星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
-------------柊雪視点-------------
映画撮影も佳境となり、私達はクライマックスのシーンを撮るために極秘でイギリスに来ていた。
クライマックスのシーンは自分の音楽を見つけたイーファがコンクールにチャレンジするシーンの撮影となる。
コンクールの撮影部分はリアリティを出すために実際のコンクールに紛れ込ませていただいて、現実のコンクールで撮影する事をアキラ君から提案された。
流石に、コンクールの参加者はみんな真剣なんだから、他の人の迷惑になるから、そのシーンはどこかのホールを借りてエキストラで撮った方がいいんじゃと一瞬思ったけれども、私はすぐにその考えを振り払って、実際のコンクールへの出場に賛成した。
他のメンバーは止めた方がいいんじゃと言ったけれども、アキラ君はあのコンクールの雰囲気は絶対にエキストラじゃ撮れないと言って、本物のコンクールで撮影する事に拘った。
この映画はここまでエキストラや四人以外の俳優を一度も使っていない。であれば、コンクールのシーンも実際のコンクールでの撮影の方が良いに決まっている。 私もこの映画のためであれば、実際のコンクールで撮影したい。 他のメンバーは私とアキラ君の意思が固いのを見ると、コンクール出場へ反対しなくなった。
映画のために実際のコンクールに参加する事で、コンクールの出場者や関係者からアキラ君が批判される事があるかもしれない。でもその場合には、全部私の指示で、私が強引に推し進めたと言う事で責任を取って、この映画を最後に監督を辞めるつもりだった。
私はアキラ君と話し合って、若きヴァイオリニストの登竜門である、レイラ・オリヴィエ国際コンクールで実際にアキラ君に演奏してもらって撮影する事にした。
アキラ君はシカゴ交響楽団の音楽監督であるおじいさんとその他の関係者に推薦状を書いてもらって、問題無く書類選考を通過して、レイラ・オリヴィエ国際コンクールの予選に出場してしまった。
もちろん、予選落ちする可能性もある訳で、私はドキドキしながら結果を待っていると、アキラ君、いや、イーファ・ムーツィオは問題無く予選を通過した。
予選を通過できるだけでもすごいよね。本当にアキラ君って、何者よ! 俳優をやるよりもずっと演奏家の方が才能があるんじゃ・・・。 この撮影の目的はコンクールで演奏するイーファ・ムーツィオを撮影する事。 だから順位は関係無いし、映画上で順位はいくらでも捏造できるので、優勝する必要は無いのだけど、まさかアキラ君が優勝しちゃうなんて事はないよね。
流石に、偽名で優勝しちゃうとか色々問題になりそうだし、私はちょっと早まったかなぁと思いながら、アキラ君が演奏するホールにスタッフ達とカメラや録音設備を配置する。
録音設備の方はクラシック音楽で有名なレコーディングディレクターが担当してくれて、そのディレクターに最高の設備を用意してもらって、ホールに録音設備をセッティングしてもらっている。
コンクールの運営側には、『シカゴ交響楽団の音楽監督であるおじいさんのお孫さんのヴァイオリニストに密着するドキュメンタリー』という事で撮影の許可をもらった。 当初、運営側には難色を示されたけど、録音を例のレコーディングディレクターさんが担当してくれて、そのディレクターさんが運営側に根回しやお話をしてくれたおかげで、最終的には運営側も快諾してくれた。
音響部分は、そのディレクターさんに全部お任せしているので、私は千世子ちゃんと話し合ってカメラの配置を決めて行く。 今回、カメラを担当してくれる担当者さんもいつものネッコフリックスのドキュメンタリーチームではなくて、ヨーロッパを中心に活動する歌劇やクラシックなどを専門に撮影しているプロフェッショナルのカメラチームに協力をお願いしている。
正直、今回のシーン撮影にかかった経費がガクブルものである。 全部私の借金になったとしたら、おそらく一生かけても返すことができないだろう。 しかも、何度もリテイクできるセットでは無くて、リアリティを求めた結果、本物のコンクールでの一発撮りである。
もし、このシーンの撮影で失敗したらと思うと・・・。 でも、この映画撮影のチャンスをもらったのはアキラ君のお陰だ。 なら監督としてアキラ君が最高のシーンを演ずる事を信じて、全力を尽くすのみだ。
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コンクールの演奏が順次に行われて、次がイーファの順番だ。 イーファは最後から2番目。 つまりトリの1個手前での演奏となる。
こう言ったコンクールでは、人間が聞いて順位を付けるので、わりと演奏順も重要な要素である。
コンクールによっては、抽選によってフェアに決める所もあるらしいけど、このコンクールでは予選の順位によって順番を決めていた。 つまり、イーファは予選の時点で2位だったということだ。 イーファ、がんばりすぎて、優勝しなくてもいいんだからね。 私はイーファが逆に優勝してしまった後の騒動を想像して、少し胃が痛くなった。
私は劇場の客席上部に儲けられたカメラの管理席で各カメラの状況をモニターで見て、カメラマンに指示を送りながら撮影を行っている。
最終チェックだ。 舞台の演奏者、音響、客席の三人、そして、イーファのおじいさん役で出演(?)してくれたシカゴ交響楽団のおじいさんの状態を確認する。
おじいさんについては、今回のコンクールへ出演する推薦状を書いてくれた他に、わざわざコンクールのホールまでお友達と来てくれた。
ちなみに、そのお友達も伝説級の超有名な方々らしく、ホールに入った瞬間にホールがざわついて、審査員の方がその豪華メンバーの前に何事かと事情を聞きに行ったぐらいだ。 おじいさんは気軽に「孫が演奏するので、友達に自慢がてらに応援に来た。」とか言って、友達達と爆笑していたけど、審査員の人が顔を真っ青にしていたのが印象的だった。 実際の所、クラシックをそんなに知らない私でも知っている人が居て、おじいさん周囲のエキストラが豪華すぎる。
おじいさんにイーファの演奏を聞きに来てくれたお礼を言って、客席の撮影をしても良いか許可をもらいに行くと、「お礼を言うのは私の方だよ。 イーファの本気の演奏が聴けるんだからね。 おそらくこの演奏はお嬢ちゃんの映画と共に、クラシックでも伝説的な演奏の一つになるはずだよ。 私はそんな歴史の一ページに立ち会う機会をもらえて、とてもうれしいよ。」とニコニコしながら言っていた。その後おじいさんは、友達に自分の娘(?)の自慢をしまくっていた。 完全に親バカだ。
私はその話を聞いた瞬間うわぁって思った。 実際のコンクールで撮ると決めた私が考える事では無いけれども、「変な騒動になりませんように」と神様にお祈りしたけど、頭の中に浮かんできたイメージが高笑いをする珍獣神だったので絶望した。
イーファの前の子の演奏が終わる。 今年の課題曲は、ヴァイオリンの難曲で、未来のヴァイオリニストを発掘するこのコンクールの趣旨から外れるのではないかと、かなりの議論を巻き起こしたらしい。 ヴァイオリンの事は良く分らないけれども、確かにユニークなメロディーでとてつもなく難しそうな曲だった。
前の子の演奏が終わって、代わりにイーファが舞台の上に立つ。 スレンダーなボディーに、茶髪のロングでストレートの艶やかで美しい髪の毛、ヴァイオリンを引き立てる深紅のAラインドレス。 ちなみに、このドレスは、紅の豚のポルコロッソの飛行機をモデルにして仕立てたらしい。 まさしくクールビューティーの美女の代表例と言った装いだった。
事前に知らない限り、舞台の上でヴァイオリンを弾き始めた彼女が、実は星アキラが演じているなんて気が付く人は誰も居ないだろう。 それぐらい完璧なクールビューティー美女であった。
イーファがヴァイオリンを構えて最初の旋律を紡ぎ出し始める。 瞬間、ホールに地震が襲ったのかと思った。 背中に冷や汗が伝う。 イーファ・ムーツィオ、いや星アキラの演奏は想像以上だ。 自分はなんてシーンを撮影する事を提案してしまったんだ!
彼女が演奏している間、ホールの中はまるで巨大な地震が襲っているようだった。 もちろんホールが物理的に揺れているのではない。 彼女の演奏を聴いている観客の心が揺れているのだ。
私は何人かのカメラマンが呆然として、映像が固まっているのに気が付いたので、インカムを通してカメラマンに強めに注意して撮影を続けるように言う。 カメラマンはハッと我に返ると、事前に指示された通りのカメラワークで撮影を続行してくれた。
さすが一流のプロ揃いのカメラマンや音響エンジニア達だ。 コンサート撮影の経験が浅いネッコフリックスのスタッフで撮影していたらと思うとぞっとした。
イーファの音楽を聴いて勝手に涙が流れる。 私は服の袖で乱暴に涙をぬぐうと観客席を映すカメラを見た。 私は監督だ。 この演奏を映画に落とし込んで、多くの人に知ってもらう使命がある。 私が他の聴衆と同じように、イーファの演奏に魅入られる訳にはいかない。
みんな呆然として、まるで神様や天使でも見るような表情でイーファの演奏を見ていた。 その様子は、音楽に救いを求める迷える子羊そのものだった。
観客席で見ていた三人も涙を流して、イーファの演奏に魅入られていた。 阿良也と景ちゃんは呆然として、無表情で涙を流しながらイーファの演奏を聞いている。 唯一、千世子ちゃんだけは、映されるカメラの画角とアングルを計算して、美しい涙を流していた。 この状況でまだ演技ができるとか化け物かよ。
今イーファが弾いている課題曲は「24の奇想曲(カプリース) 第24番」 あまりにも超技巧の演奏と、超先進的な舞台パフォーマンスをして「悪魔に魂を売り、その代償にあのテクニックを授かったに違いない」と言われた天才ヴァイオリニスト、パガニーニの超難解練習曲らしい。
そして、21世紀の今、舞台の上に超技巧だけでは無く、演奏によって観客の感情を自在に操る悪魔が降臨していた。
普段からアキラ君の演奏を聴いている私でも、この演奏はヤバかった。 このコンクールは1回勝負。 弓のように緊張の糸をピーンと張って力を貯めて、アキラ君はこの一曲に全てをぶつけたのだ。
人は音楽にここまで感動できるんだ。 私は一周回って冷静になって、観客や自分の心理状態を観察した。
あのおじいさんが言った通り、まさに歴史的な演奏だった。 長い間語り継がれる演奏になるのは間違いない。 皮肉なことにそんな歴史的な演奏が、コンクールに出演した演奏家ではなくて、映画を撮りに来た俳優のヴァイオリンから放たれていた。
もうすぐイーファの演奏が終わる。
私はカメラマンに、演奏が終わる瞬間にイーファの顔をズームアップするように伝えた。
イーファが演奏を終えて弓を振り上げた瞬間に、彼女の頬に一筋の涙が流れた。この涙はイーファが流したものか、星アキラが流したものかはわからない。 でもこの映画を代表すると言い切ることが出来る、素晴らしいシーンだった。
そして観客は、スタンディングオベーションと共に、万雷の拍手が彼女を襲う。 シカゴ交響楽団のおじいさんや友達達もみんな涙を流しながら彼女に惜しみない拍手を捧げた。
コンクールではありえない、非常に異例の状況。 この後、コンクールは最後の1人の演奏を前に、急遽、一時間の休憩が設けられる事になったのであった。