星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
私は台本を受け取ってからジョーの役作りにずっと悩んでいた。
ジョーは愛称で、正式な名前はジョセフィン。
全世界の女性に、そのままジョーの愛称で親しまれているこの女の子は、型破りでボーイッシュ、直情的な性格で意地っ張りと私とは正反対の女の子だった。
そして若草物語で最もキーとなる女性。
私は台本を元に鏡の前でジョーを演じて見た。
鏡の中では天使が美しい流れるような演技をしている。しかしこれはジョーでは無いと直感で判ってしまった。
ジョーはもっと人間臭くて沢山の欠点を持った等身大の女の子でありながら、社会に反発し、男を目指して自立を重んじる人間という、難しい大役を私は持て余していた。
何度も若草物語の原作小説を読んだり、台本を読んだりして考えた。
ジョーという人間は穿った見方をすればすごく偏屈に見えるけれども、同時に物語を読む少女達に強烈な共感を与える不思議な魅力にあふれたキャラクターだった。
私はこの魅力を役として表現できていなかった。
まさしく今の私は、前にアリサさんが言った通り『百城千世子』の演技しかできていない状態だった。
いくら役作りに悩んでも時間は経過していく。そして台本の読み合わせの日が来てしまった。
そして読み合わせの日に私はショックを受ける事となってしまう。
アリサさんが完璧で、アキラちゃんは先入観を持たないで周囲に合わせて役を調整するために相変わらず素読みだったのは予想の範囲内であったが、阿良也君と景ちゃんの二人も完璧に役を仕上げてくるとは思っていなかった。
阿良也君なんて、男でありながら女の私でも見惚れるほどの演技を見せた。いや、男だからこその倒錯した感情を利用して、女性としてのメグの魅力が増していた。
そして景ちゃんもエイミーを完全に仕上げていた。
おそらく、最近のアキラちゃんを見ていると、アキラちゃんも本番ではベスの役を完璧に仕上げてくるだろう。
ジョーとエイミーは二人とも癇癪持ちで、何かとお互いに張り合う間柄だ。
台本の読み合わせの時点で、私と景ちゃんの完成度は全く違った。
景ちゃんはすでに完全なエイミーを演じていた。エイミーを演じながらジョーである私に張り合う景ちゃんに私は押されていた。
私の台本の読み合わせは最悪の出来だった。
アリサさんや周囲の人もそう思ったのかもしれなかったが、特に何も言わなかった。自分で乗り越えて見せろという事だと思う。
でも私にはどうすれば良いのか、判らなかった。
綺麗なだけの自分を演じてきた私には、ジョーの役が掴めなかった。
私がアキラちゃんと私の机がある隠し部屋の隅で膝を抱えて固まっていると、アキラちゃんが来た。
「うゎーーー。千世子ちゃん、悩んでいるねー。」
アキラちゃんはジョーの役が掴めなくて、本気で悩んでいる私を見て能天気なコメントをしてきた。
むかつく。普段ならなんとか許せたかもしれないけど、今は心底むかついた。
私は殺気が宿った目でアキラちゃんを睨んだ。
それを見たアキラちゃんが私に言った。
「すっごくいい表情をしているよ。まるでジョーみたいだ。」
アキラちゃんはそういうと、机の上にある手鏡で私に私の表情を映して見せた。
そこには普段の演技で見せる極上の天使は映っておらず、ブサイクに睨む私自身が映っていた。
「ねぇ千世子ちゃん、自分で見てジョーっぽいとは思わない?」
「ふざけないで、こんなの全然ジョーなんて演じてないじゃない!」
「そうなの?でも今の千世子ちゃんは誰よりもジョーを演じていると思うよ。」
「アキラちゃん、酷いっ、私をからかうのも大概にして欲しいのっ。」
「ジョーというのは、今の何倍も女性の生き方が決められていて、みんながそのレールから外れられない時代に、男であったり自立を望んだり、女性としても求められる価値観にとらわれない自分に対して、悩み抜いているよね。」
「そして、その中で自分との関係、つまり社会や家族、友人たちとの間に折り合いをつけていく事での葛藤や成長が沢山の人たちに共感されているんじゃないかな?」
「若草物語の四姉妹の中で圧倒的に人気があるのはジョーだよ。人間は生きる上で他の人たちと関わるのに少なからず葛藤があるんだよ。多感な少女であればなおさらだと思う。そんな少女に、葛藤しながらも自立して生きるジョーという人間は、どんな時代であってもすごく魅力的に映るんだ。」
「今の千世子ちゃんは、スターズの子役として敷かれたレールと、沢山の期待の中でジョーという役を演じられない自分にプレッシャーを受けるジョー自身や、若草物語の読者そのものじゃない?」
「ねぇ?今の千世子ちゃんから見て、ジョーはすごく魅力的な人間に見えないかな? 千世子ちゃんはそんなジョーを演じてみたくは無いの?」
アキラちゃんから手鏡を受け取って、私は自分の顔を見た。
アキラちゃんから話を聞いた後の私の顔は、演技をしているわけではないのに、自然に口角が上がって笑顔になっていた。
自分が普段、演技をしている天使じゃない人物が、こんなに自然で魅力的な笑顔を浮かべるのを見て、私は衝撃を受けた。
私は常にカメラ映りや、観客の目を見てそこに映る演技をしている姿こそが、これまで最高の自分だと思っていた。
でも今手鏡に映っている自分は違う。観客の目なんて気にしていないのに、今までより何倍も自然で人間臭い笑顔をしていた。
今までの私なら、自分が演じている最高の笑顔を見せるべきで、こんなふうに素の自分が浮かべる笑顔を観客に見せるべきでは無いと思っていた。でも今の私はこの顔を観客に見てもらいたくなった。
「ありがとう。アキラちゃん。何か掴めた気がするわ。やっぱり持つべきは頼りになる幼馴染よね。」
「どういたしまして。」
「でもアキラちゃん、ジョーをそんなに語れるって事は、キアラちゃんにジョーが配役されると思っていたから陰で練習していたんでしょう?」
「ちぇっ、千世子ちゃんなら判っちゃうよね。そうだよ。僕にジョーをやらせてくれれば、若草物語史上、最高に自由なジョーを見せられたのに、千世子ちゃんに役を取られてすごく悔しいよ。」
本気で悔しがるアキラちゃんを見て、私は自然に笑った。
「若草物語で後世に語り継がれるような最悪の汚点を残すわけにはいかないわ。私が最高のジョーを演じてみせるわ。」
「それでこそ、千世子ちゃんだよ。でも千世子ちゃんを焚き付けすぎて、僕はちょっと怖いよ。」
この後、アキラちゃんと少しお話した後に、私はアリサさんの元へ行き、あるお願いをするのであった。