星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

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朝野市子は映画を観る6

 

坂木兄妹と一緒に住むようになって、エマの暮らしがどんどん華やかになっていく。

 

もっとも兄の方が庭でテント暮らしなのは、笑える。確かに女3人暮らしの家に男を招き入れられないものね。

 

その中での大きな変化は、イーファがアニメにはまる事だ。 まさしく漢字の通り『嵌る』。 アニメの泥沼にずっぽりと漬かっている。

 

最初はアニメなんて子供が見るもので、そんなのを見ていたら頭が悪くなってしまいますわ。 みたいな感じで、かなり頭にくる反応だったのが、ベルばらを見てオーバーリアクションで涙を流しているのを見て、あっ、これは海外で日本アニメにはまるオタクですわ。って所が最高に草が生える迫真の演技だ。

 

海外で、人生の価値観を変える異文化に遭遇するって、こんな瞬間なんだろうなって芝居。

 

イーファがアニメに屈する即落ち2コマ感が本当に素晴らしい。 これぞ真に臨んでいたリアクション。 そうこれが見たかったんだって言う観客のカタルシスを煽りまくる。 さらにイタリア系のオーバーリアクションがそれに追い打ちをかける。

 

私は笑いながらも、脳裏に子供の頃の思い出が浮かび上がる。 そういえば、私も子供の頃におジャ魔女ドレミを見て魔女になりたくて、毎日魔女になり切って遊んでいたら、お母さんが魔法少女物のニチアサのオーディションに応募したんだっけ? アニメを観てワクワクして、アニメを中心に世界が回っていた、子供の頃の思い出が目の前に広がる。

 

ずっと忘れていた、子供の頃の記憶が走馬灯のように頭をよぎって、イーファに深いシンパシーを覚えた。 そんな観客の深い記憶を呼び起こす素晴らしい芝居。

 

アキラ君らしい芝居よね。

 

心まで登場人物になり切る、阿良也君や景ちゃんと言ったメソッド演技の役者に対して、他者の反応を自分の演技として落とし込む、アキラ君や千世子ちゃん。

 

特にアキラ君は、演技対象の感情を拠り所とせずに、アキラ君本人ではなくて、見ている観客自身が逆に、アキラ君が演じている役の感情や体験をキャラクターに重ね合わさせて一体化すると言う、チェーホフ演技法の超変形バージョン。 

 

どうしてこんな事ができるのか、さっぱり分からないけど、自分じゃなくて、観客の思い出を引っ張り出して共感を得るとか、かなりの反則技だと思う。

 

そこからタガが外れたイーファがアニメにハマりまくる。 それを観察して小説の素材とするエマの関係性が面白すぎる。 この二人の掛け合いは、ハジケる坂木兄妹に対して、ボケとツッコミの伝統的な漫才スタイルだ。 クルクル回る知的でおバカな会話が子気味よい。

 

ジブリやマクロス、Fateに四月は君の嘘、数々のアニメを観たリアクションがマジで面白い。

 

そして、イーファが見ているアニメの有名な曲がイーファがそのアニメを観ているシーンと共に、その曲がイーファのヴァイオリンメドレーで奏でられて行く。

 

ゴダイゴの「銀河鉄道999」に始まり、ドラゴンボールの「魔訶不思議アドベンチャー!」、聖闘士星矢の「ペガサス幻想」、セーラームーンの「ムーンライト伝説」、エヴァンゲリオンの 「残酷な天使のテーゼ」、鋼の錬金術師の「メリッサ」、ワンピースの「ウィーアー!」、鬼滅の刃の「紅蓮華」

 

これは、アニメを観て過ごして来た、多くの年齢の人に刺さる演出だ。 これは別の意味で涙が出てくるかもしれない。 それに、イーファのヴァイオリンの感触が変わったのが感じる。 最初はその圧倒的なテクニックと上手さに驚いていたけど、今は、思い出のメロディーを奏でる圧倒的な表現力に驚いている。

 

明らかに、これは最初はテクニックだけでゴリ押しして、後々アニメを観て表現力が高まるように成長するイーファを演じた見事な芝居だ。

 

こんな、音楽面での成長を映画の中で演じられるのは、アキラ君ぐらいだろう。

 

そして、ある日、観客のおじさんから「ピアノ・マン」をリクエストされる。 イーファが前に弾かないと言っていた曲に、イーファは逡巡をするけど、意を決してピアノ・マンを弾き始める。 そこから観客と共にピアノ・マンの大合唱。 明らかにセットやサクラじゃない、Youtubeで生放送をしているようなリアルなシーン。

 

イーファの成長が感じられて、感動する。 いちごちゃんも涙がほろりよ。 こういう頑張っている子が出る映画に弱いの。

 

おそらく、本当にリアルで撮ったシーンなのだろう。 本物なら偽物感なんて出ない。 何という単純で恐ろしい雪の撮影理論。

 

ほとんどの映画監督は、映画を撮る時には、偽物のセットや演技を、いかにリアルに分かりやすく映像にするのかと言う形で、その監督のテクニックや経験が生かされる。

 

しかし、監督経験の浅い雪は、そのテクニックや経験を学んでいる最中だ。 結果として、雪本人が他の監督と同じ撮影スタイルで撮影したところで、監督としての技量から見劣りする映画になる事は当然だ。 そこで、おそらく雪は「それなら、偽物じゃなくて本物で撮影すればいいじゃない。」という恐ろしく単純で明確な解決方法を考えたのだろう。

 

本物はどこから撮影しようと『本物』だ。 偽物臭さなんて出ようがない。 だって本当にリアルで目の前に展開されているのだから。

 

だから雪は、フィクション・ドキュメンタリー(モキュメンタリー)という手法を使ったのだと思う。 天才というか、狂人だ。 頭がおかしい。 撮影が一期一会になって、そのシーンの撮影に失敗したら、そこでお終いなのに。 雪が笑いながら、楽しんで撮影していた情景が目に浮かぶ。

 

本当にリスクが高すぎる撮影手法だ。 でも、この四人なら超ハイリスクなこの撮影でも、映画を実現できると踏んだのだと思う。 F4と深い信頼関係がある雪じゃないとできない映画だ。

 

そもそも雪は、阿佐ヶ谷芸術高校映像科で私と一緒に過ごしていた時には、ここまでぶっ飛んだ映画を撮影する人じゃ無かったような・・・。

 

「私が撮りたい映画は自分でもわからないです。」

 

あっ、そもそも雪は、自分が撮りたい映画が無い状態で、阿佐ヶ谷芸術高校映像科に進学したと言う、とびっきりの狂人だったわ。 普段のナリが常識人に見えたから、すっかり忘れてた。

 

あの子、映画にこだわりがあるように見えて、意外にさっぱりしているのよね。 自分で何を撮りたいのか良く分かっていないし。 たぶん、カメラを回したり、映画を作る事自体が楽しいんだと思う。

 

だから、自分が一番ワクワクして、楽しめる撮影手法がこれって事か。 やばい。 常識人で、動機や撮影スタイルも明確だけど、自分の人生がかかったような映画でやる事じゃない。 やっぱり、一周回って、常識人の皮を被った狂人じゃないの。

 

どうしてこうなった・・・。

 

私は目の前で展開される、常識的な親友が撮った、「常識的に見える天才的な狂人映画」の前に、頭がクラクラした。

 

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