星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
コンサートの演奏後、なぜあんな演奏をしたのかをイーファに問いかけるエマ。
「だって、エマを勇気づけたかったんだ。 エマにも自分自身で輝く道がある事を知ってもらいたかった。」
「私のために、コンクールの優勝を逃したって言うの? 私のせいでイーファが優勝できなかったの!?」
「コンクールの優勝なんかよりも、エマの笑顔の方が大切だから。」
カッケぇ。やっぱりイーファすごく恰好良い。 今シーンで何人の女を落としたの? 普段はギャグ属性のクソガキ珍獣とか嘘でしょ!? 役者ってマジで怖い。(注:本人も役者です)
「私は、イーファが私のためにコンクール優勝の栄光を逃してほしいなんて思っていないわ! それに私はイーファの才能に嫉妬しているような醜い人間なのよ!」
対して、エマは光り輝くイーファに、親友であるが故の、親友の才能と成功を妬む、醜い嫉妬をそのままぶつける。 千世子ちゃんが、こんなに自分の醜い部分をさらけ出した芝居をするとは思わなかった。
子役の頃、才能が無くて器用貧乏だった星アキラ、そしてそんな星アキラを簡単に追い越す百城千世子。 昔の関係は真逆だった。
二人が超一流の俳優になった今、雪は子役の頃とは真逆の役回りをさせている。
そして嫉妬と焦燥と後悔でグルグル巻きになるエマ。 それを見つめる坂木兄妹とイーファ。
そこにイーファがヴァイオリンを取り出して曲を演奏し始める。
えっ、ここでこの曲!?
ここで演奏したのは、耳をすませばの「カントリーロード」だった。
いや、原曲はジョン・デンバーの「Take Me Home, Country Roads」で、世界的に有名な歌だ。
イーファの伴奏に合わせて、坂木兄妹が歌を入れていく。 あの二人の歌って聞いた事が無かったけど、上手い。
コンサート後のホールでの撮影だったのだろう。 イーファが演奏を開始すると、通りがかった音楽家がイーファの演奏に合わせてヴァイオリンやチェロなどで伴奏を入れていく。見ていた観客たちも一緒に歌う。
まるでミュージカルの1シーンだ。
こいつら、耳をすませばで有名なあのシーンを、リアルで再現しやがった。マジで!?
自分を導く田舎道に、人生を歩くエマ自身が重なる。
エマの視点で周囲の人たちが、自分のために歌い、奏でられるメロディー。 雪はこの時、一貫してエマから見える光景を映している。
エマが沢山のかけがえのない仲間の助けを受けて、人生に希望を見つけた瞬間が見える。
イーファの魔法って、コンサートでの演奏じゃなくて、もしかして、こっちの演奏なんじゃないの!?
エマは、みんなの演奏を聴きながら、自分の道をしっかりと歩む覚悟を取り戻すのがわかる。 そして、若い青春の限られた時間を、悩みながら情熱を燃やして小説を書くエマ。
私はエマに強烈な共感を覚える。 エマは私だ。 大部分の人もイーファに憧れたとしても、イーファよりもエマに共感を覚えるだろう。 頂点に立つ人だけが大多数と言う訳では無い。 むしろ、頂点に立てる人間はほんのわずかだ。 大抵の人間は頂点に立つ人間を羨む側だ。
そうか。だからこの物語は大多数の人間と同じ視点を持つ、エマが主人公なんだ。
生まれながらにしてキラキラの才能を持ったスター達。
私も、王賀美陸や明神阿良也、星アキラ、百城千世子、夜凪景。 私が持っていない、魅力や能力を持ったスター達に嫉妬しながらも、泥臭く食らいついてきた。
しかし、私の泥臭い努力なんて簡単に乗り越えるスター達に、私は心の奥底では激しく嫉妬し、そしていつかあんな風になりたいと奮い立たせてきた。
多くの人間、いや、スターである当の本人ですらも、この醜い心を奮い立たせて、自分の道を歩んできたのだ。
最後の最後でエマに自分自身を投影して、エマを強烈に応援したくなる。
イーファじゃなくて、エマこそが、この映画を見ている観客自身の心を映し出す鏡であり、だからこそ主人公だったんだ。
そして、おそらくエマは、幼いころの雪の分身でもあると思う。
エマはイーファの演奏に触発されて、『イーファと魔法の旋律』という、イーファが音楽の魔法を使って、様々な困難を解決する物語を執筆して、ついに出版社に採用される。
それと同時に、イーファと坂木兄妹がそれぞれの道を見つけて、映画はフィナーレを迎える。
フィナーレの演出は、イーファが出たコンクールで一位を取ったパルファンさんと、イーファのおじいさんが指揮をするシカゴ交響楽団と一緒に、イーファが「ユーモレスク」を演奏するシーン。 まさしく大団円だ。
演奏しているホールには、エマと坂木兄妹も居る。
そして、ユーモレスクの演奏が終わると、一人ぼっちのボロ屋に佇むエマ。 他の住人達は自分達の道を見つけて、エマの家を去っていったのだ。
あれだけ騒がしかった家が物音一つせずに、すごく寂しい雰囲気に包まれている。 まさしく、宴の後って感じ。
みんな、それぞれの道を歩むと決めた以上、エマの家から巣立っていったのね。 それぞれ新しい道を見つけたのもいいけど、出会いの後の別れは寂しいわよね。
そんな寂しいシーンで誰かが入ってくる。
「イーファ!?」
「どうしたの? エマ?」
「だって、イーファは才能が認められて、おじいさんの家へ戻ったんでしょ?」
「いやよ。あんな堅苦しい家で、ソファーでゴロゴロしながらアニメなんて楽しめないじゃないの。 私はずっとこの家に住むわ。」
「「ただいま~。」」
さらに坂木兄妹が入ってくる。
「あなた達!? 親御さんと話を付けるために日本に行ったんじゃないの!?」
「うん。だから、話を付けて戻ってきたんじゃないか。」
「いろいろ揉めましたけど、こっちの大学に行くことで、再び住めることになりました。」
「あれ? エマ? もしかして私達迷惑だった?」
「そんな訳ないじゃない。 みんな大好き!!」
そうして、エマがみんなに抱き着いて映画が大団円を迎えた。
ハッピーエンド至上主義の雪らしい、後味の良い見事なシナリオだった。
そして、映画が終わって、スタッフロールが流れる。
スタッフロールの一番手の曲はビリー・ジョエルの「ピアノ・マン」、私は目をつぶりながら映画の余韻を楽しむ。 エンディングの余韻を楽しむには最高の曲だ。
中盤のシーンを思い出して、ちょっとうるっと来る。
そして、「ピアノ・マン」が終わると、劇中で使われた「カントリーロード」が坂木兄妹の歌入りでそのまま流れる。
粋な演出だ。 映画のシーンを思い出してまた涙がこぼれる。
そして最後はシカゴ交響楽団やパルファン嬢と一緒にイーファが演奏した「ユーモレスク」だ。 今なら雪がなぜこの曲をテーマにしたのかが良く分かる。
アクションも殺人事件もない、ただの少年少女の夢と生活をユーモラスに描いた映画。 それが観客たちの人生と重なって、見事なテーマとして流れる。
スタッフロールが終わるまで誰一人、席を立つことが無く、ほとんどの人は映画の感動を噛みしめていた。
「いやぁ、映画って本当にいいもんですね。さよなら、さよなら、さよなら。」
二人の有名な映画評論家の決めセリフが混じってしまったけれども、今なら、この映画に対する熱い思いを語れるような気がする。 私は涙をぬぐいながらスタッフロールを見つめていた。
たぶん、この映画は、この後何十年にも渡って愛される映画になるだろう。
本当に雪は、とんでもない映画を作ったのね。
でも、本当は雪の映画の一作目主人公は、私になるはずだったのに・・・。
だとしても、私が主人公の映画では、ここまで雪の力を引き出せなかった事もまた事実。F4の活躍に免じて、今回だけは、いちごちゃんは見逃してあげます。(上から目線)
しかし、雪は、これがヒットしたら、二作目は私を主人公にした映画を撮るとか言っていたけれども、こりゃ無理そうね・・・。こちらがお願いする立ち場になっちゃったわ。 私は、わずかな嫉妬を隠して、今回は、雪を見事にスター監督の舞台に上げたF4に降参することにした。
そう言えば、何かを忘れているような・・・。
( ゚д゚)ハッ! 和葉よ、和葉! 自分の事にいっぱい、いっぱいで、和葉のことを忘れていたわ!
そう思って、隣の席の和葉を見ると、涙と鼻水がグジュグジュで、感極まりすぎて気絶した和葉が居た。
「ギャーーーっ。和葉! しっかりしてっ! しっ死んでるっ!」 (注:死んでません。)