シン星紀エヴァンゲリオンー神も泣くかもしれない   作:サルオ

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j.月の代行者(前編)

 

 12月1日の早朝。アメリカ東部フロリダ州では、朝から雪がちらつき始めていた。

 

 フロリダ州は、暑ければ冬でも半袖で過ごすことが可能な地域であったが、ここ数年はこの様な異常気象に見舞われる事が少なくない。

 こういった気候の変動が特に見られるようになったのは、新しい月が夜空に浮かぶようになってから。それ以降、季節ごとの寒暖差が年々激しくなっているように思える。この珍しい降雪も、きっとその影響だろう。

 「なに、大した寒さではない」とか、「今年はホワイトクリスマスになるかもな」だとか、「裸で眠る恋人(アルフィー)が風邪を引かないだろうか」といった他愛もないことを考えながら、ネルフUSAの軍人であるリアム・アンダーソンは、自宅のリビングで朝のコーヒーを啜っていた。

 

 いつも通りの朝の、無意識レベルで行われるルーティン。しかしリアムにとっての今日は、歴史に残るであろう重大な作戦遂行のため、地球を離れる記念すべき朝。

 そんな早朝に彼を訪ねてきた人物がいた。ネルフUSA代表のマキシマス大佐である。

 

「日本には『餅は餅屋』という言葉があるそうだ。知っているかね?」

 

 来客をもてなし、ダイニングテーブルで向かい合って座るマキシマス大佐とリアム。家主から出されたコーヒーを啜り人心地着いたところで、マキシマス大佐がそう切り出した。

 

「モチ・・・?モチ、とは何でしょうか、大佐?」

 

「ん?リリ。君、もしかして知らないのか?餅を?」

 

「は・・・、申し訳ありません」

 

「そんなにかしこまるなよ、リリ。大したことじゃない。餅とは、日本の米をこねて作る、まあ、一種のパンみたいなものでな。時間が経つと固くなるんでそのままでは食べにくいが、焼いたり、スープに入れて食べる事もあれば、甘いソースをかけて食することもあるらしい。まあ、日本独特の保存食だと思えばいいさ」

 

「そうなのですね。勉強になります。大佐」

 

 言葉の節々に感じられる軍人気質ゆえの生真面目さ、または堅苦しさか。プライベート空間においても日頃と変わりのない部下の対応に、マキシマスは苦笑しながらも続ける。

 

「いや本当、そんな事は重要じゃないんだ。パンはパン屋、ケーキはケーキ屋、と言い換えたっていい。重要なことは、だ。この言葉が何を指し示しているのか、という事なんだよ」

 

「何を示しているか、ですか?」

 

「日本人は特にこういった分かりづらい、回りくどい表現が好きらしくてね。要するに『手に負えない事は専門家に任せろ』と言いたいらしい」

 

「はあ・・・」

 

 目の前の大佐が何を言いたいのか。それをいまいち掴み取れず、リアムは気まずそうに冷めかけたコーヒーに口を付ける。

 

「・・・よし、もっとシンプルに行こうか。リリ。君は、MAGIの欠点はなんだと思うね?」

 

 MAGI。

 

 それはネルフの天才科学者であった赤木ナオコ博士。彼女が生み出した人格移植型OS搭載のスーパーコンピュータシステム。そのコピーは世界各国で運用され、もちろんネルフUSAでも用いていた。

 そんな天才科学者の生み出したスーパーコンピュータの欠点とは一体なんだろうか。

 

「自分には分かりかねます、大佐」

 

「・・・すまない。どうもいかんな。こういった話を上手く進めようとするのに、私はめっぽう不向きらしい。かのスーパーコンピュータの欠点を探せと言われたら、誰だって混乱するだろうにな」

 

 マキシマスが苦笑混じりに頬を掻く。

 実力主義でエリート街道を爆進中の男が、プライベートな時間であればこんな面も覗かせるのかと思うと、リアムの緊張もいくらかほぐれる。

 

「リリ。私が聞きたいのは、だ。こと戦争においてMAGIは役に立つのかどうか、という点なのだよ」

 

「戦争に?」

 

「ああ。君はどう考える?」

 

 こういう聞き方をマキシマスがするとき、大抵がマキシマスの中には確固たる答えが存在していることを、リアムは長い付き合いの中で経験則として理解している。そして、それを当てようが外そうが、マキシマスは嬉々として対応してくれるだろう事も。

 もっとも「それだけフランクな付き合いができるような間柄であれば」という注釈はつくのだが、今の場においてはマキシマスの方から距離を詰めてきているので、リアムはその条件を既にクリアしていると言っていいだろう。

 

「・・・赤木ナオコ博士は天才でした」

 

 コーヒーを飲み干した後に訪れた口の中の渇きを唾で湿らせつつ、リアムは自分のまとまりきらない考えを、口に出しながら喋ることでまとめてみようと試みた。

 

「自分の性格を3つに分けて、その3つのコンピュータの合議制によって物事を判断する、と聞いた事があります。そういった点では、作戦立案に対しては有用なのではないでしょうか?実際、日本のネルフも使徒殲滅にはMAGIの考えを重視していた、と聞きます」

 

「ふむ・・・?」

 

 この反応。リアムはすぐに気付いた。この答えは間違っている。少なくとも大佐の望む答えではない、と。であるならば、切り口を変える必要がある。

 

「・・・ですが、それは対使徒にとっての考えであって、対人、もしくは対軍の考えに合わせられるのか。その点は微妙だと自分は感じております」

 

「ふむ・・・。まあ、悪くない答えだな」

 

 マキシマスもまたコーヒーを口に運んだ。

 

「しかし、アレだな。リリ。相手の反応を見ながら答えを変えるのは、あまり感心せんな。君の中の確固たる意見を私は聞きたかったのだが・・・」

 

「大佐。私は科学やシステムがどれだけ発展しようと、使えないものには興味を示さない性格です。MAGIの運用は、軍の運用のサポートとしては有用であると私は考えております。つまり、使えるでしょう。ですが戦争という特殊な環境下において、一つの指示、一瞬の判断が命取りになるような場面でMAGIがその有用性を発揮できるのかはわかりません。それゆえに『微妙』と申し上げております」

 

「いいじゃないか。完璧だよ。その言葉が聞きたかったんだ」

 

 コーヒーカップをテーブルに戻しながらマキシマスは嬉しそうに頷いた。

 

「その言葉を聞けたところでさっきの話、ああ、餅は餅屋という話に戻るんだが、赤木ナオコ博士は軍人か?」

 

「いえ。優れた科学者でしょう」

 

「そうだな。では優れた科学者が、戦争、戦略に対して、優れた意見具申をできるものだろうか?彼女の人格を3つに分けたとして、果たしてそれが可能だろうか?」

 

「科学者としての人格、女性としての人格、母親としての人格。色々な面を見せるでしょうが、彼女が戦争に携わったことのない人間ならば、それは専門外と言えるのではないでしょうか?」

 

「素晴らしい。その通りだよ」

 

 マキシマスはゆったりと椅子の背もたれに体重を預けた。どうやらリアムの期待通りの答えに満足したようだ。

 

「赤木ナオコは餅屋ではない。だが、ネルフJPNはその戦略の大半をMAGIの判断に頼ってきた経緯がある。あの小賢しい女狐(葛城ミサト)が、一応は作戦課長という名前で立案していたのをMAGIが補強する、という形でだ。だが私は、葛城ミサトがそこまで優れた軍略家だとはとても思えない。彼女の視野は狭い。せいぜいが現場の尉官どまりだ。軍を率いた経験などほぼ0だろう」

 

 その言葉に、リアムも素直に頷いた。

 

「奴らはエヴァンゲリオンという超強力な兵器を持っただけの、烏合の衆にすぎん。それを踏まえた上で・・・」

 

「ネルフJPNを殲滅し、エヴァンゲリオンを奪い去る、ですか?」

 

「違うよ、リリ。全て破壊してほしいんだ。君の恋人が素晴らしい発明をしてくれたお陰で、あんな選ばれた者しか扱えないような兵器に頼る必要は無くなった。それを、全世界にアピールしてきてほしい。それは君にしかできない事だ」

 

 そこまでマキシマスが話したところで、寝室の方から物音がした。それに気付いたマキシマスが苦笑する。

 

「あんまり朝から長話するものではないな・・・。君の恋人との時間をジャマするのも礼儀に反するというものだ」

 

 そう言ってマキシマスは立ち上がると、机に置いてあった自分の軍帽を取って頭に乗せた。

 

「戦場においては君の判断に一任する。だが十中八九、君は感じることだろう。『どんなど素人が指揮をとっているのか』とね」

 

「油断は禁物です。大佐」

 

「するもんかね、君が。だが、もし感じたなら遠慮はするな。鴨だと思って縊り殺してやれ」

 

 マキシマス大佐はそのまま玄関のドアを開けると、雪の降る中を毅然とした態度で去っていった。最後に「期待している」という言葉を残して。

 

 

 

──────

 

 

 

『本当に、大佐の仰ったとおりだった・・・』

 

 ネルフLUNAを取り巻く隕石群と、その隕石群ごとネルフLUNAを覆い尽くすATフィールド。その狭間に、宇宙の闇を体現した様な青黒い巨大なシャトルが姿を現した。

 

『防衛のための兵力が無い。軍事施設としての強度が無い。あるのは射線変更の効かない欠陥品のようなレーザー砲と、原始時代のような石礫の壁だけ。鴨ですら自分の命を守るために「翼」を持っているというのに、逃亡手段すら持たないとは・・・。鴨打ちのほうがまだ手こずらせてくれるだろうよ』

 

 ネルフUSAの最終兵器『メタトロン』が、ゆったりとその身を無重力の海に漂わせている。その翼に取り付けられていた小型のミサイルが、ネルフLUNAの隕石群を破壊してデブリの雨を降らせた要因のようだ。

 しかし、リアムにとってちょっとだけ、ほんのちょっとだけ予想外のことが起きた。

 

『まだ浅い、か』

 

 ネルフLUNAのATフィールドが、解けていない。隕石群は確かにネルフLUNAの中心軸(ハブ)に降り注ぎ、損傷を与えていた。だというのに、ネルフLUNAの機能は損なわれておらず、いまだ健在だ。

 もっとも、だからどうした、という話なのだが。

 

『弾薬はいくらでも、ある。宇宙の塵となるまで、叩き込めばいいだけの事』

 

 巨大なシャトルがミサイルの射線を変更するため、その身を揺らす。

 

『・・・ちっ』

 

 次なる攻撃の準備を整えていたメタトロン内部で、リアムが小さく舌を打った。シャトルに取り付けられたモニターが敵機の姿を捉え、警告を発したからだ。

 

『エヴァンゲリオン零号機か』

 

 山吹色の彗星がその光を徐々に大きくしている。それは、彗星がこちらに猛スピードで、一直線に近付いてくる証拠。

 

『よくも、カトルを・・・!』

 

 オープンチャンネルを通して、鬼気迫るトロワの声がリアムに届けられた。

 もっとも、それがどうした、というリアムの心境は少しも揺るがない。

 

『変わらないんだよ、結局。お前が来ようが来まいが、早いか遅いかだけの違いでしかないんだ』

 

『はああああッ!』

 

 トロワの怒りと共に、0・0エヴァ改が右手のガンマ線レーザー砲の引き金を引く。放たれた光線が、エヴァの何倍もある巨大シャトルを撃ち抜く瞬間であった。

 

『!?』

 

 超重量であるはずの巨大シャトルの姿が、消えた。

 

 

 

 

 ネルフLUNA司令室のオペレーター達は、不意に受けた攻撃の被害状況を探るため、各設備からの報告を集めるのに必死だった。それは碇ゲンドウや葛城ミサトも例外ではなかった。

 だから、綾波レイ・トロワが持ち場を離れた瞬間を、オペレーター達の誰も確認できていなかった。

 

「なッ!?トロワ!?」

 

 最初に声を上げたのはゲンドウだった。その驚きの声にミサトもモニターに振り返る。

 

「・・・嘘。なによ、あの機体」

 

 思わず、といったふうにミサトの口を突いて出た言葉。それはあり得ざる戦況に対しての、ミサトの心境そのものだった。

 

 画面の向こう、0・0エヴァ改がタコ殴りにされていたのだ。それも、エヴァンゲリオンの何倍も大きな、青黒い人型の兵器によって。

 

「あれ!葛城司令!あれはAEです!最前線にいた、あの青黒いシャトルッ!」

 

 敵の正体を一番に見破ったのは伊吹マヤであった。そして、その指摘は正解だった。AEの変形機能。恐らくシャトル型から人型へと姿を変えたリアム・アンダーソンの機体、『メタトロン』だ。

 

 だが、だからどうした?という想いが、モニターを凝視するオペレーター達の胸中に渦巻く。それほどまでに、敵機AEと0・0エヴァ改の戦闘力は乖離しすぎていた。

 

「『喜望峰』、および0・0'エヴァとの通信回復!」

 

『う、うぐぅぅ・・・・・・』

 

 青葉の報告と共に、通信にカトルの苦鳴が響く。

 

「カトル!良かった、無事!?」

 

『そんな、訳ないでしょう・・・。デブリのいくつかが港を貫いて、エントリープラグも傷を負ってるわ。ついでに、ネルフLUNAのダメージがこっちに跳ね返ってきていて、最悪よ・・・』

 

「それだけ憎まれ口叩ければ十分!ATフィールドの継続は可能!?」

 

『ちょっとはこっちの苦労も知りなさいよ・・・。まあ、なんとかするわ・・・』

 

 息も絶え絶えに、カトルは何とか応答している状態だ。彼女の報告によれば、「喜望峰」を含めてメインケージにはいくつかの損傷があるようだ。その損傷部分から酸素が漏れ出しているだろうことは容易に想像できる。

 

「現場の作業スタッフに損傷部の修理を急がせて!」

「了解!」

 

『葛城、総司令・・・?うちの、あのバカ姉は?何してたの?』

 

 カトルの質問。絶対に、何度でも守るとそうトロワが誓った直後の襲撃。カトルからすれば「結局口だけなのね」と落胆したくもなるだろう。

 ミサトはカトルに正直に伝えた。

 

「トロワなら、貴方がやられたんじゃないかってスゴい顔で敵の撃墜に向かったわよ。そんなに責めないであげて」

 

『責める?はっ。責めたってどうしようもないでしょ?それで、バカ姉は敵機を撃墜できたの?』

 

「それは・・・・・・」

 

 思わず、ミサトは口篭ってしまった。それだけで、カトルは事態を大まかに把握できてしまう。

 

『チッ、逃げればいいのに余計な事を・・・』

 

「ATフィールド内に敵が侵入している以上、トロワの判断は正しかったわ。今は彼女に何としても敵の足止めをしてもらわないと・・・」

 

「0・0エヴァ改、エネルギー充填不足!内部電源に切り替わります!」

 

 ミサトの言葉を遮るように上がってきた、トロワの危機的状況を知らせる報告。それにカトルは思わず噛みついた。

 

『すぐに下がらせてッ!』

 

「ダメよ!ここでトロワが引いたら・・・」

 

『私が死ぬだけでしょ!?そんなことよりトロワを・・・!』

 

「貴方が死んだらネルフのみんなが死ぬのよ!?今はATフィールドを張り続けることだけ考えてッ!!」

 

『・・・やるわよ!やってやるわよ!!でもトロワを死なせたら、私はATフィールドを解くから!絶対に守り切って!』

 

 ブツっと、カトルから通信が一方的に切られた。ミサトは歯痒い気持ちを抑えながら、再びメインモニターに目を向ける。

 

(お願い。シンちゃん、シス、アスカ。間に合って・・・)

 

 モニターに映し出される、翻弄される0・0エヴァ改の姿を目に焼き付けながら、ミサトは子供達に祈るように両手を握りしめていた。

 

 

 

 

 トロワの目の前から巨大シャトルが消えると同時、トロワは自分の背後に巨大なプレッシャーを感じた。

 

(うしろ・・・・・・ッ!?)

 

 振り返ろうとした0・0エヴァ改の後頭部が、何か重たいもので殴られる。その衝撃はトロワの脳も揺らし、軽い脳震盪を起こさせた。

 

「が・・・・・・っ」

 

 それでも、いや、それだけではトロワの戦意を削ぎ落とすことはできない。殴られながらも、守るべき妹を傷付けられた怒りに身を震わせる0・0エヴァ改は、背後に向けてガンマ線レーザー砲を構えた。

 その砲身が、巨大な手によって掴まれる。

 

「え・・・?」

 

 トロワの目が、目の前の機体を捉えた。エヴァンゲリオンの数倍はあろうかという巨体。かつて対峙したアルマロスのサイズを遥かに超える巨人。その右手が、エヴァの半身ほどはあろうかというガンマ線レーザー砲の砲身を、まるで箸でも握るかのように掴んでいた。

 

「こ、これは・・・っ!?」

 

『メタトロン、と呼んでくれたまえ。私の恋人がプレゼントしてくれた、人類最強のオルタナティブ・エヴァンゲリオンだよ』

 

 リアムはそう自己紹介を終えると、空き缶を潰すような気軽さでレーザー砲をグシャリと握り潰した。

 咄嗟の判断で武器を手放した0・0エヴァ改が大きく後退する。と同時に、メタトロンの手の中でレーザー砲が爆炎を上げた。

 今の爆発で敵機が損傷してくれれば。そんな期待も、煙が晴れれば霧散してしまう。敵機の腕には傷一つない。見た目通りの、頑丈な機体のようだ。

 

 0・0エヴァ改が背中に装備していたパレットライフルに手を伸ばす。弾は有限だが、万一の備えとして携帯してきた武器だ。

 ライフルの照準を合わせて引き金にかけた指に力を込める。その瞬間、目の前の巨体が更に大きく膨れ上がった。

 

「え・・・・きゃあ!?」

 

 右から飛んできたエヴァの機体と同程度の巨大な拳が、0・0エヴァ改の肩を強く打つ。ギリギリで防御が間に合ったトロワは吹き飛ばされる勢いを利用して、目の前の機体から再び距離を取った。

 

 その距離が、瞬きの間に無くなっている。

 

「ッ!!」

 

 ギュギィィインッ!

 

 トロワの張ったATフィールドがメタトロンの拳を遮る。間一髪、反撃の機会を得たトロワが今度こそライフルの引き金を引いた。質量を持った弾丸が雨あられとメタトロンに降り注ぐ。

 その弾丸の雨を防いだのは、メタトロンが張ったリアクターフィールド。科学の光がトロワの眼前に展開された。

 

「ッ!」

 

 パレットライフルが有効打足り得ないことをこの一瞬の攻防で悟ったトロワは、左手に力を込める。0・0エヴァ改の左手に装着している八角柱に電力が集まり、強力な電磁力を発生させた。陽電子砲からネルフLUNAを守るために分散させていた『天使の鱗』を呼び戻すために。

 『天使の鱗』がカトルの張ったATフィールドを中和して内部に侵入し、0・0エヴァ改の左手へと戻ってくる。トロワはその引き戻す力を利用して、四方八方、上下左右からATフィールドのクリスタルをメタトロンへと叩きつけた。

 

 逃げ場はない。そう確信したトロワの前で、またしてもメタトロンの巨体が膨れ上がる。

 いや、違う。これはメタトロンが膨れ上がっているのではない。

 

『遅いな』

 

 メタトロンが一瞬で、トロワの前まで移動してきているのだ。移動に伴う機体の揺れをごく僅かに抑え、猛スピードで間合いを詰める。それがトロワに目の錯覚を起こさせ、機体が膨れ上がったように感じさせていた。

 日本の古武術にある『縮地法』。それに似た方法を使い、リアムはこの戦場を高速で移動していたのだ。宇宙の闇に似たカラーリングは目眩しに加えて、初動でどうしても起きてしまう機体のブレを隠す役割も担っていた。

 その効果が、赤いクリスタルの包囲網を一瞬で抜けてトロワの目の前に現れたメタトロンであり──

 

「あうッ!」

 

 目にも止まらぬスピードを上乗せした巨体の一撃を受け止めきれずに、吹き飛ばされる結果へと繋がる。

 

「ど、どうして・・・?」

 

 どうして、そんな挙動が可能なのか?トロワの思考は混乱を極めていた。

 

 吹き飛ばされた0・0エヴァ改が、ネルフLUNAを覆うATフィールドに背中から叩き付けられる。

 

「きゃあああっ!?」

 

 地面を弾むボールのようにATフィールドの斥力でバウンドした0・0エヴァ改の横を、メタトロンがすり抜ける。それも、両腕を広げた状態で。

 

「ぐふッ!!?」

 

 トロワの首に強烈な負荷がかかる。メタトロンの伸ばされた腕が、0・0エヴァ改の首にラリアットのように叩き込まれていた。メタトロンはそのままエヴァを巻き取るように身体を回転させ──

 

『ジェットコースターは好きか?』

 

 遠心力を上乗せして、弾き飛ばす。

 

 飛ばされる方角は、ネルフLUNAの周りを渦巻く隕石のミキサー。

 

「〜〜〜ッ!」

 

 トロワは必死に機体の姿勢を制御しつつ、腰に付けたアレゴリックユニットの噴射で勢いを殺す。隕石群の波に飲まれるギリギリ手前で、トロワはなんとか機体を止めることができた。

 

「!!」

 

 その0・0エヴァ改に降り注ぐ、小型ミサイルの雨。それを即座に張ったATフィールドで防ぐ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」

 

 必死に息を整えるトロワが、爆炎の向こうにいるであろうメタトロンの姿を探す。目立った動きはないはずだ。十中八九、メタトロンはまだソコにいるはずだ。

 トロワの予想通り、爆煙が晴れた向こう側にメタトロンはいた。その両腕に備え付けられていた、ガンマ線レーザー砲のチャージを終わらせて。

 

「うあ・・・っ!」

 

 思わず口を突いて出てしまった、トロワの困惑と驚愕の悲鳴。咄嗟に張ったATフィールドを斜めに傾かせ、襲い来る光線を逸らす。

 

『何をそんなに驚いている?』

 

 オープンチャンネルからリアムの声が聞こえる。

 

『この技術はお前たちのものだろう?』

 

 そう、リアムが使用している高速移動術。これはネルフJPNにとって、別段珍しいものではなかった。

 エヴァンゲリオンがF型装備の際に用いる、ATフィールドの斥力を利用した高速移動技術である。エヴァのパイロットであれば全員が使える必須技能であった。

 だが、これほどまでの練度を誇るパイロットは居ない。ATフィールド技術の精密さという点で右に出る者はいないとまで言われたアスカですら、この動きを再現する事は難しいだろう。ましてや無重力空間での使用など、エヴァのパイロットの誰も訓練してはいないのだ。

 それほどにまでにリアムの技術は洗練され、研ぎ澄まされている。

 

『無重力空間において、重量は意味を成さない。空気抵抗による減速もない。だが質量だけは、加速する事によってその危険性を増す。お前たちのATフィールド技術は、宇宙空間でこそその有用性を発揮する。それが解っていたからこそ、自分は二年間の間にこの技術を磨き続けた・・・』

 

 メタトロンのガンマ線レーザー砲が止む。それと同時に、メタトロンの姿が掻き消えた。

 

『ATフィールドの斥力は、リアクターフィールドの斥力で代用が効く。そして、このメタトロンは機体の随所にフィールド発生装置を搭載してある。エヴァンゲリオンよりも正確に、より無挙動での移動が可能なのだ。戦闘の素人であるチルドレンが捉えられるような代物ではない・・・!』

 

 トロワがその軌道を目で追う。しかしその軌道は鋭角に稲妻のように折れ曲がり、とても人間が乗る機体の軌道とは思えない。搭乗者に掛かるGは相当なもののハズだ。

 そして一瞬でも気を逸らせば、その青黒い機体は宇宙の闇に紛れる。複雑怪奇な軌道を必死に目で追っていたトロワだったが、とうとうメタトロンの姿を見失った。

 

「なら・・・っ!」

 

 0・0エヴァ改は『天使の鱗』を自分の周りに集めると、エヴァを中心として赤いクリスタルを回転させ始めた。全方位からの攻撃を警戒しての行動。トロワの取れる手段の中で、最善の手といってよいだろう。

 

 だが、

 

『何か勘違いしてないか?』

 

 トロワの背後、隕石群で再び爆炎が上がる。

 

「な・・・っ!」

 

『我々の目標はエヴァの殲滅ではない。ネルフLUNAの撃墜だ。お前らが亀のように身を縮めるというのであれば、我々はそのままネルフLUNAに攻撃を仕掛けるまで』

 

 爆炎に照らし出されたメタトロン。再びネルフLUNAに礫の雨が降り注ぐ。

 

「これ以上、やらせない・・・!」

 

『受けて立つ必要はないな』

 

 トロワの『天使の鱗』がメタトロンに襲い掛かるも、稲妻のような高速移動で易々と躱された。瞬時に間合いを詰めたメタトロンが放った蹴りを、トロワがATフィールドで食い止める。

 メタトロンの動きを止めようと、肩のパイロンからプログレッシブナイフを取り出した0・0エヴァ改が、敵機の足に突き立てようとナイフを振りかぶった時だった。

 

 ビィーーーッ!!

 

「え!?」

 

 0・0エヴァ改の電力が内部電源に切り替わった。途端にアレゴリックユニットの翼が力を失い、空中でどうにか踏ん張っていた機体が吹き飛ばされた。

 

「きゃあああああっ!!」

 

 無重力空間で一度発生した挙動を止めるには、固定された何かに掴まるか、掛かったエネルギーと逆方向のエネルギーで相殺するしかない。0・0エヴァ改はなす術もなく、再びネルフLUNAのATフィールドに激突した。

 

 そうして跳ね返った0・0エヴァ改を、距離を詰めたメタトロンが打ち返す。メタトロンの攻撃はATフィールドで防ぐ事ができるが、踏ん張りの効かない機体はネルフLUNAのATフィールドに跳ね返される。トロワのATフィールドを張れば、ネルフLUNAのフィールドを中和して無限の空間に放り出される危険性があった。

 

 まるでテニスの壁打ちのように、0・0エヴァ改は何度も打ち返され、ATフィールドに叩き付けられた。

 

『もう十分だろう?』

 

 何度目の往復かというところで、跳ね返ってきた0・0エヴァ改をメタトロンは避けた。

 避けられた先にあるのは、隕石群の竜巻。トロワに機体を制御する術は無い。

 

 いや、一つだけあった。

 

「フィールド、展開・・・!」

 

 隕石群に突っ込む寸前、トロワは自らのATフィールド技術を用いて機体の動きを無理やり止めた。自らのATフィールドに激突しながらも新たな移動手段を得たトロワが、エントリープラグ内からリアム・アンダーソンを睨みつけた。

 

『ほぉ・・・・・・』

 

 トロワの咄嗟の判断に、リアムが思わず感嘆の声を上げる。しかし彼の中にはそれ以上の感動は湧き上がってこない。

 

『では、コレはどうする・・・?』

 

 メタトロンの両腿からバシャっと音を立てて弾倉が飛び出した。中に詰まっていたのはミサイル。それも、N²爆雷だった。

 

『避けても構わん。防げるならば防いでみろ・・・!』

 

 トロワに避けるという選択肢は無い。避ければN²爆雷の爆発によって、今度こそネルフLUNAは宇宙の塵となるだろう。

 トロワの取れる手段はここで退かず、残り少ない電力で『天使の鱗』を操って、N²爆雷を全て撃ち落とす事だけ。一個でも落とし損ねれば、ネルフLUNAは終わる。

 

 爆雷が発射される。トロワはその攻撃から目を逸らさずに睨みつけ──

 

 

『ありがとう、トロワ・・・!』

 

 

 ──その間に飛び込んできた天の川のような光の奔流が、N²爆雷を全て叩き落とした。

 

 

 

 

 

つづく

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