星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
-------------エマ視点-------------
しばらく経ってイーファも家と新しい生活にどんどん馴染んで行った。
この日は、イーファは昼間から、雑草を避けたスペースに屋根裏から見つけたデッキチェアを置いて、お行儀悪くテーブルに足を投げ出し、近所のウァルマートから買って来たビーチパラソルをさしてぐで~っと怠けていた。
「イーファ。またサボっているの? たまには家事をしたら?」
リビングから顔を出した私は、イーファに言う。
「インスピレーションだな。 俺は俺の稼ぎでしか飛ばねぇ。」
「エマさん、油はこっちでいいですか?」
「ええ。そっちでお願い。」
「ほら、ミサを見習ったら? 確かにあなたのお陰でお金は稼いでいるけれども、あなたも居候なんだからニート生活なんて許さないわよ。」
「ロクもそこのテントで自炊してまともに働いて無いじゃないか。 We can’t leave anyone out.(仲間外れをつくっちゃかわいそうだろうが)」
「あれは庭先のテントで自炊生活だからいいのよ。 それにまたアニメに影響されたの? 今度は紅の豚よね?」
「A pig’s gotta fly.(飛ばねえ豚はただの豚だ)」
そう言って、イーファは足元に置いていたヴァイオリンのケースを開けると、中からヴァイオリンを取り出して調弦を始める。
「あら、また曲を弾くの? 最初はおじいさんとケンカしたって言うから、てっきりヴァイオリンは辞めるかと思っていたのに、イーファってヴァイオリンを弾くのに全然抵抗が無いのよね。」
イーファが調弦を始めると、同居している坂木美沙(ミサ)と、庭にテントを張って生活している、その兄の坂木緑(ロク)が顔を出す。
「For me, this violin is a lucky rattlesnake that brings me fame and money.(俺にとってこのヴァイオリンは、名声と金を運んでくる幸運のガラガラ蛇さ)」
そう言って、デッキチェアに寝そべって、テーブルに足を置いたまま、ヴァイオリンを首に置き、紅の豚の『マルコとジーナのテーマ〜帰らざる日々〜』を弾き始める。
こんな格好をシカゴ交響楽団で音楽監督をしているおじいさんが見たら卒倒ものの体勢だろう。 でも、だらしない格好でヴァイオリンを弾くイーファは、すごく絵になった。
時間は午後五時過ぎ。 夕焼けの空に彼女の優しくて感動的でそしてすこし寂しげなバラードが流れる。 私はテラスの淵に腰かけて、彼女の演奏を聴く事にした。 横にはミサも座っていて、ロクもちょっと離れた所から、座りながら静かに目を閉じて彼女の演奏を聞いていた。
イーファの曲を静かに聞きながら、この家での生活に思いを馳せる。
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私がこのボロ家に引っ越したすぐあとに、おじいさんとケンカしたイーファが居候として入ってきた。
自分一人の生活で、お金を得る手段も無い状態だったから、イーファが来ても彼女を受け入れる余裕は無いと思っていたんだけど、意外や意外。 彼女は街角や公園に繰り出して演奏してストリートミュージシャンとしてお金を稼ぎ始めた。
確かに、音楽を生業とするのであれば、手に付けた芸で稼ぐのが手っ取り早い。 彼女の超絶テクニックであれば、ストリートミュージックでも稼ぐのはたやすいだろう。
・・・と思っていたのだけど、意外な事に超絶テクニックを見せる彼女の音楽はそんなに稼げなかった。
いや、ヴァイオリンケースに投げ込んでくれたお金は一日20$(2500円)ぐらいにはなったから、私には大助かりだったんだけど、自分の音楽で思ったほどの収入を得られないイーファは日に日に憔悴して行った。 自分の音楽に何が足りないのかと悩む日々。 そりゃ、1日やって稼げるのが、2時間程度パートタイムジョブで働いたぐらいの金額だからね。
イーファはヴァイオリンが自分の技術ではなくて、シカゴ交響楽団のおじいさんの七光りで輝いていただけじゃないのかと悩み始めた。
私は、イーファを手伝いながら、道端の人を観察して小説のプロットを考えたり、小説を書いているからいいんだけど、イーファの悩みっぷりは半端無かったし、うじうじしていて辛気臭かったので、ついに私は言った。
「そこまでクラシックに興味がある人が居ないんじゃないの? もっと有名な曲を弾きましょうよ。Belly Joelのピアノ・マンとかどう?」
イーファは反論する。
「巷に徘徊する悪のポップミュージックになんて魂を売るものですか! それにそんな曲を弾くと不良になってしまうわ!!」
「いや、ピアノ・マンとか、かなり古いから。 それにこのぐらいで不良とかいつの時代よ。 たぶんパパ、ママが若い頃でも不良だって言われなかったわよ。」
子供の頃からクラシックに凝り固まったイーファは、自分を形作る音楽の殻から出る事ができなかった。
そんなある日、道端で売れない大道芸人の兄妹に出会った。私達もお金に困っていたけど、その兄妹もお金に困っていた。 両方ともストリートでお金を稼げなかった。 お互いに行き詰っていた。
行き詰っていた私達は、試しに一緒に芸をやる事にした。 イーファがスコット・ジョプリンのジ・エンターティナーを演奏して、ジャグリングやパントマイムを見せる兄妹。
その日、初めて私達の音楽と大道芸は大喝采を浴びて、かなりの儲けを出した。
兄妹の名前は、兄が坂木緑(ロク)で、妹が坂木美沙(ミサ)。 レールを押し付けるだけで自分達を見てくれない親に反発して、せっかくだからアメリカまで家出してきたというアクティブな兄妹だった。
兄妹と私達はすぐに意気投合して、住む家が無い兄妹を家に招くことにした。 ただし、流石に男性を自分の家に住まわせるのは怖かったため、ロクの方は庭でテントを張ってキャンプしてもらっている。
ここで、イーファに一つの転機が訪れた。 ロクとミサはかなりのアニメ好きだった。 アニメの話題になった時に、例によってイーファはアニメは不良の見るものだとかいう、ウザい超いい子お嬢様ムーブをかました。 イーファの物言いにキレるロクとミサ。 口喧嘩の末に、イーファがアニメを1本観て面白いかをジャッジする事になった。
ロクとミサが話し合って決めたアニメは、意外や意外。 新しめのアニメじゃなくて、古い『ベルサイユの薔薇』というアニメだった。
効果はてきめんだった。 近所からボロでもらった20インチのテレビにスマフォを接続して映し出されたベルサイユの薔薇にイーファは釘付けとなった。
中盤ぐらいの話で、イーファはオープニングで『薔薇は美しく散る』の歌を歌い始めて、最終回に向かってハラハラしながら見て、オスカルとアンドレの死に涙した。
「どうして!? オスカル! アンドレ! あんなに愛し合っていたのに! ジュテーム・オスカル~!!」
私は、オスカルとアンドレの最後にガチ泣きしている親友を冷やかな目で見ていた。 そりゃ、面白いアニメだとは思うよ。 感動的だし、歴史を背景に悲劇に終わる重厚な最後も感慨深い。 まさしく名作と言えるだろうけれども、あそこまで感情移入して号泣する親友を見たら、冷静になるというか冷めると言うか・・・。
歳を取った後にお酒を覚えて歯止めが効かなくなったり、真面目で几帳面な人ほどギャンブルに嵌りやすいとも言うけれども、イーファにとってアニメがまさにそれだった。
クラシック一本で禁欲的に生活して来た彼女が自由になって、自分の好きな物を見つけてしまったらどうなるのか。
ベルサイユの薔薇を見た翌日、イーファの部屋から、小さな音でヴァイオリンの音が聞こえた。 主題歌の『薔薇は美しく散る』の曲だった。 彼女は私に見られているのに気が付くと、顔を赤らめて曲を弾くのを止めてしまったけど、私はイーファがクラシック以外の曲を弾いているのを初めて聞いた。
それから、イーファはアニメを観まくった。 家出をして時間はたっぷりあるのだ。 そして、坂木兄妹のお陰もあって、動画サイトのサブスクの代金ぐらいは普通に捻出できるようになっている。
だんだんと、家に居る彼女からアニメの曲を聴く事が多くなって行く。私は小説のネタとして、彼女の少しづつの変化と、数々の奇行を書き留めていった。
彼女はスタジオジブリの映画にはまり、マクロスで歌は世界を救うと洗脳され、Fateで中二病に目覚め、四月は君の嘘で同じ音楽家として涙した。
そんなある日の事、いつもの通りストリートミュージックと大道芸を披露していると、観客であった一人のおじさんからピアノ・マンをリクエストされた。
今までイーファはクラシック以外のリクエストを受けた事が無かった。 だから今回も断ると思っていた。 でも彼女はリクエストを受けた。
彼女の弾くヴァイオリンに合わせておじさんが歌う。 私達も合わせてピアノ・マンを歌った。 イーファのヴァイオリンに感銘を受けた周囲の観客もみんなピアノ・マンを歌い大合唱が巻き起こる。
そして曲が終わった時に、観客もおじさんも私達もみんな割れんばかりの拍手をイーファに送った。
イーファがストリートで演奏した曲が初めて称賛された瞬間だった。
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イーファの曲がもうすぐ終わる。
あれから、イーファは変わった。 そして私達も変わって行く。 それぞれの将来を見据えて、私達四人の奇妙な同居生活は日々、少しずつ変化していく。