星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
雪ねぇちゃんからビデオカメラを受け取った僕は、録画状態を継続したまま千世子ちゃんに話しかけた。
「ねえ、千世子ちゃん。僕の弾いた曲の感想を知りたいな。僕の曲の感想を演技で表現して見せてよ。」
「いいけど、私の演技料は高いわよ?」
「今度、お昼をご馳走するよ。」
「楽しみにしているわ。それでどうやって撮るの?」
普通の人はこの質問を受けたら、「ビデオカメラを持っているんだから、このカメラに決まっているじゃないか!」って言うと思うんだけど、この場合は違う。
「焦点距離は50㎜、F値はF1.8、ISO400、素子サイズ1/2.88、彩度調整0、コントラスト-1、ホワイトバランス+1、露出補正0、シャッタースピード1/100かな」
「見せて」
僕はビデオカメラの絵が映る液晶部分を千世子ちゃんに見せる
「カラープロファイルはあるの?」
「家庭用だから無いっぽい。多分S社らしい色使いの動画になっていると思う。」
「それだと、彩度強めのグリーンもちょっと強めね。 なら、ホワイトバランスは+2、彩度調整-1、露出補正-1って感じかしら。」
「こんな感じでいいね。シャッタースピードは1/100でいい? 1/60にも設定できるけど。」
「蛍光灯のフリッカーが怖いから1/100でいいわ。」
「どこで撮る?」
「50㎜だからそこに立って、こっちからそっちで撮って。」
僕がカメラを構えると、千世子ちゃんが自分で移動してポーズを決める。
ちょうど、胸から上。顔が中心になって、バストアップが映る構図になった。
窓から入った光はぼんやりとした逆光で、千世子ちゃんを後ろから照らす感じで入った。逆光だけど蛍光灯や外光の照り返しで彼女の顔が暗いという事は無い。
ビデオカメラの液晶画面を見るだけで判る。完璧な構図だ。彼女はレフ版や補助照明無しで、室内の光の配置関係からこの構図を作って見せた。
化け物染みた技術とセンスだ。さすがは千世子ちゃんとしか言いようが無い。
「OK。それじゃ行きます。」
「スターズ所属の百城千世子が先ほどの曲の感想を演技で表現して見せます。それでは3, 2, 1, スタート」
千世子ちゃんが演技を始めるのと同時に、少しざわついていた部屋の空気が、急に山奥の神社の境内のような、静かで厳かな空気に変わった。
洞窟の中の美しい泉に、女神様が降臨するとかそんな感じの神秘的な雰囲気。
周囲の人たちは突然の女神様の降臨に驚き、だんまりになり室内の空気が一変する。
彼女の芝居は、ただ胸に手を置いて、ちょっと上を見上げて一筋の涙が頬を伝う物だった。
ただそれだけ。
でもすべてを計算しつくして撮った彼女の演技はこの世の物とは思えない美しさがあった。
まさしく天使。 その演技は涙を流すという人間らしい感情の発露でありながら、人間を超越した美を感じさせた。
しーんと、部屋が静まり返る。
その中で、ひっくひっくと言った、景ちゃんの鳴き声が響き渡る。
僕はその後に、まだひっくひっくと泣いている景ちゃんの元に向かった。
「アキラさん、私、私っ」
「ねぇ景ちゃん、僕は景ちゃんの演技も見て見たいな。景ちゃんも曲の感想を演技で表現して見せてよ。」
「私頭がぐちゃぐちゃになって、それに誰を演じたらいいか判らなくてっ。ひっく、ひっくっ」
「それじゃ、夜凪景を演じてよ。いま夜凪景が感じた曲の感想をめいっぱい表現してみてよ。役者さんなのに、そんな風に感情を閉じ込めようとするのは良くないよ。」
「私? 私自身が感じた感想? 感覚? 上手く行かないかもしれないけれども、やってみます。」
「それじゃ、スターズ所属の夜凪景が先ほどの曲の感想を演技で表現して見せます。それでは3, 2, 1, スタート」
「うぁぁぁっぁぁぁあああああぁっぁぁぁぁぁっぁぁああああぁっぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁあぁあ!!!!」
彼女は絶叫した。恐怖、不安、悲しみ、怒り、興味、好奇心、関心、喜び、幸せ、楽しさ、安心感、安らぎ、平穏、すべての感情が複雑に絡み合って混乱を来した叫びだった。
実に、野性的な叫びであり、何よりも理性的な叫びでもあった。
ケモノではない、様々な感情を持つ人間の叫び。人間を超越した演技を見せた千世子ちゃんとは全く逆の、自分が人間である事を見せつける演技だった。
僕はこの瞬間の二人の演技を撮影できた幸運を、存在するか判らない神様に感謝した。
叫んだ後、彼女は呆然として、パタンと膝をついた。思いっきり叫んだ事で、中に溜め込んでいた感情が発散したんだろう。
「景ちゃん、今はどう感じる?」
「お腹が空きました。」
「はっはははっ。最高の感想だよ。そうだよ。怒っていても喜んでいても、お腹は空くんだよ。最高だよ!景ちゃん。」
「巌のじっちゃん、これからみんなで打ち上げに行くんでしょ? 当然、可愛い子供の僕たちはただ飯でいいんだよね?」
「俺にただ飯をたかるとか、お前マジでクソガキになったな。そうだな。片付けは明日でいいし、それじゃみんなで打ち上げに行こうか!」
「わぁぁぁぁぁっぁ!」
劇団員から歓声が上がる。
「そんなわけで、僕達はこれから打ち上げに行きます。この動画が気に入ってくれたら、チャンネル登録といいねをしてくれたら嬉しいな。 それじゃまた!」
続いて、英語とフランス語、中国語の終わりの言葉を入れる。
そうして動画は終わった。
その後、みんなで屋形船の打ち上げに行き、劇団員との親交を深めつつ、僕たちはただ飯にありついた。
劇団員にも千世子ちゃんや景ちゃん、雪ねぇちゃんは大人気だった。
ちなみに、僕には阿良也がまとわりついてきた。
「やっぱり、君はあんな演技をするくせに、匂わないんだよね。うーん。不思議だなぁ・・・・。」
「人をクンクンしないでくれる? すごく変態くさいよ?」
「ワハハハハハッ。阿良也に気に入られて良かったじゃねえか! しかしあのアキラがこんなに元気なクソガキになっちまうとは。アリサは自分の行いにものすごい後悔しているだろうな。」
後日、動画をアップするとたちまち、3000万回再生に到達して、テレビの芸能ニュースやワイドショーでも大きく取り上げられる事になる。
狙い通り、海外の人の視聴回数が鰻登りで、まだ多くても1000万回再生に届かない多くの国内動画を大きく引き離す事になった。
やっぱりグローバルを狙った動画が当たるとすげぇ。
そして世間の注目が僕たちに集まった所で、『若草物語』の舞台公演が発表されるのであった。