星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
高畑小次郎の脚本に行き詰っていたある日、気分転換にテレビを付けたら、星アキラの単独謝罪会見がやっていた。
僕は、彼の大人の演技と共に、大衆の心理状況を上手く掴む才能に感心した。彼は暴れ牛である大衆の心理を闘牛士のごとくひらりと躱して、自殺や過去のマイナス評価を全てプラス評価に変えてしまった。
そして、謝罪会見の最後の星アリサとのシーンを見た時に、僕の脳裏に新しい高畑小次郎の脚本が浮かんだ。
いびつな母子の関係にまつわる、愛のある殺人偽装事件。
さっそくプロットを書き上げた僕は、プロデューサーさんに連絡入れる。
そしてメインキャストはもちろん、星アキラ。
このプロットで星アキラ以外をキャストしたら、世間からのブーイングがすごいだろう。
プロットを見たプロデューサーさんは、プロットのすばらしさは理解したが、最初は難色を示した。話題の人物とは言え、わずか10歳の子供に犯人役をやらせるのは、かなりリスクが大きいからだ。
そこで、僕は、星アキラが全面的に活躍するA案と、周りの人間がフォローして星アキラを助けるB案を提示した。
B案は星アキラがこけた時のために、保険で環蓮にトリックスターの役割をしてもらう構成になっていた。
プロデューサーはまだ考えていたが、星アキラのYoutube放送などを見て腹を決めたようだ。スターズに星アキラを打診してOKをもらった。
そして母親のキャストだが、僕はどうしても星アリサにやってもらいたかった。僕とプロデューサー、そして監督は、そろってスターズの事務所に出向き、星アリサに出演の直談判を行った。
星アリサは悩んでいたようだが、ため息を吐くと、「そうね。私はアキラに返しきれない恩があるわ。不出来な母親である私だけれども、息子の出世作に出演して息子の助けになるのであれば、恩返しをする必要があるでしょう。」と言い、出演を許諾した。
星アリサは、アキラ君が失敗することを全く心配していないようだった。
撮影が始まると、星アリサは往年の輝きどころか、輝きに磨きがかかっていた。そしてアキラ君はそれをものともせずに、演技を続けた。
殺されるまでのわずか10分のシーンではあるが、星アリサが女優として全く衰えていない事を強烈に世間に印象付ける演技であった。
撮影が終わると、アキラ君は演技を解いた星アリサに抱き着いて心配顔で、「大丈夫?」と聞いた。
星アリサは、アキラ君の髪を撫でながら「大丈夫よ。もう前のようにはならないわ。」と言ってそのまま事務所に帰ってしまった。
何の事かよく解らなかったが、星アリサはやっぱり、星アキラが失敗することは心配していないようだ。これ以後の彼の撮影は見ないでそのまま事務所に戻ってしまった。
それからお互いの変装シーン。百城千世子ちゃんの変装や声真似は本当にすばらしく、ちらっと映すだけのつもりが、急遽スタッフとのミーティングシーンを追加した。
千世子ちゃん曰く「アキラ君なら幼馴染だから、姿形なら簡単に真似られます」とのこと。
アキラ君がやった千世子ちゃんの変装も見事だった。完全に千世子ちゃんとしか思えなかった。
この頃の子供の体格は男女でそんなに違いが無く、身長も近かったから確かに真似られるとは思うんだけど、お互いに雰囲気や仕草まで似せられるとは思わなかった。
僕は、このドラマが傑作になる予感が沸々と湧いていた。
中盤から、アキラ君の演技が崩れ始める。入れ替わりに、環蓮の存在感がどんどん増していた。
僕の目には、アキラ君が意図的に演技を崩しているのか、本当に崩れているのか全く解らなかった。
実は、アキラ君と高畑小次郎役の田町君には、A案、B案両方の台本を渡していた。対して他のメンバーにはB案の台本のみを渡していた。
A案は、母親が自殺で実は偽装殺人という本来のシナリオ、B案は星アキラが高畑小次郎に追い詰められて、クライマックスで協力者全員で対峙というシナリオだった。
仮にA案が成功した場合には、最後の最後で登場していた役者達をも驚かせる展開になるだろう。僕は素で驚く役者達をカメラに収めたかった。
アキラ君は、僕が思っていた以上の演技を中盤見せた。環君は、アキラ君の演技が崩れていると見るや、畳みかけるように主役の座を奪いに来る。
途中、環君は積極的に監督などにも意見を言って、自分の出番や存在を増していった。
対して、アキラ君は役をこなせなくて、そんな環君を止められない自分にショックを受けている・・・・ように見えた。
これは、僕が考えていた以上の出来だった。
もしもこれが、本当にアキラ君の演技であった場合には、環君は演技の外でも完全に騙されている事になる。その可能性を感じて僕は背筋が寒くなった。
アキラ君が本当に演技をしていたかどうかが判るのは、クライマックスの推理シーン。
ここで、アキラ君と田町君に、1回目はA案で行き、NGだったらB案で行くことを説明した。
アキラ君には絶対に失敗が許されない1発撮り。もしもここで失敗してしまったら、アキラ君の株が下がって、環君主役のドラマになってしまう。
まさしくアキラ君の役者人生をかけたと大勝負とも言える緊迫のシーン。
・・・・アキラ君は僕の期待以上の演技を見せた。
彼はこの難しいシーンをNG無しの1発撮りで成功させた。
やはり、中盤のアキラ君は全て演技だったようだ。
環君は、アキラ君と田町君のやり取りを見て、真っ白になっていた。アキラ君は最後の最後で視聴者に大逆転を見せるために、中盤にわざと自分の株を下げたんだ。
まさしく、生粋のエンターティナー。
アキラ君は、このドラマを120%面白くするために、20代の実力派女優として頭角を現しつつある環蓮を騙しきったのだ。
これだよ。これ。僕は環君の、この素で驚いた表情をカメラに収めたかったんだ。
僕はいたずらが成功して、最高に気持ちが良かった。
最後のシーンの撮影を終えた後に、VTRのチェックをしていた監督から僕と田町君は呼ばれた。
星アキラは、これまでほとんどアドリブをしてこなかった。そして問題なく撮影を終えたと思っていた。
しかし、監督からパトカーに入る瞬間にカメラ目線のにやっとした笑みを浮かべるアキラ君のシーンを見せられた。
やられたと思った。星アキラは環蓮だけではなく、高畑小次郎も騙しに行っていた。
もしもこのシーンをそのまま使う場合、高畑小次郎の推理が間違っている可能性がある事を視聴者に伝える事になる。
もちろん、単純に殺人罪で捕まらずに、母親へのレクイエムが成功して喜んでいると考える人もいるだろう。
このシーンだけで、今後おそらくネットなどでは激論が繰り広げられるだろう。
でも同時に僕は、このシーンを使いたかった。脚本には無かったけれども、このドラマの終了シーンとしてふさわしい気がしたからだ。
監督が確認したのもそういう意図だろう。
このシーンを見ていた田町君は爆笑しながら、「聞きしに勝るクソガキだな。これは最高のクソガキだ! これは使うべきだよ。このシーンを入れる事で、このドラマが将来のスターである星アキラの出世作になるか、ただの出演作に成り下がるかが決まるんだから、絶対に入れるべきだよ。」と言って、入れる方の意見を言った。
これで最後のシーンは決まった。
このシーンを入れる事で、視聴者にはこのドラマが「もう一度見たいドラマ」から、「絶対にもう一度見なければいけないドラマ」に変わった。
放送終了後、TV局には再放送を願うリクエストが多く寄せられ、急遽1月3日の夜の10時から再放送を行うことになった。
初回よりも、視聴条件が悪い時間帯にも関わらず、再放送の視聴率は、初回放送時を上回り、ものすごい反響だった。
また、SNSや掲示板でも盛り上がり、星アキラが母親を殺害できそうなトリックがいくつか推測されていて、すごく面白かった。
星アキラは、まさしくクソガキだった。世間が彼をクソガキと表現する理由が判った気がする。
僕は再放送の最後に、にやりと笑みを浮かべる星アキラを見ながら爆笑していた。