星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
-------------柊雪視点-------------
エマの家族達との会話を撮影し続ける。
家族と日常会話を続ける、エマ・ウェルナー。 家族にふと小説家になる夢を諦めきれないという話をする。
またその話かと嫌がる両親。 おそらく、千世子ちゃんがエマとしてこの家の家族として過ごす際に何度もこの話をしたのだろう。
両親はうんざりという感じだった。 そして、両親は彼女の事を本気で心配して小説家一本ではなくて、勉強しながら小説家を目指すなど様々な道を提案していた。
まさしく家族会議。 日本だけではなくて、古今東西の家族で見られる光景だ。
小説家になりたい情熱を語るエマと、小説家という職業がどれだけ大変なのかという現実を知る両親。 話は平行線を辿る。
この情景だけを見ても、千世子ちゃんがエマとしてこの家族と過ごして、信頼と情愛を得て実際の娘としてこの家族に受け入れられている事が良く分る。
役者と言う職業は視聴者に本物よりも本物として見せるために、より誇張した表現を用いる事が多い。それによってより多くの人の共感が得られる。
でも、全員をプロフェッショナルの役者にすると、同時にお芝居というか再現VTRみたいな部分も映像に見え隠れしてしまう。そう言った部分がドキュメンタリー調で撮る事を考えて、私は普通の家庭のごく一般の人を両親として撮影する事を決めていた。
この映画自体が、ほとんどの登場人物はみんな、映画に何て出演した事が無い一般の人の予定。そして、この一般の人をどうやって引き立てるのか? それが映画に出演してもらう四人の課題だった。
そして、千世子ちゃんが選択したのは1ヶ月程度に実際の娘として生活して、娘としての愛情を持ってもらうことであったようだ。
夢に向かって走る娘と娘を心配して夢に反対する両親。 この口論をみるだけでも、千世子ちゃんがこの1か月でどれだけ娘としての愛情を両親から獲得したのかが良く分った。
この口論は事前に何度もしたのだろう。 エチュードとかアドリブとかではなくて、普通の家庭の両親が娘にする普遍的な話をしている。 普通の両親である点が逆にリアリティを出している。
両親は大学に進学して学業を続けながらでも小説家を目指せると説得するが、自分の道を自分で歩みたいエマは、家出してでも小説家の道を目指したいと言う。
映画に出演もしたことが無い両親を千世子ちゃんは持ち前の能力を駆使して上手くリードしていた。 カメラへ映り、視線移し方、会話のタイミング。 普通の人が普通に会話しただけでは付けられないアクセントを彼女自身がさりげないリードをする事で、自在に場面を演出して見せた。
彼女の持つ役者としての能力。 それを自分自身だけではなく、両親にも適用する事で実際の人物を使うリアリティを維持しつつも、映画の場面として成立させていた。
彼女が自分で役を考え、そしてこの家の娘として過ごす事を決めて、娘になりながら両親を観察して、1ヶ月の月日をかけて準備したシーンが、今私の目の前で結実している。
長い話し合いの後に、頑固なエマについに両親が根負けしたようだ。両親は学校に行く事を条件に彼女に一人で生活する事を提案する。
「エマの夢は良く分った。 しかし社会に出て見れば分るが、小説家というのは非常に厳しい職業だ。 家出をしてもなおさら小説家になれない。 どうだろう? 前に祖母が暮らしていた家がある。 私達の援助無しで自分が小説家で実際に生活して行けるかを試してみるといい。」
「わかったわ。」
こうして、生活用品を詰め込んだトランク一つを持ってエマは家から出ることとなった。
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撮影を終えた後の別れの時。
「エマ。この1か月は本当に楽しかったわ。ひと月一緒に過ごしただけだけど、私達はあなたを本当の娘だと思っているの。 撮影が厳しかったら帰って来てもいいのよ。」
そう言って、母はエマと抱き合う。
「ママ、私、頑張って来るわ。あと、休みになったらまた遊びに来るから。」
「必ず遊びに来るのよ。約束だからね。」
「それじゃ、ママ、パパ、行ってきます。」
この1か月の間、千世子ちゃんが、どれだけエマとして役作りと場面作成に没頭したかが良く分る。あきらかにこの両親は、千世子ちゃんをエマと捉えて、実の娘としての情を持っていた。
それだけに、千世子ちゃんの力で、エマの旅立ちと言う映画の冒頭シーンですごくリアリティがあるシーンが撮影できた。
私は、千世子ちゃんの意図に気が付いてから、たとえシーンがNGであってもそのまま使うつもりであったが、自分の予想以上の映像が撮れてしまった。
これこそ千世子ちゃんの力だ。 彼女はエマになり切って、1ヶ月実際の家庭環境に入り、エマという人間の生まれや考え方、家族構成などを体感して、それを映画のシーンとして表現した。
1ヶ月で実際にあそこまで自分の娘として他人の家庭に入り込めるなんて、千世子ちゃんはヤバすぎる。 役者の技術と人間観察のたまものなのだろう。 改めて私の映画に出演してくれる俳優達の事をを考えると恐ろしくなってくる。
「それで、雪ちゃん、私達が住む家に連れて行ってくれるのよね?」
「もちろんよ。素敵な家よ。」
私は、映画の舞台となるいつもの我が家に案内する。
「・・・・この家なの? 本当にこんな家を映画の舞台に?」
「そうよ。趣があるでしょ。」
「出て来ちゃったけど、今すぐママの家に帰ろうかしら。」そう言って、すばらしき(超ボロい)我が家を前に千世子ちゃんは顔を引きつらせるのであった。
もちろん。珍しい千世子ちゃんの素のリアクションを私はバッチリ撮影した。