シン星紀エヴァンゲリオンー神も泣くかもしれない   作:サルオ

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d.激流(後編)

 

 生命の神秘を、目の当たりにした事はあるだろうか。

 

 この星が生まれ、生命がこの世界に誕生した時から連綿と受け継がれてきた、生命の連鎖。

 

 言葉にすればありきたりで。

 

 けれど、この世で最も尊い儀式。

 

「うあああああああっ!あっ・・・・・・うぎぃいいい!」

 

「アスカ!頑張れ!!」

 

 ネルフJPNの医療棟分娩室。そこにアスカの悲鳴が木霊する。

 

 破水し、陣痛の波がやってきたのが今朝方。ネルフJPN総出でアスカとお腹の子を見守ってきたため、アスカの異変に対して迅速に対応できたのは幸いだった。

 

 シンジが強くアスカの手を握る。その手にアスカの爪が食い込み、血が流れる。それでもシンジが手を離す事は無い。アスカはこれ以上の痛みを感じているのだから。

 

「頭が出てきましたよ!頑張って!!」

 

「うぐっ!うあああ!さっさと出てきなさいよ、このぉッ!」

 

 アスカの秘部がかつて無いほどに押し広げられて、赤ん坊の頭が顔を覗かせた。新しい生命が、その姿をこの世に現そうとしている。シンジは思わず、その光景に見入っていた。欲情はない。今まで見たことのなかった、命の誕生の瞬間。それが、自分の目の前で起きていることに、シンジの胸中は何とも言えない気持ちで満たされていた。

 

 シンジの顔を涙が伝う。

 

「碇さん!奥さんに声かけて!」

 

 助産師の叱責に、シンジはハッとする。

 

「アスカ、あとちょっとだよ!ミライが来るよ!生まれるんだ!」

 

「わ、わかってるっちゅーのぉ・・・うああ!!」

 

 アスカの体が痛みに仰反る。

 

 アスカの脳裏にあったのは、かつてアスカエヴァ統合体としてシンジを『出産』した時の記憶。下腹部が裂けるような痛みを伴って、愛する夫をこの世に蘇らせた。その時の痛みは忘れようがない。

 

 どこか高を括っていた。あの時の痛みの体験があれば、出産など大した事ない、と。

 

 全然、違う。あの時は、鋭い痛みはあったものの、シンジはすぐにこの世に生まれてきてくれた。だが今回は、アスカのお腹の中で育った正真正銘のアスカとシンジの子供は、シンジと違って中々出てきてくれそうに無い。その間、アスカが受け続ける痛みは、あの時の比ではない。

 

「ふーっ!ふーっ!うぐぅぅうううう!!」

 

(ウソでしょ!?出産てこんなに辛いの!?この世界中の母親って、ホントにこんな痛みを乗り越えてきたの!!?)

 

 信じられない気持ちでいっぱいだった。諦める事を知らないアスカが、どうにかしてこの痛みから逃れる術がないかを模索する程に。

 

(口で言うのと、実感するのは全然違うって、頭ではわかってたけど、こんなのってェ・・・!)

 

「あがあぁあああ!!!!」

 

「アスカ!?」

 

 ミリミリと、アスカの秘部が更に押し広げられる。アスカが今まで味わった、どんな痛みよりも強い痛み。アスカの顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。そこに、いつも毅然とした態度のプライドの高い女性の姿は無かった。

 

(あ、これ、冗談抜きで死ぬ・・・・・・)

 

 意識が朦朧とする。

 

 あまりの痛みに、脳が現実の情報をシャットダウンしようとする。

 

(ママ・・・。だめ、アタシ・・・・・・)

 

 アスカの意識が痛みで途切れそうになったとき。

 

 

 

「アスカッ!!!!」

 

 

 

 愛する男の言葉が届いた。

 

「・・・ふんっ、ぬぅぁぁあアアアアア!!」

 

 アスカが力を振り絞る。

 

「な、なめんじゃないわよぉ!こちとら、『絶対産んでやる』って、旦那の前で啖呵切ってんのよ!?諦めるわけないでしょぉがあッ!!」

 

「奥さん、あとちょっと!あとちょっとですよ!」

 

「アスカ!!!」

 

「来い・・・・・・来い!アタシたちの世界へ、来なさい!ミライぃ!!」

 

 

 

 

 

 何かがずるり、と。

 

 抜けていく感覚があった。

 

 アスカの体から、今まで当たり前にあったものが居なくなったような感覚。

 

 

 

 

 

「・・・・・・ファ・・・・・・フギャァ、ブギャア・・・!」

 

 

 

 

 

「産まれた!産まれましたよ、お母さん!元気な女の子です!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アスカはガバリと分娩台から飛び起きた。

 

 自分の股下から臍の緒が伸びて、助産師の抱えている何かと繋がっているのが見える。

 

「ミライ・・・ミライ!!」

 

 自分の娘を求めて、アスカが必死に手を伸ばす。全身を強烈な寒気が襲い、歯がガチガチと音を鳴らす。それでもアスカは、娘を求めて、手を伸ばした。

 

 助産師と看護師が慣れた手つきで臍の緒を切る。

 

「ミライ!!!!」

 

 アスカはそれを見た瞬間、娘と自分の繋がりが無くなったような、強烈な喪失感に包まれた。震える手でなんとか立ち上がろうと分娩台に両手を置くが、体に力が入らない。

 

「ミライ!ダメ!連れてかないで!!」

 

「ウギャア!ウギャア!ウギャア!ウギャア!」

 

 アスカの叫びに応えるように、赤子の泣き声も激しくなった。

 

「あらあら、はいは〜い。お母さんがいいのね?ちょっと待ってね〜」

 

 赤子を抱えた助産師がゆっくりとアスカに近寄る。その仕草が、アスカにはもどかしかった。アスカは助産師が近づくと、引ったくるように赤子を抱き寄せた。

 

「あ、アスカ。そんな、失礼だよ・・・」

 

「いーのよぉ!よくある事ですから」

 

「は、スミマセン・・・」

 

 シンジが助産師に謝る姿など目に映るわけもなく、アスカは、自身の腕の中にいる娘をじーーーっと見つめていた。

 

 言葉にならない。色々な思いが、アスカの頭と胸中を駆け巡っていくのに、その一つもアスカは掴み取れない。ただただ、腕の中の娘を見つめる。

 

「あらぁ?泣き止んだわねぇ?お母さんが良かったのかしらねぇ」

 

 小さな手が、アスカの服の裾を必死に掴んでいる。しわくちゃの、猿のような顔をした生き物が、安堵したかのように微笑んだ。

 

「あ、笑った!?今笑ったよね、アスカ!」

 

「いや、まさかぁ。産まれたての赤ちゃんは笑ったりできないですよ?」

 

「え、でも・・・」

 

「シンジ」

 

 アスカがシンジを呼び止めた。

 

「どうしたの?アス・・・、うわっ!」

 

 アスカに近づいたシンジが、すごい力で引っ張られた。シンジの腰辺りに、アスカが抱きついたのだ。

 

「産んだわよ・・・産まれたわよ・・・・・・っ。アタシ達の、娘が・・・・・・・・・っ」

 

 アスカが、静かに涙を流した。それを安心させたいのか、アスカの裾を掴んだ小さな手が、くいっ、くいっと引っ張る。

 

 それを見たシンジも、釣られて涙を流し、アスカと、自分達の娘を抱きしめた。

 

「うん・・・っ、ありがとう、アスカぁ・・・!本当に、本当にありがとう・・・っ!!」

 

 2人に抱きしめられた赤子が、苦しくなったのか、再びぐずり出した。

 

「あ、ごめんよ、ミライ!苦しかった!?」

 

「シンジ、しぃーっ!騒ぐとまた泣き出すわ」

 

「ウハァーッ!ウハァーッ!ウハァーッ!ウハァーッ!」

 

「ぶっ!なによその泣き声!?あはははは!」

 

 あまりの愛おしさに、アスカは赤子を抱き寄せて、その頬に自分の頬を重ねた。

 

「はじめまして、ミライ・・・・・・アタシが、貴女のママよ」

 

 赤子、『ミライ』は泣き止む事なく、いつまでも、母親の頬をペチペチと叩いていた。

 

 

 

──────

 分娩室の外には、ネルフJPNの主要メンバーの殆どが集まっていた。

 

「無事、産まれました。皆さん、ありがとうございました」

 

 分娩室を出たシンジは、集まってくれたみんなに深く深く頭を下げた。

 

「おめでとう、シンジ君!これでアナタも、立派な父親ね!」

 

 ミサトが笑顔で、グッと親指を突き出した。その目には光るものが浮かんでいる。その横で、リツコは聞かなければいけない事を切り出した。

 

「それで、どうだったのかしら?」

 

「母子ともに健康ですよ。皆さんが心配していた姿形も、特に変な部分は無かったと思います」

 

「そう・・・。まぁ、エコー写真である程度の確認はできていたから問題はないとは思うけど、しばらくは要観察ね。お疲れ様、シンジ君」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「あ、もちろん貴方達も一緒に要観察よ?なにが起こるか、わからないからね?」

 

「勿論ですよ。というか、今、ミライをアスカから引き離したら、アスカが暴れ回ると思いますし・・・」

 

「それは怖いわね」

 

 困ったようにぽりぽりと頭を掻くシンジを見て、リツコもようやく表情を和らげた。

 

「先輩、ここは素直に『おめでとう』で良かったんじゃ・・・」

 

「性分なのよ。しょうがないわ」

 

「あはは・・・・・・」

 

マヤの指摘にも態度を変えることのないリツコに、シンジとマヤは笑うしかなかった。

 

 

 

「シンジ」

 

 

 

「父さん・・・」

 

 

 

碇ゲンドウが、シンジに声をかけた。

 

 

 

「私は立派な父親ではなかった。だが、お前は私とは違う。アスカと、ミライを、絶対に離すな」

 

「それを父さんが言う?」

 

「む・・・」

 

 シンジの軽いジョークに、痛いところを突かれた、とゲンドウが顔を顰める。だが、その口角は少しだけ上を向いていた。

 

「落ち着いたら一度、一緒に食事でもしよう」

 

「うん、わかったよ。父さん」

 

「・・・楽しみにしている」

 

 そう言うと、ゲンドウは踵を返した。

 

「抱いていかないの?」

 

 シンジがゲンドウを呼び止める。

 

「今は、アスカとお前の時間だ。私はまた、後日でいい。それに、時間はいくらでもあるからな・・・」

 

「そう・・・。わかった」

 

 ゲンドウはそう言い残すと、この場を後にした。

 

「副司令代理ももうちょ〜〜〜っちだけ顔に出せばいいのにねぇ。目頭でも抑えれば、後でネタにしてやったのに」

 

 ミサトが悪戯っ子のようにニシシと笑う。その様子を見た残りの3人は、同時に肩をすくめた。

 

「たぶん、ゲンドウさんなら今夜辺り、秘蔵のお酒でも開けると思うわ。嬉しくて堪らないのよ、あの人」

 

「・・・そうですよね。もし良ければ、私も同席してもいいですか?」

 

「あら、マヤが?珍しいわね」

 

「こういう日くらい、私だって飲みたいですよ!」

 

 そういうマヤの顔も明るかった。

 

 

 

 アスカの妊娠発覚から2年。

 

 通常の妊娠期間を大きく過ぎて誕生した、シンジとアスカの娘。

 

 この赤子が、人類にとっての『未来』になるのかどうか、それはまだわからない。

 

 だが、世界情勢の変化やネルフLUNAの建造、さらにアメリカからの宣戦布告と、なかなかに明るいニュースがなかったネルフJPNの面々にとって、新しい命の誕生は大変喜ばしいものであった。

 

 願わくば。

 

 この赤子の未来が、明るいものでありますように。

 

 

 

────────────

 

 フランスの首都、パリ。

 

 その街並みを、夕日が染めている。

 

 仕事終わりの一杯にと、疲れた顔の人々がブラッスリーに入っていく。店の中は大盛況だ。家族がディナーにと、笑顔でビストロに入っていくのも見れた。

 

 そんな人々の行き交いを見下ろすことのできるビルの最上階に、3人の人物が居た。

 

 

 

「呼び立ててすまないね、2人とも」

 

 

 

 高級なスーツに身を包み、ビルの窓から街並みを見下ろしていた男が、後ろに立っていた2人の人物に振り返る。彼の部屋の窓からは、パリのシンボルであるエッフェル塔や凱旋門を見渡せた。夕日に彩られ、街に夜の灯火が浮かび上がる。この部屋から見える景色は、それだけを肴に酒を楽しめそうなほどの魅力を持っていた。

 

 そんな場に呼び出された2人の格好は、この部屋には似つかわしくないほどにカジュアルだった。

 

 

 

「ホンマやで、ジルはん。ワシらをこんな時間に呼び出して、一体何のつもりや」

 

 訛りの激しい日本語。鈴原トウジであった。

 

「トウジの言う通りです。私たちを『あの場所』から呼び出すなんて、なにを企んでいるんです?」

 

 もう1人は女性。今は姓を鈴原に変えた、洞木ヒカリであった。

 

「ははっ!企むとは、人聞きの悪い!」

 

 ジルと呼ばれた男が、軽快に笑った。彼はドイツネルフ改め、ネルフユーロの副司令である。その軽い口調とは裏腹に、どす黒い野望と陰謀を隠し持つ男である事を、トウジとヒカリはこの二年間で思い知らされている。「利があれば使い、無ければ捨てる」を信条にしているこの男が、碌な用事で2人を呼び出したとはとても思えない。

 

「なぁんも企んでへんならええんやけどな?もう帰ってええか?ワシら、『新型のシンクロテスト』でクタクタなんねんけど?」

 

「いやいやダメだよ。そのテストが出来る君たちだからこそ呼んだんだよ?まだ来たばかりじゃあないか」

 

「・・・また私たちを使って何かやろうって事ですか?」

 

「そんなにピリピリしないでくれたまえよ、ヒカリ君。アレ(・・)はただの事故だった。そうだろう?」

 

「暴走に見せかけて副司令を殺させておいて、よくも・・・!」

 

 ヒカリが怒りに任せてジルに飛びかかろうとするのを、トウジが手で制した。

 

「落ち着けや、ヒカリ。この男の常套手段やろが。それに、ワシらの家族が人質に取られてる事、忘れたらアカンで」

 

「でもトウジ!」

 

「いやぁ!トウジ君は話が早くて助かる!」

 

 パンパンと、ジルが手を叩く。すると部屋の照明が落とされ、ウィーンと音を立ててプロジェクターが一つの映像を映し出す。

 

「ああ?なんやコレ?」

 

 トウジが怪訝な声を上げる。

 

「これはねェ、合衆国がネルフJPNに向けて出した宣戦布告文だよ」

 

「な!?」

 

「うそ・・・!?」

 

 2人の驚愕を、ジルは実に愉快そうに眺めている。

 

 ジルは話を進めた。

 

「この文にあるように、合衆国はAEを投入するつもりのようだよ。かの大国が全世界に秘密裏に流した、人類の最終兵器だ。もちろん、我々ネルフユーロもその技術の恩恵に預かっている。だが、この恩恵の対価として、合衆国は我々に対ネルフJPN連合への参加を求めてきている。だから当然、この戦争には我々も参加しなくてはならない」

 

「そんな・・・、世界大戦を起こすつもりですか!?」

 

「世界大戦、ではないよ。ヒカリ君。ネルフJPNというテロ組織を潰すための、正義の戦いだ」

 

「テロ組織やと!?」

 

 トウジとヒカリが、ジルに詰め寄った。

 

「ジブンら、アルマロスや月の問題の時はミサトさん達に泣きついたくせに、それを仇で返そうっちゅーんか!?」

 

「おいおい、話の主題はソコじゃないだろう?」

 

「同じです!ネルフJPNのエヴァが出てくれば、どの道戦火は世界中に広がります!それに、人類を救ったネルフJPNに対してこの対応はあんまりじゃないですか!?」

 

「さすが『元』アルマロス!人類の滅亡に関しては興味津々なようだねぇ!」

 

「キサマァ!!」

 

 トウジがジルの胸ぐらを締め上げる。だが、その手は軽く振り払われ、次の瞬間にはトウジは床に叩きつけられた。

 

「うが・・・!」

 

「トウジ!!」

 

「勘違いするんじゃないよ君達。僕が君達を呼んだのは議論するためじゃない。命令を伝えるためだ」

 

「め、命令やと・・・・・・!?」

 

「そうだよ、ネルフJPNの元副司令代理、鈴原トウジ。君達2人は改良型EVA・EUROII・ウルトビーズに搭乗し、対ネルフJPN連合のユーロ軍を率いたまえ。元副司令代理なら、ネルフJPNの内部情報に詳しいだろう?やりやすいじゃあないか」

 

「ふざけんなや!誰がそんな・・・!」

 

「なら君の妹の指を切り落とす」

 

「な!?」

 

「サクラちゃんの!?」

 

 怒りで我を忘れて立ちあがろうとしたトウジの背中を、ジルは思い切り踏みつけた。

 

「ぐああ!」

 

「やめて!」

 

「はあ・・・、君達は何もわかっていない。使徒が現れる前、世界は秩序によって保たれていた。各国が歴史と文化を尊重しあい、国と国が互いに手を取り合っていたんだ。それが、今やただ一つの組織が、技術と軍事力を盾に、全世界の上に立とうとしている。文化や歴史の尊重なんて微塵も考えていない、野蛮人の集団が、だ」

 

「ミサトさんはそんな事考えてへん!」

 

「どうでもいいんだよ、あの女がなにを考えてようがいまいが。要は、ネルフJPNは全世界にとって排除すべき邪魔者になったって事だ。目障りなんだよ。だから連合なんてものを作られてしまうし、それに世界中が参加する事になるんだ」

 

 ジルはトウジを踏みつけている足に、更に体重をかけていく。

 

「うぐぅ・・・」

 

「だがねぇ、僕はただ連合に参加してネルフJPNを潰してハイおしまい!じゃあ面白くないと思うんだよ。どうせやるなら一番の戦果を上げて、ユーロを次の覇権大国にしたいと思う」

 

「どうせそんな事だと思ったわ!結局はただの利権争いじゃない!」

 

「愛国心、といって欲しい。今のは立派な侮辱だぞ?ヒカリ君。詫びとして、君の夫の指を一本頂いていいかい?」

 

「やめて!」

 

「君達は大事な大事なネルフユーロのエヴァパイロットだ。逆らわなければ、特に何もしないよ。家族の安全だって保証するし、君達の生活だって面倒を見るさ。逆らわなければ、ね」

 

 足蹴にされたトウジとヒカリは、歯を食いしばって耐えるしかない。家族を人質に取られている以上、目の前の男の言う事を聞くしか生きる道はない。

 

「・・・・・・良い子だ」

 

 ジルがトウジの背から足を退ける。ヒカリはトウジに駆け寄り、夫を助け起こした。

 

「まぁ、今日はこんなもんかな。・・・そうそう!実はね、君達に紹介したい人物がいるんだよ!」

 

「あぁ!?誰やねん!」

 

「そんなに怒鳴るなよ。怖いじゃないか。・・・入ってきていいよぉ!」

 

 ジルが、部屋の外にいた人物に声をかけた。ドアがガチャリと開き、呼ばれた人物がゆっくりと入ってくる。

 

「久しぶりだな、トウジ。委員長」

 

「ケンスケ!?」「相田くん!?」

 

 入室してきたのは、ネルフJPNの防諜部所属であり、2人の同級生でもあった相田ケンスケであった。

 

「な、なんでお前がこんなとこにおるんや・・・」

 

「なに。俺も自分の夢を叶えたくてさ」

 

「夢、やと?」

 

「俺もエヴァに乗りたいんだ」

 

「!?」

 

 ケンスケが呆気に取られる2人の前を通り過ぎ、ジルの横に並び立つ。

 

「今の俺は、トウジ達の同僚だ。よろしく頼むよ、トウジ」

 

「お前・・・、まさか、そんなくだらん理由でネルフJPNを抜けたっちゅうんか・・・?」

 

「ああ。エヴァは俺にとって譲れない夢だったからな。ネルフJPNの内部機密を土産にしてでも、俺はエヴァに乗りたかった」

 

「ケンスケぇ!」

 

 トウジが親友に殴りかかる。だが、防諜部として鍛えていたケンスケは懐から素早く銃を引き抜くと、瞬時に銃口をトウジの額に押し当てた。

 

「やめろよトウジ。友達だろ?」

 

「お前のようなヤツは友達やない!」

 

「やめて、トウジ!・・・相田くん、本気?」

 

「本気さ。俺はエヴァに乗る。それで、『世界を救う』んだ」

 

 とても正気とは思えないケンスケの答えに、ヒカリは青ざめた。

 

「・・・・・・それで、碇くんやアスカと戦うことになっても?」

 

「その2人の名前を出すな!」

 

 ケンスケが持っていた銃を発砲する。床に向かって。

 

「・・・ヘーイ、ケンスケ。この絨毯、高いんだよ?」

 

「・・・すみません、副司令」

 

 怒りで一瞬我を忘れたケンスケは、銃を懐にしまった。そして、怒りを宿した目でトウジとヒカリを睨みつける。

 

「・・・俺は、お前たちと喧嘩するために来たんじゃない。仲良くやろうぜ?困ったことがあれば相談に乗るし、俺も相談させてほしい。そういう関係でいたいんだ、お前たちとは・・・」

 

「・・・・・・できるワケ、ないやろ。ケンスケ」

 

「今はそれでいいさ・・・。副司令、俺は部屋に戻っても?」

 

「かまわないよ?絨毯分の料金は、君の給料から天引きするがかまわないね?」

 

「ええ、モチロン!では・・・」

 

 ケンスケは、ヒカリとトウジに目を合わせる事なく、部屋を出ていった。

 

 想像できうる限り、最悪の事態だった。家族を人質に取られ、戦争に参加し、人を殺す。しかも相手は、自分達の友人だ。友人達と、生きるか死ぬかの殺し合いをしなくてはならない。加えて、かつての友人であったケンスケが、あろう事かネルフJPNを裏切り、情報を敵に売ったという。それも自分達には到底理解のできない理由によって。

 

「ま〜ねぇ。混乱するのも無理ないよ」

 

 ジルが手近な椅子に座り、足を組んだ。

 

「でも、ケンスケ君が我々のところに来たのは本当にありがたかったねぇ。これでネルフJPNに対して、ウチは他国よりも一歩抜きん出た戦い方ができる。何か裏があるかもしれないから、監視は付けてるけどね」

 

 ジルの言葉は、トウジとヒカリの耳には入ってこない。

 

「ふぅん?そろそろ邪魔だからお引き取り願おうと思ってたんだけど、ひょっとして、自分達で歩けない?しょおがないなあ〜君達は」

 

ジルは携帯端末を取り出し、自分の部下に連絡を取った。

 

「おーい、もしも〜し。鈴原夫妻をお連れして?うん。もう用はすんだから。・・・うん!よろしくぅ〜!」

 

 部屋に入ってきた黒服の男たちに、トウジとヒカリは引き摺られていく。

 

 トウジは口の中で、小さく「チクショウ・・・」と呟くしかなかった。

 

 

 

つづく

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