星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
アキラさんとロミオとジュリエットの演技をした日、私は演劇の楽しさを知って、なかなか寝付けなかった。
何よりもアキラさんの役であったロミオが頭から離れなかった。自分が死ぬまで愛したロミオが愛おしくて仕方が無かった。
私は部屋を抜け出して、視聴室に行き、私の好きな映画である『カサブランカ』を見る事にした。
私が映画を見ようとしていると、部屋にアリサさんが入ってきた。
「景ちゃん、何か映画を見るの?」と聞いて来たので、「カサブランカです。」って答えた。
「それはいいわね。私も一緒に見てもいい?」と聞いて来たので、「もちろんです。」と答えてアリサさんと一緒に映画を見た。
カサブランカは、第二次世界大戦中のヨーロッパでナチスドイツの侵略から逃れた人々が、フランス領モロッコのカサブランカで旅券を手に入れて、アメリカに亡命しようとしていた人たちの物語。
ひょんな事から旅券を手に入れた酒場を経営するリックは、そのすぐあとに反ドイツのレジスタンスの一員である、ラズロとその妻のイルザがその旅券を手に入れるため、酒場に来店する。実はラズロの妻のイルザはリックがパリに居た頃に、お互い愛し合って一緒に逃げる事を約束した女性だった。
そこから始まるラブロマンス。
私は古い映画だけれども、このアクションあり、恋愛ありのこの映画が好きだった。
アリサさんと映画を見終わった時に、アリサさんが突然リックの役を演じだした。
私は楽しくなって、イルザになり切って、役を演じる
アリサ「愛しているから。だから君に行ってほしい。君こそ彼の一部なんだ。」
景「そんなリック、あなたを置いて行けないわ。」
アリサ「君の瞳に乾杯」
そしてアリサさんとのカサブランカを元にした即興の演劇は幕を閉じた。
興奮冷めやらない私にアリサさんは言った。
「ねぇ、景ちゃん。ロミオの事好き?」
「あっ?えっ?」
私は混乱した。私の頭の中では、今は元恋人のリックと、夫であるラズロの事で頭が一杯で、さっきまで身が焼けるほど恋焦がれていたロミオの感情が全く無くなっていた。
「さっきまであんなにロミオの事が大好きだったのに、今は何も感じなくて混乱しているでしょう。だって別にイルザはロミオの事は好きではないものね。」
「景ちゃん。あなたはメソッド演技の才能があるわ。」
「メソッド演技? メソッド演技って何ですか?」
「自分の経験や感情を元に、物語の中の人物になり切って演技する方法ね。」
「あなたは、かなりの部分、いや完全に映画の中の人や周りの人になり切ることができるわ。」
「そして、その才能は多くの役者が欲しいけれども、ほとんどの人が手に入れることができない、稀有な才能だわ。」
「でも、それは同時にあなた自身を壊す可能性がある、とても恐ろしい才能だわ。」
「私を壊すってどういう意味ですか?」
「私もあなたと同じようにメソッド演技の才能があったの。だから沢山の演技をしたわ。」
「毎日のように別な人物になり切り、その人生を楽しむことができて、そして演じれば演じるほど、私を見てくれた人が喜んでくれる。」
「あの頃は役者をやっていて本当に楽しかったわ。」
「そんな時にアキラが生まれたの。アキラが生まれたのは嬉しかったんだけど、そのうち、私は苛つき始めたわ。」
「私は演技をずっとしていたいのに、アキラは私に母親としての義務を負わせてくるの。」
「そっ、そんな事は・・・。」
「景ちゃんも母親になったら判るわ。自分から生まれた子供は、可愛いし、自分の命と引き換えにしても守れるぐらい愛しているわ。でもそれと同時に、今まで自由であった自分への枷でもあるの。」
「もちろん、普通の母親はそう言った事にちゃんと折り合いをつけて、本当の母親になっていくわ。景ちゃんのお母さんのように。でもその時の私はただ単に、未熟な母親であっただけ。」
「ちょうどその頃に、演出家の巌裕次郎が自身の人生をかけた一世一代の舞台に立つことができたわ。」
「舞台の名前は、狂った一頁。原作は大正時代に作成された映画で、それを舞台化したもので、私は精神病棟に入っている狂った母親を演じたわ。」
「舞台の期間は1ヶ月。私は毎日精神に異常がある狂った母親になり切り、そして舞台が終わった時には、もう自分に戻れなくなっていたわ。」
「その時の私は、狂った母親の演技が自分の精神を壊した事が判ったわ。それからしばらくは狂った母親役が抜けなくて、アキラにも本当に酷い仕打ちをしたわ。」
「自分でも止めたかった。アキラに優しくしたかった。アキラを愛したかった。」
「でも私自身が役に飲まれてアキラへの仕打ちを止められなかったの。」
アリサさんは涙をボロボロこぼしながら自身の経験を語った。
私はそんなアリサさんの独白を聞きながら、胸が締め付けられるようだった。
「しばらくすると、私の心は壊れたまま戻らなかったけど、自分の心はそのままでも、役であれば切り替えられる事に気が付いたわ。」
「そうして私は、芸能事務所を立ち上げて経営者の役をずっと演じたわ。」
「でもあくまで演じている役だったから、アキラの母親では無かったわ。アキラはただの子役の一人だったの。」
「アキラさんがそんなっ。」
「でも景ちゃんなら判るでしょ? 役に入り込みすぎるとそうなっちゃう事が。本当の自分を忘れてしまいそうになる事が。あなたなら実感できるはずだわ。」
「たっ、確かにそうですけれども・・・・。」
「私はこれ以上、私と同じように壊れた役者を作らないために、メソッド演技法に頼らない芸能事務所を作ったわ。それがスターズ。」
「そして百城千世子はそんな私の最高傑作の役者であり、感受性が弱くて役者の才能が無かったアキラも、ちゃんと活躍ができる芸能事務所となったの。」
「アキラさんが才能が無いなんて事はありません!!」
「そうよね。今の私もそう思うわ。」
「前までの私は芸能事務所の敏腕社長を演じていただけ。社長を演じているただの役者であって、その狭い常識の中で演じた目でしか息子を見ていなかったわ。」
「でもあのアキラの謝罪会見の時に判ったの。才能が無いと思って見限っていた息子は、実は誰よりもスターズの理念を表していたの」
「俳優は大衆のために在れ」
「それが私の作ったスターズの理念。でもアキラは私が考えもしなかった方法でその理念を体現したわ。」
「そして同時に、あの謝罪会見の中でアキラは、あんな目にあっても、ずっと私を必要としてくれていた事が判ったの。」
「あんなに、私はアキラに酷い事をしておきながら、私はまだアキラに必要とされて、アキラに母親として愛されていたのよ!」
「あの時に私は理解したわ。役が抜けないというのは言い訳であって、実は役が抜けなくて傷ついた自分自身の心から逃げていたことを。」
「一番傷ついていたのはアキラだったのに、私は本当に勝手な母親だわ。」
「そうして私は、自分の心をやっと取り戻したの。でもアキラに対する仕打ちはこの先も決して消える事は無いわ。」
「ねぇ景ちゃん、役者を続けると私と同じか、もっと悪い人生を歩んでしまうかもしれない。役者をやる事であなたの人生が壊れてしまうかもしれない。それでも役者をやってみたい?」
「私はやってみたいです! 確かにそういう危険もあるかもしれないけれど、でも世の中には不幸な役者しか居ないわけではないと思います。」
「私は不幸な役、幸せな役、いろんな人の人生を演じてみたいです。」
「そうね。景ちゃんはお母さんやルイちゃんやレイちゃん、そしてアキラみたいに、貴方自身を必要としてくれる人が一杯いるもの。私のように、自分を失う事にはならないかもしれないわね。」
「私もアキラさんみたいに、アリサさんと一緒に出演したいです。」
「アリサさん、私もアキラさんと同じようにアリサさんの事が大切です。お母さんもルイもレイもみんなアリサさんの事が大好きなんです。千世子ちゃんもアリサさんの演技を見ていた沢山の人たちも、みんなアリサさんの事が大好きなんです。アリサさんは、アキラさん以外にも沢山の人に愛されているんです。」
「ありがとう景ちゃん。」アリサさんは涙を流しながら微笑んだ。