星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
----------- パルファン視点 -----------
「あははははっ。 それでレイラ・オリヴィエコンクールで優勝になったんだ。」
「笑いごとじゃないのよ。 優勝したのに、こんなに悔しい事は無いよ。」
レイラ・オリヴィエコンクールで優勝した後に、私は友達と電話で会話していた。
ヴァイオリニストの登竜門である、レイラ・オリヴィエコンクールでの優勝は、本来はとても嬉しくて、喜ばしい事のはずだ。 しかし、私は全く喜べなかった。 むしろモヤモヤとした物が心の中に溜まっている状態だ。
レイラ・オリヴィエコンクールでの優勝は、私の地元フランスでは大きく取り上げられた。
しかし、世界的に見ても、いや地元のフランスであっても、話題の中心は2位になった星アキラに対する興味であった。
私はフランスのテレビ局のインタビューを受けたけど、私の演奏が称賛されたものの、話題の中心は結局星アキラの演奏だ。
この時点では、映画はまだ放映されておらず、星アキラの演奏も外に流出していなかった。 結果、世の中の大方の空気は星アキラの演奏に対する興味と、審査員が星アキラに忖度をしたのではないかという疑惑だった。
私もインタビューを受けた時に、そのような疑惑に対しての見解を求められけれども、それについては殊勝な態度で、「絶対にありません。審査は公平に実施されました。星アキラの演奏は本当に素晴らしかったです。」と回答するしか無かった。
他のコンクールの参加者たちもみんなこんな感じだ。 いや、私に至っては、映画が上映されて、みんながあの演奏を見た後に、私の方が忖度で優勝したのではないかという疑惑すら持ち上がる可能性があったので、特にインタビューの態度には気を使っている。
そもそも演奏を聴いていない人も考えてほしい。 コンクールの課題曲はパガニーニの「24の奇想曲(カプリース)」なのだ。 ハリウッドでもてはやされている天才俳優だからって、ちょっと練習したぐらいで弾けるようになる曲では無い。
幼い頃からヴァイオリンを弾き続けて来た私でさえ弾くのが難しい難曲なのだ。ぽっと出の俳優が弾けるのであれば、それはよほどの天才だろう。 ・・・実際にその天才が突如目の前に現れた訳だけど・・・。
まさしく音楽の悪魔。 星アキラは、悪魔に魂を売って、あのすばらしい演奏を手に入れたのではないだろうか。
パガニーニのヴァイオリンを聞いた18世紀の人たちは、まさしく私と同じ思いを抱いたのだろう。 パガニーニの逸話を、まさか自分が実際に体験するとは思わなかった。
コンクールに出る前の私は、パガニーニの残した楽譜しか見ていなかった。 まさに超級難易度の難曲だった。 これを自分の物のように奏でるテクニックさえあれば、パガニーニに並ぶヴァイオリニストになれると思い上がっていた自分を引っぱたきたい。
パガニーニが天才とは言っても、所詮は18世紀の人間。 ヴァイオリンの訓練方法も、訓練環境も洗練された現代のヴァイオリニストであれば、ニコロ・パガニーニの演奏を再現する事は難しくないと思っていた。
これは、私だけでは無くて、他のコンクールの参加者も、審査員の先生たちも、みんなそう思っていたことだろう。 譜面に書かれていた超高難度の演奏をする事で、悪魔に魂を売ったと言われた、パガニーニの演奏を再現できるとみんなが思い込んでいた。 だから、今回のコンクールの選曲に「24の奇想曲」が選ばれたと思う。
おそらく、若いヴァイオリニストのテクニックの向上を狙った選曲だったのだろう。 私もこの超難曲を死に物狂いで練習した。 テクニックでは、あのコンクールに参加したメンバーの誰にも負けない自信があった。
そしてその自信は、悪魔に魂を売って音楽を得た、イーファ・ムーティオ、いや、星アキラによって粉々に砕かれた。
次の演奏のために、舞台袖で控えていた私は目の前で実際に見てしまった。 悪魔に魂を売って手に入れたと表現される演奏を。
私はとんでもない衝撃を受けた。 あの後に1時間の休憩が無ければ、私の演奏はミスをしまくって最下位になったかもしれない。 それぐらいとんでもない衝撃だった。
あの演奏を聴いている時に、弓を持つ私の腕は震えていた。 いや、会場の全ての人間は皆、震えていたと思う。
同時に、あの場に居た音楽関係者は皆、パガニーニに対してとんでもない勘違いをしていた事に気が付いた事だろう。
そもそも、超絶なテクニックだけで、観客に音楽のために悪魔に魂を売ったと言われるだろうか?
「24の奇想曲」は本当に、悪魔の力を借りなければ演奏が出来ない難曲と言われるほどの逸話ができるまでの難易度なのだろうか?
モーツアルトやベートーベン、シューベルトが居た時代に、パガニーニはテクニックだけで「バイオリンの鬼才」と言われたのだろうか?
テクニックが凄かっただけで、演奏したヴァイオリンが、シューベルトやシューマン、リストなどの名だたる作曲家に影響を与えたのだろうか?
その答えの一端を星アキラは、自らの演奏によって見せつけた。
星アキラを観に来ていた、各地の有名な交響楽団の音楽監督や、そのOB、有名演奏家たちも、軒並み涙を流していた所を見ると、実は私と認識はそう変わらないのかもしれない。
クラシック好きなら知らない人は居ない、有名なあの人達にとっても、あの演奏は、人生の中で指を数えるほどの名演奏であった事に間違いはないだろう。 逆にそう言った名演奏が演奏されると嗅ぎつけた嗅覚が恐ろしい。
私は、1時間の休憩中になんとか持ち直して、いつもの演奏をした。 正直、優勝できないと分かったから、逆に気分が軽かった。 驚くことに、プレッシャーから解放された私は、全くミスをする事無く、完璧に曲を弾き終えた。 私が今まで演奏した中で、一番成功した「24の奇想曲」の演奏だった。
結果、私が優勝。 リズムが正確? 音程が正しい? 何それ?
ここまで無価値で、全く喜べないコンクールの優勝なんて初めてだった。 そもそも、正確なリズムや音程を評価したいなら、コンピュータにでも演奏させておけばいいのよ。 むしろ、そこを演奏家に求めるのは冒涜だわ! 音楽はスポーツじゃないのよ? 頭脳プレイで優勝をかっさらっても何も嬉しくないのよ。
もっとも、冷静になった今なら分かる。 審査員達は、星アキラの演奏を評価したく無かったのだ。
おそらく審査員達はあの時、世紀の演奏に点数を付けると言う冒涜を犯したく無かったのだろう。 だから、審査員達は私の優勝に逃げたのだ。 その証拠に、審査員達は、星アキラの点数が低いとか言っていても、具体的な点数に言及していなかった。 そもそも、点数で2位とはっきりしているのであれば、2時間以上審査で揉める必要は無い。
審査員達は、過ちに気が付いてしまったのだ。 超高難易度の譜面の通りにヴァイオリンを弾ければ、パガニーニと同じ演奏が出来ていると勘違いしていた、私と同じ過ちに。
そして彼らは、自分達の手で星アキラを優勝させる資格がない事に気が付いてしまったようだ。
結果、棚ぼたで私が優勝してしまったのだ。 重ね重ね言うけど、全く嬉しくない。 あの場に居た有名なクラシックの巨匠たちが、審査に全く物言いをしなかったのは、星アキラの演奏が、コンクールの枠に入りきらない事を知っていたからだろう。 あの演奏にとって、コンクールの優勝による名誉なんて、料理にかけられるパセリ程度の価値しかない。
あの演奏を聞いたら、コンクールを優勝した演奏なんて逸話はどうでもいい。 むしろ、その音楽性ゆえに、コンクールの審査の枠に収まりきらずに、優勝できなかったという逸話の方が何万倍も価値がある。
今、私はレイラ・オリヴィエコンクールの優勝者という、束の間の全く嬉しくない栄光を持て余していた。
おそらく映画が公開されたら、私の演奏なんてどうでも良くなるだろう。 むしろ、私がレイラ・オリヴィエコンクールの優勝者という事を覚えている人間が居るのかすら怪しくなる。
優勝したにもかかわらず、憂鬱な感情を抱えていた私に、柊監督から演奏の依頼が来た。 彼女の映画のフィナーレとして、イーファと共にシカゴ交響楽団と演奏して欲しいという依頼だった。
私はすごく悩んだ。 イーファと一緒に演奏したら、私の演奏がすごくみすぼらしく見える気がした。 でもすごく悩んだ末に、私はその依頼を受ける事にした。 このまま星アキラから逃げてしまったら、ずっと星アキラの亡霊に悩まされ続ける事になる。
そんなの、私らしく無い!!
「下ばかり向いてるから 五線譜の檻に閉じ込められちゃうんだ。」
私は玉砕覚悟でシカゴに飛んだ。
シカゴで珍獣と会うパルファン嬢。 何も起きないはずがなく・・・。
次回「ここがあの女のハウスね」お楽しみに!