星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
慌てて近所の大学病院の緊急病棟に担ぎ込まれた僕だけど、実際のところ症状は大したこと無かった。
学校なら普通に保険室で鼻血が止まったら開放とかそういうレベルのお話。
ただ、俳優業の僕は顔が命ということもあり、鼻血が止まった後にレントゲン撮影されて鼻の骨にも異常が無い事が確認された。
僕ぐらいの年齢の男子は、鼻の毛細血管が弱くて当たり所が悪いと、思ったよりも多くの鼻血が出てしまうのだ。 エロシーンで鼻血が出るのは昭和の漫画のお約束だけど、これには根拠もあって、実際に年齢的に鼻血が出やすいのである。
鼻の頭がちょっと切れていたので、そこに絆創膏を貼られると、絆創膏の位置が、あまにもレトロすぎる悪ガキの容姿に、自分でも昭和のクソガキかよって突っ込んだ。
傷の方も問題が無く、血が止まればファンデーションとかでごまかせるだろう。
収録の方は、ほぼ終わりで最後のシーンだけが残っている感じなので、別日にキヌス役の声優さんと僕が残りを別撮りで収録して終了となるとの事だった。
ヒロインさんのセリフはもう別撮りしてあるので、僕とヒロインさんが顔を合わせる事は無いらしい。
意図しないで仕事に穴を開けてしまったけど、これは仕方が無いね。
ヒロインさんは、僕に台本を投げつけた後に、自分の仕出かした事の重大さに気が付いて真っ青になって、マネージャに連れ出されそうになった所を、ディレクターに呼び止められて、半泣きになりながらも音声を別撮りされたらしい。
ディレクターさん鬼だ・・・。
ある意味、救出されて涙を流しながら、歓喜に震えているように聞こえなくもなくて、それなりに、リアリティがあったらしい。
ちなみに、僕のマネージャさんを除いて、一番キレていたのがこのディレクターさんで、この瞬間まで非常にいいペースと流れで会心の仕事が出来ていたのに、全部ぶち壊してくれたヒロインさんに怒り心頭で、彼女の事務所にまでクレームを入れたらしい。ご愁傷様です。
いろいろ面倒な事態になりそうだったけど、病院を出たころには収録が終わって、飲み会が始まる時間だったので、僕もおみやげを持って飲み会会場に行った。
僕は、迷惑をかけたということで、飲み会の参加者たち分のカステラを買って、飲み会の会場に行った。そこで熱烈な歓迎を受けて、いろいろなテーブルをお酌して回る事となった。ちなみにヒロインさんはさすがに居なかった。
「アキラ君、本当に災難だったよね。」
「はい。まさかあそこで台本が飛んでくるとは思いませんでした。」
「アキラ君に役を取られて、声優の仕事も上手く行かないでフラストレーションが溜まる状況はわかるけど、そういう状況を作ったのは本人なんだから、さすがにアキラ君に当たるのはお門違いだね。」
「彼女にとっては、一世一代の大チャンスだったのでしょうから、気持ちはわかるのですが、役以外の部分でああやって、感情に縛られて自分を制御できなくなるのは、役者としてはまだ未熟ですね。」
「さすがアキラ君、君ぐらい芸歴と実績がある人間がそう言うと、すごく重みがあるね。彼女芸歴2年ぐらいだっけ? 大先輩のしかも売れっ子にケガをさせるとか無いね。」
そう。これが今回の話の一番面倒な部分だった。
役者の世界や声優の世界は年齢で判断される面もあるけれども、それ以上に芸歴で判断される面も多い。芸歴の長さから、中高生ぐらいの子供が先輩って敬われる事もある。
僕の芸歴は4歳からだから10年近くに達するけど、彼女の芸歴はまだ2年に満たない。
それでも実績が彼女の方が大幅にあれば、まだ大目に見られる面もあるんだけど、残念ながら実績も僕の方が上だった。そして、極めつけは、僕はスターズの社長の息子だった。
そもそも、先輩で実績があるからって後輩に台本を投げつけても良い話では無いのだけど、表面上は仕事のフォローをしてもらった先輩に対して台本を投げつけてケガをさせる行為は、彼女と所属事務所の立場を著しく悪くしていた。
結果、任侠映画風に言うと、それなりの規模の暴力団の若頭が別の組の鉄砲玉に襲撃された事態となっている。
さすがに芸能事務所は反社会団体ではないので、そこまで面子に命をかけている訳ではないけれども、スルーして良い問題でも無かった。
「で、どうするの?」
「事務所に任せます。」
「へー。アキラ君なら安易に彼女を許したりするかと思った。」
「彼女の気持ちもわかる部分はありますが、もうここまでこじれちゃうと、僕が下手に動くよりも、事務所に丸投げして、事務所間で話をつけた方が良いです。下手な考えで動くと余計に面倒なことになります。」
「アキラ君のそういう所、すごく大人だよね。 結局のところ、彼女は役で負けた以前に人間性でもアキラ君に大きく負けていたんだね。」
「その辺はノーコメントでお願いします。浮き沈みの大きい業界なので、僕がいつ彼女の立場になるのかはわからないので。」
「はははっ。 そういう事をちゃんと理解しているうちは大丈夫だよ。今回の件についてはプロデューサーとディレクターが、外に漏らさないように緘口令を出しておいたから、お互いの事務所が公表しないと外に出る事はまず無いはずだよ。」
「一人の女優の人生がかかっているレベルの事態だけに、外に漏らしたのが誰かバレた場合には、声優の仕事が無くなるだろうしね。流石に制作会社や、スターズと彼女の事務所なんかに睨まれるのは声優でもまずいよ。」
「いろいろ配慮してくださって、ありがとうございます。」
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近所のテーブルの新人声優たち
「怖っ、アキラ君とベテラン声優さんの会話怖すぎっ。アキラ君って本当に私達の5歳以上年下なの?」
「アキラ君って破天荒でめちゃくちゃな人かと思っていたけど、気配りができて話しやすい人なんですね。」
「放送とか演技で見せている顔と今見ている顔とイメージが違うね。 ベテラン声優さんでもいい人そうに見えて、普段の態度が悪い人とかいるけど、アキラ君の場合は逆なんだね。」
「それも演技かも」
「環漣でも、明神阿良也でも見分けが付かないのを、私達が判断するのは無理だよ。」
「星アキラ、奥が深すぎる。」
「でも本当にキアラちゃんの声可愛かったよね。」
「放送とかでいい声っておもっていたけど、生で聞いて本当にヤバかった。」
「アキラ君は絶対に声優できるよね。」
「あの声は反則だと思う。聞く人を虜にする。 それに声域も広すぎる。 女性で男役をやる人は多いけど、逆に男性で女性よりも女性っぽい声を出す人なんて初めて見た。」
「後で好きなセリフを言ってもらうようにお願いしてみようか?」
「いいね。それ。」
なお、その後キアラ嬢のセリフをリクエストして堪能した後、帰りに騒動のお詫びのカステラ詰め合わせをもらって、飲み会代と二次会代を全額ポンと出した星アキラに新人声優たちは恐れ慄くのであった。