星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

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安原絵麻はセレモニーに出席する

 

------------ 安原絵麻視点 ------------

 

アカデミー賞の授賞式の後にしばらく経ってから、私はMoCAでのセレモニーに呼ばれて、ニューヨークに行くことになった。

 

それで、せっかくだから私やおいちゃん達のいつものメンバー5人で全米を旅行をする事にして、その過程でニューヨークへ行って、そのMoCAで開催されたセレモニーで、私は固まっていた。

 

MoCAでというのは、The Museum of Contemporary Art New Yorkの略でニューヨーク現代美術館を略した名前なのだけど、ちょっとかわいい名前だと思う。

 

なぜ、私達がMoCAに来ているかと言うと、私が銀河鉄道の時に書いたクロッキーの絵が展示される事になったからだ。

 

これは、その絵をハリウッドスターの俳優さんに渡した所から話は始まったのだけど、その方はとても美術に明るい俳優さんで、舞台芸術などの他にも、絵画や彫刻など多岐に渡って詳しい人で、有名なアートコレクションを持っているほどのアート通であった。

 

『銀河鉄道の夜』を観て感動した私は、舞台を見終わった後に、その場で持っている画用紙にその感動を書きなぐった。

 

阿良也君と景ちゃん達の素晴らしい演技に感動して、本当に1分に1枚という、とんでもない速度でクロッキーを書いた私の絵は、その人の目に止まって、いくつかの展覧会を回っていくうちにどんどん話題を呼んで、気が付いたら、とんでもない価値がある絵に変貌していた。

 

私の絵の描き上げた時間から、『奇跡の12分』という題名までついて、絵と共に、それが完成したドラマチックな情景まで逸話として話題にまでなって、ついには数億円で売ってくれみたいな人が続出する事態になってしまった。

 

たった12分で書いた12枚の絵が数億円? 時給換算で私はどれだけ効率的にお金を稼いだのだろうか? ちょっと前までは原画マンとして、1カットあたり3000円~4000円で、一生懸命働いても年収200万に届くかどうかだった私から見たら、目の回るような金額となっていた。

 

この絵の売りは、シンプル イズ ベスト。 これ以上そぎ落とす物がないぐらいに、シンプルに銀河鉄道の舞台の様々なシーンと感動を表現している絵に仕上がっていた。 美術ファンには、ある程度の様式や装飾を好む層もいっぱいいるけれども、シンプルなものが好きな層も沢山居る。そんなシンプル好きな人達にこの絵は刺さってしまったようだ。

 

全米の展示会を回るうちに、この絵の価値はどんどん上がって行き、1年を経過した頃には、私のアトリエの壁に画びょうで飾るなんて絶対にできない状態になっていた。というか、今更この絵を返却されても困る。

 

私のアトリエ兼マンションでは、ここまで価値が出てしまった物を保管する事ができない。アキラ君は専門の業者に預けようか?って言ってくれたけど、それも気が引ける。

 

そんな感じで私は優柔不断に、この絵の事は見て見ぬふりをしていたら、さらに世界の展覧会を回ってしまい、どんどん価値が上がって行ってしまった。

 

私はこの絵について悩んだ。すごく悩んだ。正直な話、数百万円なら手放して自由になりたかった。しかし、もうそんな値段で譲る訳にもいかない状態になっており、手放すのであれば、相応の価格で取引する必要がある絵に育ってしまった。

 

確かに、この絵は私にとっても思い入れのある絵だった。でも、この絵が私の人生における最高傑作かと聞かれれば、それは断じてNoだ。

 

この絵は、私に沢山の事を教えてくれた絵ではある。私の人生において、この絵を描くプロセスはとても重要であったけれども、しかしながら、描き終わった後の作品については、自分の目から見ると、そこまで執着する価値のある物には見えなかった。

 

私が執着する物の大半は、この絵を生み出すまでに至る思い出に集約されていて、いわばこの絵は、そんな思い出から生まれた副産物が、数奇な運命を辿って、尾ひれが付いて、とんでもない価値になったものだ。 

これは、例えば味噌を作って売っていたら、その表面に染み出すたまり醤油の方が価値が出ちゃったみたいなイメージに近いかもしれない。

 

今、こうして、MoCAに展示されるという栄誉を経たこの絵を眺めてみると、本当に絵や物の価値って何だろうか?と考える。

 

結局、最後に私が下した決断は、この絵を寄付する事だった。みんなからは勿体無いとは言われた。でも、ものすごく幸運な事に、私はアキラ君達のおかげで、お金に困る事もなくなったし、貧乏で生活に困窮している時ならいざしらず、今の立場で数億円をもらっても、使わずに眠らせるだけである。

 

お金と言うのはただ貯めるだけではダメで、自分にとって大切な事に使わなければ、持っている意味が無い。これはアキラ君から学んだ事だ。

 

貧乏だった時に、自分の人生を変えるためなら、ひょうたんからコマのごとく湧いて来た、この数億円という金額は、さぞ魅力的に映った事だろう。

 

でも、今の自分の人生に満足していて、それなのに、さらに追加で手に入る数億円というお金によって、今の人生を踏み外す可能性が大きいとしたら、どうだろうか?

 

本当に、この絵が数億円で売れた後に、おいちゃん達や武蔵野アニメーションの人達と、今でと同じような関係を築き続けることができるだろうか?

 

宝くじなら、黙っていれば、みんなに気付かれてなくてワンチャンあるかもしれないけど、私が数億円で絵を売ってしまたら、大々的にニュースになる事だろう。その後に周りのみんなは、私と変わらずに接してくれるだろうか? VTuberとして私を観に来てくれている人達も、変わらずに私を観てくれるだろうか?

 

それは無理だろう。私自身が、そんな事はできないちっぽけな人間だ。

 

これは、私がイラストレーターとして成功するとか、そういう話とは全く違う次元の話だ。私がこの絵を数億円で売ってしまうと言う事は、今の私の生活や幸せと決別する事を意味する。

 

今の幸せな生活を、どこかから降ってわいた、使うかどうもわからない数億円で捨ててしまうには、あまりにも失うものが大きすぎる。

 

結局、私はこの絵を寄付する事に決めた。

 

この辺の話をアキラ君に言ったら、「いいんじゃないの? 絵麻ママがそう決断したなら支持するよ。 でも覚えておいて。 この絵は、絵自体の価値だけで、この値段になった訳では無くて、『走れケイティ』の原作とキャラクターデザインをしている安原絵麻が描いたから、この値段になったのだからね。 他の人が同じ絵を描いても、きっとこの値段にはならなかったと思うよ。」

 

という事を言ってくれて、心が軽くなった。

 

こうして、ハリウッドスターの俳優さんと、アキラ君が寄付先を探してくれて、日本アニメの特集などをした、MoCAのキュレーターさんが是非受け入れたいと言ってくれて、現代美術の殿堂、MoCAに常設展示されるという栄誉を授かることになってしまった。

 

それで、本日は、この絵が私からの寄付によって展示されると言う事で、MoCAの方でもセレモニーのために、中庭に続く大広間に一時的に絵が展示される事になって、私達は、招かれてその大広間に行ってみると、この絵に描かれたシーンのように、阿良也君、景ちゃん、アキラ君、千世子ちゃん、七生さんの五人が、銀河鉄道の夜の衣装を着て、この絵の一枚と全く同じ構図で蝋人形のようにピクリともせずに展示(?)されていた。

 

アカデミー賞の授賞式を終えた後に、私も、おいちゃん達とのいつもの五人で来た訳だけど、絵のモデルとなった本人達が、展示されている絵と一緒に展示(?)されるという、超絶現代アート(?)が展開されている光景を一同でぽか~ん。と見ていた。

 

間違いなく本人達よね? 血行も良さそうだし精巧な蝋人形にも見えない。でも瞬きすらしない人形のようにも見える。

 

美術館に来た人達も面食って、みんな驚きと共にスマフォとかで撮影していて、瞬く間にSNSで拡散しているようだ。

 

ものすごく生命観を感じて躍動的に見えるけれども、人間には見えない人形(?)達。

 

ハリウッドの特殊技術で本物と見分けが付かない人形を作ったの?それとも本物?

 

「ねえ、どうしてこんな事になっているの?」

 

みんなに尋ねると、

 

「「「「絵麻っちがわからないなら、私達がわかる訳が無いじゃない。(っす。)」」」」

 

とみんな見事にハモった。

 

そして、何事も無かったかのようにセレモニーが始まった。

 

本当にどうなっているのよ!?

 




絵麻ママのセレモニーに置かれた謎の精巧な人形達(?) 東京タワーにあった蝋人形館のオマージュかな?
驚愕の真相は次回をお楽しみに!
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