生命の神秘を、目の当たりにした事はあるだろうか。
この星が生まれ、生命がこの世界に誕生した時から連綿と受け継がれてきた、生命の連鎖。
言葉にすればありきたりで。
けれど、この世で最も尊い儀式。
「うあああああああっ!あっ・・・・・・うぎぃいいい!」
「アスカ!頑張れ!!」
ネルフJPNの医療棟分娩室。そこにアスカの悲鳴が木霊する。
破水し、陣痛の波がやってきたのが今朝方。ネルフJPN総出でアスカとお腹の子を見守ってきたため、アスカの異変に対して迅速に対応できたのは幸いだった。
シンジが強くアスカの手を握る。その手にアスカの爪が食い込み、血が流れる。それでもシンジが手を離す事は無い。アスカはこれ以上の痛みを感じているのだから。
「頭が出てきましたよ!頑張って!!」
「うぐっ!うあああ!さっさと出てきなさいよ、このぉッ!」
アスカの秘部がかつて無いほどに押し広げられて、赤ん坊の頭が顔を覗かせた。新しい生命が、その姿をこの世に現そうとしている。シンジは思わず、その光景に見入っていた。欲情はない。今まで見たことのなかった、命の誕生の瞬間。それが、自分の目の前で起きていることに、シンジの胸中は何とも言えない気持ちで満たされていた。
シンジの顔を涙が伝う。
「碇さん!奥さんに声かけて!」
助産師の叱責に、シンジはハッとする。
「アスカ、あとちょっとだよ!ミライが来るよ!生まれるんだ!」
「わ、わかってるっちゅーのぉ・・・うああ!!」
アスカの体が痛みに仰反る。
アスカの脳裏にあったのは、かつてアスカエヴァ統合体としてシンジを『出産』した時の記憶。下腹部が裂けるような痛みを伴って、愛する夫をこの世に蘇らせた。その時の痛みは忘れようがない。
どこか高を括っていた。あの時の痛みの体験があれば、出産など大した事ない、と。
全然、違う。あの時は、鋭い痛みはあったものの、シンジはすぐにこの世に生まれてきてくれた。だが今回は、アスカのお腹の中で育った正真正銘のアスカとシンジの子供は、シンジと違って中々出てきてくれそうに無い。その間、アスカが受け続ける痛みは、あの時の比ではない。
「ふーっ!ふーっ!うぐぅぅうううう!!」
(ウソでしょ!?出産てこんなに辛いの!?この世界中の母親って、ホントにこんな痛みを乗り越えてきたの!!?)
信じられない気持ちでいっぱいだった。諦める事を知らないアスカが、どうにかしてこの痛みから逃れる術がないかを模索する程に。
(口で言うのと、実感するのは全然違うって、頭ではわかってたけど、こんなのってェ・・・!)
「あがあぁあああ!!!!」
「アスカ!?」
ミリミリと、アスカの秘部が更に押し広げられる。アスカが今まで味わった、どんな痛みよりも強い痛み。アスカの顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。そこに、いつも毅然とした態度のプライドの高い女性の姿は無かった。
(あ、これ、冗談抜きで死ぬ・・・・・・)
意識が朦朧とする。
あまりの痛みに、脳が現実の情報をシャットダウンしようとする。
(ママ・・・。だめ、アタシ・・・・・・)
アスカの意識が痛みで途切れそうになったとき。
「アスカッ!!!!」
愛する男の言葉が届いた。
「・・・ふんっ、ぬぅぁぁあアアアアア!!」
アスカが力を振り絞る。
「な、なめんじゃないわよぉ!こちとら、『絶対産んでやる』って、旦那の前で啖呵切ってんのよ!?諦めるわけないでしょぉがあッ!!」
「奥さん、あとちょっと!あとちょっとですよ!」
「アスカ!!!」
「来い・・・・・・来い!アタシたちの世界へ、来なさい!ミライぃ!!」
何かがずるり、と。
抜けていく感覚があった。
アスカの体から、今まで当たり前にあったものが居なくなったような感覚。
「・・・・・・ファ・・・・・・フギャァ、ブギャア・・・!」
「産まれた!産まれましたよ、お母さん!元気な女の子です!」
その言葉を聞いた瞬間、アスカはガバリと分娩台から飛び起きた。
自分の股下から臍の緒が伸びて、助産師の抱えている何かと繋がっているのが見える。
「ミライ・・・ミライ!!」
自分の娘を求めて、アスカが必死に手を伸ばす。全身を強烈な寒気が襲い、歯がガチガチと音を鳴らす。それでもアスカは、娘を求めて、手を伸ばした。
助産師と看護師が慣れた手つきで臍の緒を切る。
「ミライ!!!!」
アスカはそれを見た瞬間、娘と自分の繋がりが無くなったような、強烈な喪失感に包まれた。震える手でなんとか立ち上がろうと分娩台に両手を置くが、体に力が入らない。
「ミライ!ダメ!連れてかないで!!」
「ウギャア!ウギャア!ウギャア!ウギャア!」
アスカの叫びに応えるように、赤子の泣き声も激しくなった。
「あらあら、はいは〜い。お母さんがいいのね?ちょっと待ってね〜」
赤子を抱えた助産師がゆっくりとアスカに近寄る。その仕草が、アスカにはもどかしかった。アスカは助産師が近づくと、引ったくるように赤子を抱き寄せた。
「あ、アスカ。そんな、失礼だよ・・・」
「いーのよぉ!よくある事ですから」
「は、スミマセン・・・」
シンジが助産師に謝る姿など目に映るわけもなく、アスカは、自身の腕の中にいる娘をじーーーっと見つめていた。
言葉にならない。色々な思いが、アスカの頭と胸中を駆け巡っていくのに、その一つもアスカは掴み取れない。ただただ、腕の中の娘を見つめる。
「あらぁ?泣き止んだわねぇ?お母さんが良かったのかしらねぇ」
小さな手が、アスカの服の裾を必死に掴んでいる。しわくちゃの、猿のような顔をした生き物が、安堵したかのように微笑んだ。
「あ、笑った!?今笑ったよね、アスカ!」
「いや、まさかぁ。産まれたての赤ちゃんは笑ったりできないですよ?」
「え、でも・・・」
「シンジ」
アスカがシンジを呼び止めた。
「どうしたの?アス・・・、うわっ!」
アスカに近づいたシンジが、すごい力で引っ張られた。シンジの腰辺りに、アスカが抱きついたのだ。
「産んだわよ・・・産まれたわよ・・・・・・っ。アタシ達の、娘が・・・・・・・・・っ」
アスカが、静かに涙を流した。それを安心させたいのか、アスカの裾を掴んだ小さな手が、くいっ、くいっと引っ張る。
それを見たシンジも、釣られて涙を流し、アスカと、自分達の娘を抱きしめた。
「うん・・・っ、ありがとう、アスカぁ・・・!本当に、本当にありがとう・・・っ!!」
2人に抱きしめられた赤子が、苦しくなったのか、再びぐずり出した。
「あ、ごめんよ、ミライ!苦しかった!?」
「シンジ、しぃーっ!騒ぐとまた泣き出すわ」
「ウハァーッ!ウハァーッ!ウハァーッ!ウハァーッ!」
「ぶっ!なによその泣き声!?あはははは!」
あまりの愛おしさに、アスカは赤子を抱き寄せて、その頬に自分の頬を重ねた。
「はじめまして、ミライ・・・・・・アタシが、貴女のママよ」
赤子、『ミライ』は泣き止む事なく、いつまでも、母親の頬をペチペチと叩いていた。
──────
分娩室の外には、ネルフJPNの主要メンバーの殆どが集まっていた。
「無事、産まれました。皆さん、ありがとうございました」
分娩室を出たシンジは、集まってくれたみんなに深く深く頭を下げた。
「おめでとう、シンジ君!これでアナタも、立派な父親ね!」
ミサトが笑顔で、グッと親指を突き出した。その目には光るものが浮かんでいる。その横で、リツコは聞かなければいけない事を切り出した。
「それで、どうだったのかしら?」
「母子ともに健康ですよ。皆さんが心配していた姿形も、特に変な部分は無かったと思います」
「そう・・・。まぁ、エコー写真である程度の確認はできていたから問題はないとは思うけど、しばらくは要観察ね。お疲れ様、シンジ君」
「はい。ありがとうございます」
「あ、もちろん貴方達も一緒に要観察よ?なにが起こるか、わからないからね?」
「勿論ですよ。というか、今、ミライをアスカから引き離したら、アスカが暴れ回ると思いますし・・・」
「それは怖いわね」
困ったようにぽりぽりと頭を掻くシンジを見て、リツコもようやく表情を和らげた。
「先輩、ここは素直に『おめでとう』で良かったんじゃ・・・」
「性分なのよ。しょうがないわ」
「あはは・・・・・・」
マヤの指摘にも態度を変えることのないリツコに、シンジとマヤは笑うしかなかった。
「シンジ」
「父さん・・・」
碇ゲンドウが、シンジに声をかけた。
「私は立派な父親ではなかった。だが、お前は私とは違う。アスカと、ミライを、絶対に離すな」
「それを父さんが言う?」
「む・・・」
シンジの軽いジョークに、痛いところを突かれた、とゲンドウが顔を顰める。だが、その口角は少しだけ上を向いていた。
「落ち着いたら一度、一緒に食事でもしよう」
「うん、わかったよ。父さん」
「・・・楽しみにしている」
そう言うと、ゲンドウは踵を返した。
「抱いていかないの?」
シンジがゲンドウを呼び止める。
「今は、アスカとお前の時間だ。私はまた、後日でいい。それに、時間はいくらでもあるからな・・・」
「そう・・・。わかった」
ゲンドウはそう言い残すと、この場を後にした。
「副司令代理ももうちょ〜〜〜っちだけ顔に出せばいいのにねぇ。目頭でも抑えれば、後でネタにしてやったのに」
ミサトが悪戯っ子のようにニシシと笑う。その様子を見た残りの3人は、同時に肩をすくめた。
「たぶん、ゲンドウさんなら今夜辺り、秘蔵のお酒でも開けると思うわ。嬉しくて堪らないのよ、あの人」
「・・・そうですよね。もし良ければ、私も同席してもいいですか?」
「あら、マヤが?珍しいわね」
「こういう日くらい、私だって飲みたいですよ!」
そういうマヤの顔も明るかった。
アスカの妊娠発覚から2年。
通常の妊娠期間を大きく過ぎて誕生した、シンジとアスカの娘。
この赤子が、人類にとっての『未来』になるのかどうか、それはまだわからない。
だが、世界情勢の変化やネルフLUNAの建造、さらにアメリカからの宣戦布告と、なかなかに明るいニュースがなかったネルフJPNの面々にとって、新しい命の誕生は大変喜ばしいものであった。
願わくば。
この赤子の未来が、明るいものでありますように。
────────────
フランスの首都、パリ。
その街並みを、夕日が染めている。
仕事終わりの一杯にと、疲れた顔の人々がブラッスリーに入っていく。店の中は大盛況だ。家族がディナーにと、笑顔でビストロに入っていくのも見れた。
そんな人々の行き交いを見下ろすことのできるビルの最上階に、3人の人物が居た。
「呼び立ててすまないね、2人とも」
高級なスーツに身を包み、ビルの窓から街並みを見下ろしていた男が、後ろに立っていた2人の人物に振り返る。彼の部屋の窓からは、パリのシンボルであるエッフェル塔や凱旋門を見渡せた。夕日に彩られ、街に夜の灯火が浮かび上がる。この部屋から見える景色は、それだけを肴に酒を楽しめそうなほどの魅力を持っていた。
そんな場に呼び出された2人の格好は、この部屋には似つかわしくないほどにカジュアルだった。
「ホンマやで、ジルはん。ワシらをこんな時間に呼び出して、一体何のつもりや」
訛りの激しい日本語。鈴原トウジであった。
「トウジの言う通りです。私たちを『あの場所』から呼び出すなんて、なにを企んでいるんです?」
もう1人は女性。今は姓を鈴原に変えた、洞木ヒカリであった。
「ははっ!企むとは、人聞きの悪い!」
ジルと呼ばれた男が、軽快に笑った。彼はドイツネルフ改め、ネルフユーロの副司令である。その軽い口調とは裏腹に、どす黒い野望と陰謀を隠し持つ男である事を、トウジとヒカリはこの二年間で思い知らされている。「利があれば使い、無ければ捨てる」を信条にしているこの男が、碌な用事で2人を呼び出したとはとても思えない。
「なぁんも企んでへんならええんやけどな?もう帰ってええか?ワシら、『新型のシンクロテスト』でクタクタなんねんけど?」
「いやいやダメだよ。そのテストが出来る君たちだからこそ呼んだんだよ?まだ来たばかりじゃあないか」
「・・・また私たちを使って何かやろうって事ですか?」
「そんなにピリピリしないでくれたまえよ、ヒカリ君。
「暴走に見せかけて副司令を殺させておいて、よくも・・・!」
ヒカリが怒りに任せてジルに飛びかかろうとするのを、トウジが手で制した。
「落ち着けや、ヒカリ。この男の常套手段やろが。それに、ワシらの家族が人質に取られてる事、忘れたらアカンで」
「でもトウジ!」
「いやぁ!トウジ君は話が早くて助かる!」
パンパンと、ジルが手を叩く。すると部屋の照明が落とされ、ウィーンと音を立ててプロジェクターが一つの映像を映し出す。
「ああ?なんやコレ?」
トウジが怪訝な声を上げる。
「これはねェ、合衆国がネルフJPNに向けて出した宣戦布告文だよ」
「な!?」
「うそ・・・!?」
2人の驚愕を、ジルは実に愉快そうに眺めている。
ジルは話を進めた。
「この文にあるように、合衆国はAEを投入するつもりのようだよ。かの大国が全世界に秘密裏に流した、人類の最終兵器だ。もちろん、我々ネルフユーロもその技術の恩恵に預かっている。だが、この恩恵の対価として、合衆国は我々に対ネルフJPN連合への参加を求めてきている。だから当然、この戦争には我々も参加しなくてはならない」
「そんな・・・、世界大戦を起こすつもりですか!?」
「世界大戦、ではないよ。ヒカリ君。ネルフJPNというテロ組織を潰すための、正義の戦いだ」
「テロ組織やと!?」
トウジとヒカリが、ジルに詰め寄った。
「ジブンら、アルマロスや月の問題の時はミサトさん達に泣きついたくせに、それを仇で返そうっちゅーんか!?」
「おいおい、話の主題はソコじゃないだろう?」
「同じです!ネルフJPNのエヴァが出てくれば、どの道戦火は世界中に広がります!それに、人類を救ったネルフJPNに対してこの対応はあんまりじゃないですか!?」
「さすが『元』アルマロス!人類の滅亡に関しては興味津々なようだねぇ!」
「キサマァ!!」
トウジがジルの胸ぐらを締め上げる。だが、その手は軽く振り払われ、次の瞬間にはトウジは床に叩きつけられた。
「うが・・・!」
「トウジ!!」
「勘違いするんじゃないよ君達。僕が君達を呼んだのは議論するためじゃない。命令を伝えるためだ」
「め、命令やと・・・・・・!?」
「そうだよ、ネルフJPNの元副司令代理、鈴原トウジ。君達2人は改良型EVA・EUROII・ウルトビーズに搭乗し、対ネルフJPN連合のユーロ軍を率いたまえ。元副司令代理なら、ネルフJPNの内部情報に詳しいだろう?やりやすいじゃあないか」
「ふざけんなや!誰がそんな・・・!」
「なら君の妹の指を切り落とす」
「な!?」
「サクラちゃんの!?」
怒りで我を忘れて立ちあがろうとしたトウジの背中を、ジルは思い切り踏みつけた。
「ぐああ!」
「やめて!」
「はあ・・・、君達は何もわかっていない。使徒が現れる前、世界は秩序によって保たれていた。各国が歴史と文化を尊重しあい、国と国が互いに手を取り合っていたんだ。それが、今やただ一つの組織が、技術と軍事力を盾に、全世界の上に立とうとしている。文化や歴史の尊重なんて微塵も考えていない、野蛮人の集団が、だ」
「ミサトさんはそんな事考えてへん!」
「どうでもいいんだよ、あの女がなにを考えてようがいまいが。要は、ネルフJPNは全世界にとって排除すべき邪魔者になったって事だ。目障りなんだよ。だから連合なんてものを作られてしまうし、それに世界中が参加する事になるんだ」
ジルはトウジを踏みつけている足に、更に体重をかけていく。
「うぐぅ・・・」
「だがねぇ、僕はただ連合に参加してネルフJPNを潰してハイおしまい!じゃあ面白くないと思うんだよ。どうせやるなら一番の戦果を上げて、ユーロを次の覇権大国にしたいと思う」
「どうせそんな事だと思ったわ!結局はただの利権争いじゃない!」
「愛国心、といって欲しい。今のは立派な侮辱だぞ?ヒカリ君。詫びとして、君の夫の指を一本頂いていいかい?」
「やめて!」
「君達は大事な大事なネルフユーロのエヴァパイロットだ。逆らわなければ、特に何もしないよ。家族の安全だって保証するし、君達の生活だって面倒を見るさ。逆らわなければ、ね」
足蹴にされたトウジとヒカリは、歯を食いしばって耐えるしかない。家族を人質に取られている以上、目の前の男の言う事を聞くしか生きる道はない。
「・・・・・・良い子だ」
ジルがトウジの背から足を退ける。ヒカリはトウジに駆け寄り、夫を助け起こした。
「まぁ、今日はこんなもんかな。・・・そうそう!実はね、君達に紹介したい人物がいるんだよ!」
「あぁ!?誰やねん!」
「そんなに怒鳴るなよ。怖いじゃないか。・・・入ってきていいよぉ!」
ジルが、部屋の外にいた人物に声をかけた。ドアがガチャリと開き、呼ばれた人物がゆっくりと入ってくる。
「久しぶりだな、トウジ。委員長」
「ケンスケ!?」「相田くん!?」
入室してきたのは、ネルフJPNの防諜部所属であり、2人の同級生でもあった相田ケンスケであった。
「な、なんでお前がこんなとこにおるんや・・・」
「なに。俺も自分の夢を叶えたくてさ」
「夢、やと?」
「俺もエヴァに乗りたいんだ」
「!?」
ケンスケが呆気に取られる2人の前を通り過ぎ、ジルの横に並び立つ。
「今の俺は、トウジ達の同僚だ。よろしく頼むよ、トウジ」
「お前・・・、まさか、そんなくだらん理由でネルフJPNを抜けたっちゅうんか・・・?」
「ああ。エヴァは俺にとって譲れない夢だったからな。ネルフJPNの内部機密を土産にしてでも、俺はエヴァに乗りたかった」
「ケンスケぇ!」
トウジが親友に殴りかかる。だが、防諜部として鍛えていたケンスケは懐から素早く銃を引き抜くと、瞬時に銃口をトウジの額に押し当てた。
「やめろよトウジ。友達だろ?」
「お前のようなヤツは友達やない!」
「やめて、トウジ!・・・相田くん、本気?」
「本気さ。俺はエヴァに乗る。それで、『世界を救う』んだ」
とても正気とは思えないケンスケの答えに、ヒカリは青ざめた。
「・・・・・・それで、碇くんやアスカと戦うことになっても?」
「その2人の名前を出すな!」
ケンスケが持っていた銃を発砲する。床に向かって。
「・・・ヘーイ、ケンスケ。この絨毯、高いんだよ?」
「・・・すみません、副司令」
怒りで一瞬我を忘れたケンスケは、銃を懐にしまった。そして、怒りを宿した目でトウジとヒカリを睨みつける。
「・・・俺は、お前たちと喧嘩するために来たんじゃない。仲良くやろうぜ?困ったことがあれば相談に乗るし、俺も相談させてほしい。そういう関係でいたいんだ、お前たちとは・・・」
「・・・・・・できるワケ、ないやろ。ケンスケ」
「今はそれでいいさ・・・。副司令、俺は部屋に戻っても?」
「かまわないよ?絨毯分の料金は、君の給料から天引きするがかまわないね?」
「ええ、モチロン!では・・・」
ケンスケは、ヒカリとトウジに目を合わせる事なく、部屋を出ていった。
想像できうる限り、最悪の事態だった。家族を人質に取られ、戦争に参加し、人を殺す。しかも相手は、自分達の友人だ。友人達と、生きるか死ぬかの殺し合いをしなくてはならない。加えて、かつての友人であったケンスケが、あろう事かネルフJPNを裏切り、情報を敵に売ったという。それも自分達には到底理解のできない理由によって。
「ま〜ねぇ。混乱するのも無理ないよ」
ジルが手近な椅子に座り、足を組んだ。
「でも、ケンスケ君が我々のところに来たのは本当にありがたかったねぇ。これでネルフJPNに対して、ウチは他国よりも一歩抜きん出た戦い方ができる。何か裏があるかもしれないから、監視は付けてるけどね」
ジルの言葉は、トウジとヒカリの耳には入ってこない。
「ふぅん?そろそろ邪魔だからお引き取り願おうと思ってたんだけど、ひょっとして、自分達で歩けない?しょおがないなあ〜君達は」
ジルは携帯端末を取り出し、自分の部下に連絡を取った。
「おーい、もしも〜し。鈴原夫妻をお連れして?うん。もう用はすんだから。・・・うん!よろしくぅ〜!」
部屋に入ってきた黒服の男たちに、トウジとヒカリは引き摺られていく。
トウジは口の中で、小さく「チクショウ・・・」と呟くしかなかった。
つづく