星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
その日は、劇団天球のメンバーの若手団員と共に、俺の家で忘年会をしていた。
みんなと飯を食っていると、青田亀太郎が夜の9時になったらテレビをつけ始めて、高畑小次郎を映した。
「今日はあのアキラ君が犯人役なんです。年末2時間スペシャルですっごい楽しみなんですよ。」
「私も見てみたいっ」と入ったばかりの三坂七生も同意する。
阿良也は興味無さそうに飯を食っていた。
テレビでドラマが始まった。
高畑小次郎。俳優の田町和正が演じる、警部補、高畑小次郎が毎回ゲスト役の犯人との心理的な攻防戦をするドラマだ。
ドラマ自体は倒叙ものと言われる方式で、一番最初に犯人の殺害動機と殺害現場が映り、トリックなどを明示した上で、高畑小次郎が登場して犯人を突き止めるという推理劇である。
最初に犯人が視聴者に判っているので、殺人を誤魔化す犯人としての心理描写を重視する演技が求められ、他の推理ドラマよりも本来は役者の演技の難易度が高い。
しかし、実際には、高畑のコミカルな演技にフォローされて、お笑い芸人や落語家、野球選手やアイドルグループなど様々な有名人が犯人役を務めて、ライトに楽しめる所もこのドラマの特徴であり、高い視聴率を獲得していた。
ドラマが始まって、星アキラが現れた。
星アキラは一生懸命、子役として演技をしている様子が写されていた。
その演技の様子は、自殺前の星アキラの華の無い実直な演技そのままだった。
「アキラ君、子役の演技上手い!」
「マジで年相応の子役にしか見えない」
劇団員のみんなが何を褒めているのか全く分からなかった。
実は俺は、自殺未遂を起こした後の星アキラを見たことが無かった。
記者会見やYoutubeなども話題になっていたが、彼が回復したというニュースを聞いた後は、意図的に彼の記事や動画などを避けていた。
それは、俺がアキラ君に対して深い負い目があるためだ。
実際、アキラ君が自殺して意識不明の重体になったとうニュースを受けた時に、俺はものすごいショックを受けていた。
なぜなら、アキラ君こそが、俺のせいで星アリサの心を壊したことによる被害を、代わりに一身に背負わされた一番の被害者であったからだ。
星アリサは元々、あんな性格では無かった。女優業は多忙であったが、生まれてきた息子に愛情を注ぐ普通の母親であった。
しかし、アキラ君が3歳の時、俺の舞台で星アリサが自分の心を壊して、役者としての人格しか無くなって以来、アキラ君に対して優しく愛情を注いでくれていた母親が反転し、アキラ君を他人を見るような目で接するようになったのを見て、俺は人生最大の衝撃を受けた。
それ以来、3歳のアキラ君にとって優しかった母親は居なくなり、彼女が立ち上げた芸能事務所の敏腕社長を演じる星アリサだけが残された。
星アリサは、自分の息子に愛情をかけずに、他の子役と同列に扱った。
今まで母親の愛情を受けてきたわずか3歳のアキラ君にとって、どれだけの衝撃であったのだろうか。
彼は4歳の時に、母親の作った事務所の子役として働く事を決断した。
なぜそういう決断をしたのかは、痛いほどわかる。なぜならアキラ君は、もう自分を見てくれなくなってしまった母親との繋がりを、なんとしても切りたくなかったからだ。
星アリサは、アキラ君に対して母親としての時間は取らなかったが、演技指導であれば、星アリサはアキラ君に対して、いくらでも時間を取った。
星アリサのアキラ君に対しての指導はかなりスパルタだった。
元々アキラ君は気が弱く、演技に向いた性格ではないと周囲も思っていた。それでも、アキラ君は厳しい母親の指導に対して弱音を吐くことも無く、一生懸命努力していた。
それこそ、ひたすら演技の技術を磨くことだけを目的に生きていたように見えたぐらいだった。
この頃のアキラ君はかなり痛々しかった。4歳の体で精神はふらついており、ちょっと触れたら壊れてしまうのではないかと思うぐらい弱々しかった。
それでも事情を知る周囲の人間は、向いていないので子役を辞めた方がいいよとは言えなかった。
なぜなら、それはアキラ君に対して、母親に捨てられろと言うのと同義であったからだった。
結果、演技の技術だけは化け物級だけど、いまいち人に感動を与えない役者という、ちぐはぐな子役が育つことになってしまった。
彼の演技が人に感動を与えない理由は明白だった。なぜなら彼は、母親の愛情は3歳までしか受け取った事が無いし、父親や兄弟も居なかった。
子役として求められる演技のほとんどが、家族がらみの演技となる。
誰よりも家族の愛に飢えて、その幸せを与えられない彼が、幸せな家族を演じられるだろうか?
どんなに技術で取り繕っても、最後の一線までは騙しきれない。
そして、アキラ君はどんな役でも卒なくこなすけれども、華や突出する所が無い器用貧乏な子役という評価が定着してしまった。
俺の前で、「星アリサの子供なのに華が無いよね」とか話されると、必ずその人間とは口論になった。
「違う。星アキラは、当たり前に与えられるはずの幸せを、俺によって奪われたせいなんだ。」と俺はいつも口論をしながらそう叫びたかった。
そんな事をしているうちに、俺の前で星アキラの話題に触れるのはタブーとなった。
元々事情を知る人間は、星アリサの事にも触れなかったので、結果として俺や劇団員たちは星アリサと星アキラのニュースから遠ざけられた。
今、劇団員の子たちが高畑小次郎を見ているのは、そういった経緯を知らない若手の子達ばかりだからだ。
その後月日が流れて、アキラ君の自殺のニュースを知った俺は、猛烈な後悔が再び押し寄せてきた。
結局、昔の俺が星アリサを舞台に迎えて、「どんな物を犠牲にしても必ず、最高の舞台を成功させたい」というエゴによって、アキラ君が犠牲になって彼の人生を終わらせる事になってしまったからだ。
昔の俺のエゴによって、アキラ君を殺したのと同じだった。
息子が自殺したにも関わらず、心が壊れたままで、息子に情も示さずに、毅然とした態度で記者会見の対応している星アリサを見て、俺の罪の意識はより深まった。
そして今、俺は実に何年かぶりにアキラ君の演技を見ていた。
アキラ君の演技は、昔俺が見た演技と同じで、「演技は上手いけれども、いまいち人に感動を与えない役者」という演技から全く変わっていなかった。
しかし、俺は大きな違和感を覚えた。外面や仕草は全く変わっていなかったが、何か本質的な部分が大きく違うような気がする。
そしてシーンが切り替わり、俺はさらなる衝撃を受ける事になる。
『アキラ、帰ったのね。』
あの星アリサが母親役として登場したからだ。