星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

316 / 387
柊雪は映画監督である

 

 

「私は子供の頃から映画ばかりを観てきました。 私には映画しかありませんでした。」

 

「5歳の頃に父親と離婚した母親は次の再婚相手を探していて、子供の私にはかまってもらえず、無限にある子供の時間を持て余した私は、学校以外の時間をずっと団地の奥の部屋に引きこもって映画を観続けていました。」

 

「孤独であった子供の私に、愛と安らぎを与えてくれたのは映画です。 私は映画から人生を生きるために必要な様々な事を学びました。 子供の私にとって、映画こそが友達であり、映画こそが家族でした。」

 

雪ねぇちゃんは自分の言葉でゆっくりと話している。 観客はそんな雪ねぇちゃんに魅入られるように話を聞いていた。

 

「私は自分で映画を作りたいと考えるようになるまでに、そう時間はかかりませんでした。 そして中学生の時に星アキラ君と出会いました。」

 

「アキラ君のYoutube放送や、アキラ君のお仕事を手伝ううちに、私の映像撮影の技術はどんどん上達して行きました。 高校の映像科に入った頃には、プロと混じって仕事できるまでになりました。」

 

「それと同時に、私には、撮りたい映画が無い事に気が付いて行きました。 映画は好きですが、私は映画に自分の世界を描く事が極端に苦手だったのです。 私は映画が好きなだけで、技術はあっても、映画に自分の世界を描くことができない、空っぽな人間でした。」

 

「こんな私に、師匠にあたる人から問いかけられました。 私は何で怒り、悲しみ、笑うのか。 私と言う人間。 そして私と言う映画(人生)。 私は自分の映画と言う物を探求し続けました。 でも、わからなかった。 アキラ君から私の映画を撮るように言われた時も、実は何を撮って良いのか分かりませんでした。」

 

「だから、私はアキラ君に聞きました。 こんな空っぽな私が映画を撮れるのかと。 アキラ君には逆にこう聞かれました。 空っぽなのになぜ映画監督になろうとしたの? 何か映画に感動や感謝した瞬間があったからこそ、映画監督を目指しているんだよねと。」

 

「その時、一人で部屋の中でうずくまりながら映画を観る5歳の時の私が頭をよぎりました。 一人孤独な子供の私。 でも映画はそんな私を癒してくれました。 そうです。 私は監督になって、家族である映画に恩返しがしたかったのです。」

 

「私はユーモレスクを作るにあたり、少女の私が観て、夢を抱ける映画を作る事に決めました。 最高のキャストを揃えて、世界一の作品を作るとかではなくて、ただ単に、少女だった私を満足させて、この世界に希望を抱けるような映画を作りたかったのです。」

 

雪ねぇちゃんの目から涙が粒になってこぼれる。

 

「私は、沢山の愛と喜びをくれた映画が好きでした。 そして、私に沢山の怒りや悲しみと言った感情を抱かせてくれた映画を愛していました。 それは、5歳の頃の私も、今の私も変わりません。 5歳の私は、今の私が撮った映画を観たかった事は間違いありません。」 

 

「私の師匠は言いました。 自分の映画を誰かに観せた人間が、自ら映画監督を名乗る覚悟を持った時に映画監督が生まれると。」

 

「私もこの作品を通じて、一つの覚悟が生まれました。 それは、映画監督だと名乗る覚悟です。 私は映画監督を名乗り、一生を通じて映画と共に人生を歩もうと思います。」

 

「私は何で怒り、悲しみ、笑うのか。 今だに私と言う映画(人生)はわかりません。 でも、今でも暗闇の中で、観客のみんながスクリーンを見上げてこれから始まる物語への期待でしんとなる。 この瞬間がたまらなく好きです。」

 

「このアカデミー賞の会場で、家族であり、私の恩人である映画を生み出してくれた、映画に関わる全ての人に感謝します。」

 

「私を育ててくれて、ありがとうございました。」

 

 

 

こうして雪ねぇちゃんのスピーチは終わった。 会場は雪ねぇちゃんのスピーチに聴き入って、誰も動かなかった。

 

そのうち、誰か一人がパチパチと拍手をすると、雪崩を打ったかのように、大音響の拍手が響き渡り、それがスタンディングオベーションの大波になるまで時間はかからなかった。

 

衝撃的な事は何もない。 ただ、自分の生い立ちと共に、映画に感謝するスピーチだ。 でも、どの受賞者よりも素直で、誰よりもアカデミー賞の主旨に最も合ったスピーチだった。

 

アカデミー賞とは、アメリカ映画の健全な発展を願い、監督やスタッフ、俳優達を慰労する映画関係者のための賞だ。 だから、この会場に居るのはほぼ映画関係者とその家族であり、雪ねぇちゃんの話したスピーチ内容は、多かれ少なかれ、多くの映画関係者が抱く映画人生の一幕だった。

 

会場に居た人達も、彼女の率直なスピーチに自分の人生を重ねて、沢山の人達が彼女と一緒に涙を流している。

 

そう。今の雪ねぇちゃんは、最も正しいアカデミー賞の受賞者だった。 彼女は受賞者として、最も価値のあるスピーチを行い、映画制作に携わる人々の心に、映画への感謝と感動と、人生における映画の価値を再確認させたのであった。

 

だから、スピーチの後に雪ねぇちゃんが席に戻っても拍手は鳴りやむ事は無かった。 会場に居たすべての人が彼女を祝福した。

 

後年振り返ってみれば、彼女の異名となる『ハリウッドの娘』、正確には『The daughter of Hollywood with a movie father.(映画を父に持つハリウッドの娘)』と言う異名の由来はこのスピーチだった。

 

このスピーチを機に、雪ねぇちゃんは、映画の都ハリウッドに本当の意味で受け入れられて、沢山の映画に携わる人々から、本当の娘のような扱いを受けて、その後の映画人生で、数えきれない沢山の名作映画を撮って行く事になり、そんな彼女の映画がまた沢山の人々を育てていくのであった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。