シン星紀エヴァンゲリオンー神も泣くかもしれない   作:サルオ

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f.割拠

 

 ゴォン、ゴォン、ゴォン・・・・・・・・・

 

 巨大な換気扇が、この場所の空気を静かに、重々しくかき混ぜていく。それ以外の音は全て、大きな換気扇の音にかき消されていく。

 

 どこかの工場なのか、地下路なのか、それすらも分からない薄暗い風景の中、かき混ぜられた空気にはかすかに鉄と油、そして錆の匂いが混ざっていた。

 

 カツ、カツ、という足音がその空間に響く。

 

 今、この場には、2人の人間。

 

 1人は、巨大な換気扇の前でタバコを吹かしている中年の男。ネルフJPN防諜部の責任者である、加持リョウジだった。

 

 それに近づく、もう1人の男性。いや、背格好から判断すれば、まだ大人になりきれていない少年。その顔にも幼さが残っている。ただ、彼の表情は年齢に似つかない程に険しい。

 

 その少年の顔を見た加持が、タバコの煙を吐き出しながらニヤリと笑った。

 

「よぉ」

 

 加持が少年に声をかける。

 

 (このセリフ、懐かしい感じがするな)

 

 そんな感情を張り付けた、にやけ顔で。

 

「やっと来たな。遅いじゃないか・・・・・・」

 

「加持さん・・・」

 

 少年が口を開く。

 

 少年の声は低い。それは彼の喉仏が育ってきている証拠であり、また、彼が何かしらの覚悟を持ってこの場に来た証拠でもある。

 

 鉄と油、そして錆の匂いが鼻をつく。少年の視界がユラユラと揺れた。

 

「この匂い、あんまり嗅いだ事がないか?」

 

 軽く頭を振っている少年を、加持が面白そうに見つめる。

 

「ええ、まあ・・・・・・」

 

「そうか。羨ましいな」

 

 そう言って、加持は再びタバコを口に咥えた。

 

「加持さん・・・」

 

「ん」

 

「夢・・・、見たことありますか?」

 

「うん?」

 

 少年のあまりに唐突で抽象的な質問に、加持は一瞬、呆気に取られた。

 

「・・・・・・そりゃあ、アレかい?寝てる時に見る夢じゃなくて、なんていうか、人生の目標的な意味合いでの夢のことか?」

 

「・・・・・・そうです」

 

「ハハハッ。なかなか青臭い質問だな」

 

加持がタバコの煙をふーっと吐き出す。

 

「だが、そういう青臭いのも嫌いじゃない」

 

「・・・・・・」

 

 少年は、そんな加持の態度に苛立っているのか、さっきからずっと加持を睨みつけたままだ。

 

「・・・・・・もちろん、あるとも。いや、正確にはあった、かな?」

 

「それは、どんな?」

 

「人類補完計画。それを実行しようとする奴ら。その全貌を知りたかった」

 

「知って、どうするんですか?」

 

「そこまでは考えちゃいなかったな」

 

 加持がおかしそうにクククッと笑った。

 

「まぁ、俺の夢は一応叶ったわけだ。それで今は、こんな立場になっている。そういう意味では、今の俺の役職が『知った後にどうするか』っていう事の答えなのかな?」

 

「・・・そうなんですね」

 

 加持の答えを聞き、少年は加持から目を逸らした。その顔には、どこかしら落胆のようなものが漂っている。

 

「気に入らなかったか?」

 

「ええ、まあ・・・・・・」

 

「なら、今度は俺が聞く番だな」

 

「・・・・・・」

 

「お前の夢はなんだ?相田ケンスケ」

 

 少年、相田ケンスケは顔を向けない。ただ、目線だけはギロリと加持を捉えていた。

 

「こんな懐かしい場所に、俺を呼んだんだ。なにか話したいことがあったんだろ?でも俺の予想に反して、お前はよくわからない夢の話をし始めたよな?だったらお前、俺に自分の夢を聞いてほしいんじゃないのか?」

 

「・・・似てるけど、違うってところですね」

 

 ケンスケが加持に向き直る。ケンスケの纏う空気が変わった事で、彼が真剣に何かを伝えたいのだと加持も気付く。

 

「加持さん。エヴァンゲリオンの無い世界って、どう思います?」

 

「・・・・・・」

 

「俺は、トウジや碇たちと並び立ちたい。胸を張って、『俺はアイツらの友達で、仲間なんだ!』って言えるようになりたい。だけど、俺はエヴァには乗れない」

 

「・・・それで?」

 

「最近、思うんですよ。もしエヴァなんてものが最初から無ければ、俺はアイツらの友達でいられたのにな、って」

 

「・・・君たちは立派に『友達』だと俺は思うけどな」

 

「そうじゃないんです。俺の思ってる友達ってのは、もっと、こう・・・!」

 

「物足りないって?それはお前からしたら、っていうただの主観だろ?まぁ、こんな事言っても仕方がないのかもしれないが・・・」

 

「加持さん・・・!」

 

「だが、仮の話。もし、本当にエヴァが無ければ、君たちは出会わなかったかもしれない。そうも考えられるんじゃないか?」

 

「・・・・・・・・・いいえ。エヴァなんか無くったって、俺たちは絶対に出会います」

 

「随分ハッキリと言い切るんだな」

 

「確信してますから」

 

 加持はため息を漏らした。

 

「そうかい。そこまで言い切れるなら大したものだ。・・・・・・で?それでお前はどうしたいんだ?そんな事を言うためにわざわざ俺を呼び出したのか?」

 

「・・・・・・エヴァから碇たちを降ろしてください。それが無理なら、俺をエヴァに乗せてください」

 

 ケンスケの表情、態度は真剣そのもので、とても冗談を言っているようには見えない。

 

 だからこそ、加持は問いただす。

 

「お前、何言ってんだ?」と。

 

「話に脈絡がなさすぎる。シンジ君たちをエヴァから降ろして、どうしようってんだ?」

 

「エヴァを破棄します。そうすれば俺たちは、いや、世界中が幸せになれます」

 

「・・・・・・意味がわからない」

 

 加持がこめかみを押さえる。本気で頭が痛くなってきたようだ。

 

「エヴァを破棄する事はできない。今、世界各国はネルフJPNを危険視している。エヴァンゲリオンという武力があるからこそ簡単には手を出せないが、エヴァを破棄なんてしたら、ネルフJPNはあっという間に解体される。いや、解体だけで済めばいいほうだな。下手すりゃ、葛城やシンジ君たちエヴァパイロットもまとめて国際裁判にかけられて、最悪死刑だってあり得る。そんな事くらい、お前もわかってるだろう?」

 

「わかってます。でも今エヴァを破棄すれば、戦争は起きない可能性が高い。今なら間に合います・・・!」

 

 戦争、という言葉が出てきた事に加持が顔をしかめた。エヴァを所持し続ける事によって戦争が引き起こされるだろう可能性を、少なからず加持も考えていたからだ。

 

しかし、だ。

 

「随分とレベルの高い事を考えているようだが、そんな心配をお前がしてどうなるんだ?エヴァを破棄して戦争が起きなくても、結局裁判で死刑になっちまえば意味がないだろう」

 

「だから、俺をエヴァに乗せてくださいって頼んでるんです!」

 

「はぁ!?」

 

「俺がエヴァに乗れば、碇たちと一緒に戦える!俺が、アイツらを守ってやれるんです!」

 

「・・・・・・大した自信だな。それだけの実力がお前にあるとは思えないが」

 

「なんでみんな俺をエヴァに乗せてくれないんだよ!!」

 

 今にも地団駄を踏み出しそうなケンスケを目の当たりにし、加持は大きなため息を吐いてタバコを投げ捨てた。

 

「それがお前の本音か」

 

 捨てたタバコを踏み躙り、火を消す。

 

「ガキか、お前は・・・」

 

「違うッ!そんな簡単な話じゃないんだ!俺は、トウジや碇たちを危険に晒したくないんだよ!」

 

「わかったわかった」

 

「加持さん!!」

 

 この場を立ち去ろうとする加持を、ケンスケは必死で呼び止めた。

 

「お前のやりたい事は、ただの自己満足でしかない。自分が友達に並び立てないから、じゃあ友達に自分のとこまで降りてきてもらおうって、そういう事だろ?」

 

「違う!違います!!」

 

「俺にはそうとしか聞こえなかったよ」

 

 加持はその場を立ち去ろうとし、ふと、振り返ってケンスケに言った。

 

「なぁ、相田。お前のやってる仕事は、シンジ君たちの役目よりも価値がない事なのか?そうじゃないだろ?目立ってないだけで、俺は、お前は十分にシンジ君たちと並び立ててると思うぞ?」

 

 加持が踵を返す。

 

「俺には理解できないが、お前がお前なりに友達を心配している事はわかった。だが、少し冷静になれ」

 

 そう言い残すと、今度こそ加持はその場を後にした。

 

 ゴォン、ゴォン、という、巨大な換気扇が空気をかき混ぜる音だけが響く。

 

「・・・・・・なんでだよ」

 

 1人取り残されたケンスケが、本来であれば右腕が通っているハズの、服の右袖をきつく握りしめる。

 

 どれだけ握りしめても、失った腕は戻ってこない。

 

 ケンスケの視界が何重にも重なる。

 

 聞こえるはずのない言葉が、ケンスケの耳をぐわんぐわんと鳴らす。

 

 見たことの無い、悪夢のような光景が目の前に広がる。目を覆いたくなるような恐怖が突き付けられる。ケンスケはその景色を拒絶し、強く目を瞑った。

 

「俺は!世界を救いたいだけなのにッ!!」

 

 周りの風景がグニャリと歪み始める。

 

 嘲笑うような笑い声が、ケンスケの体に纏わりつく。

 

 悍ましい何かの腕が、地面から足を伝って這い上がってくるのがわかる。

 

「クソがぁぁぁああああああっ!!!!」

 

 ケンスケの叫びと共に、世界は闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ちっ」

 

 舌打ちと共に、ケンスケは目を覚ました。

 

 ゴォォォッという機械の駆動音が聞こえる。ケンスケはネルフユーロ軍の輸送機、その中に備え付けてある簡易ベッドの上に寝転がっていた。

 

「また、あの夢かよ・・・・・・」

 

 うめきながら、体を起こす。

 

「相田特務曹長殿。大丈夫ですか?」

 

 隣のベッドに寝転んでいた同僚が、心配そうに声をかけてきた。

 

「随分と、うなされていたようですが・・・・・・」

 

「なんでもない。ただの夢だ」

 

 ケンスケは左手を振ってその話題を終わらせると、備え付けられた窓から外を眺めた。

 

 輸送機の下には、オレンジ色に染まった雲の海が広がっている。夕陽なのか朝陽なのかわからないが、雲の海の水平線から太陽が顔を覗かせていた。雄大な光景ではあるが、これでは、今自分がどこにいるのかもわからない。

 

「あと、どのくらいだ?」

 

「たぶん、3時間くらいか、と・・・・・・」

 

「そうか」

 

 同僚に現在地を確認したケンスケが、再び窓の外に目を向ける。

 

「・・・・・・ユーロに着く頃には、始まってるだろうなぁ」

 

 ケンスケは何気なく呟いた。

 

「足りない・・・・・・」

 

 ベッドに倒れ込みながら、さらに一言。

 

「もっと、力が欲しい・・・・・・・・・」

 

 力無く、呟いた。

 

 

 

[newpage]

──────

 

 

 

『世の中というのは、ホントぉ〜〜〜っに便利になったものですねェ!わざわざ集まらなくても、お互いの顔を確認しながら会議が出来るなんて!』

 

『御託はいい。さっさと本題に入らせてもらおうか』

 

『ふふふふ、殿方はせっかちでいらっしゃいますのね。仮にもUSAの代表としてその席に座るなら、もっと落ち着きを見せた方がよろしいんじゃなくて?』

 

『我々には時間がない。あと6時間もすれば作戦は開始される。その短い時間の中で、この会議は本来であれば不要だったものだ。なるべく早く終わらせたい』

 

 2020年12月3日。時刻は12時27分。

 

 場所は内閣総理大臣官邸。そのレセプションホールにて、対ネルフJPN連合の各国代表が一堂に会した。もっとも、リモートシステムを利用するディスプレイ上の、簡易かつ間接的な会議であったが。

 

『まぁまぁ、少しくらいいいじゃないですかァ!せっかく、この国のトップが場所を提供してくれたのですから。飾り気のない、面白味もない部屋ではありますがねェ』

 

『日本人の奥ゆかしさ、とでもいうのかしらね?それにしても、国の頂点に立つお方までもこれほどの奥ゆかしさとは・・・。官邸というからには、もっとこう、煌びやかに、相手に威圧を与えるような華々しいお部屋にされた方がよろしいか、と』

 

 ネルフASIAの若き代表者、王・紅花(オウ・ホンファ)が妖艶な笑みを向ける。向けられた先に座るのは、日本国のトップ、小岸内閣総理大臣であった。

 

(好き勝手しおって・・・・・・!)

 

 小岸は向けられた笑みに対して、普段通りの曖昧な笑みを返したが、その腹の虫は治らない。何しろ『国際的テロ組織ネルフJPNの殲滅』という名目で、大手を振って全世界から軍隊を国内に派兵されているのだ。

 

 一応の建前として、「日本とネルフJPNの関係は白紙に戻した」との声明を全世界に発信はしたが、だからといって派兵を取り止めるような連中では無い。ほんの数時間前、日本の国土は米軍、ユーロ軍、そしてアジアの連合軍によって蹂躙されたのだ。挙げ句の果てに「身の潔白を証明してほしい」と厚顔無恥にも程がある要求をしてきており、それを跳ね返せなかった日本政府は結果として、この総理大臣官邸の一室を貸し出さざるを得なくなった。招待もしていない他国の要人が、我が物顔で官邸内で好き勝手に談笑する。小岸総理にとっては屈辱の極みであろう。

 

 だが、それを表に出してしまうようでは政治屋などやっていられない。彼は朗らかな声で会議の参加者に提案した。

 

「よろしければ、私が司会進行など務めましょうか?」

 

『Non』

 

『No thanks』

 

『它在路上』

 

 即座に三者三様の断りを返された。小岸総理の額に青筋が浮かぶ。

 

『場所だけ貸してもらえれば十分でス。というか、貴方が我々の会議に参加する理由は無いですから』

 

「は・・・?ですが・・・・・・」

 

『ジル副司令?それでは流石に総理が可哀想ではなくて?声くらい聞かせてあげましょうよ』

 

『では、この部屋にいる必要はないな。総理にはご退出願おう』

 

「ちょっと待って頂きたい!」

 

 政治屋とて声を荒げる事はある。彼らの会話はそのまま日本のトップへの侮辱発言だ。流石に黙っているわけにはいかない。国のトップがナメられれば、日本という国そのものが世界からナメられる。ここは怒りを露わにしても許される場面だ。

 

 しかし残念ながら、この3人と小岸総理の立場は、全く対等ではないのだ。

 

『うるさいのは嫌いよ』

 

 紅花が画面越しに威圧をかける。

 

『残念ながら貴方に発言権はない』

 

 紅花に続いて、ネルフUSA代表のマキシマス大佐が口を開く。

 

『国際的テロ組織を匿っていた政府の発言など、なんの興味もありませェ〜ん』

 

「貴様ら!」

 

 続くジルの言葉を聞いた瞬間に、総理の堪忍袋の尾が切れた。椅子を蹴り飛ばして小岸総理が立ち上がる。

 

その総理の胸に、いつの間にか銃口が突きつけられていた。この場にいる各国の護衛たちが、総理が立ち上がると同時に銃を抜いたのだ。

 

「馬鹿な!正気か!?警備は何をやっていた!危険物を持ち込ませるなど言語道断!」

 

『ディスプレイ越しの護衛とはいえ、彼らには自分の身を守る権利が与えられている。当然の反応だろう』

 

「それはアメリカの武装権の話だろう!ここは日本だぞ!?」

 

『本当に、何もわかってらっしゃらないのねぇ?』

 

 画面の向こう、紅花がため息を吐きながら笑みを向ける。

 

『テロ組織から自国も守れず、我々に縋るしかなかった国の代表は、黙って私たちの言うことに従っていればいいの。それだけのことよ?御理解頂けたかしら?』

 

「ふざけるな!テロ組織認定は貴様らが言い出した事だろうが!ネルフJPNにあれだけ頼っておいて何を今さら・・・・・・!」

 

『ハイッ!言質を取りましたよォ!今の、録音してたよね?すぐにその男を捕縛しちゃって!』

 

「なに!?ば、バカな!やめろ!離せぇ!」

 

 各国の護衛たちが次々に小岸総理に群がり、あっという間に彼を拘束する。総理も懸命に抗うが多勢に無勢。もがく事しかできない。

 

『国のトップがテロ組織を擁護とは・・・。つくづく救えんな』

 

「貴様ら、正気か!?戦争を起こすつもりか!?我が国の戦略自衛隊を持ってすれば・・・」

 

『ハッハァ!今度は脅しとは!ホント、ど〜しよ〜もないですねェ。いいですか〜?私たちはそんな脅しには屈しません!』

 

「な、なんだと・・・・・・?」

 

『脅しというのはですねェ、対等の暴力を持っていて初めて成立するんですよ。今さら戦自ごときが出てきて、なんになると言うのです?むしろウェルカムですよ、コチラとしては!』

 

『うむ。悲しい事ではあるが、国際平和のためには犠牲も必要だ。腐った国の腐った頭をすげ替えるには、ちょうどいいかもしれん』

 

『そういうコト。可哀想に・・・。この国の民たちはさぞや苦しい思いをしていたでしょうね。わたし達が全力で救ってあげなくては♪』

 

 総理の顔から血の気が失せ、みるみるうちに青ざめていく。彼らの論法は侵略者のソレだ。適当な、しかし世界を納得させるに十分な大義名分をでっち上げ、堂々と日本を侵略しに来たのだ。3ヶ月も前に報道されたネルフJPNのテロ組織認定のニュースは、そのための布石。自分達の軍を、日本国内に無傷で送り込むための布石であった。

 

 だが、国を預かる総理の立場としては、ネルフJPNのテロ組織認定を受け入れざるを得なかったのもまた事実。否定すれば、日本は世界から孤立する。そうすれば、各国は『テロ組織を匿う日本政府から日本国民を救うため』という馬鹿げた論法によって、大手を振って侵略してきただろう。受け入れても、否定しても、どっちにしろ日本には侵攻できる。戦略自衛隊との戦闘を前提に動くか、または軍を無傷で送り込めるか。対ネルフJPN連合にとっては、たったそれだけの違いでしかなかった。

 

 ネルフJPNがテロ組織認定を受け、世界中が裏で結託し、それを受け入れていた時点で、初めから日本は詰んでいたのだ。

 

「・・・・・・くそ」

 

 総理は小さく口の中で呟くと、自分を取り押さえている護衛達に向けて言った。

 

「離してくれ。自分の足で歩ける。皆さんの言う通り、私は退出しよう」

 

『思ったよりも物分かりがいいな』

 

 ネルフUSAのマキシマスが意外そうに応えた。

 

『もっと激しく抵抗してくれた方が、我々としてもやりやすかったのだが・・・。そこまで馬鹿ではなかったか』

 

「残念ながら、な。だが、可能であれば、私も同席させて頂きたい。我が国の今後に関わる重要な会議なのだ。ならば私が同席しないというのも、それはそれで国民に顔向けできん・・・」

 

『もう向ける顔なンてないでショ?』

 

「だとしても、だ。無理ならば構わない。私は部屋を出ていこう」

 

『そう?では出て行っていただこうかしらね』

 

「・・・・・・・・・そうか。わかった。従おう」

 

 総理を拘束していた護衛たちが、総理から離れる。小岸総理は自分の足で立ち上がると、乱れたスーツの皺を伸ばして整え、毅然とした足取りでレセプションルームを後にした。

 

 

 

『・・・・・・フムん。つまらないですねェ』

 

 総理が出ていった後、ネルフユーロの副司令ジルは姿勢を崩して言った。

 

『どうせ、この後でわたし達と交渉でもするつもりなんでしょ?閣僚でも呼び集めて、緊急会議でも開くんじゃないの?』

 

 それを見たネルフASIAの紅花が、悪戯心を前面に出してジルを見やる。それに同調する様に、ネルフUSA代表のマキシマスも椅子に深く体重を預け、会話の主導を握るジルの様子を見ながら注意深く発言した。

 

『くだらんな。そんな段階はとうに過ぎているというのに』

 

『その通りでス!日本という国は、今や名前しか残っていない敗残国になったわけでしテ。あとは我々が、この領土をどのように切り分けるか。それだけの問題です』

 

 ジルの発言を起点として、他のネルフの代表者はその顔を引き締める。これこそが、旧ネルフの残党であり、現座進行形で日本を侵略している彼らの目的でもあるのだから。

 

『そうだな。ネルフユーロの代表である貴君がその様に言われるなれば、我々も心置きなく本題に入れるというもの』

 

『とは言え、アナタのところの相田ケンスケ、ですか?彼の独断専行には目に余るものがありましてよ?』

 

『おぉっと!とは言え、彼の指示に従い、レールガンを発射した米軍には、ケンスケを責める権利はないように思ってるのデスが・・・?』

 

『戦場の局面は刻一刻と変わる。現場の判断を責めるようでは、上に立つ者としての器量が問われるというもの』

 

『ですわね』

 

『これは手厳シイ!・・・ですガ、最初に説明したように、ケンスケのAE(オルタナティブ・エヴァ)が光学迷彩を用いて敵を撹乱する作戦には、みなさん同意頂けましたよネ?』

 

『撹乱どころか制圧直前まで行ってたじゃない。挙句、ウルトビーズまで前線に出すなんて聞いてなくってよ?』

 

『ユーロにはもっと手綱を引いてもらいたいものだな』

 

『・・・・・・まあ、善処しまショウ』

 

 これ以上、この話題を長引かせても得はない。ただの水掛け論で終わるような話だ。互いに「我々は同列である」というパフォーマンスをしただけ。もっとも、彼ら3人の中に本当に『同列』などと思っている人間は、1人もいないが。

 

 それを理解しているジルが、この場を収める。本題はこの先にあるのだ。

 

『さて・・・』

 

 ネルフUSAのマキシマスが口火を切る。

 

『日本の領土だが、日本はもともとセカンドインパクト以前、我ら米国と同盟関係にあった。在日米軍も存在していた実例もある事から、統治という意味では我々こそが適任だと思うのだが?』

 

『あら?太平洋を跨いでる遠い異国の地が、そんなに大事?我々ASIAの方が近いし、何かあったときの対処はわたし達の方がやりやすくてよ?』

 

『USAはASIAの侵攻を恐れてるのですヨね?日本という防波堤は喉から手が出るほどほしいのでショウ』

 

『くだらんな。最低品質で数だけしか取り柄のないASIAのAEの、何を恐れる必要がある?』

 

『なら、わたし達に譲ってくださいな』

 

『イヤイヤ、ユーロを無視して話を進めないでもらいたいデスねェ。僕らだって日本は欲しいんですよ?仲間外れはヒドイじゃあないですか?』

 

『太平洋どころかASIAにもUSAにも阻まれてるユーロが、そんな土地を持ってどうする。持て余すだけだろうが』

 

『いやぁ、色々とやりたいコトはあるンデスよ?』

 

『それは例えば、中継基地として、かしらね』

 

 牽制。大国の代表同士が、どうにかパワーバランスを崩そうと牽制し合う。日本という島国は太平洋への玄関口であり、その土地を手にするという事は地政学的にも大きな意味を持つ。故に、支配者不在となった日本は、各国からしてみれば喉から手が出るほどの宝そのもの。

 

 もちろん、こんな話し合いで決着がつくなど、この場の3人は考えていない。また、連合同士で切り分けて統治するなんて選択肢もない。日本を得るなら一部ではなく全部だ。全くの異文化圏、および思想の異なる人間同士が同じ土地に住んだとしても、メリットよりも住人同士の衝突というデメリットの方が遥かに大きい。

 

 だから、彼らの牽制の着地点は別にある。

 

 つまり。

 

『まあ、この場で話しても埒があかないわよね?』

 

『だろうな。どの道、まずはネルフJPNを潰すほうが先だろう』

 

『同感デス。・・・・・・が、もっとハッキリ言ったらどうでス?「そこから先は早い者勝ちだ」と、ねェ・・・』

 

 ジルの言葉に、残りの2人もニヤリと笑みを浮かべた。

 

『アナタから言ってくれるんだ?』

 

『話が早くて助かる』

 

『デショ?もっと本音で語り合いましょーヨ。僕たちは一応、連合なんですから』

 

『わたし達って気が合うわよね。良い友達になれそう。どう?今度プライベートでディナーでも。満漢全席って興味ないかしら?』

 

『ミス紅花のお誘いは大変魅力的デス!是非とも一度、集まりたいものデスねェ!』

 

『まあ、一度だけになるだろうがな』

 

 彼らの最終目標。それは、ネルフJPNの壊滅の、その先にある。

 

 この星の勢力図の塗り替え。新たな星の支配国となる、覇権争いそのものだ。ネルフJPNなど、ただの通過点でしかない。

 

 今日のところは、その意志の確認。そしてこの後に迫る、ネルフLUNAの殲滅作戦の最終確認。それだけでいいのだ。

 

『では、後は手はず通りに。我らUSAのシャトル部隊が先陣を切る。問題ないな?』

 

『お願いシマス。我々ユーロはその後になるデショーね。ケンスケが先走った分、お譲りしますヨ』

 

『後詰はわたし達ASIAね。マキシマス大佐の言うとおり、数だけなら何処の誰にも負けませんわ。我々の包囲からは蟻一匹、逃さないと約束しましょう』

 

 3人の代表が静かに頷き合う。

 

『では、そのように』

 

『人類にとって初めての宇宙戦争ね!わたし、なんだかワクワクしちゃうわぁ!』

 

『いやァ、僕もデス!それじゃあ、お楽しみもあるわけデスし、会議はこんなところで。また後でお会いしましょウ!』

 

 

 

 こうして、連合の会議は幕を閉じる。3人が3人とも、通信を切ろうとした時だった。

 

 

 

『ト・コ・ロ・デ・・・・・・』

 

 

 

 ジルがニヤリと笑みを浮かべた。

 

『我々3人の兵たち。誰の兵が1番質がいいか、気になりませン?』

 

 その言葉を聞いたマキシマス、紅花も、同様にニヤリと笑みを浮かべた。

 

『ホント、気が合うんだから!!』

 

『ふふ、ここまで意思疎通ができているとなると、我々は本当に良き友人になれそうだな』

 

『あっはァ!ヨカッタ!じゃあ、合図は我々が退出したと同時に、でいいデスカ?』

 

『もちろん』

 

『異論なし』

 

『それでは、改めて後ほど。結果発表も含めて、楽しみデスねェ・・・』

 

 

 

 ジル、マキシマス、紅花が通信を切る。

 

 

 

 同時に、その場にいた各国の護衛全員が、一斉に銃を抜いた。

 

 

 

 総理大臣官邸に、銃声が響き渡る。

 

 殺し合いを始めた護衛たちの血が、レセプションルームの床を汚した。

 

 

 

 日本の長い歴史において、第二次世界大戦以降で官邸内に血が流れたのは、これが初めての事であった。

 

 

 

つづく

 

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