星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

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百城千世子は交渉する

 

------------- 百城千世子視点 -------------

 

「それで、台本はどうするんだ?正直、俺も脚本や台本を書く時間も無いのだが。演出の作業はできても、そもそもそんなのを書けるほど羅刹女という物語に熟達していない。」

 

脚本が冒頭部分しか無い事が判明した後、私たちサイド乙の演出家である墨字さんが私たちに聞いてきた。

 

「アキラが映画を撮るときみたいに、原作を読んで各々集まって演技して調整するのか? 俺はいいけど。」

 

阿良也さんはそう言うけど、語尾に「正気なのか?」というニュアンスを含んで発言している。舞台経験が長いだけに、台本無しで舞台をやることの無謀さを良く分かっているのだろう。

 

「脚本や台本は舞台の指令書だ。脚本が無い舞台は全員が別方向に走り出す戦場にしかなんないぞ。」

 

「役者がそれぞれの解釈で、それぞれ動いてしまったら観客は何を見たらよいのか分からなくなっちまう。アキラの場合は、それをカメラという視点を観客の視点に置き換えて群像劇に仕立て上げているだけだ。カメラという統一した視点を持たない舞台でそんな事をしたら、観客は何を見たらいいのか分からない。」

 

「やっぱり、どこからか脚本と台本を仕上げる作家を連れてくる必要があるわね。」

 

「当然だ。脚本はどの視点から物語を書くか、どの人物に観客の感情を乗せるのか、どの順番で情報を公開するか、何を削り何を残すのかを決めるのが脚本だ。地の文や心情が乗った小説の文をそのまま舞台の上で公演することはできない。ちゃんと舞台のテーマを見せて、どの観客にも理解可能な舞台にするためにも、舞台の設計図である脚本と、その脚本を元に書いた役者への指令書である台本は絶対に必要だ。」

 

「でも、そんな脚本をすぐに書ける人は居ない。墨字さんも演出の準備が必要だし、阿良也さんは役作りで脚本にまで手が回らない・・・。」

 

「時間があれば話は別だが、稽古を始めるというこの段階で脚本が無い、いや脚本家すら居ないのは圧倒的に不利だ。仮に俺と阿良也が詰めて脚本と台本を仕上げるとしても、そのために他の部分が疎かになる。それは千世子の望む事では無いだろう。柊が居れば多少の雑用もさせられたのだが、柊をサイド丙に取られたのも痛かったな。」

 

「そうね。なら、羅刹女に詳しい脚本家を連れて来る必要があるわね。」

 

「そんなヤツは居るのか?居たとしてもすでにアキラやアリサに抑えられているんじゃないのか?」

 

「いるじゃない。羅刹女に最も詳しい人物が。」

 

「まさか、原作者の山野上花子か? あいつはサイド甲の演出家だぞ。 まさか山野上花子を引っ張って来てサイド甲を潰す気か?」

 

「・・・・墨字さん、私がそこまでのクズに見えるの? 心外なんだけど。そうじゃなくて、もう一人居るでしょ?」

 

「誰だ?」

 

 

------------- とある演出家の視点  -------------

 

俺は東京某所の喫茶店でとある人物を待っている。

 

本当に、今更何だと言うんだ。

 

少し前まで、俺は新進気鋭の脚本家でもあり、劇作家でもあった。

 

中学時代から演劇部の脚本を担当してから、俳優よりも言葉や人間心理に興味が出て、大学で文学科で演劇理論を専攻後に、小劇場の脚本コンペで受賞して注目されて仕事を受けるようになった。

 

そこからは順風満帆の脚本家生活だった。

 

舞台の脚本をメインにしながら、テレビドラマや映画の脚本も手掛けて、脚本家としての知名度も上げて、売れっ子になって行き、どんどん大きな仕事をこなして、さらに大きな仕事が舞い込んで来るようになった。

 

その末に『羅刹女』の脚本を書く仕事がやって来た。

 

世界一の若手女優と言っても過言では無い、百城千世子と夜凪景。この二人の対決を俺の脚本で演出される事に震えた。

 

そして、二人をイメージしながら羅刹女を何度も読んで、脚本を書き始める。

 

・・・・・脚本は全く進まなかった。

 

誰もが俺の事を『理論派の天才』と賞賛したが、実は俺自身は『計算と分析の職人』だった。

人間の感情を論理的に構築する作風で、派手な演技よりも繊細な心理を書く事が上手く、それが羅刹女の脚本家に抜擢された理由であった。

 

だがここで問題が発生した。百城千世子と夜凪景の二人は別方向の天才であった事だ。百城千世子は俺に近く、状況を読んである程度理解できる演技をする。しかし、夜凪景は本能と狂気で感情を表現する天才だ。

 

そして、二人ともが対照的な女優にも関わらず、言語を超えた感情表現や脚本の行間にある無意識まで演じてしまう。

 

作成した脚本は、俺の描いた心理設計を一瞬で紙屑のように破壊してしまう二人が頭をよぎり、筆が進まなくなった。

 

そもそも、タイプが全く違う二人の天才女優に演じてもらいながら、中立で面白い脚本など書ける訳が無かった。

 

どちらかを引き立てようとすると、どちらかが劣り、どちらも引き立てるような脚本にすると、どっちつかずで駄作に。

 

特に、二人のキャラクターを大きく外れた『羅刹女』という主人公そのものが、繊細すぎて演ずる主人公に特化させずに、誰にでも分かる形で小説の面白さを舞台上で表現できるかが怪しくなっていった。

 

執筆を進めて日を追うごとに、俺は、自分の脚本が駄作になる自信で溢れて行った。

 

最悪の自信だった。

 

最後の止めは、チーム丙の乱入だ。俺も舞台の袖で制作発表会を見ていた。そして、天知プロデューサーと一緒に驚愕の表情を浮かべた。

 

百城千世子と夜凪景の天才女優対決ですら持て余しているのに、その上で、星アリサと星アキラの親子公演に、薬師寺真美の助演に、おまけに演出は生ける伝説の巌裕次郎で、その補佐に天才監督の柊雪だって!?

 

ただでさえ、天才女優の二人を公平に引き立てる脚本だけで苦慮しているのに、こんなドリームチームが乱入して耐えられる脚本を書ける訳が無い。

 

俺は自分の脚本が世紀の駄作になる事を確信した。

 

そして、自分の脚本によって、この夢の舞台が全て崩れる事を悟った。

世界中が注目する夢の舞台。それが3チームとも駄作だったとしたら、戦犯は誰であるかは明らかだ。

 

なによりも、自分の脚本によってこの夢の舞台が台無しになる事を、まがりなりにもプロとして脚本を書いていた俺自身が許せなかった。

 

俺は、天知プロデューサーに言って羅刹女の脚本を降りる事にした。

こんな事を仕出かした俺の評価は地に墜ちて、もう俺に脚本を頼む人間も居なくなるだろう。

 

でも、俺の実力もここまでだったという事だ。

 

俺は演出家を辞めて、田舎にある実家の農業を手伝う事にした。

お世話になった知り合いに連絡をして、部屋の片づけをしていた時にある電話がかかって来た。

 

ぜひ会いたいという話と共に、俺が演出家を辞める事になった一端を担う人物を見てみたくなり、指定された喫茶店で会う約束をした。

 

そして、その人物が来た。百城千世子だ。コロコロとした旅行バッグを持っている。この後に撮影などでどこかへ移動するのかもしれない。

 

「こんにちは。何回かお見かけする事もありましたが、ちゃんと話すのはこれが初めてですね。」

 

「そうですね。百城さん。それで大仕事を投げ出す、責任感も能力も無い元脚本家にどのようなごようでしょうか?」

 

「そんなにツンツンしないでください。あなたが脚本を投げ出したせいで、私達も非常に困っているのですよ。 あなたにも思う事はあると思いますが、私達もこの現状をなんとかしたいのです。」

 

百城千世子は、俺のイヤミに眉一つ動かさずに、にっこりと自然な笑みを浮かべながら言った。

 

その瞬間、直感で俺は感じた。化け物だコイツ。そこらの舞台俳優では全く相手にならないだろう。

変な所で羅刹女の脚本を降りた事が正解だった事が分かり、複雑な気分がする。

 

「それについては、大変申し訳ございません。どうしても、百城様と夜凪様を二人同時に活躍させる脚本を書く事ができませんでした。もちろん、こんな謝罪だけで許される事は無いとは思いますが、今回の責任を取って脚本家を辞めようと思いますので、なんとか許していただけないでしょうか。」

 

「誠実なんですね。前にあなたの代表作である『硝子の棺』の舞台を観に行った事があるんですよ。棺の中の男が生きているのか、死んでいるのか、その心理描写と群像劇が素晴らしかったです。特に社会的な正しさと感情の乖離を、論理的な視点から描かれているのが素晴らしかったですね。」

 

「ありがとうございます。そのお褒めの言葉を第二の人生の糧にしたいと思います。」

 

「私は、あなたという誠実な脚本家が才能を持ったまま辞めていくのは、芸能界での損失だと思っているのですよ。」

 

「しかし、こんな大仕事を不誠実に投げ出した私を芸能界が許す事は無いでしょう。」

 

「だからこそ、私はあなたに仕事をお願いしたいと思っているのです。私達、サイド乙の脚本を書いてもらいたいのです。」

 

「そんな事出来る訳が無いじゃないですか。そんなの、羅刹女のために働いている全ての人に対しての裏切り行為です。なにより、私自身がそんな事は許せないです。」

 

「そう言うと思っていました。やはりあなたは誠実な方ですね。ですが私は、そのあなたの誠実さを変えてもらう必要があります。これでいかがでしょうか?」

 

そう言って、百城千世子は旅行鞄から一千万の札束を取り出して、ドンっとテーブルの上に置いた。

 

その札束を見て、俺は沸々と怒りが湧いて来た。俺の事を誠実だとか言っておきながら、金で折れる人間だと甘く見ていたのだ。

 

元々羅刹女の報酬は五百万円ぐらいの予定だった。一千万円はその二倍だが、だからと言って、金で俺の人間性を否定するような行為が許されて良い訳が無い。

 

俺は、瞬間的に頭に血が登り、百城千世子を睨みつけた。

 

「お断りします。俺の事を何だと思っているんだ!」

 

俺はキレた。最後だからって、こんなヤツに会ったのが間違いだった。俺はすぐに席を離れようとした。

 

そして百城千世子の顔を見た。てっきり、失敗するはずの無い交渉が失敗して、驚いているかと思ったのだが、百城千世子は微笑んでいた。

 

「そうですね。当然の事だと思います。」

 

そう言って、百城千世子はもう一つ札束を取り出して、喫茶店のテーブルの上にドンッと置いた。

 

「どういう事だ!?」

 

「私はお願いしてはいますが、同時に取引を持ちかけているのですよ。」

 

百城千世子は静かにそう言うと、さらにもう一つ札束を取り出して、ドンッとテーブルの上に置いた。

 

すでにテーブルの上には一千万の札束が合計3個の三千万円が置かれている。

 

お金で買収されると思って血が上った頭がサーと晴れて来て、血が一気に下に下って寒気を覚えた。

 

「私のお話を聞いてくれる気になりましたか?」

 

そう言って、ニッコリとしながら百城千世子はまた札束を取り出してテーブルの上にどんっと置いた。

 

さらにテーブルの上の札束が増加して、四千万円になった。

 

ここまで来ると、バカにされたと言うよりも気味の悪さが勝って来る。

 

俺は札束と百城千世子を交互に見比べて、どうすれば良いのか困惑した。

何を決断するにも、百城千世子の話を聞かないと、不気味すぎて席を離れる事ができない。

 

「俺に何を求めているんだ。」

 

「簡単な事ですよ。先ほど申し上げた通り、サイド乙の脚本を書いてもらいたのですよ。」

 

「駄目だ。俺が書いた脚本では、駄作になる。それは俺自身が一番良く分かっているんだ。」

 

「だからですよ。だからこそあなたにお願いしたいのです。あなたは感情を重視する繊細な脚本家に見えて、本質は理詰めで人間の本質を解体して、構成力と心理描写を描ききる人間です。あなたと私は似ていると思いませんか? 」

 

百城千世子が微笑みながら優しく俺に言う。

 

「だが、羅刹女の脚本は俺の能力では描き上げる事ができなかった。」

 

「そうですね。羅刹女全体の脚本はあなたの手にも余る事でしょう。でも私が望むのは、私のための脚本を書いてもらう事です。」

 

「百城千世子のための脚本?どういう事だ?」

 

「簡単です。羅刹女の主役は私です。あなたは私が主役として活躍できる脚本を書いてくれれば良いのです。夜凪景のためでも無ければ、星アリサのためでもない、ましてや、同じチームの明神阿良也のためでも無ければ、和歌月千や渡戸剣のためでもない。ただ、羅刹女の主役である私のための脚本を書いてくれればいいんです。あなたならできるでしょう?」

 

そう言って、さらに笑みを深くする百城千世子の瞳の奥には狂気が宿っていた。

 

俺はこの瞬間に、百城千世子に羅刹を見た。人を惑わし、人を食らう羅刹女。

捨てたはずの脚本のピースがこの瞬間に全て揃った事を感じた。

 

諦めたはずの脚本家の魂が蘇って、俺を衝動的な創作の欲求で焙って、俺を苦しめる。

 

俺は毛穴が開いて脂汗をかき、その脂汗が体温を急激に下げて体に震えが生じていた。

 

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「今回はお話を受けていただいて、ありがとうございました。お金はこちらの袋を使って持って帰ってください。」

 

そう言って、百城千世子はファスナーが付いた百円ショップで売っている花柄のエコバッグを差し出して来た。

お洒落な百城千世子とは思えない、酷く昭和でダサいデザインだ。

 

俺は頷いて、そのまま札束をエコバッグに詰めた。

 

「そちらのお金は前金としてお渡しします。譲渡税は税理士さんにお願いして、こちらでお支払いしますので、そのまま使っていただいて大丈夫です。報酬についてはこれとは別に、別途お支払いいたします。」

 

そう言って、事務的な事を伝えた後に、百城千世子は何事も無かったかのように去って行った。

 

この日から俺は、百城千世子という羅刹女に惑わされて、魂を喰われてしまい、猛烈な勢いで脚本を書き始めるのであった。

 

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