星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

283 / 387
パルファン嬢は今日も大忙し3

 

翌日、シカゴ交響楽団との演奏の収録が始まった。 アキラと一緒に演奏した私の感想は、『バケモノ』だった。

 

最初のリハーサルの演奏の時、アキラは、私に「特別だよ。」と言って、完全にハイフェッツの演奏をしてみせた。 ハイフェッツの演奏を再現するのではなく、本物のヤシャ・ハイフェッツがそこに居た。 演奏の癖や息遣い、あの孤高の雰囲気までそのままだった。 そう。今、アキラはハイフェッツの『個性』を演奏していた。

 

今回の楽曲は、ハイフェッツが編曲したユーモレスクだ。 だから私もここに来る前にハイフェッツの演奏は何百回も聞いている。 アキラは単純にハイフェッツの演奏を再現したのではない、ハイフェッツ自身を演じていた。 あの天才中の天才と呼ばれたハイフェッツ様をヴァイオリンごと真似るとか、頭がおかしい。というか、今、アキラにハイフェッツが取り憑いているとしか思えない。

 

楽団員の何人かは、その事態に対応できずに呆然として、自分のパートを開始できなかった。 もちろん、楽団員達も今日に備えて何度もハイフェッツの曲を聞いていたはずだ。 だからアキラが今やっている事の異常さに、頭が付いて行かないのだろう。 指揮者のおじいさんはそんな楽団員をたしなめつつも、そのまま演奏を継続させる。

 

この事態にも音楽監督のおじいさんは冷静だ。 ハイフェッツと交流があり、おそらく何度もハイフェッツの演奏を生で聴いているにも関わらず、完全に指揮に没頭していた。

 

そして、アキラがChorus (サビ)まで一旦弾き終わると、おじいさんは曲を最初に巻き戻した。 おじいさんは指揮棒をくるっと回しただけだ。 でもそれだけで全員にまた最初から仕切り直すという意思が伝わった。 まるでタクト(指揮棒)が魔法の杖だ。

 

そして曲が最初から仕切り直される。 そして、おじいさんは私に入るようにタクトで指示した。 その時になってアキラが「特別だよ」と言った意味に初めて気が付いた。

 

そう。私は時を超えて「完全のあくなき追求者」、「ヴァイオリニストの王」ヤシャ・ハイフェッツとデュオをするチャンスを得たのだ。

 

彼の演奏は、子供の頃から何度も聞いた事がある、ハイフェッツそのものだった。 頭の中でハイフェッツ様とデュオするならこんな感じになるんだろうなと言うイメージそのままの演奏だ。

 

私のバックにシカゴ交響楽団の伴奏があるにもかかわらず、私は自分の演奏に没頭した。 指揮者のおじいさんとアキラは、そんな私を最大限に優先してくれた。 私は、ヴァイオリンを志した事がある人なら誰しもが夢を見るシーンを実現している事に気が付いていた。

 

素早いフレーズを正確に刻むリズムに、とんでもない切れ味のボウイング。 凄まじい超絶テクニックを何気なくこなし、パッセージを弾き飛ばす時にわざと曖昧にして観客に余韻を残す。 ああ、私は時代を超えてヴァイオリンの神様とデュオをしている。

 

この時の私は完全に音楽に入り込んでおり、神様との音楽以外は何も聞こえていなかった。 そして気が付いた時には、演奏が終わってへたり込んでいた。

 

夢のような演奏だった。 コンクールでのキアラの演奏もすごかったけど、私にとってこちらの演奏の方が何倍も価値があった。

 

私は自分のコアになる音楽家としての感性を、ヴァイオリンの神様によって磨かれていた。 今、考えられないぐらいに感性が研ぎ澄まされている。 今ならどんな曲でも弾ける気がする。

 

リハーサルを終えると20分程度の休みの後で、イーファに扮したアキラが入って来て本番が始まった。

 

イーファが演奏を始めると私は驚いた。 それは、イーファ・ムーティオの演奏だった。 星アキラでも、ヤシャ・ハイフェッツでも無い。 あのコンクールで聴いて衝撃を受けたイーファ・ムーティオだ。

 

ここまで聞いて、私は初めて理解した。 星アキラというのは天才的な演奏家であるのと同時に天才的な俳優であるのだと。 演奏家にとって『個性』は何よりも大事なものだ。 同じ曲を弾いていても、それぞれの演奏家が持つ個性は変わる事が無い。 音楽家として歩いて来た道や考え方、癖などが決して消えない個性を曲に映し出す。

 

他人の演奏を真似しても、自分の個性は浮かび上がってくる。 絵師さんが他人のキャラクターを描いた時でも、その人の絵だと分かる感じだ。

 

実際アキラにも、ポップで煌びやかな演奏をするというアキラ本人の個性がある。

 

でも星アキラという俳優は、実際に演奏家を演じる事で、音楽性すら別の『個性』として演じられるのだ。 これが世界トップレベルの俳優。 私は他人の音楽を演じるなんて事を今まで考えた事も無かった。

 

でも気圧されている時じゃない。 私はそんなイーファ・ムーティオに真っ向から勝負を挑んだ。 今から引く曲はデュオ(二重奏)なんだ。 イーファ、私達は対等なんだ。私と一緒に踊ってもらうよ。

 

私達は、ヴァイオリンの二重奏をしながら対等にお互いのメロディーを認めて行く。 イーファの感情に訴える、音楽性に溢れたメロディーに巻き付きながら、私のメロディーと協調させてハーモニーを奏でる。 二人の演奏が拮抗してお互いに演奏を高め合う。

 

おそらく、昨日までの私なら怖気づいてここまでの演奏は出来なかっただろう。 でも、今の私はさっきまで、ヴァイオリンの神様とデュオをしていたのだ。 あのリハーサルは私にとんでもない自信を与えていた。 おそらくこういう精神状態になる事を見越して、アキラはハイフェッツを演じたのだろう。 悔しい。 でもすごく感謝していて幸せだ。 なによりも今の演奏が最高に楽しい。

 

イーファの流れるような自由なメロディーに対して、私の完璧なテクニックで美しい共鳴を与えて行く。 

 

指揮者のおじいさん、シカゴ交響楽団の演奏、そしてイーファと私のメロディー。 全てが調和して高まり合い、そして演奏はフィナーレを迎えた。

 

私はやり切った。 そして結果は一発OK。

 

まさしく、映画のフィナーレとしてふさわしいと言い切れる演奏だった。 どんな映画になるかはわからないけど、最高の映画になるのは間違い無い。

 

私は、人生の中で、指折りの最高に充実した演奏をすることが出来た。 私の中の演奏家としての才能が開けて、大きな世界に顔を覗かせた気がする。

 

この場に私を呼んでくれたアキラと柊監督には心から感謝した。

 

-------------------------------------------------

 

その後、映画のヒットと共に、ドキュメンタリーの第二部でこのリハーサル時の演奏が放映されて、大反響を呼び、後にこれがDVDの特典映像にもなって、このリハーサル時のアキラと私の演奏は、後世にも伝説として残り続ける事になった。

 

ちなみに、ドキュメンタリーの第二部で一番人気のシーンは、ノリノリでヴァイオリンを弾きながら、目からビームを出して踊るゲーミングカモノハシのシーンで、こっちはこっちで、別の意味でものすごい伝説となったのであった。

 




ちなみに、アキラ君がここまでヤバイテクニックを持つに至るのは、

前世で練習の鬼として死亡→10歳からやり直し→若い男の体で強くてニューゲーム(笑)→子供かつ男性の力強さで女性ではできなかった超絶テクニックを再現できるようになる→役者の表現を音楽として応用するようになる→なんか手が付けられなくなる(笑)→珍獣

というバックボーンがあったりします。
なので音楽に関しては、転生して強くてニューゲームだったりしますが、結局のところ最終的には珍獣となります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。