星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
---------------日尾和葉視点---------------
「ほら、和葉こっちよ。」
大学の大講義室のせいか、席がとても狭い。
「・・・この席狭い・・・。」
「せっかくあなたのためにこのプラチナチケットをもらったんだから、文句言わないの。」
周りの人達を見ると、有名人しか居ない。 プラチナチケットというのは本当の事だろう。 ボロボロになった今の私なんかに、こんなプラチナチケットなんて勿体ないのに・・・。
「私のチケットなんてもらわなくてもいいのに。 私をここに連れてきたのは事務所の意向ですか?」
「違うわよ。」
「じゃ、なんでなんですか?」
「あなたに本物を見せたくて。」
「本物?」
「そう。本物。 周りを見て見なさい。 あなたの同年代のライバルがいっぱい居るでしょ?」
周りを見渡してみると、確かに、事務所で教えてもらった人気のある子達がほぼ全員揃っていた。 特にスターズのメンバーはほぼ全員居る。 他の芸能事務所の同年代のエース達も勢ぞろいだった。 他、前の方の席には有名な映画監督達が居る。
「ここにはあなたのライバルや、あなたが媚びを売らなければいけない人達がみんな集まっているわ。 だからよく見ていなさい。 この人達が絶対に無視をすることが出来ない本物というやつがこれから出て来るから。」
いや、そんな訳無いじゃないの。 流石に言いすぎじゃ無いの?
「市子先輩、それ、予想が外れたらすごく恥ずかしいですよ? ただでさえ、先輩は明らかに挙動不審なのに・・・。」
「この、いちごちゃんが予想を外す訳が無いじゃないの。 間違いなく正解よ。」
「あっははははっ。 市子先輩、この映画がそんな本物な訳が無いじゃないですか。 だって、百城千世子達四人がボロ家でバラエティもどきのドキュメンタリーを撮っているだけですよ。 先輩は柊監督の友達だから、ちょっと良いように見えているだけですよ。」
「う゛っ。 いや、雪ならきっとやってくれるわ。」
「はいはい。 それじゃ楽しみにしておきますね。」
「つれないわね。 和葉。」
その後、先輩はとなりの友達と話し込んでいた。 どうやら先輩の高校からの友達みたいだ。
でも、本当の所はどうなんだろう? どちらにしても、もうすぐ星アキラと百城千世子の顔が見られる。 モデルをやってきた経験から言えば、写真で見るよりも本人の方が綺麗って事は、ほぼ無いのよね。
そんな事を考えているうちに、舞台挨拶が始まった。 柊監督を先頭に、百城千世子と星アキラの順に入場してくる。 私はその二人の顔を見て衝撃を受けた。
「嘘っ。」
二人の顔は、写真や映像で見るよりも綺麗だった。 こんなに顔が整った人なんて見た事が無い。 神の造形とでもいうのだろうか、映像で見るよりも生の方が何倍もすごい。 なんというかオーラみたいな輝きが違う。 この造形と存在感で、あんなギャグみたいなドキュメンタリーをやっていたのだろうか?
この時になって初めて、私は自分がとんでもない勘違いをしていた事に気が付いた。
舞台挨拶が終わった後に市子先輩に話しかけた。
「どうしたの? 和葉?」
「百城千世子と星キアラってあんなに美人だったんですか!? あんな人、モデルでも見た事が無い。」
「ああ、本物を見たのがこれが初めてだっけ? そういえば、一般人でお忍びで外に出る時は別にしても、ガチのお仕事状態の二人を生で見た事が無いんだっけ?」
「あんなに、この世の者とは思えないほど綺麗な人を初めて見ました。 モデルの先輩でもあんな人居ません。 存在自体が輝いているっていうか、それに、星キアラが男とか嘘ですよね!? 百城千世子の横に立って遜色がない、あんなに綺麗な美人が男の訳無いですよね!?」
私が早口でまくし立てると、市子先輩が何コイツって目で私を見てきた。
「あれ? マネージャもそんな事を言っていたけど、和葉ってもしかして、百城千世子と星キアラは編集で顔を合成していて、実物はそこまで美人じゃないとか言う、2.5ch発祥のネタ陰謀論を信じていないわよね? あのネタ陰謀論は小学生までよ? 高校生でそんなの真面目に信じる人が居るとは思っていなかったからスルーしてたけど・・・。」
「えっ? モデルの先輩が前にそう言っていたので、そう信じていたんですが、何なんですか!? あの人達!? TVで見るより綺麗じゃないですか!?」
「ガチなのねwww。 天然記念物だわwww。 そりゃ、そうでしょ。 千世子ちゃんとか、写真写りは抜群に良いけど、実物の方が綺麗だし。 っていうか、芸能情報やワイドショーでも見ていれば、すぐに嘘だってわかるのに、和葉はそれも見ないからね。」
「えっ、私、先輩に騙されていたんですか!?」
「それって、モデルの仕事を始めたばっかりの時でしょ? 騙されていたというよりも、からかわれていたのね。 その先輩も和葉が本気でずっと信じるとは思っていなかったでしょうし。 ましてや、和葉がモデルから芸能界に行くぐらいだし、そんなジョークを真に受けるとは思っていないでしょうね。」
「私、てっきり、あのドキュメンタリーもコンピュータで編集して美人を作っているだけだと思って、冷ややかな目で見ていたのに。」
「和葉がアキラ君を馬鹿に出来た理由が分かったわ。 本人を知っていたらあの場面で絶対に馬鹿になんてできないのに、和葉、アキラ君を馬鹿にした瞬間に周りの人がドン引きした理由が分かったでしょ? これが和葉の勉強不足の結果だった訳ね。 まぁでも、そもそも和葉が仕事を始めた経緯から考えると、それも仕方が無いかもしれないけどね。」
「星キアラ、ドキュメンタリーで見るよりも綺麗だった・・・。 あれが男? 容姿も仕草も雰囲気も全て女性にしか見えない。 あれが演技? 演技って極めると男性が女性になれるの!? あり得ないでしょ? ・・・こんな凄い人達だったなんて・・・。 ・・・私どうしたら・・・。」
私は舞台挨拶だけで混乱に陥った。 そして、映画本編が始まる。
アーティスティックなのに心の中まで染み入る映画。 こんなタイミングで人生を変える映画に出会ってしまうなんて・・・。 映画ってこんなに凄かったんだ。 家庭のゴタゴタからずっと、私はエンタメを提供する側で、楽しむ側では無かったから、そういえば仕事じゃなくて、まともに映画なんて観たのは何年ぶりだろうか。 そしてこの何年振りの経験がこんなに凄い映画なんて・・・。
凄い。 俳優って凄い。 役者って凄い。 私は自分でこんなに凄い事が出来るの? 目の前で上映されている映画の凄さに私は寒気がしてきた。 同時に、過去の私の放った暴言や、間違えた考えが刃となって私に返って来る。 私はなんて人達を冒涜していたのだろうか・・・。
映画に感動して涙を流し、無知さゆえの偏見から自分自身に怒り、役者を真面目にやらなかった事を後悔して、F4達の自分ではとても追いつけない演技に心を抉られた。
そして、私は、私を感動させる映画と演技の素晴らしさに今更ながら気が付いてしまった。
結局、色々な事が全て混ざって感情が爆発して、終盤のコンクールのシーンまでは意識があったけど、コンクールでのイーファの演奏を聞いた所で、脳が処理をし切れなくなって、私の意識はプツンと切れた。
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「・・・・・・・・・・・・・・。」
私は目を開けるとぼやけた天上が目に映った。
「あっ、和葉、起きたの?」
私のおでこには濡れタオルが掛けれていて、私はその濡れタオルを取りながら起き上がった。
「ここは? どこ?」
「阿佐ヶ谷芸術大学の医務室よ。 和葉はユーモレスクの映画を観ていて倒れちゃったの。」
「・・・・・・・・・・・・・・。 そうだった思い出した・・・。」
ユーモレスクはとにかく凄かった。 人生を変えた映画とか良く聞くけど、そんなの眉唾だと思ってた。 だけど、自分がその体験をする事になるとは思わなかった。
私は、朦朧とする意識の中、焦点が定まらない目で、市子先輩を見ていた。 そこで私はふと思い出した。
「・・・そうだ。 星アキラさんに謝らないと・・・。」
「大丈夫よ。 アキラ君も気にしていないわ。」
「でもっ。」
「今日はショックだったでしょ? 和葉は頭の整理が必要よ。 家に帰って休むといいわ。」
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市子先輩に家までタクシーで送られた私は、自分の部屋に閉じこもって、カーテンを閉めて部屋を真っ暗にして、布団を被って、自分の部屋のベッドの中でガタガタと震えていた。
気絶の後に、朦朧した意識から復帰した後の私を襲ったのは、猛烈な後悔とショックだった。
自分勝手な思い込みから、星アキラと百城千世子を誤解して馬鹿にしていた事。
自分が馬鹿にしていた俳優達が、自分では全く届かない高みでの演技をしていた事。
ただお金を稼ぐだけで、何の感動も無かった女優という職業の真の素晴らしさに気が付いてしまった事。
自分が大きなチャンスを与えられていたにもかかわらず、それを慢心から全て無駄にしていた事。
こんなバカな態度の私にもう二度とチャンスがやって来ない事。
何よりも、人に感動を与える素晴らしさに気が付いたのに、その能力を生かせる場を自分の愚かさで失った事。
この時の私は、スターズにドッキリを仕掛けられた時よりも、はるかに精神的に追い詰められていた。
人生を変えるほどの映画に感動したからこそ、自分がその表現の場を足蹴にしていた事が許せなくなって、ベッドの中で後悔に後悔を重ねて、自分の罪によって自己嫌悪の沼に沈んで行った。
この時、実際にこのままだったら、自分自身の愚かさを呪って自殺していただろう。
子供の頃に自殺した星アキラもこんな感覚だったのだろうか? いや、星アキラは母親と社会から拒絶されてもっと酷かったはずだ。 自分は星アキラよりは軽い境遇だって思っても、そんな星アキラに無礼を働いた自分への嫌悪は晴れなかった。 いや、私はもう終わりかもしれない。
ぐるぐると猛烈な自己嫌悪が渦巻く中、唯一の希望として私の頭をよぎったのは、死ぬことで人生とこの自己嫌悪から解放される事だった。
ふと、携帯にLaneの通知が入った。 市子先輩からだった。
『アキラ君が、あなたが倒れたって知って、動画を送って来てくれたの。 絶対に観てね。 絶対よ! 観ないとアキラ君に失礼なんだからね!』
私は、震える手でなんとか携帯にイヤフォンを付けて、振動する指を押さえつけてなんとか、リンクにタッチして動画を再生した。
アキラさんから、今の精神状態を紛らわせるような、お笑いとかギャグとかの動画が送られて来たのかと思ったのだけど、そんな事は無くて、グランドピアノに向き合うアキラさんの動画だった。
アキラさんが演奏を始めた。 静かにメロディーが流れる。 曲はハウルの動く城の『人生のメリーゴーランド』だった。
静かにピアノの音が響き渡る。 自分の人生に、この曲がオーバーラップする。
生まれてから今までの人生の映像がメリーゴーランドのように頭を通り過ぎて行く。
ベッドの中で、イヤフォンをしながら目をつぶって、曲を聴いていると、震えが止まって、自然に涙が頬を伝う。
「・・・私、やり直せるの?」
この時のアキラさんは、私の倒れた状態と市子先輩の話しから、私の精神状態を完全に理解していたのだろう。 この時の思春期の不安定な精神状態の私では気が付かなかったけど、大人になった今なら分かる。
そこから、私は、涙が止まらずに号泣し始めた。
「うわ―――――――――ん。」
私は子供のように泣きじゃくる。 小学校の時、いくら泣いても幸せな家庭が戻って来る事は無いと理解したあの時から封印していた感情が、再び私に蘇る。
「お姉ちゃんっ。 どうしたの!?」
「和葉っ!! 大丈夫!?」
私の泣き声で、妹と、市子先輩が私の部屋に駆け込んできた。
市子先輩は、タクシーの中での私の状態を見て、嫌な予感がして、妹に事情を話して別の部屋で待機していたらしい。
「わたしっ、わ゛だしっっ、ぐすっぐすっ、え――――――――――ん。」
私は自分が泣いている理由を全く説明できずに、幼児のように、ただ、ただ、盛大に泣きじゃくった。
今思い返せば、この瞬間こそが女優、日尾和葉が産声を上げた瞬間だった。