星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
-------------柊雪視点-------------
私達は、アキラ君の準備が整ったと言うので、ネッコフリックスのドキュメンタリースタッフと共に出かける事になった。
指定された場所は、音楽スタジオで防音と音響設備が整った場所で撮影になりそうだ。
音楽スタジオの中に入ると、老人と若い女の子がヴァイオリンのレッスンをしているのがガラス越しに見える。
女の子は歳は18歳ぐらいで、スラリとした高い身長やスタイルの良い体とロングの茶髪、目は老人に似て黒目である。 骨の付き方や顔の輪郭など少し老人の面影がある。 彼女はこの老人のお孫さんかもしれない。
彼女のヴァイオリンの取り回しを見ても、抜群の技量が見て取れる。 正直、綺麗でかっこ良すぎる。 男性よりも女性の方が「きゃ―――――っ♡」と言いながら目をハートマークにするような女性である。 男性の方はたぶん綺麗すぎて腰が引けるだろう。
もう一人のおじいさんは黒髪で黒目の外見で、いかにも音楽家と言ったような、カチッとした威厳のある印象を見せる。 この人、どっかで見た事があるような・・・。 公園とかですれ違ったのかな?
事前にある程度の間取りは入手していたけれども、実際に現場をみるとまた違う。私はガラス越しに千世子ちゃんと打ち合わせをしてその場でカメラの配置を画角、アングルなどを相談していると、中の女の子から声が届いた。
「あっ、来たのですわね。 中に入って大丈夫ですわ。 私もおじい様もカメラで緊張するタイプではありませんし、大々的にカメラを設置してくれても大丈夫ですわよ。」
「そうだな。イーファ、それでは一休みしようか。」
「そうですわね。」
「えっ? そんな感じで撮りたいシーンが撮れるの?」
「もちろんですわ。 見たいのでしょ? わたくしのキレた演技を。 映画史に残る本物のシーンを見せてあげますわ。」
そう言って、彼女は私に、にやりとした笑みを浮かべると、老人と共に休憩に行ってしました。
老人とイーファと呼ばれた女性は、両方ともアクセントの位置が違い、リズムと抑揚があるイタリア訛の英語を話していた。 間違いなく親子に見える。
私達は彼女達が居ない間にカメラを設置する。 今回の二人はどちらもカメラ慣れしているらしいので、大柄な撮影セットを持ち込んでも特に問題も無いだろう。 今回は特に音響関係の機材に拘って、かなり大所帯な体制となっている。
こんな機材を一声で集められるネッコフリックスはヤバすぎる。 現場のディレクターに聞いても、普段はこんな簡単に撮影に必要な機材が揃う事は無いそうだけど、今回はCEO肝いりのプロジェクトなので、様々な意味で優先対応だそうだ。
それを聞いた私は、アキラ君がネッコフリックスのCEOに何を言ったのかすごく怖くなったが、聞かない方が絶対に良いので、この猫を殺す好奇心は心の中にしまう事にした。
千世子ちゃんとカメラの映像や光の入り方、音響効果などを調整し終わって二人を待っていると、建物の外に二人が見えたので建物内に入ってきた瞬間にシーン番号を書き込んだカチンコを鳴らして撮影を開始した。
少人数の撮影なら問題が無いのだけれども、これだけカメラや音声がある状態だと複数台のカメラと音声を編集時に一致させるのが面倒なので、今回はカチンコを鳴らして編集点を作って、一斉にカメラと録音を開始した。
やがて二人がレッスンルームに入ってきて、イーファと呼ばれた女の子がヴァイオリンの練習を再開する。
練習していた曲を後で聞いた所によると、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲というらしい。 素人が聞いても明らかに難しい曲を超絶なテクニックで弾いているのが分る。
老人はソファーの背もたれに腰をかけて、足を組んで目を閉じて、集中して彼女の演奏を聴いている。 このおじいさんもカメラマンやスタッフが居ても気にしないようだ。 もしかしたら、音楽のレッスンプロなんかで有名な人かもしれない。
彼女が気分よく曲を弾いていると、突然老人が彼女の演奏を遮って声をかけてきた。
「その部分、そこのフレーズはもっと節度を持って、優雅に流すべきだ。 そのように技巧で自分のテクニックを見せびらかすみたいに、成金みたいな表現をするべきではない。」
おじいさんにそう言われると、イーファは演奏を止めておじいさんに反論する。
「おじい様! ここは技量のアピールポイントですわ! ここで技量を見せつけないとコンサートで加点されませんわ!」
「ハイフェッツの演奏を聞いてみろ。 そんな所を変にアピールなんてしないで、自然にさらっと流すだけだぞ。 超技巧が完全にメロディーに調和して技巧なんて感じないじゃないか。 大切なのは音楽の規律であって、貧乏人が身に着けた唯一の高いブランド物のアクセサリーのように、自分の技巧をチャラチャラと見せびらかすべきではない。」
「はぁ? 音楽性に溢れた私の音楽が貧乏人の音楽? しかも比べる相手がよりにもよってハイフェッツ様? ハイフェッツ様はコンクールで優勝を狙う必要が無いヴァイオリンの神様ですわよ!」
イーファは演奏を中断して口喧嘩を始める。
「その程度の超技巧を見せびらかすぐらいで、コンクールで優勝できたとしたら審査員の目は節穴だ。 お前とハイフェッツが出場したとして、謎の採点基準でお前のその貧相な超技巧とやらを見せて加点されて、お前が優勝したとして何が嬉しいんだ? そんな賞など、ただのゴミだろ。」
「未来の天才演奏家であるこのわたくしの素晴らしい演奏に向かって酷い言い草ですわね。 わたくしが歴史に名を刻む演奏家として歩むためには賞が必要なのです! わたくしの輝かしい未来のマイルストーンを邪魔しないで!」
喧喧諤諤(けんけんがくがく)の口喧嘩が続く。 明らかにものすごい技量を持った女の子と音楽に対して厳しい見方をするおじいさんの論議は続く。
この鬼気迫り具合と迫力に私や撮影しているスタッフ達は身を固くして縮こまっている。 どうなっちゃうんだろうとハラハラして、助けを求めるように横に居る千世子ちゃんを見ると、彼女は無言でニヤリと口角を上げていた。 怖い! なまじ超絶美人だけに超怖い! この状況のどこに笑う要素があるのよ!!
間違いない。 これは演技じゃなくて本物の音楽家同士のガチ喧嘩だ。 映画の感想やストーリーで市子とガチ喧嘩した事がある私には分かる。 自分の人生を賭けた趣味で引けない者同士の、どうでも良い意見の食い違いほどヒートアップする口喧嘩は無い。
この外から見て、どうでもいい些細な事に命をかける論議をするのは、生粋のオタク同士の明らかにヤバイ口喧嘩である。 そしてこの口喧嘩はどっちが正しいとか、間違っているとかが無くて永遠に平行線の不毛な論議である。 おそらくどっちも正しくてどっちも間違っているのだ。 そしてどっちが正しいとか検証する方法も無い。 不毛。 まさしく不毛で何の利益も無い口喧嘩だ。
そして、その喧嘩をしているのがハリウッドの有名俳優と、明らかに大物っぽい謎のおじいさんである。 これ、演技じゃないよね? そもそも私は、四人以外に俳優を使わないって言っているし、もしかしてガチの音楽家を怒らせているの? なんてことをするのよ! アキラ君!
私は、事前にこのおじいさんが誰なのか聞いておけばよかったと心の底から後悔した。 本当に誰なのよこのおじいさん!
アキラ君が呼んで来た人だから素性が全く分からない。 本人にどなたでしょうか?って聞くのも失礼だし、すでに演技に入っているイーファに聞く訳にもいかない。
その辺の音楽教室でピアノを教えている先生とか、引退した楽団員とかならいいんだけど・・・。 わかった! 私の推理では、昔交響楽団とかに居て、今は引退して実業家をしているおじいさんとかよね。 本物の音楽界のガチ大物とかじゃないよね? 大丈夫よね? アキラ君。
「お前の貧しい音楽は聴き飽きた。 もう荷物をまとめて出ていけ!」
「当然ですわ。おじい様の家に居るなんてこっちから願い下げです!」
口論の後にブチ切れたイーファはヴァイオリンを片付けて、レッスンルームから出て行ってしまった。
対して、おじいさんは頭を左右に振った後にしばらく座っていた後に、ソファーの上から立ち上がって、同じく外に行ってしまった。
しばらくすると、千世子ちゃんの携帯に電話がかかってきた。
「はい。エマです。 イーファどうしたの?」
「エマ? あなた、自分の家が出来たって言っていたわよね?」
「そうだけど。」
「家賃を払うから、その家に私を住まわせてくれない? 家出したの。」
「えっ、すごくボロいし、この家はイーファが住むには全然快適じゃないわよ!」
「それでもいいの。他に頼れる人が居ないのよ。お願い。」
「わかったわ。とりあえずうちに来て。それから話をしましょう。」
「ありがとう! エマ!」
こうして、自然な感じでエマとイーファがあの家に同居することになったのであった。展開として自然で、口喧嘩も本物の迫力があって100点満点、いや200点満点なんだけど、嫌な予感が・・・。
イーファはもうお分かりだろう。 正式な名前はイーファ・ムーツィオで、もちろん星キアラが演じている、イタリア系アメリカ人の女の子であり、私の映画のもう一人の主人公だ。
でもさっきのおじいさんは誰?
「ねえ?千世子ちゃん、さっきのおじいさんが誰だか知っている?」
「えっ? 雪ちゃん、シカゴに居ながらあのおじいさんの事を知らないの? あの人は地元の誇りであるシカゴ交響楽団の音楽監督で、指揮者としても超有名な生ける伝説よ。 アキラちゃんが10歳の頃に自殺未遂をしたときに病院で知り合ったらしいわ。」
「Oh! ジーザス!」
そうか。あの駅で見たシカゴ交響楽団のポスターの人だ。 なんて人になんて事させるのよ! ガチで怒っていたじゃない! 下手したら私もシカゴに居られなくなるわ。 そりゃ、映画史にも残るシーンになるはずよ! 様々な意味で!
何がキレた演技よ。 本当にブチ切れしてたじゃないの。 言葉通りに口喧嘩でキレてどうするのよ!
私は、あの珍獣に激しい頭痛を覚えた。 今、この瞬間、アリサさんの気持ちを本当の意味で理解したかもしれない。 私は俳優では無いけれども、今なら珍獣に頭痛を覚える星アリサの演技をリアルに出来る気がした。
「どうしたの? 雪ちゃん? 大丈夫?」
私はフラフラと窓際に行き、そこから入る光に目を細めてシカゴの空を眺めた。
・・・・空は青かった。