星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
暗幕が下ろされて、講堂内が暗くなってついに映画の上映が始まる。
映画は女の子が一人でヴァイオリンの曲を弾いている場面から始まった。
場面が切り替わって、このヴァイオリンの曲をバックに別の女の子が電車で窓の外を見ながら考え事をしている。 アメリカ郊外の初夏の風景。 緑が綺麗で、時折湖が見える。 ヴァイオリンをバックに女の子が電車から窓の外を覗いているだけなのに、美しい構図と、彩色の濃い色使いに見入る。
このメロディーは聞いたことがある。 後々知る事になるんだけど、この曲がドヴォルザークのユーモレスクという曲で、この映画の題名になっている曲らしい。
なによりも、電車で窓の外を見ている女の子とヴァイオリンを演奏する女の子、その両方の女の子に何よりも目が行く。
女の子が大きな旅行鞄を持って電車を降りて、自宅に向かう。 自宅で母親が出迎えてくれた。
彼女の名前はエマと言うらしい。 どうも小説家を目指しているらしくて、小説を書くための取材の旅から戻ってきたみたいだ。
完全に白人の女の子に見える。 っていうか、これ千世子ちゃんよね? 確かに千世子ちゃんは日本人離れした美しさがあるけど、まさか人種を超えてまで演技できるとは思わなかった。
ドキュメンタリーで写っていたのと全然雰囲気が違う。 しぐさや言葉遣い、姿勢から言って、完全に現地のアメリカ人にしか見えない。違和感があるとしたら、美少女すぎるぐらい?
この手の人種を超える演技って、温泉に入る古代ローマのイタリア人ぐらいしか見たことが無いけど、あっちは半分ギャグだったのに、こっちは本気で演じている。 やばい。 千世子ちゃんがどう見ても白人系のアメリカ人の女の子にしか見えない。 しぐさや発音に至るまでずっとアメリカで生きてきたとしか思えない。っていうか現地人。もう日本人の片鱗なんて微塵もない。
完全に千世子ちゃんの演技がリミッターを外してぶん回っている。 ここまでするなら、現地の人を探してきた方が速いんじゃ・・・。 もっとも、現地の人じゃ、雪の水準を満たす演技ができないと思うけどね。
時間が経てば経つほど全く違和感が無くなって行く。 うわっ、マジですごい!! 流石にこれは私じゃできないわ。 客観的に見える視覚効果や感覚なんかを重視する千世子ちゃんらしい芝居よね。 こんな曲芸染みた芝居ができるのは、私が知る中では、千世子ちゃんとあと一人しか心あたりが無い。
役にもイメージがあって、普通はある程度そのイメージにあった配役がされて、その上で自分の持ち味を生かした芝居をするものだ。 だから芝居に真実味と説得力が出る。
それなのに、文化から育ちから人種から、全てが違う役を演じさせる? 普通?
これを全く違和感無く演じられる千世子ちゃんもヤバいけど、この役を演じさせた雪もだいぶ、あたおかな監督だと思う。 でもこの冒頭のシーンを見ただけでも、千世子ちゃんの市場価値が爆上がりしたのはわかる。
映画の役は地に足の付いた物ばかりじゃない。 それこそ、SF、ファンタジー、異世界、なんでもござれだ。 そんな所に人種や文化の壁すら超えられて、英語も問題無くて、天使と見間違う信じられないほどに美人の女優・・・。 私がハリウッドの監督であれば放っておかないだろう。
両親と旅の話をするエマ。 そして、小説家の夢を追いたいエマは、自立して生活できる事を条件に、おばあさんが元々住んでいた家で自立して生活する事になる。 そして引っ越した先が雪がドキュメンタリーで住んでいたボロ屋。
引っ越してみたら、想像以上のボロ屋に顔を引きつらせた演技はすごくコミカルでいい。
シーンは切り替わって、ヴァイオリンの練習をするイーファと呼ばれる女の子。 すらりとしたイタリア美女。 もちろん中身はキアラ嬢だ。 私が知っている、曲芸染みた芝居ができるもう一人の人物が出てきた。
相変わらず、ヴァイオリンうまっ。 ドキュメンタリーではヴァイオリンを弾いているシーンなんて無かったけど、こっちではイタリア系のヴァイオリニストの女の子を演じるんだ。 ヤバい。 イタリア訛りの英語の発音といい、祖父との会話と言い、イタリア人にしか見えない。 これ、あの温泉の人を超えているんじゃないの? ローマ系温泉映画の続編で絶対に呼ばれるわよ。
先に千世子ちゃんの方を見ているから、そこまでの衝撃は無いけれども、こっちも相当におかしい。 そもそも、いつも思うけど、こいつの中身は男なのだ。
ハリウッドでも女装はアキラ・ホシの代名詞だけど、そもそも女装した双子の妹である、キアラ・ホシを主演にする監督なんて誰も居ない。 でもここまで行くと完全に女優で全く問題無いレベルだ。それもトップクラスの。
たちが悪いのは、女よりも理想の女性という点だ。 こいつは意図的に仕草などに男性的な部分を混ぜてくる。 それが美人と相まってアクセントになって目を引くのだ。 男性はそのしぐさに共感して、女性は女子高の王子様のように美人で男らしい女性像にあこがれる。 完全に他の女優の営業妨害やろうである。
今も女性でありながら、思い切りが良い男性的な性格を持つ役を演じている。 雪も星キアラがこの手の役に特効がある事を知っていて、この役に抜擢しているわね。 それでも、中身の事を考えると色物感が出るので映画の主演に抜擢する監督なんて居なかったけど、それを容赦なく抜擢して主演を任せちゃうのは雪にしか出来ないわよね。
正直、このクラスじゃないと、演技がガンギマリしている千世子ちゃんの横に立てない。 千世子ちゃんは今、全く周りを立てないで自分の演技に打ち込んでいるから、このぐらいの年の女優じゃ力量差が出て、映画でも目に付くようになるよね。
私も、日本人役での助演なら横に立ってもギリギリ行けるかもしれないけど、正直、撮影中に景ちゃんじゃないけど、ゲロ吐くと思う。
和葉を強引にこの中に加えたら、可愛そうだけど、サイコロステーキ先輩になる予感しか無い。 別の意味でトイッターのトレンドになれるかもしれない。
もちろん、阿良也君と景ちゃんならこの中に入れても全く問題無く役を演じると思う。 あの二人は千世子ちゃん達とは別ベクトルで別格だ。
他の登場人物が役を演じる必要が無い一般人なのは、そう言う事か。 役者じゃない一般の人が全く演技なんかせずにありのままを映せば、普段通りなんだから全く違和感なんて生まれない。 雪がモキュメンタリーにしたいって、こう言う演出だったんだ。
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イーファもシカゴ交響楽団の音楽監督を務めるおじいさんと喧嘩をすると、エマと合流してボロ屋で生活を始める。
・・・ちょっと待って。 イーファが今家に入る時に見えた崩れた土山は、キアラちゃんと阿良也君が悪ノリして作った、完成度の高いネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲が、ブチ切れた千世子ちゃんと景ちゃんに壊された跡よね? あの形がそのまま残っているし。
このイーファが街角で演奏するシーン、エマの横に置いてあるドーナッツの袋は「天使VS悪魔のすごろくドーナッツ対決」で使ったドーナッツよね? えっ? こんなリアリティがあって、写実的な美しいシーンの撮影後に、あんなアホみたいな企画で対決したの?
未公開映像ってこういう事!? この映画って未公開映像しか無いじゃないの!?
映画のシーンの随所随所にさりげなく、どの話の回で撮影したのかがわかる小物や服装などが配置されている。 しかも話の顛末とかストーリーのつながりに、ドキュメンタリーの展開とリンクする演出が入っていて、ドキュメンタリーを事前に観ている人は映画との関係性を楽しめるし、映画から入った人もその後にドキュメンタリーを見て楽しめるような構成になっている。
ドキュメンタリーと映画、二つ合わせて一つの作品とも言えるし、パラレルワールドみたいな感じで別な作品として捉えても問題無い。
何よりも、ドキュメンタリーありきで成立する映画じゃなくて、映画単体で確実に成立している所が良い。 というか、映画単体としてみた場合も、これは明らかにヤバい映画だ。
雪、あんた、なんていう映画を作っているのよ!
私は、ちょっと前までは高校のクラスメイトだったはずの親友の才能に呆然とした。
珍獣「お前は次回に殺すと約束したな。」
和葉「そうだっ。大佐助けてくれ!」
珍獣「あれは嘘だ!」
和葉「と言う事は助かったのか!? 嗚呼あ――――――っ。」