星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

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星アキラは謝罪を受ける

 

吹き替えの収録が行われた翌日、事務所の社長さんとヒロイン役の女優さんが菓子折りを持ってスターズの事務所に謝りに来た。

 

ちなみに、謝りに来た社長さんの事務所は、最大手の芸能事務所だった。

とはいっても、別段、抱えるタレントとスタッフ数が最大手ってだけで、業界シェアの半分を取っているとかの優位的な地位にある訳でも無く、単純に人員が多くて最大手って感じだった。

 

なので、別段スターズに対して高圧的な態度に出られるような立場でも無く、素直に社長さんがスターズに来て謝罪した。

 

正直に言って、こんなくだらない事で事務所間の仲が悪くなるのは、この大手芸能事務所にとっても、スターズにとってもマイナスでしか無かった。

 

基本的に芸能事務所1社で、番組制作に必要な人員を全部揃えることはできない。

ゲストとして別事務所の人を呼びたいときもあるし、単純に人員が足りなくて応援を頼むこともある。『ナショナルクリミナル4』だって、沢山の芸能事務所が映画製作のためにタレントやスタッフを派遣していた。

 

このように、狭い業界内で、必要なタレントなどを融通しあうことで、それぞれの芸能事務所の業務が成り立っており、確かにライバル同士ではあるけれども、横のつながりも多かった。

 

だからと言って、謝罪を受けただけで無罪放免とは行かない。落としどころが必要だった。

 

「先輩のタレントに手を上げるなんて、あなたの所のタレントの教育はどうなっているの?」

 

「それについては、本当に申し訳ないとしか言いようがありません。 彼女も自分の不甲斐なさを嘆いていて、その感情の行き場がなくて、こういった暴挙に及んでしまいました。彼女の心もくみ取ってなんとかお許しいただけないでしょうか。」

 

実際のところ、ここでアリサママがキレて、この騒動の情報を週刊誌にでも暴露したら、ヒロイン役の彼女の芸能人としての活動は終了する。彼女にとっては芸能界に残れるかどうかの瀬戸際だった。

 

まぁ、僕が警察に被害届を出したら彼女は芸能人どころか、社会人としても終了だけど・・・。

 

そして、謝罪に彼女を連れてきたということは、所属事務所として彼女にこれからもがんばってもらいたいという期待の現れでもあった。

 

彼女は一言もしゃべらずに、頭だけ下げているが、それは正しい態度だった。

 

「彼女も反省しているみたいだし、良いでしょう。 役者生活でままならない事もたくさん起きるものよ。 これを糧にがんばりなさい。」

 

「はい。」

 

意外なことに、アリサママはあっさりと彼女を許した。

 

「それで、来年作られる映画、伊豆の踊子の主役を百城千世子にやらせたいんだけどどう?」

 

「それは私達事務所の必死の営業活動でなんとか、主役を決める権利を得られたもので主役も内定済みです。今更主役を変える訳には行きません。 それはご勘弁ください。」

 

「いいわ。それならどうやって落とし前を付けてくれるの?」

 

アリサママこうやってさりげなく交渉のラインを見せていた。社長さんは必死に考えていた。

 

「それならこう言うのはいかがでしょうか。 私達と映画制作会社の間で幼少のお市の方と信長の交流を描いた邦画の企画が持ち上がっています。その主役のお市の方の役を百城千世子さんにお願いできないでしょうか。信長役には渡戸剣が内定しております。」

 

「その辺が妥当な所ね。 わかりました。 でもこういう事はお互いに無いように気を付けたいわ。アキラは確かにうちのタレントだけれども、それ以上に大切な私の家族なんだから。」

 

「心得ております。今回は申し訳ございませんでした。」

 

「本当に申し訳ございませんでした。そしてアキラ君、ごめんなさい。 謝って許される問題じゃないけど、自分を許せない憤りをアキラ君にぶつけてしまって、本当に自分の未熟さを思い知らされました。 申し訳ございませんでした。」

 

「いいよ。僕のケガも大した事無かったし、ヒロインさんの憤りや後悔もわかるし。今度からは仲良くやろうよ。」

 

こうして、千世子ちゃんの映画出演の打ち合わせの後に大手芸能事務所の社長さんとヒロインさんは帰っていった。

 

「千世子の初主演映画が決まったわ。あの制作陣であれば千世子の演技や魅力も存分に引き出せるでしょう。 アキラ、よくやったわね。」

 

「あれ? 僕は大切な家族じゃないの?」

 

「もちろんかわいい息子よ。 でもツバを付けとけば治るようなケガで千世子の主演作を引っ張ってくるなんて、いい仕事したわ。 アキラに怪我をさせるなんて最悪だけど、起きてしまった事はもうどうしょうも無いわ。 あちらも反省しているし、今回はアキラも軽症で本当によかったわ。 アキラの顔に傷でも残ろうものなら、どうした事か・・・・。」

 

「うわぁ。 サイコパスもここまで来るともう清々しいよね。 今回の件は、僕の方が悪人なんじゃないかと思えてきたよ。」

 

「少なくとも、あのヒロインの女優さんにとっては、あなたは悪役よ。」

 

「善役、悪役なんてものは多くの場合、シチュエーションや立場によって変わる物なのよ。 アキラは彼女にとって、自分が成功するために乗り越えるべき壁として立ちはだかる悪役ね。 もちろん、アキラが犯罪者とか悪意があるとかそういう意味ではないわ。 でもあの女優は今回の件では本当に運が無かったわね。」

 

「ただ、彼女は心から反省しているし、見込みもあるわ。 彼女はタレントを始めてまだ二年だし才能もあるわ。 癇癪を起して行動を止められなかったのは良くないけど、まだ20歳だし彼女の置かれた状況を考えてもう一度チャンスをあげる必要もあるわ。 結局、ここでこんな理由で彼女を辞めさせるのは誰にとっても本当に良くない事なのよ。 向こうの社長さんもそれが分かっているから頭を下げに来たのね。 アキラ、あの子に会ったら優しくしてあげるのよ。」

 

「アリサママ、わかったよ。」

 

「いい子ね。」

 

 

その日の夕ご飯では、初主演の映画が決まってご機嫌な千世子ちゃんは替え歌を歌っていた。

 

「赤い靴はいてた千世子ちゃん~♪ アキラちゃんに連れられて行っちゃった~♪」

 

「千世子ちゃん、嬉しいのはわかるけど、その替え歌はやたらと物騒だよ。」

 

千世子ちゃんも最近、演技以外でも素直に喜怒哀楽が良く出るようになって、ちょっと変だけど、彼女自身がすごく魅力的な人間へと少しずつ変化していた。

 

自然に僕に微笑んだ表情に僕はドキリとした。演技もしていないのに彼女の魅せる表情が彼女の存在感を大幅に底上げしていた。

 

千世子ちゃんも大きく成長しているのだった。

 

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