星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

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黒山墨字はMVを見る

 

------------- 黒山墨字視点 -------------

 

あと30分で百城千世子と星アキラのMVが公開される。今、世間ではこの話で持ち切りだ。

 

実際の所、千世子の機先を制して、新宿ガールを制作するのは良い案だった。

 

映画だと制作に時間がかかりすぎるし、各所に手配が必要な段階で千世子に対策されただろう。CMでは短すぎるし、商品紹介が優先となる。ステルスマーケティングの形でヘッドホンのCMを受注して、その企業を利用して世界的なロックバンドの新曲でMVを短期間で対策が打てないように作成する。これで話題になれば千世子は完全に後手に回る。

 

千世子も巻き返しの一手を打たなければいけないが、実際の所、インパクトの強い手を打てる選択肢は限られる。時間的に考えれば、新宿ガールに対抗するような、映画やドラマなどを急遽作る時間など無く、本を出版するとか、SNS上で何か話題になる行動をする程度だと考えていた。話題の盛り上がりや女優としての評価は、羅刹女に入った時点で夜凪景が上回る計算だ。

 

だからこそ、対抗する形でMVを制作して来た事が一番不可解だった。 正直、対抗するMVをぶつけて来る案も一応は考えていたが、バックに星アキラが付いていたとしても一番可能性の低い選択肢として除外していた。

 

なぜなら、対抗するMVを制作する事は一番メリットが少なくてリスクが高い方法だからだ。

 

まず第一に直接比較した場合に、負けた場合のダメージが大きすぎる。今回のMV発表のタイミングは、羅刹女を控えての新宿ガールにバチバチに対抗したMVである事が世間にも周知されている。星アキラと百城千世子本人がそう公言して景とSNS上でライバル心剥き出しでプロレスをしているぐらいだ。

 

世間では否が応でも新宿ガールと比較される。 夜凪景の新宿ガールは彼女の自然な演技によって成り立っている。そして新宿ガールはすでに高い評価を得た後だ。ハードルは上がり切っている。

 

もう新宿ガールと同程度の評価を得たところで、二番煎じの千世子が景と同じ評価を得る事などありえない。 あちらは普通に舞台セットをちゃんと整えたMVを制作してくるだろう。 むしろ同程度の評価に留まるのであれば、演技力という点を切り取るのであれば、舞台セットが整った上で演技をする百城千世子と、セットなど無い新宿駅で自然な演技を披露する夜凪景、どちらが優れた女優かが世間で明確になる。

 

つまり、MVで対抗した場合、直接比較の上にハードルがはるかに上がって、誰の目にも千世子が勝ったというレベルのMVを公開しない限り、百城千世子と言うブランドは致命的な傷を負う事になる。

 

百城千世子と言う女優は、俺が知る限り、最も合理的に物事を考える女優と言って差し支えないだろう。自分の立ち位置や自分が世間にどのようにインパクトを与えていくのかを効果的に考えて計算できる女優だ。

 

今、新宿ガールは2ヶ月で30億再生を超えている。この再生ペースで行けば、YoutubeのMVでも歴代20位内か、上手く行けば10位内に入る記録だ。

 

新宿ガールの評価はMVのほぼ上限に近い、いや、景の演技によって最高の結果を得ていると言っていいだろう。これを上回るMVを2ヵ月で制作する事など不可能だと考えている。

 

新宿ガールの現状を考慮すると、千世子がMVを作成するというのは、自分で傷を負いに行っているとしか思えない。そして、彼女のバックに付いたのが星アキラだ。やつほど合理的に物事を判断するプロデューサーは見た事が無い。

 

バックに付いたのが天地心一であれば、MVを制作する選択肢もあり得る。百城千世子を夜凪景にわざと負けさせて、百城千世子のブランドを傷つけて、羅刹女で再起を誓うみたいな形で話題を盛り上げていく方法だ。

 

話題性はあるが、そんなプロデュース方法をしていれば、悪い噂が付くのは当たり前だ。そして、再起を誓った所で、本当に再起できる保証もない。やつはバックグラウンドのストーリー作りに力を入れすぎる。そしてその虚像である自分から作り上げたストーリーに負けて、多くの俳優が脱落していく。

 

プロデューサーとしては一流かもしれないが、俳優の方がやつの作り上げたストーリーに着いて行けない。そして俳優が脱落して、どんどん悪い噂が雪だるま式に膨れ上がる。

 

千世子にとっては、今回のMV制作で天地心一と星アキラという二人のプロデューサーを選ぶ選択肢があったのは何よりの幸運だっただろう。俺であっても、この二人から選ばなければいけないのであれば星アキラを選ぶ。いや、脅されでもしない限り、世間的にもほぼ100%の確率で星アキラが選ばれるだろう。

 

星アキラは対照的に、わりとその場のノリと流れに任せてプロデュースする。実際、綿密にストーリーを練る天地心一と全く逆のプロデュース手法だ。行き当たりばったりと言っていい。しかしそれが一番恐ろしい。

 

やつは状況を考慮して、その瞬間瞬間で常に最善手を打って行く。結果、星アキラがどういうプロデュースをするのかは、やって見ないと誰もわからない。おそらく本人も分かっていない。しかしなぜか成功だけは約束されている。そして何よりも、やつの行動原理に、俳優やスタッフの心情も最善手の計算に入っている事だ。結果、星アキラがプロデュースした案件は、世間の評価も非常に高いが、俳優やスタッフの満足度も非常に高い。

 

星アキラのプロデュースで特に評価が高い点は、良い意味で俳優の演技にこだわりを感じさせないという点だ。これは母親と同じ評価と言っていい。星アキラは現場の俳優達にアドバイスはするが、監督で無い限り指示をする事は無い。むしろ、俳優の自主性を最大限に尊重する。俳優の方も、アカデミー賞の主演女優賞を獲得した天才俳優が自分の自主性を尊重しながら仕事をさせてくれると、それはとても満足する事だろう。そしてその噂が業界内で増幅して星アキラの評価に繋がって行く。

 

プロデューサー対決という意味では、この二人を比較した場合に、すでに勝負はついている。

 

しかし分からないのは、その星アキラが新宿ガールに対抗してMVを作成した事だ。新宿ガールはほぼ上限に近い評価を得ている。MVで対抗するのはリスクに対してリターンが釣り合っていない。しかし、その星アキラがあえてその選択を選んだと言う事だ。つまり、新宿ガールに勝つ算段があると言う事だ。

 

そして悪い事に、星アキラはその算段を今まで一度も外した事が無い。

 

そこまで思考が至った時に、俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 

時間になった。Yotubeのプレミア公開のカウントダウンが始まる。すでにプレミア公開で6500万人もの人が待機している。これは異常な数だ。星アキラと百城千世子と言う人間が全世界でそれだけ注目を集める人物と言う事だ。

 

いよいよMVが始まる。

 

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・・・・MVが終わった・・・・。

 

俺は呆然としながら、条件反射的に動画の再生位置を最初に戻して、何度もMVを見る。

 

そんな事を何度も繰り返して、気が付いたら、1時間が経過していた。

 

第一の感想は、七色の色彩と音楽の竜巻に巻き込まれて、上空200mまで巻き上げられた後に、奇跡的に生還したという感想だろうか。

 

最初の一時間は、ただ圧倒されるだけだった。MVの中に出て来る天使の考察とか、メッセージとか、撮影方法とかそこまで考えが至らずに、ただ映像と音楽の暴風に翻弄されるだけだった。

 

自分の論理的な思考をスルーして、ただ感性に訴えるMVだ。脳内麻薬がドバドバと出ている。

 

俺はタバコに火をつけて少し冷静になる。

 

結果から言うと、新宿ガールは完敗だ。この爆発的に伸びる再生数を見ると分かる。俺と同じ心境のやつが世界に億単位で居る事だろう。1時間経ったが、再生数の伸びが落ちるどころか加速している。ポコポコとうん千万単位で再生数が増えていて、サーバーが落ちるのではないかと心配になるが、これは星アキラの案件だ。おそらく経営者から今頃、最優先で対応するように指示が飛んでいるだろう。

 

MVの中身は悔しいが、凄いとしか言いようが無い。映像と音楽のどちらも文句の付けようがない。音楽と映像が、もはや別々のものではなく、一体の“存在”として呼吸している。百城千世子の演じる天使の心そのものが、七色の光となって世界に投影されている。

 

ピアノとヴァイオリンの繊細な導入は、音が空気をすべり、目に見えない感情の輪郭を描いていく。特にヴァイオリンとピアノの重なりには、まるで自分の過去を遠くから見つめるような哀しさと、未来に触れたいという切望が共存していた。

 

そして徐々に、ジャズ的に転調しながらも不安定にならず、むしろ天使の自由への気づきがもたらす高揚感へと昇華していく。この音の自由さが、光に呼応して新しい自分を見つけにいく過程と重なり、視聴者を深い共感の中に引き込んでいる。

 

最終コーラスに至っては、ドラムが前に出て、ギターが火花を散らすように鳴った時、それは単なる音ではない。あれは殻を破った瞬間の心音だ。

 

誰だ?こんな破滅的で創造的なエレキギターを演奏したのは? コメント欄のクレジットに出ているが、ギターヒーロー? これは誰だ? 聞いた事も無い。 そして聞いた事も無いほど、刺激的で独創的な音だ。 クラシック、ジャズ、ポップス、そしてロックと音楽の変遷を描きながらも、クライマックスであるカタルシスの爆発をエレキギターで余す事無く表現している。

 

この曲は、百城千世子のMVのために星アキラが作成した曲だ。曲の構成や歌詞自体が百城千世子自身に韻を踏んでいる。おそらくそう考えるであろう百城千世子への世間でのイメージを増幅させるものだ。すでに新宿ガールとはMVのコンセプトがまるで違う。

 

そして何よりも映像だ。七色の色彩でありながら、音楽を中心とした構成になっている。いや、音楽が視覚化された奇跡と言ってもいい。驚嘆したのは、色の意味と情緒が完全に音楽に同期している。それでありながら、カメラの視点は登場人物のように映像自身が演技して感情を持って訴えかけてくる。

 

音楽が色となり、質感となり、感情となって、スクリーン全体を満たしていた。ここまで構成的かつ有機的に音と光が結びついた作品はまずお目にかかれないだろう。 実際、このMVのコンセプトは、観る音楽であり、聴く映像だ。音楽に拘る星アキラと、映像に拘る百城千世子が全力で作ったMV。そして、星アキラの方も、音楽だけではなく、映像にも口を出せる人間だ。あいつらがこのMV制作にいくらお金をかけたのかは聞きたくもない。やつらは、このMVを最高級の芸術のレベルにまで昇華させやがった。

 

ここまでボロボロにしてくれると、お金のかけ方で負けたとか言い訳を言う気も起きない。この奇跡をお金で起こせたのであれば、むしろ賞賛するべきだろう。同じお金を与えても、こんな奇跡を起こせる人間はほとんど居ない。 特に、あのラストカット。逆光の中、彼女がこちらを振り返り、ふっと微笑むシーン。あのシーンとセンスには映画監督として嫉妬した。

 

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そして、さらに数時間後、日本語版を聞いた時に星アキラがプロデューサーとして仕掛けた驚愕の仕掛けに気が付く事となる。

 

「言語ごとに、曲のアレンジと構成が違う・・・。」

 

思わず口に出してしまうほど、衝撃的だった。

 

このMVは13ヵ国語分用意されていて、2時間ずつ、1日をかけて、公開されていく。そこでの変更が歌詞だけではなくて、曲のアレンジまで変えてしまうなんて誰が予想できただろうか。

 

また、コメントを見ると、歌詞の内容も文化的な背景を考えて微妙に変えているようだ。

 

例えば、日本語版では、三味線と尺八が加わっているし、中国語版では二胡や胡弓が加えられている。スペイン語版ではフラメンコギターだ。

 

星キアラも、全部の言語で歌っている訳では無いが、各国で有名な歌い手が参加している。

 

何よりも、ファーストギターとセカンドギターだ。数か国では、エリオット・クラフトンがファーストギターを務めている。 これなら、エリオット・クラフトンのギターが聞きたかったファンも納得するだろう。そして、やはりこの曲にはギターヒーローの破壊的で創造的な二面性を持った演奏が最高に合う事を再確認するはずだ。エリオット・クラフトンのファンにも、ギターヒーローという新たなるヒーローは受け入れる余地があるだろう。

 

やはり英語の歌詞よりも、母国語の方が感情移入しやすい。英語の人口は世界でたったの20%だ。しかし、13ヶ国語も用意すれば世界の大半はカバーできる。そして言語によって構成やアドリブなどが違う。

 

そのMVに魅入られた人達は、何ヵ国語もはしごして見るだろうし、どのアレンジが好きと言った嗜好にも合わせることが出来る。この1日、徹夜して猿のようにこのMVを見続ける人が続出する事だろう。

 

俺はこの恐ろしい仕掛けに気が付いて呆然とした。

 

「だから、新宿ガールもアキラ君にプロデュースしてもらえばいいって言ったのに。」

 

「仕方が無いですっ。墨字さんとアキラさんは作品作りでは、水と油なので、おそらくアキラさんはプロデュースをしてくれなかったと思います。」

 

気が付いたら、ドアの入り口に柊と景が立っていた。

 

「それでどう? 新宿ガールは勝てそう?」

 

「・・・完敗だ。 機先を制して、あちらを守勢に回らせようとしたが、逆にこっちが追い詰められちまった。最悪だ。あいつら、百城千世子の天使のイメージを誰も触れられないレベルで高めて羅刹女に挑んで来る。」

 

「そうでしょうね。あの二人が本気になったら、こうなっちゃうのは仕方が無いわ。景ちゃんもショックでしょう?」

 

「ショック? 何でですか?」

 

「だって、新宿ガールは羅刹女で千世子ちゃんに勝つために、景ちゃんもがんばったのに、逆に千世子ちゃんの方がリードしてしまったわ。」

 

そのセリフを聞いた瞬間、景が微笑んだ。

 

「雪さん、そんな事は無いですっ。だって、このMVはこの世に二つとない至高の芸術作品でありながら、作った目的は芸術でも無くて、ただ単に、羅刹女で私に勝つたために作ってくれた作品ですっ。いわばこれは、私のために作ってくれた最高のプレゼントですっ。こんな世界最高の二人が本気で私を倒しに来てくれるなんて、やっぱり私は世界で一番の幸せな人間ですっ!」

 

そう言って、さわやかな笑みを浮かべる景を見た俺は、あまりの存在感に背筋が冷たくなった。

 

・・・こいつ、あの二人にケンカを売られた事で、さらに成長していやがる・・・。

 

天使な百城千世子と同じような至高の笑みを浮かべながらも、なぜか魔王のような存在感が出ている景に対して、俺は震えが止まらなかった。

 





うーむ。こちらの景ちゃんは、子供の頃に原作のような苛烈な経験をしていない分、怒りや悲しみという演技では原作の景ちゃんに負けるけど、子供の頃からの経験と演技技術を足したらトントンぐらいの感じで書いていたつもりが、なぜか魔王化していて、手が付けられないレベルにヤバくなっている気がするのですか、気のせいでしょうか?

このままでは、羅刹女が 神を殺した堕天使 VS 最強の魔王 という一大決戦場になりそうで恐怖しているのですが・・・。

いやぁ、今日も景ちゃんは幸せそうですね。(棒)

次回はお待ちかね、掲示板回になると思います。
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