっていなかった。

 

あの人は小説を書く事以外には興味が無い人だった。そう、あの人は小説が家族よりも大切な人だったから、家族が小説を書くのに重荷になった時点で、あの人は私達家族を捨てた。

 

実はあの人が家族を捨てる前に、ルイとレイが生まれた事を実家に伝えて、援助をお願いしたことがある。

しかし、ほぼ結婚生活が破綻しているにも関わらず、夫との離婚をためらう私に、父親がキレて「なに甘っちょろい事言っているんだ。もう電話をしてくるな!」と電話を切られてしまった。

 

それからは、夫が居なくなって、私は景に迷惑をかけながら、ひたすら頑張って働いた。

 

「子供たちを守れるのは私だけなんだ。」

 

私は子供を守ると誤魔化しながら、あの人との結婚が間違いではなかったと言うことを、自分の力で示したかった。

今振り返ってみると、なんて身勝手な母親だったのだろうと思う。本当に守らなければいけないのは、私の意地などではなく、大切な子供たちだったのに。

 

おそらくあの時、景がアキラ君のピアノの音に導かれて、アキラ君の病室に行かなければ、私達家族の運命は全く違った物になっていただろう。

アキラ君とアリサさんには感謝してもしきれない。

 

私はけじめとして、両親に対して、これまでに迷惑をかけた事への謝罪と、夫との離婚、そして今の生活は大丈夫である事を報告するために、本当に久しぶりに実家に電話した。

実は景には、私に両親が居る事を話したことはない。変な希望を持たせる訳にもいかなかったし、両親に絶縁されているとはとても言えなかった。

 

電話には父親が出て、父は私の話を無言で聞いていた。私が話し終えて電話を切ろうとした時に父がしゃべった。

 

「お前も大人に、いや立派な母親になったんだな。お前がちゃんと過ちを認めている以上、わしも過ちを認めにゃならんな。すまなかった。」

 

突然父親が謝った。

 

「本当なら双子が生まれた時点でお前を助けるべきだったんだ。でもわしにはどうしても、あの男とお前との結婚を認められなかった。あの時にお前に手を差し伸べなかった事と、わしが狭量で意地っ張りな父親だった事を許してほしい。」

 

あの頑固で、自分の主張を曲げた事を見たことが無い父親が、私に対して謝った事に驚いていた。

 

「そんな事ないわ。あんな騒動を起こして、駆け落ちした挙句に勝手な事をお願いしたのはこっちなんだし。」

 

「不出来な父親で本当にすまなかった。もしもお前がわしを許してくれるのであれば、時間がある時で良いから子供たちを連れて遊びに来てくれないか。母さんも喜ぶと思う。」

 

私は父親を許すと言う事と、時間が取れれば、景が冬休みになったら子供たちを連れて行く事を伝えた。

 

本当に久しぶりの両親との電話は、全く想像しない形で終わった。

 

両親は全てを捨てて駆け落ちした私を憎んでいて、私を絶対に許してもらえないと思っていた。

でも両親もずっと苦しかったんだと言うことが、父親からの言葉で判った。

 

きっと、アキラ君に出会う前の、あのままの生活を続けていたら、私達家族は破滅して、両親とも和解できなかっただろうし、景やルイとレイたちも本当にどうなっていたかわからない。

 

私は感情が押さえられなくなって泣いた。

 

一通り公園のベンチの上で泣き終わって、公園を見ると突風で散っていたイチョウの葉が一斉に巻き上げられて、雪のようにひらひらと散らばった。

幻想的な光景だった。まるで私達家族の前途を祝ってくれているようだった。

 

ふとこの光景を誰かに見せたいと思った。

 

まず思い浮かんだのは、私の大切な子供たち。そしてアキラ君とアリサさん。

 

もう私の脳裏には、夫だった人は思い浮かばなかった。

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