星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
------------- 山野上花子視点 -------------
走れケイティか・・・。安原絵麻は私と違って思った通りの絵が描けるのだろうな・・・。
私は、久しぶりに東京に出て来て乗った電車の中で、国立新東京美術館で開催される安原絵麻展の広告を見ながら思った。
彼女の絵はシンプルな線で人間に認知させ、本質を形作っている。絵が思った通りに描けていなくて、ほとんどの絵を燃やしている私とは大違いだ。
私も一応は芸術家という肩書で絵を描いているけど、私のモチーフは炎。ひたすらに火の絵を描いている。私の人生には怒りと悲しみと孤独感しか無い。そんな下らない人生に怒りが沸き起こり、全てを破壊したい衝動に囚われて、気が付いたら炎しか描けなくなっていた。
結果として、私の炎は怒りと破壊衝動がMAXの作品に仕上がり、その狂気に芸術性があると評価されて数百万の値がついて、私の生活費と活動費に当てられている。
私は一人で燃やされて朽ち果てたいのに、どうして世間は放っておいてくれないのだろうか?
破れかぶれになって、炎の破壊衝動のまま、奇跡的に30歳を迎えた自分と、40歳になる次の10年も怒りの炎が消えずに生き続ける事に絶望を抱いた女の顔が電車の窓に写っていた。
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事の発端は数か月前に遡る。
「その話はお受けしないと言ったはずです。」
北海道で彫刻を作成していた私に、天地プロデューサーと言う方が訪ねて来た所から話が始まる。
羅刹女については、舞台への原作使用の許可は出したけど、私が演出までする必要性は感じない。破壊衝動に囚われた私の作品なんて、特別な愛情も感じなかったし、原作を尊重してもらいたいとも思わなかった。
「私は私の作品が好きではありません。創る以外の人生を知らないから創り続けているだけです。それなのに芝居の演出? 他人を巻き込めと言うのですか? ありえません。お断りします。」
「修羅のように燃える絵と彫刻、世の不条理と怒りに満ちた小説。私にはあなたが自らの怒りから逃げたいように思える。本当に作りたい物は別にあるのでは? この舞台をきっかけにしてみては?」
「ありえないです。その程度の話で自分が変われるとも思えません。」
「これは手強いですね。」
「そもそも、なぜ私なのですか? 普通は原作者に口出しをされるのを嫌うはずでは? それなのに原作者を自ら演出に抜擢なんて。」
「それは、クライアントからの強力な要求で・・・。」
「クライアントとは?」
「実は、クライアントは・・・。」
「それは私の要求よ。」
そこには40歳ぐらいの物凄い存在感のある女性が、崖で彫刻を彫っている私の仕事場に立っていた。私は女性の名前がすぐに分かった。いや、日本人であれば彼女の名前を知らない人間はまず居ないだろう。
「遅れて申し訳なかったわね。今回、あなたに演出を依頼させていただいた星アリサです。よろしくお願いします。」
そう言って、星アリサは私にスターズ代表取締役の肩書が付いた名刺を渡して挨拶をしてきた。
「・・・・・よろしくお願いします。」
「貴方はなぜ、私に舞台演出の依頼をしたのですか?」
「いい彫刻ね。この世への怒り、他人への怒り、何よりも無力な自分への怒りが強く感じられる素敵な作品ね。」
「私の作品を素敵と評論した人はあなたが初めてです。」
「そうなの? でも、あなたの絵や彫刻を好んで買ってくれている人たちは、みんなあなたの作品を素敵だと思っているわ。私もあなたの絵や彫刻を6点ほどコレクションさせてもらっているわ。 私の執務室にもあなたの絵が飾ってあるのよ。昔は精神が病んでいてね。あなたの絵はそんな病んだ精神にとって最高の癒しだったわ。それは今でも変わらないわよ。バカな息子が仕出かした騒動でストレスが溜まって胃が痛い時にあなたの絵はとても効くのよ。」
「私の絵が癒しになるなんて言う人もあなたが初めてです。失礼ですが、今でも相当、精神が病んでおられるのでは?」
「フッフフフフフ。お恥ずかしい話なんだけど、私が病んでいた時に、息子をないがしろにしたせいで、息子が非行に走ってしまっていてね。母親への復讐のために、不必要なまでに大量にお金を稼いでくるの。それでもう完全に精神が参っちゃっていて、胃に穴が開きそう・・・。そんな時にあなたの絵が最高の癒しなのよ。」
「良く出来た息子さんじゃないですか。」
もちろん、彼女の息子さんの事は良く知っている。こちらも日本人では知らない人は居ない星アキラだ。自殺騒動の後から、努力家だけれども才能がイマイチの2世のボンボンという下馬評を完全にひっくり返して、この星アリサをして、「星アキラの母親」と表現させるほどの様々な意味で強烈な俳優となった。・・・怒りしか物事を表現できない私とは、ほぼ正反対の人間だろう。
「ウフフフフフ。みんなそう言うのよ。こっちの苦労も知らないで。知っている?水も酸素も必要以上に与えると毒なのよ? 札束にしてガソリンをかけて派手に爆破してやろうかと思ったんだけど、お金を破損させると犯罪だし、お金の整合が取れないと脱税やマネーロンダリングを疑われるし、ものすごくタチが悪い嫌がらせをしてくるのよ。私の息子は。」
「社長さんも大変なんですね。」
「そうなのよ。本当にそうなの。理解してもらえてうれしいわ。」
私は、一体なぜ、こんな世間話をしているのだろうか? とは言え、話を聞くと星アリサは明らかに私の作品を評価して買ってくれるお客さんである。無下に扱う訳にも行かない。
「それで、なぜ、私に舞台演出の仕事を依頼したいのですか?」
「私はあなたの狂気が気に入っているの。」
「狂気?」
「そう。狂気。だって、10年以上も怒りに震えて、そしてその怒りは30歳になって、ますます鋭利で洗練されているわ。10年以上も怒れるなんてすばらしい才能だわ。」
「それがどうしたのですか? 別に私も、年がら年中怒りに身を任せている訳ではありません。普通に食事はとりますし、営業活動もします。ただ単に、創作時に怒りに身を任せているだけです。」
「そうね。そこがいいのよ。あなたは創作と言う魂の全てをつぎ込むようなエネルギーを発露していながら、怒りの炎はいつまでも衰える事は無く、まるで火焔山のように無限に燃え続けているわ。そこが素敵で、是非、舞台の演出をお願いしたいと思っているの。」
「あなたは、精神の病から回復したのですよね? 今でも気が狂っているって言われませんか?」
「何を言っているの? 全ての人間はどこかしら気が狂っている物よ。正常か異常かを分けるのは、単に社会に対して気が狂っている部分を隠して取り繕う能力が、あるのか無いのかだけ。正常な人間も異常な人間もそう違いが無いわ。ただ、正常に見えるように取り繕う才能だけがこの2つを分けているにすぎないわ。」
「その意味では、今のあなたは、その取り繕う能力が足りていないように見えますが?」
「その通りよ。あなたのような異常者のスターに会えて、年甲斐もなく興奮しているみたい。」
「酷い言い方ですね。わざわざこんな所まで来て、私を侮辱しに来たのですか?」
何を言いたいのか良く分からない星アリサに対して、私はだんだんとヒートアップしていく。彼女の目に私の心の奥底が覗かれているようで怖かった。
「あなたは、正常に見えるように取り繕う才能が無い人間。そして怒りという、社会において最も忌避されるべき感情を表現しているのに、社会から必要とされて、社会に許された存在。私があなたを異常者のスターと呼ばせてもらうのは、とても名誉な事だと思わない?」
「・・・・・・・・・・・・。」
名実ともに、日本最高のスターと呼ばれる人物から放たれた言葉は、私にとって余りにも重かった。私は黙り込んでしまった。星アリサは顔色一つ変えずに、私が入れた紙コップのインスタントコーヒーを楽しんでいる。
「あなた、自分が怖いのでしょ?」
しばらく、ショックを受けて、下を向いて俯いていると、星アリサは唐突に口を開いた。
「・・・・・・・・・・・・。」
「あなたはいつも、怒りの炎に身を焦がして燃え尽きたいと思っている。でも、あなたの体から出る炎は消える事無く、あなたを創造の世界に急き立てて、あなたの身を焦がし、そして怒りがあなたの体を再生させるという、無間地獄に向き合っている。」
「一般的には羅刹女があなた自身だって言われているけど、本当は違うのじゃないの? 火焔山こそが、具現化したあなたの心では無いの?」
驚いた。私の心象をこんなに正確にいい当てた人は、彼女が初めてだった。私は初めて、彼女の目を正面から見つめた。
「なぜ、私に舞台演出の仕事を依頼するのですか?」
私は再び彼女に同じ質問をした。
「前にも言った通り、私はあなたのファンなの。ファンが推しに活躍の場を作るのは当たり前だと思わない? いわばこれは、私のあなたに対する推し活なのよ。」
「舞台演出の仕事をした事が無い私に、こんな大役が務まると思いますか?」
「務まらなくても別にいいのよ。あなたはあなたの表現を舞台にすれば良いだけだわ。それが舞台を滅茶苦茶にする事でもかまわないわ。芸術ってそう言うものでしょ。」
「私が舞台の仕事をする事で、何か変われると考えているのですか?」
「知らないわ。そんなの私が知る訳無いじゃないの。私が提供できるのは、あなたが活躍できる場とお金だけ。そこであなたが何を得たって、私の知ったこっちゃ無いわ。」
その回答が、一番ストンと腑に落ちた。
「私が担当する出演者は誰になるのですか?」
「若手を中心に検討中よ。でも、きっと満足できるキャストになると思うわ。」
「わかりました。」
身も蓋もない、偉大なる異常者の先輩の話を聞いて、私は舞台演出の仕事を受けてみる事にした。
しかし、出演者ぐらいはちゃんと確認してから仕事を受けるべきだったかもしれない。
私はその後、キャストが発表された時に愕然とするのであった。