シン星紀エヴァンゲリオンー神も泣くかもしれない   作:サルオ

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k.月の代行者(中編)

 

 右も左もわからない。

 

 上か下かもわからない。

 

 輝く星々の姿すら見えず、周囲を埋め尽くすのは機体の海。

 

 それらをただひたすらに太刀(マゴロックスステージ2)を振り回す事で掻き分けていくエヴァンゲリオン最終号機であったが、押し寄せる敵の波を掻い潜ることができない。

 味方の射線などお構いなしに、誤射(フレンドリーファイア)を恐れず、敵はただただ暴力的な数でもってこちらを圧殺せんとする。

 

 ネルフLUNAに襲い掛かる敵艦隊の陽電子砲撃を止めるため、綾波レイNo.シスとともに敵陣の奥深くまで斬り込んだ二体のエヴァであったが、しかし、それは敵の想定範囲内。

 巣を突かれた蜂の群れが外敵に襲い掛かるが如く、数千にも及ぶAE(オルタナティブ・エヴァンゲリオン)がシンジ達に殺到していた。

 

「無茶苦茶すぎる・・・ッ!」

 

 シンジ達が潰したのは、陽電子砲の砲身役として機能していたユーロ艦隊の一つ。その電力供給役として後陣に控えていたネルフASIAのAEが、まさしく命知らずといった気迫でもって襲いかかってくる。

 彼らの目的はただ一つ。ネルフLUNAのエヴァンゲリオンの退路を断つ事。

 

『シンジッ!これじゃあ帰れないよォ!』

「くっそぉ・・・!」

 

 その目的は達成されたと言えるだろう。敵機との激突こそATフィールドで防げてはいるが、周囲を埋め尽くす敵の壁によって、もはやネルフLUNAがどの方向にあるのかもわからなくなっていた。

 パイロットであるシンジとシスの心に、焦りが重たくのしかかる。ATフィールドは心の壁。パイロットの精神によって保たれる絶対領域。電力の消費こそ少ないものの、パイロットの精神が折れれば、心の壁はいとも容易く破られてしまうだろう。

 

 もともとネルフLUNA側の戦力は、スペースコロニー自体に取り付けられたガンマ線レーザー砲を除けば、たった四体のエヴァンゲリオンしかない。そのうちの二体を敵陣に突っ込ませれば、ネルフLUNAを守れるのは残り二体。しかもそのうちの一体、アスカエヴァ統合体は重要な任務のため戦闘宙域を離れてしまっている。

 自分たちが戻らねば、綾波レイNo.トロワ一人で防衛を果たさねばならない。そして、それが不可能である事をシンジもシスも理解していた。

 その認識が、彼らを更に追い詰めていく。

 

『きゃっ!』

 

 シスが操るF型零号機アレゴリカのATフィールド。その壁の向こうでひしめき合っていたAE群が爆炎を上げる。味方からの誤射を受けたのだ。爆発が連鎖し、炎がシスを飲み込んだ。

 

「シス!大丈夫!?」

 

『へ、平気・・・ちょっとビックリしただけ・・・!』

 

 炎が晴れ、その中からATフィールドを張ったF型零号機アレゴリカが飛び出してくる。そのATフィールドが、僅かだが揺らめいているのをシンジは見た。

 精神的に成熟していない、子供の様なシスがこの状況に耐えられるとはシンジには到底思えなかった。決してシスを侮っているのではなく、シンジを含めたエヴァンゲリオンのチルドレン達は、この様な大規模な戦争への参加経験が無いのだ。恐らく大の大人ですらが、シスと同じ状況になれば耐える事など出来ないだろう。

 

(僕が、なんとかしなきゃ・・・!)

 

 アスカとの間に娘が産まれ、19歳という未熟さながらも父親としての自覚を持ち始めたシンジ。その責任感が、自分を更に追い詰めていく事にシンジ自身は気付かない。

 責任感は体を強張らせ、その強張りを振り解こうとすればするほどに、余計な力が消費される。力の消費は疲労に繋がり、疲労は焦りを増大させ、やがて怒りに変わり、そして恐れへと昇華される。

 それはまさしく、自らの手で心の壁を削る負の連鎖であった。

 

 ビシリ、とシンジのATフィールドにヒビが入る。

 

「え・・・・・・?」

 

 想像もしていなかった事態に、シンジの思考が一瞬停止した。

 

 その瞬間、シンジのATフィールドはバリィンッと音を立てて砕け散った。

 

 割れた壁の向こうから、雪崩の様に敵軍がエヴァンゲリオン最終号機へと押し寄せる。

 

「う、うわあああああああ──ッ!?」

 

 ドクン、と。

 

 最終号機と共有したシンジの心臓が大きく脈打った。

 

 押し寄せたAEがそれぞれ手に持ったナイフで最終号機を切り刻んでいく。その向こう側からは、味方の犠牲も厭わずに銃弾が雨霰と注がれる。

 

「がッ!アアアアアアアアアア!?」

 

 エヴァを覆う特殊装甲がそれらを弾くが、それでも数の暴力の全てを遮るほどの効果はない。殺到する痛みが、シンジの心に次々と傷を刻み込んでいく。

 シンジの心が、焦りと混乱に塗り潰されていった。必死で敵を押し留めながらもなんとかATフィールドを張ろうと試みるが、敵への拒絶ではなく恐怖によって支配されたシンジの心ではそれも叶わない。

 

『きゃあああああっ!!』

 

 通信に、トロワの悲鳴が流れた。確かめるまでもなく、危機的な状況にあるのだろう。

 

 それを聞いたシンジの心に芽生えたのは──、

 

 

 

(怖い・・・・・・ッ)

 

 

 

 死への、恐怖だった。

 

『わァッ!?やだ、来ないで!シンジ!助け・・・・・・!』

 

 シスの助けを求める声が途中で途切れた。それがシンジの恐怖心に拍車を掛ける。

 

(怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い・・・!)

 

 次々と押し寄せる敵に武器を振るうこともできず、最終号機が少しずつ押し潰されていく。

 

(怖い!怖いよ!死にたくない!シス、トロワ、アスカ、ミライ!)

 

 もはや身じろぎ一つ取れはしない。シンジの脳裏にエントリープラグがゆっくりと押し潰され、肉の中身を撒き散らしながら死んでいく未来の自分の姿が過ぎる。

 

 シンジが死への恐怖や諦めと共に、そんな未来の自分の姿を受け入れようとした、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──ド──ン・・・!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あり得ない、いや、『あってはならない(・・・・・・・・)』音が響いた。

 

 

 

(これは・・・・・・!)

 

 

 

 ──ド──ン・・・!

 

 

 

 かつて、この星を襲った災厄。それが、人類に宣戦を布告した警鐘。

 

 

 

 ──ド──ン・・・!

 

 

 

 既に失われた月面で、黒い堕天使が響かせた警告。

 

 それが、シンジの胸の内から(・・・・・・・・・)聴こえてくる。

 

(こ、れは・・・・・・)

 

 ザザザッという雑音とともに、シンジの脳裏にあり得ざる記憶が蘇る。

 

 過ぎ去った世界。とうの昔に潰えた記憶。数百体のエヴァンゲリオンが、人類補完計画の完遂を求めて殺し合った『人体の谷』の大戦が起きた世界。

 シンジが、アスカと綾波を死なせてしまった世界。彼一人が勝ち残り、エヴァの屍の山に立つ世界。

 そして、彼が『アルマロス』に成ってしまった世界。

 

(これは、アルマロスの『記憶』だ・・・!)

 

 切り裂き、引き裂かれ、絞殺し、撲殺する。向かってくる全ての巨人が『彼』の敵で。

 

 その一切を、『彼』は容赦なく屠殺した。

 

(今、この状況が・・・)

 

 似ている、と言いたいのか?

 

 シンジは自分の『心臓』から聞こえてくる警鐘に耳を傾ける。それは危険な香りであり、また、抗い難い芳醇な香りでもあった。

 

(アスカの、いや、アスカの中にあった『碇シンジの生命情報』・・・)

 

 その中に、『彼』の記憶も残っていた。

 

(二度と失いたくない・・・そういう事?)

 

 シンジの考えを肯定する様に、シンジの『心臓』がド──ン・・・とこれまでにない鼓動を奏でる。

 

 許されない。

 同じ過ちを繰り返すこと。

 それだけは断じて認めない。

 

 鼓動の音が強くなる。同時に、『碇シンジ』としての境界線があやふやになっていく。

 

 今の気持ちがシンジのものなのか、それとも『彼』のものなのか、シンジ自身にも判別がつかない。

 

 でも、それで良い。

 

(今の僕も、想いは同じだ・・・)

 

 

 

『「失うくらいならば・・・・・・ッ!」』

 

 

 

 最終号機の胸の内から光が漏れ出す。

 

『フィールド、展開・・・!』

 

 ネルフLUNAの通信から流れてきた、決して諦めないという決意を込めたトロワの声。それがシンジの最後の一押しとなった。

 

 光が、爆発する。

 

 最終号機に殺到していた夥しい数のAE群が、その光に飲まれて塵と化す。

 

 光が収まればそこには、右手にマゴロックスステージ2、左手にルクレティウスの槍を携え、全身から赤黒い拒絶の焔を放つ最終号機の姿があった。

 

 

 

   《お前たちの存在を認めない》

 

 

 

 果たして、それは碇シンジなのか。それとも、アルマロスとなった過去の『碇シンジ』なのか。

 

 赤黒い焔が刀に纏わり付き、その刀身を飲み込んだ。残された焔が刀身を型取り、凝縮され、刃となる。まるで地獄の炎と言わんばかりの赤光が、宇宙を怪しく照らした。

 

 最終号機はただそれを、無造作に、横に薙いだだけだった。

 

 たったそれだけの動きに周囲を取り巻いていたAEが引き寄せられ、自らその身を差し出すようにして、刃に斬り裂かれる。

 

 その様はまるで炎に集まる羽虫の如く。

 

 斬り裂かれた箇所はその場でこの世界から消失し、赤黒い焔が燃え移った機体は、炎の広がりと共にその存在ごと焼き尽くされた。

 

 後に残るものは何もない。その刃に斬り裂かれた存在全てが、魂さえも、この世界から消失したのだ。

 

 それはまさしく、刀の形をしたブラックホール。いや、それ以上の畏怖すべき何か。斬られた存在の一切を滅せんとする、この世ならざる神の御業(みわざ)

 

 

 

  《天之尾羽張(アメノヲハバリ)・・・》

 

 

 

 最終号機が、対峙した全てのエヴァンゲリオンを(みなごろし)にしてきた剣の名を口にした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「え、シンジ・・・・・・?」

 

 最終号機の振るった刃の余波で、シスを取り囲んでいた敵軍も燃やし尽くされた。不思議な事に、シスの乗るF型零号機アレゴリカにはその焔は燃え移らない。

 先程までひしめき合っていた敵がウソのように、忽然とその姿を焼失していた。ポカンと空いた宙空には、同じくポカンと口を開けるシスだけが残されていた。

 

 シスの視線の先には、最終号機が焔の刃を振り回し、敵を次々とこの世界から葬り去っていく姿があった。斬撃を運良く躱したAEも、最終号機が左手に携えたルクレティウスの槍で貫かれていく。

 それは戦いとして、全くと言っていいほどに成り立っていなかった。それは敵、いや、目の前の存在をただ消し去るだけの作業。

 鉛筆で書いた間違いを、消しゴムで消す。そんな程度の感情しか伺えない。いや、そもそもそんな作業に、感情というものは必要なのだろうか。

 

 不意にシスを得も言えぬ不安が襲った。果たして目の前の最終号機には、本当に『碇シンジ』が乗っているのか、と。

 

「シンジ!ダメぇッ!!」

 

 不安を抑えきれず、F型零号機アレゴリカが最終号機に飛びかかる。攻撃するためではない。シンジを止めるためだ。

 

 その不意に近付いたシスの首を、最終号機の振るった刃が薙いだ。

 

「あ・・・・・・」

 

 シスの脳裏に、最終号機の犠牲者となった者たちの姿が過ぎる。首という人間の急所を絶たれ、自分に恐ろしい死が訪れると予感する。

 シスは咄嗟に自分の首に両手を当てた。お願い、外れないで。離れないで!と願う様に。

 

 だが、シスの予想とは裏腹に、その首が落ちることも、燃え尽くされることもなかった。

 

《シ・・・・・・す・・・・・・・・・?》

 

 最終号機が声を発する。それはシンジの声音そのもので、しかしどこか別人の様でもあった。シスは更なる不安を覚え、最終号機の肩を掴んで思い切り揺さぶった。

 

「そうだよ!ワタシ!シスだよ!シンジ、自分のこと、わかる!?」

 

《あ、アぁ・・・・・・。わカルよ、シス・・・》

 

 周囲の敵軍は様子のおかしい最終号機を恐れてか、まるで近付いてこない。そのチャンスを逃さず、シスは素早く周囲を見回して状況を確認する。

 最終号機の背後、その遥か遠くにネルフLUNAの姿が見えた。遠目にもアレゴリックユニットの放つ煌めきが見える。恐らくあそこでは、トロワが必死でネルフLUNAを守って戦っている事だろう。

 

「シンジ!今のうちだよ!すぐにLUNAに戻らなきゃ!今なら戻れるよッ!!」

 

 意識が朦朧とするかの様に、最終号機はプルプルと頭を振るった。

 

《る、ナ・・・?ルナと、テラ、の事?》

 

「テラってなに!?意味わかんないよシンジ!そんな事より、みんなを守らないと・・・!」

 

 理解のできない単語が出てきた事に、シスは今まで以上の焦りを覚えていた。明らかにシンジの様子がおかしい。状況を落ち着かせるためにも、一度シンジをネルフLUNAに連れて帰らねば・・・。

 

 そう考えたシスが、背後にプレッシャーを感じてバッと振り返った。遠巻きに二人の様子を見ていた敵軍は、ただ二人を観察していたわけではなかったようだ。

 

 全てのAEが、その後ろに控える艦隊が、その銃口を、砲身を、ミサイルの照準を、その全てを二人に向けていたのだ。

 

 シスの全身が一気に粟だった。

 

「シンジ!トロワを助けなきゃ!!早くここから逃げないと!!」

 

 あまりの事態に混乱したシスが、必要事項をめちゃくちゃに口にする。優先順位すら整理できていない早口に、シス自身の混乱も大きくなっていく。

 

 そしてシスの行動は間に合わず、全ての銃火器が二人に向けて一斉に火を吹いた。

 

「あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 目の前に迫る、死の影。ATフィールドを張る暇もない。圧倒的火力により、宇宙の塵となる未来がシスには見えた。

 

 そのF型零号機アレゴリカの肩を、最終号機が強く抱き寄せる。

 

《守らなきゃ、トロワを・・・》

 

 瞬間、最終号機の手の内にあったルクレティウスの槍が眩い光を発する。

 それは瞬きほどの輝きであり、その輝きが消えると共に、二体のエヴァも忽然と姿を消していた。

 

 シンジとシスを狙ったあらゆる火力が何もない空間に撃ち込まれ、一際巨大な炎の花を宇宙に咲かせた。

 

 

 

──────

 

 

 

 トロワの目の前で、N²爆雷の全てが光の奔流に飲まれて爆散する。

 

『ありがとう、トロワ・・・!』

 

 それはシンジの創り出した『光の回廊』。それが飛来したN²爆雷の通過を許さず、全ての攻撃を叩き落としたのだ。

 

『碇くん・・・!』

 

 あまりにも劇的なタイミングでの登場に、決意を固めていたはずのトロワが安堵し、目尻に涙を浮かべた。

 

 『光の回廊』が消えて、目の前にいる最終号機を見るまでは。

 

『・・・・・・碇、くん?』

 

 目の前の最終号機。それが纏う赤黒い焔。その手に持つ武装も含め、明らかにいつものシンジではない。

 何が起きたのか?シンジの様子が気にかかったトロワは問いかける。

 

『だいじょうぶ、なの・・・?』

 

《ありがとう、とロわ・・・。綾波・・・。生きていてクレて・・・・・・》

 

 シンジの返事に、トロワもシスと同様の不安を覚えた。目の前の彼は、本当に自分の知る碇シンジなのか、と。

 

『指揮系統が乱れに乱れているな。お前の仕業か・・・』

 

 そんなトロワの不安など「知った事か」といった様子で目の前の敵、リアム・アンダーソンは『メタトロン』の通信網を使い、状況確認を終わらせていた。

 

 巨大なシャトルを変形(トランスフォーム)させたネルフUSAの最終兵器『メタトロン』は、シャトルの操縦席部分を機体の中心である胸に配置し、シャトル内に収まっていた簡易的な手足がシャトルの胴体側部から飛び出していた。その簡易アームはエヴァンゲリオンの上半身をまるまる掴めるほど巨大で、腰にはミサイルを搭載した翼、脚部にはシャトルの噴射口が備え付けられている。

 地球上での作戦行動を視野に入れていない、宇宙空間専用の機体と見るべきだろう。

 胸の上から飛び出した頭部と思われる三角錐は、その頂点を機体の前方に尖らせている。人型としての視界を得るためのメインカメラだ。そのメインカメラの三角錐に、データの送受信を行うかの様な光が走っていた。

 

『またオカルトか。人類に理解できないパワーなんぞで、戦場を乱さないでもらいたいものだな』

 

《おマエ、も、エヴァだ、ナ・・・・・・?》

 

 最終号機がルクレティウスの槍をメタトロンに突き付ける。トロワの目には信じられない光景だった。彼女の知っているシンジは、自分から敵に襲い掛かるような性格ではない。

 にも関わらず、目の前の行為は明らかに敵への挑発、いや、確認だ。

 『お前は殺してもいいんだな?』という、最終確認。

 

 トロワの全身に冷たい汗が流れた。

 

『エヴァではない。オルタナティブ・エヴァンゲリオンだ。エヴァなどという兵器は、これから先の地球には必要ないのだよ』

 

《ソウか。じゃアお前モ、イラないや・・・》

 

『・・・話が噛み合わんな。戦意があることは認めるが』

 

《綾波も、アスカも、二度ト死ナセない・・・!》

 

 言うが早いか、最終号機は焔の刃を振り下ろした。

 

『素人が・・・!』

 

 振り下ろした直線上に居たハズのメタトロンの姿が一瞬で消える。最終号機の振るった刃は空を斬ったのだ。

 メタトロンは稲妻の軌道で最終号機の背後に回ると、その背中を思い切り蹴り飛ばしていた。

 咄嗟の出来事に最終号機は反応できず、慣性に任せて宇宙を弾き飛ばされていく。

 

『なに!?』

 

 その吹き飛んでいく先は、綾波レイNo.カトルが張った巨大なATフィールド。リアムの計算では最終号機はそこに激突し、メタトロンへと弾き返される。トロワとの戦闘でもそうであったように、最終号機もそうなるだろうとリアムは予測していた。

 しかしリアムの視線の先にあったATフィールド。その状態に、リアムはこの戦場において初めて驚愕の声を上げた。

 巨大なATフィールドが、切断されている。最終号機が振り下ろした刃の軌道そのままに、斬り裂かれていたのだ。

 

『ああああああああっ!!』

 

 オープンチャンネルに女の悲鳴が響いた。リアムはその声を知らないが、恐らくこのATフィールドを張っている綾波シリーズとやらの誰かだろう。心の壁を斬り裂かれたことで、精神的に負荷がかかったに違いない。

 連合艦隊の陽電子砲撃をも防ぎ切ったネルフLUNAのATフィールド。それをいとも容易く斬り裂いた、敵の新兵器。その威力を目の当たりにしたリアムは、頭の中で瞬時に作戦を切り替えた。

 

 斬り裂かれたATフィールドの隙間から最終号機が外へと飛び出す。それに続いて、メタトロンも稲妻の如き速度で最終号機を追い、ATフィールドの外へと飛び出した。

 

 リアムはこう考えた。敵の動きは素人そのもの。エヴァパイロットとしての訓練は確かに積んできただろうが、対人戦闘のスキルはとても本職と並び立てるようなものではない。しかも敵の武装は近距離を想定したものだ。制圧は容易である、と。

 

 しかし一方で、こうも考える。敵機の威力と射程が想定以上だ。加えて、敵機パイロットの様子も尋常ではない。今のエヴァンゲリオン最終号機は、狂人が凶器を振り回す様なものだ、と。

 

 その二つの考えが導き出した結論は、この戦闘宙域からの速やかな離脱。ネルフLUNAのATフィールド内での戦闘は、エヴァンゲリオン最終号機の誤射の可能性を考えれば歓迎すべき事態だ。この高威力の新兵器の一撃が間違ってネルフLUNAに当たってくれれば、脆弱なスペースコロニーが容易く両断されるだろうことは一目瞭然。

 しかしネルフLUNAを囲む隕石群、そしてATフィールドに挟まれた空間は、メタトロンが本気で戦闘をするには狭すぎる。自機への被弾の可能性は小さくなく、メタトロンがその一撃に耐えられる保証はない。

 

 だからこそリアムは、ATフィールドの外へと飛び出した。最終号機を圧倒的に上回る機動力でもって、敵機を宇宙のゴミ屑へと変える為に。

 

 最終号機がアレゴリック翼の逆噴射によって無理矢理に動きを止めた。振り返る最終号機の視線がリアムを射抜く。

 その視線が発する想像以上のプレッシャーに、リアムは自分の判断が間違ってなかったと確信を得た。

 最終号機の眼前にまで迫り、そして急停止。フェイントを挟んだ高速移動でもって、メタトロンが瞬時に背後に回る。その動きに最終号機はついてこれない。

 巨大な簡易アームの左手が最終号機の頭をガシッと鷲掴みにして固定し、その上から右手のガンマ線レーザー砲を押し付ける。左手はくれてやる。その代わりに貴様の頭は貰う。

 

Die(死ね)・・・』

 

 リアムの死刑宣告と共に、押し付けたガンマ線レーザーが光を放つ。

 

 全てが一瞬の事であった。

 

 決着は付いた。

 

 

 

 そう確信していたリアム・アンダーソンの世界が廻った。

 

 

 

『!!?』

 

 ガンマ線レーザーが何も無い空間を貫いていく。手を離したつもりは無い。最終号機が抜け出した感触もない。なのに、目の前から最終号機が消えている。咄嗟にリアムはメタトロンの左手に目を移した。

 

 左手首から先が無くなっていた。

 

 何が起きた?自身の動揺を必死で抑え、リアムが敵の姿を素早く探す。

 

 そして最終号機を発見し、同時にリアムは心の底から恐怖した。

 

 メタトロンの左手に頭を掴まれたままの最終号機が、僅かに首を傾けてる。

 

 背骨に氷柱を突っ込まれたような感覚。

 動いていたのは最終号機では無い。

 

 動いていたのは自分だった(・・・・・・・・・・・・)

 

 最終号機が頭を掴まれたまま、首を僅かに振るった。たったそれだけの動きでメタトロンの左腕は千切れ飛び、世界が廻るほどの勢いと共に振り解かれていたのだ。

 

 危険すぎる。敵の脅威を正確に把握したリアムが次に取った行動は撹乱。パワー比べでは相手にならない。ならば速度という優位性を最大限に活かし、奴の攻撃を掻い潜りながら削り殺せばいいだけ。兵士として幾多の戦場を渡り歩き、強敵を撃破して生き残ってきたという実績が、リアムに冷静な思考を取り戻させていた。

 メタトロンが再び稲妻の機動力で広い空間を縦横無尽に飛び回る。最終号機はその場から動かず、頭にこびり付いていたメタトロンの腕を無造作に引き剥がして捨てる。その視線がメタトロンを捉える事は無い。

 今度こそ。油断や慢心を捨てたリアムが飛び回りながらガンマ線レーザー砲の照準を最終号機に合わせた。

 

 

 

 瞬間、最終号機が目の前に現れた。

 

 

 

『What !?』

 

 驚愕と共に距離を取ろうとメタトロンが更に速度を上げる。リアクターフィールドの残光が流星となって星空を駆ける。

 

 その光からピッタリと離れず、徐々に迫ってくる赤黒い焔を纏った閃光。

 

 

 

『なんなんだお前はァァアアアアアアアア!!』

 

 

 

 とうとうリアムの絶叫が宇宙に響き渡った。

 

 

 

 

 

つづく


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