シン星紀エヴァンゲリオンー神も泣くかもしれない   作:サルオ

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l.月の代行者(後編)

 

 ネルフLUNAの作戦司令室を中心に、戦局は大きく三つの展開を見せていた。

 

『あの馬鹿!馬鹿!大馬鹿野郎ッ!後で絶対殴り殺してやる・・・ッ!』

 

 口汚く罵るのは綾波レイ・カトル。ネルフLUNAの守りの要であるカトルのATフィールドを、味方であるはずのシンジが内側から斬り裂いた事への怒りを呪詛のように撒き散らしている。

 

 最終号機が手にしている見たこともない刀。それに斬り裂かれたATフィールドの傷口が一向に治らない。カトルの心の壁は傷付いたまま、ジクジクと嫌な痛みをカトルへと訴え続けていた。

 

「カトル・・・、ATフィールド張り直せる?」

 

『はんッ!良いのね、張り直しても!?じゃあ一回ATフィールド全部解除するけど問題ないのかしら!?』

 

 戦時下にありながら恐る恐るといった様子のミサトの質問に対する答えは、怒りという名の棘に満ちていた。カトルの怒りは司令室の面々にも理解できる。また、シンジが招いたこの事態もミサトの完全な予想外。二人のやり取りはさもありなん、というものだった。

 

『だめだめだめだめ!消しちゃだめーッ!』

 

 そのやり取りに介入してきたのは、現在進行形でネルフLUNAの最前線にて敵機の撃墜と防衛を一手に引き受けている綾波レイ・シス。

 

『ワタシ「ぼーえい」なんてできないよ!?カトルがATフィールド解いちゃったら、LUNAに攻撃がぜんぶ行っちゃう!』

 

 これが三つの展開のうちの一つ目。豹変した最終号機と共に敵艦隊の包囲網を切り抜けたF型零号機アレゴリカは、『光の回廊』を通って瞬時にネルフLUNAまで帰還。その後、ネルフLUNA防衛戦の最前線、しかもカトルのATフィールドの外側にポイッと置いていかれたのである。

 最終号機が敵陣を内側から食い破ったのは事実。しかし敵艦隊全体の戦力は依然として衰えを見せていない。むしろネルフUSA軍に続いてユーロ軍が、その更に後方からはASIA軍が次々と押し寄せてくる。

 ネルフLUNAへの攻撃は、開戦直後のような戦略N²弾の乱射といった無茶苦茶なものではなくなったものの、苛烈さという意味では徐々に勢いを増してきていた。

 そんな防衛ラインの最前線に置いていかれたシス。もともと高機動力と『天使の背骨』による長距離射撃を主体とした遊撃を得意とする彼女には、一箇所に留まっての戦闘、しかも面制圧に動いている敵軍の防御など専門外だ。

 広範囲にばら撒く武装関連はどうしても機体の質量を増やし、機体特有の小回りの良さ、身軽さを損なう。総司令であるミサトもそれがわかっていたからこそ、シスにはシンジと共に遊撃を命じていたのだ。

 故にシスは、連射が効くとはいえ単発式の『天使の背骨』で迫り来る敵軍をちまちまと撃ち落としていくしかない。自分が被弾しないよう飛び回り、隙を見て攻撃を加えていく。回避行動最優先のため、攻撃が当てられれば御の字。一発で二機以上を巻き込んで撃墜できれば「ブラボー!」といったところか。

 

『うるっさい!!(やかま)しいわよ、小さな私!?バカ姉がどうしようもないんだから、貴女が守らないと意味ないでしょ!?』

 

『そ、そんな事言わないでよぉ・・・。ワタシだって必死で・・・』

 

『みんな必死でやってんのよ!!やってないのは司令室でふんぞり返ってる奴らだけ!死にたくなかったら気張りなさいッ!』

 

『・・・ぐす』

 

 性格の違う綾波レイ同士の応酬。それを傍から聞いていたネルフLUNAオペレーター陣はカトルの罵倒に心を痛めつつも、次々と厄介ごとが起きる戦場において混乱しつつあった思考が、少しずつだが冷静になっていくのを感じていた。

 

「シス!不甲斐ない大人で申し訳ないけど、アナタのやり方でいいからそこで踏ん張って!カトルはATフィールドを維持。傷口部分は・・・」

 

『葛城総司令。わたしの『天使の鱗』で塞ぐ』

 

 綾波レイ・トロワの駆る機体。0・0エヴァ改が残り19個の『天使の鱗』のうちの9つを、カトルのATフィールドの傷口に沿ってそっと当てる。

 

『カトル』

『なによ、バカ姉ッ!』

『わたしと、心を合わせて』

 

 そう一方的にカトルに告げると、トロワは静かに目を瞑った。

 

『わたしとアナタは、もう別人。でも、同じ方向を見ることはできる』

『悪いんだけど!もっと端的に、分かりやすく言ってくれない?』

『アナタとわたしのATフィールドを融合させる。そうすれば、アナタの傷はふさがるはず・・・』

『私の中ではあんたへの拒絶も強いんだけど!』

『それは今は忘れて。ネルフLUNAを守る。それだけを考えて。わたしとアナタはもともと一つ。それなら、わたし達のATフィールドも一つにできるはず』

『・・・・・・・・・・・・』

 

 カトルが黙り込む。トロワの案への好悪は別として、それが戦場における最善策だろうと、無理矢理にでも自分を納得させるために。

 

『・・・わかったわよ』

『ありがとう』

 

 短いやり取りの後、カトルもトロワ同様に目を瞑った。同じ綾波シリーズとして生み出され、しかし個別の魂を手に入れた者同士。それが再び、異なる心を一つに重ねようとしている。

 ATフィールドの傷口に当てられていた『天使の鱗』が、クリスタルとして張っていたATフィールドをドロリと溶かす。それはみるみるうちにカトルの心の傷を塞いでいき──

 

『・・・うそ』

 

 カトルの驚きと共に、まるで瘡蓋(かさぶた)のように傷口を癒した。

 

『ふう・・・』

 

 トロワは小さく一息つくと、機体ごとネルフLUNAに振り返った。

 

『カトル。痛みは、ある?』

 

『え?あ、いや、無い・・・けど・・・』

 

『そう。よかった』

 

 トロワの慈愛の籠った微笑みが、カトルの乗る0・0'エヴァのウィンドウに表示される。それがなんだか気恥ずかしくて、カトルは思わず目を逸らした。

 

『・・・ふん。さっさと行けば?小さな私が大変な事になってるんじゃない?』

 

 その口調は不貞腐れた幼子のようで、トロワは思わず笑ってしまう。不意を突かれてカァッと顔を赤くさせたカトルが、姉気取りのトロワを追い払うように叫んだ。

 

『さっさと行け!このバカ姉ッ!!』

 

「そうね。トロワ、悪いけどシスの援護をお願い。アレゴリックユニットの充電は?」

 

 二人の綾波レイの会話に入り込んだミサトが次なる指示を告げると共に、オペレーターである日向に機体状況を確認する。

 

「まだ完了していません!アレゴリックユニットの起動にはもう少し充電が必要です!」

 

「ちぃっ!やっぱりね。しょうがない、シス!もうしばらく・・・」

 

『大丈夫、葛城総司令』

 

 シスに指示を出そうとするミサトを、トロワが遮って止めた。

 

『試したいことがあるの』

 

 そう言うと、トロワは0・0エヴァ改の進行方向に向けて『天使の鱗』を二列に並べた。左右に五個ずつ。交互に間隔をあけてクリスタルが並ぶ様は、まるで何かの発射台のようで──、

 

『ふっ!』

 

 トロワが0・0エヴァ改の足元にATフィールドを発生させる。その斥力が0・0エヴァ改を勢いよく弾き出した。

 

「トロワ!?」

 

 ミサトの驚愕の声は、全神経を集中させたトロワには届かない。0・0エヴァ改は一番近い『天使の鱗』へと一直線に飛んでいく。

 機体がATフィールドに激突するかと思われたその瞬間、0・0エヴァ改は『天使の鱗』を強く踏み付けた。新たに発生した斥力が0・0エヴァ改を次のクリスタルへと弾き飛ばし──、

 

『はぁッ!』

 

 『天使の鱗』を次々と飛び移り、まるで先程までのメタトロンのような稲妻の軌道で、0・0エヴァ改は宇宙を駆け抜けた。

 

「ヨシツネかよ・・・!」

 

 オペレーターの青葉が呆気にとられながら呟いた比喩は、まさしくと言っていいほどにトロワの動きを表現していた。

 日本の歴史に燦然と輝く武将、源義経(みなもとのよしつね)。彼の奥義として知られる伝説の『八艘飛び』。『天使の鱗』を船に見立て、星の海を飛び回ったトロワは、まさしく源義経の奥義の体現者であった。

 最後のクリスタルを勢いよく踏み付けて飛び出したトロワは、ネルフLUNAの防衛ラインの最前線、カトルのATフィールドへと矢の如き鋭さで突っ込んでいく。

 先ほどのメタトロンとの戦闘時、0・0エヴァ改はカトルのATフィールドに拒絶され何度も弾き飛ばされたが──、

 

『ありがとう』

 

『どーいたしまして』

 

 今度は拒絶される事もなく、0・0エヴァ改はするりと壁を抜けた。

 

『ふぅぅうううう・・・・・!』

 

 0・0エヴァ改が左腕を、遥か後方に置いてきた『天使の鱗』に向かって思い切り伸ばす。左手に装着された八角柱に莫大な電力が集中し、バチバチバチッと火花をあげる。勢いをつけて前に進もうとするエヴァ本体の推進力と、超負荷をかけつつも『天使の鱗』を引き戻さんとする電磁力がちょうど釣り合った。

 宙空で急停止した0・0エヴァ改が全身を弓なりに仰け反らせ、左腕の生体部品がビキビキッと嫌な音を立て始める。限界まで引き延ばされた全身の筋肉が元に戻ろうとする様は、狩人が引き絞る弓矢の如く。

 

『うぅああああああああああああッ!!』

 

 トロワの咆哮と共に、0・0エヴァ改が無理矢理に左腕を突き出した。

 

 電磁力の弦から放たれるのはエヴァンゲリオンという弓にあてがわれた10本の矢。しかしその矢は、矢と呼ぶにはあまりに巨大なATフィールドのクリスタル。それは最早、陽電子砲と同レベルであるはずの『天使の背骨』を遥かに超える威力を備えた、絶対領域の砲弾だった。

 

 赤い10本の閃光は、押し寄せてきた敵軍を紙クズのように千切り飛ばし、それでもなお止まる事なく突き進む。俯瞰(ふかん)した視点から見ればそれは、巨大な黒い影となった対ネルフLUNA連合艦隊を引き裂いていく、巨獣の爪痕そのものであった。

 

 司令室から歓声が上がった。

 

『トロワ、すっごーいッ!!』

 

 そばで見ていたシスも両手を上げて賞賛する。攻撃を受けた敵軍はその威力に怯えたのか、攻勢を一転させ距離を置き、中には逃げ出す者まで出始めていた。

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

 敵の様子を静かに見守る綾波レイ・トロワ。

 

『葛城総司令・・・』

 

「なによぉトロワッ!スッゴイじゃない!こんな必殺技、いつの間に編み出したのよ!?」

 

 トロワの放った攻撃は、ミサトの言う通り必殺技と呼んで差し支えないだろう。ネルフLUNAのガンマ線レーザー砲、それを上回るかもしれない破壊力に、ミサトも興奮を隠せないでいた。

 ガンマ線レーザー砲と違い、カトルの『天使の鱗』の消費電力は微々たるものだ。チャージの時間も必要ない。敵軍の放つ陽電子砲も、発射体制を整えている間に後出しで打ち砕く事も可能だろう。新たな戦術がこの土壇場で生み出されたことに勝機を見出したミサトだったが、

 

『ごめんなさい・・・。やりすぎたわ・・・』

 

「へ?」

 

『左腕、うごかないの。たぶん、筋組織が断裂してる・・・。『天使の鱗』も射程範囲を飛び出してしまって、呼び戻せないわ・・・』

 

「・・・・・・Oh」

 

 最高潮まで登ったテンションは一気に急降下。思わず英語で返してしまうミサトではあったが、トロワの攻撃がもたらした効果は大きい。敵艦隊は次のトロワの攻撃を恐れて防衛陣形を取り始めている。トロワが生み出したこの隙は、ネルフLUNAにとっては貴重な時間なのだ。

 もっとも0・0エヴァ改の今の武装という点においては、ほぼ丸腰の状態と言っていいだろう。手持ちのガンマ線レーザー砲は破壊されて、予備として携帯していたパレットライフルも効果を発揮できず、トロワに残された手段は再充電したアレゴリックユニットによる撹乱とATフィールドによる防衛くらいしかない。

 作戦司令室で次なる戦略の議論が熱く交わされる中、トロワの思考は逆に冷たくなっていった。

 

(この、技術。まだ何かできる気がする・・・。)

 

 トロワの感じたソレは、確信に近い。その確信は既に、敵であるリアム・アンダーソンが(もたら)した情報が補強してくれている。

 

(わたし達が使うATフィールド技術。これは・・・)

 

 トロワが広大な宇宙を見回した。

 

この場所に来るときのため(・・・・・・・・・・・・)、だったのかもしれない・・・)

 

 エヴァンゲリオンとはなんなのか。

 アダムや、リリスとはなんなのか。

 なぜ、彼らはこの星に来たのか。

 

 トロワの胸のうち、そこに微かに宿るリリスの魂が、震えているのがわかる。

 

 『嬉しさ』で。

 

(なつかしい・・・?わたし、ここに来たことを懐かしんでる?)

 

 トロワの思考の答えは得られない。リリスの魂の震えは一瞬のものであった。

 

 

 ◇

 

 

 ネルフLUNA司令室では、ミサトとゲンドウ、そしてリツコやマヤも含めた旧ネルフ古参メンバーが、与えられた時間を使って議論を交わしていた。

 

「『天使の鱗』の補填は可能!?」

「通常であれば、な。現状では用意のしようがない。我々が想定していた消費時間を上回りすぎている。今は予備が無い」

「0・0エヴァ改の生態組織は培養して増やしてあるし、電磁力発生装置も量産は簡単よ。でも補填する手段がないわ。誰かあの戦闘宙域まで無傷で行って、エヴァの武装換装をやれる人、いるかしら?」

「そもそもの問題として、0・0エヴァ改の左腕の損傷が気になります。一度格納庫まで退かせて、再チェックが必要です!」

「そんな余裕はなさそうですよ・・・(やっこ)さん、トロワが何もしてこないんで陣形を元に戻し始めてます」

 

 青葉の報告を受け、ネルフLUNAのメンバーがモニターに振り返る。

 

「日向君、レーザー砲の充填は?」

「完了してます。ですが、このままでは焼け石に水かと・・・」

「まずは牽制でもいいから撃つしかないわね。それと・・・」

 

 ミサトはモニターの端に映る、二本の流星を目で追った。メタトロンと最終号機の戦闘。これが展開されている戦局の二つ目だった。

 

「シンジ君のアレは、一体・・・・・・」

 

 ミサトの問いに答える者はいない。想像もつかないだろう。今のシンジが『アルマロス』の記憶を持つ過去の『碇シンジ』と化学反応を起こし、その存在の境界線が曖昧になっているなど、誰が予想できようか。

 

「わからん。が、メタトロンのあの馬鹿げた機動力を追い詰めてる要因は、アレだな」

 

 ゲンドウが指差す方、二本の流星が絡み合いながら上昇していき、火花を散らす。青黒いアレゴリック翼の光と、赤黒い焔の光が踊る様は幻想的ですらあった。その二条の流星を、細い線のような光が繋いでいる。

 

「アレ、まさか『光の回廊』・・・?」

 

「だろうな。意図してそうしているのかはわからんが、シンジは『光の回廊』で最終号機とメタトロンを繋いでいる。あの二機の距離はシンジによって『理解の及ぶもの』として落とし込められているハズだ。実質的な距離はほぼゼロ。逃げられるはずがない」

 

「そうやって考えると、むしろそんな状態で戦闘を継続している敵AEの方がバケモノに思えてくるわね・・・」

 

「ああ。奴は間違いなく敵連合艦隊の最高戦力、エースだ。最終号機がそれを単機で抑えているのは、我々にとっては理想的展開と言っていいだろう」

 

「でも、これじゃあジリ貧ですよ・・・!」

 

 マヤの指摘は間違っていない。敵の最高戦力を抑えようが、総合戦力は抑えられない。トロワの奮闘で一時的な休戦状態を得る事はできたが、やはりネルフLUNA側の戦力が少なすぎる。

 

(まだなの・・・アスカ!)

 

 それを逆転させる葛城ミサト渾身の奇策。絶望的な戦力差を覆す奇跡の戦術。その準備が整わない事に焦りを感じていたミサトの耳に、待ち望んでいた声が届いた。

 

《お待たせッ!思ったより手間取った!》

 

 待ち焦がれた第三の展開。ミサトがコンソールに飛びついた。

 

「待ってたわよォ!アスカ!!」

 

《ちょっ!?いきなり大声出さないでよ!耳が痛いじゃない!》

 

「こっちはまだかまだかとヤキモキしてたのよ!で、どうなの!?行けそう!?」

 

《いけると思うわよ?想像してたよりデカかったけどね!》

 

「完璧よ!よくやったわ、アスカ!」

 

 興奮を抑えきれず、ガッツポーズを取るミサト。それに冷静に水を差すのは彼女の親友(マブダチ)

 

「でも肝心のシンジ君がアレじゃどうしようもないんじゃない?」

 

「あ・・・・・・」

 

《あん?なに?あのバカ、またなんかやらかしてんの?》

 

「えっと・・・」

 

 なんと説明すれば良いのか。作戦の準備は整ったものの、その最後の引き金を引く役割を背負ったシンジは、半ば暴走に近い状態で暴れ回っている。見た事もない焔を纏っている状態を、アスカになんと伝えればいい?

 

 ミサトが迷っている間に、リツコがおもむろにコンソールに近づいて端末を操作した。

 

「案ずるより産むが易し。アスカ、今からシンジ君の映像を送るわ。まずは見てちょうだい」

 

《・・・覚悟しておいた方が良さそうね》

 

「それは貴女次第よ」

 

 リツコがモニターに映る流星の輪舞(ロンド)をアスカに転送した。

 

 一瞬の間。それを見たアスカは──、

 

 

 

 

 

《なぁんだ。いつも通りじゃない》

 

 

 

 

 

 ふぅっと、安堵の息を漏らした。

 

「へ?」

 

《どんだけヤバい状況になってんのかと思ったら。いつものヘマをやらかしてるバカシンジね。何がどうなって最終号機が燃えてんのかはよくワカンナイけど、アタシからしてみればフツーよ、フツー》

 

「やはり妻は強し、といったところかしら」

 

 アスカの反応に呆気に取られたミサトに対し、リツコは口元に手を当ててふふふっと笑う。

 

「それで、奥様?貴女の旦那様を元に戻す事は可能かしら?」

 

《ん〜〜。アタシじゃ無理ね。直感だけど》

 

「あら、そう?じゃあ、どうやれば戻せるのかしら?」

 

《あ、それは簡単。誰かミライを連れてきてくれない?》

 

「ミライちゃんを?」

 

「ソイツはちょうど良かった。ちょうど対処に困ってたところだ」

 

 リツコとアスカの会話に突如として加わった男性の声。司令室の扉をくぐり、入室してきたのは加持リョウジ。それと、その腕に抱かれてグズっていたミライだった。

 

「加持くん!?なんでミライちゃん連れてきてんの!?」

 

「いや何。さっきネルフLUNAに隕石群がぶつかっただろ?万が一が起きたらヤバいと思ったんで、ミライちゃんの様子を見にいってたんだよ。ただ、あんまりに大泣きするもんでな。困ったんで連れてきた」

 

「アンタねぇ・・・!」

 

 ミサトが呆れて加持に詰め寄る。

 

《加持さん、ナイスよ!そしたらミライにパパの姿を見せてあげてくれる?》

 

「うん?モニター越しでもいいのか?」

 

《十分!ついでにマイクに近付けてくれたらもっとオッケー!》

 

「わかった。悪いが葛城、ちょっと通らせてもらうぞ」

 

「あ!ちょっと・・・!」

 

 ミサトを押し除け、加持がミライを抱いたままモニターに近付き、ついでに通信用のマイクをミライの口元まで持っていく。

 

 ミライはそんな加持には目もくれず、

 

「・・・・・・だーだ?」

 

 駆け抜ける流星のうちの一本を、目をキラキラと輝かせて見つめていた。

 

 

 ◇

 

 

 あり得ない。

 

 あり得ない、あり得ない、あり得ない、あり得ない、あり得ない!

 

 こんな事態は絶対に、あってはならない!

 

 最終号機の猛攻を紙一重で交わしつつ、隙をついて攻撃を仕掛けるリアム・アンダーソンの脳内は、目の前の現実の否定で埋め尽くされていた。

 

恋人(アルフィー)の作ったメタトロン・・・!それと共に強くなった自分・・・!それが、こんなオカルトごときにここまで追い詰められるなど・・・・・・!)

 

 繰り出されるルクレティウスの槍を掻い潜り、

 

『あって、たまるかぁッッ!!』

 

 既に破損した左腕で、最終号機を殴りつける。

 しかし傷が広がったのはメタトロンの左腕のほう。相手の何倍もの巨体で殴り飛ばしているにも関わらず、追い詰められていくのは自分のほう。

 

『こんな、こんな馬鹿なことがあってたまるかッ!』

 

 オカルト。目の前の存在は、そんな言葉でしか言い表しようがない。

 

 リアムは気付いていない。オカルトという単語は、己の無知、または未知を無理やりヒトの言葉に当て嵌めただけのものであるという事を。

 ヒトが、いや、生物がもっとも恐れを抱くのは、いつだって理解不能の存在であるという事を。

 必死に距離を取ろうと逃げ回るメタトロン。自身の限界を超えて、半ば自壊し始めた機体をもってしても逃げ切ることのできない存在。それに抱く恐怖。

 

 リアム・アンダーソンはオカルトを嫌っているのではない。

 

 解らないから(・・・・・・)怖いのだ(・・・・)

 

 それを『嫌いだ』という感情で誤魔化していただけで。

 だからこそ、エヴァンゲリオンなどという意味不明な機体を忌避していたのだ。理解できないものから逃げるための口実として。

 

 リアムにとって、稀代の科学者であるアルフィーは救い主だった。自分の未知に光を照らしてくれる女神。理解不能という闇を払ってくれる聖女。

 それが自身の恋人として存在してくれる事は、彼の人生にとっての最大の幸運で。

 彼女が託してくれたこの機体は、女神が自らに授けて与えた聖剣のようで。

 

 それが、目の前の怪物に折られようとしている。

 

『ふざけるなぁぁアアアアア!!!』

 

 メタトロンの右手が最終号機を握り潰さんと襲いかかる。それを迎え撃つためか、最終号機は右手の『天之尾羽張(アメノヲハバリ)』を手放した。

 腕四つ。二体の右手同士ががっぷりと組みつき、力比べを始める。

 しかし悲しいかな。機体の大きさだけではどうにもならないほどの力の差が、二機の間には存在していた。

 

『ファアアアアアーーーック!!』

 

 リアムの叫びも虚しく、メタトロンの右腕がミシミシと音を立てて組み伏せられようとした。

 

 その時だった。

 

『だーだっ!だーだ!!』

 

 キャッキャッという赤ん坊の笑い声が、自由通信回線(オープンチャンネル)を通して届けられた。

 

『え、あれ?』

 

 途端、目の前の最終号機から焔が消えて、間抜けな声を上げる。

 リアムはその隙を見逃さず、メタトロンの右腕に渾身の力を込めた。

 

『うわッッ!?』

 

 組み伏せられようとしていたメタトロンが盛り返し、逆に最終号機が組み伏せられていく。

 

『く、くあッ!お前、は!?』

 

『やはり、やはりだ!科学は私の!味方だった!アルフィーは私の女神だったッ!!』

 

 最終号機は右腕に必死に力を込める。上腕の筋肉が盛り上がり、渾身の力が込められていることが端から見てもわかる。しかしそれでも、目の前の巨人の力を上回ることができない。

 

『こ、これ!どうなってるの!?』

 

『お前の負けだ、チルドレン!エヴァンゲリオンは全てこの場で、廃棄するッッ!!』

 

 メタトロンの右腕のガンマ線レーザー砲が光を放ち始める。

 

 状況を飲み込めず混乱するシンジ。

 

 その耳に届く、最も愛おしい女性の声。

 

《逃げろ!バカシンジっ!!》

 

『アスカ!?』

 

 瞬間、シンジは条件反射のように左手のルクレティウスの槍をメタトロンの右腕に突き立てていた。突き立てられたガンマ線レーザー砲がバチバチと嫌な火花を立てはじめる。

 

 爆発する。そう直感したシンジは瞬時にルクレティウスの槍を消すと、掴まれていた右腕を振り解きメタトロンから距離を取った。メタトロンの右腕が暴発する。

 

『うおおッ!?』

 

『あっぶな!』

 

 爆発に仰反(のけぞ)るメタトロン。それに巻き込まれないようにシンジは更に距離を取り、瞬時に周囲の状況を確認した。

 

(え!いつの間にこんなところにまで!?)

 

 最終号機の背後には新生の月が、真正面の遥か遠くにはネルフLUNAが見える。

 

 混乱するシンジの元に次に届いたのは、最も信頼する女性の声。

 

『シンちゃん!?聞こえる!?戻った!?』

 

『え!ミサトさん!?ごめんなさい、状況がよく・・・』

 

『説明はあと!持ち場について!作戦名「月の代行者」、最終フェーズいくわよッ!!』

 

『えっ!?それって、アスカがやったってことですか!?』

 

《いいからサッサと持ち場につけ、バカシンジ!!》

 

『り、了解ッ!』

 

 愛妻に尻を叩かれ、シンジは慌てて持ち場へと移動を開始する。しかしそれを逃さず、瞬時に追ってくる宇宙の闇を体現したUSAのAE(オルタナティブ・エヴァンゲリオン)

 

『逃がさん!決してッ!!』

 

『は、速い・・・ッ!?』

 

 両腕を失い、最終号機の猛攻に全身を傷付けられながらも、決して衰えぬ戦意でもって猛追してくるメタトロン。アレゴリック翼の出力を最大にして逃げるシンジであったが、青黒い稲妻は最終号機に瞬時に追いつくと、その背中に渾身の蹴りを見舞った。最終号機はなす術もなく吹き飛ばされていく。

 

『ぐあッッ!!』

 

『逃がさん!貴様らは、ネルフLUNAは、エヴァンゲリオンは!このリアム・アンダーソンが一つ残らず殲滅してやるッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いいわよ、シンちゃん。そこよ。その位置がものすごくイイ・・・!』

 

 

 

 

 

 ミサトの声に従い、シンジは最終号機の勢いを無理やり殺して静止した。最終号機が位置するのはネルフLUNAの直上。眼前にはカトルの張ったATフィールド。その最前線でトロワ機とシス機が、敵軍の猛攻を必死で防いでいる。

 

『シンジ!やっと帰ってきたぁーっ!』

『碇くん・・・!』

『ごめん二人とも!ただいま・・・?』

 

 状況を飲み込めていないシンジが間抜けな返答を二人に返す。

 

《シンジッ!持ち場に着いたならさっさと槍を出せッッ!!》

 

『ご、ごめんッ!!』

 

 シンジが両腕に力を込めて、ルクレティウスの槍を再度創り出す。それを見たリアムは咄嗟に行動に移った。

 

『馬鹿が!葛城ミサト!視野の狭いキサマのような戦争のシロートがどれだけ頭を捻ろうとも、この戦況を覆すことは決して無い!』

 

 メタトロンが再びエヴァンゲリオン最終号機に猛スピードで迫る。恐らく葛城ミサトの秘策とやらのキーポイント、最終号機を潰す為に。

 

 その操縦席に、ポーン、と軽い音が響いた。

 

『リアム・アンダーソン、といったか?貴様は一つ勘違いをしている・・・』

 

『その声、碇ゲンドウか・・・ッ!』

 

『我々ネルフが葛城ミサトに作戦課長として求めたのは、戦争における視野の広さではない。未知を未知のまま未知として扱い、未知の敵である使徒を殲滅するための作戦を立てる発想力・・・・・・』

 

 ネルフLUNAの作戦司令室で、ゲンドウがサングラスの位置を直しながら不敵に笑う。

 

『つまり、馬鹿馬鹿しさ(・・・・・・)、だ』

 

『言いたいことはいっぱいあるけど、とりあえず後で碇副司令代理は1発殴る!シンちゃんッ!』

 

『はいッ!!』

 

 ルクレティウスの槍から『光の回廊』がギュンッと伸びる。最終号機の後方に向かって。

 

『うおッ!?』

 

背後まで迫っていたメタトロンを急に襲った不意の攻撃。メタトロンはそれを間一髪のところで躱した。

 

『馬鹿め!外したぞ!』

 

『誰もお前なんか狙ってない』

 

 勝ち誇るリアムに冷徹に切り返すシンジ。『光の回廊』はメタトロンを通り過ぎ、月面に向かって光の速さでグングンと伸びていく。

 

 その『回廊』の終着点は月面に走る巨大な亀裂。その横で腰に手を当てて(たたず)むのはアスカエヴァ統合体。

 

《結構デカいわよ?いける?》

『大丈夫、僕と最終号機なら・・・・・・!』

 

 『光の回廊』が月面に突き刺さる。

 

『うおおオオアアアアアアアア・・・ッ!!』

 

 気合いと共に、シンジがルクレティウスの槍を思い切り引っ張った。

 

 

 

 二年前。それは加持リョウジによって葛城ミサトに報告されていた。

 月面に、観測されていなかった新しい亀裂が見つかった、と。

 しかしその亀裂は、ネルフLUNAの建造を最優先事項に回され、この二年間ずぅっと放置されていたものだった。

 

 

 

 それを、この戦争の直前にミサトは思い出したのだ。

 

《オーダー通りよ。くり抜いておいたわ(・・・・・・・・・)。ミサト》

 

『サイッコーよ!アスカ!!』

 

 突き刺さった『光の回廊』が銛のように、くり抜かれた月面を引き剥がしていく。それは直径にして約4km弱。地球にそのまま衝突すれば、体積を半分にまで落とした今の地球上の全生物を絶滅に追いやるだろう巨大な隕石。

 

 それを、エヴァンゲリオン最終号機は渾身の力でもって引き剥がす。剥がれた月面が向かう先は、対ネルフLUNA連合軍艦隊。そして、その向こうにある母なる大地、地球。

 

『馬鹿なッ!!正気かッ!?』

 

『悪いけど、私が期待されてんのってこういうところなのよねッッ!!』

 

 巨大な隕石を目にし、連合軍艦隊が攻撃から逃れようと編隊などお構いなしにバラバラに動き始める。

 

『やめろ!このクソガキがッ!』

 

 目の前の最終号機を止めるため、リアムがメタトロンの足を振り上げる。

 その頭を、侵食型ATフィールド弾が撃ち抜いた。

 

『なんだとォォオオオオオオ!!?』

 

 リアムの視界が暗闇に包まれる。シスの『天使の背骨』が長距離のメタトロンのメインカメラを撃ち抜いたのだ。

 

『ワタシ、こーいうのもできるんだよ!』

 

『いいわよシス!トロワはカトルのATフィールド内に!カトル、ATフィールドの出力を最大にして!』

 

『これで終わるんでしょーね!?』

 

『終わらせるわよ!トロワもATフィールド内に避難して!シス、準備はいい!?』

 

『オッケーだよ!』

 

『よっしゃあ!行くわよォッ!!!』

 

 巨大な隕石が、最終号機によって連合軍艦隊に向けて投げ飛ばされた。アスカエヴァ統合体が高速で巨大隕石に追い縋る。

 

『完璧なタイミングぅ!シス!アスカ!』

 

『《了解ッ!!》』

 

 

 

 

 

『月に代わってぇ・・・・・・!』

 

『お仕置き♪』

 

《だぁぁアアアアアアアアアアアッ!!!》

 

 

 

 

 

 アスカエヴァ統合体の渾身の蹴りが、巨大隕石を蹴り砕いた。

 

 砕かれた隕石は無数の流星群となって対ネルフLUNA連合軍艦隊に降り注ぐ。その隙間を縫うようにシスの『天使の背骨』が火を吹く。

 

 敵対した者の生存を許さない、決して逃れられぬ天からの災厄の如き攻撃を前に、対ネルフLUNA連合軍は宇宙の塵となって消えていった。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 ガチャン、と。

 

 ネルフUSAの代表者であるマキシマス大佐は、電話を切った。

 

「大佐・・・・・・?」

 

 ネルフUSAの一室。マキシマス大佐は自身の執務室で、戦争の詳細報告を受けていた。その背後に控えていた小柄で小太りの女性が、不安そうに恐る恐る近づく。

 

「彼らは、なんと・・・・・・?」

 

「・・・・・・・・・・・・全滅だ」

 

 振り絞るようなマキシマス大佐の返答。それを聞いたオルタナティブ・エヴァンゲリオンの生みの親、人類の歴史に名を残すであろう稀代の天才科学者アルフィーの顔は歪んだ。

 

「な、なに言ってるんですか・・・・・・?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 アルフィーの問いに対し、マキシマスは沈黙を選択した。

 

「ウソ・・・・・・、ウソ、ですよね?大佐?」

 

 藁にも縋る思いで、アルフィーはマキシマスの服の裾を掴む。

 

「リアムが死んだなんて、嘘ですよねェ!?」

 

 アルフィーの悲痛な叫び。それに応える術を、ネルフUSAの代表者であるマキシマスは持っていなかった。

 

「いや・・・・・・、いやアアアアアアアアアア!!!」

 

 アルフィーの慟哭が、マキシマス大佐の執務室を揺らした。

 

 ネルフUSAの代表者であるマキシマス大佐の胸中には複雑な思いが渦巻いていた。

 

 自分の判断に間違いは無かったはずだ。

 

 ネルフJPNの葛城ミサトは、歴史に名を残すような軍略家ではなかったはずだ。

 

 その判断に疑問の付けようなどあるはずもない。その判断に従ったはずの自分の部下であり、得難い友人でもあったリアム・アンダーソンが死ぬはずは無いと、確信を持っていたはずだ。

 

 なのに、結果は全滅・・・。

 

「くそぉッッ!!」

 

 マキシマス大佐の拳が目の前の机に叩き込まれた。

 

 対ネルフLUNA連合軍艦隊。それに投入したUSAのAEの数は全戦力の約七割。マキシマス大佐はこの戦争で確実にネルフLUNAを潰すために、本来では決して上層部に通らないだろう申請を無理やり通したのだ。

 

 しかし蓋を開けてみれば、投入する戦力を絞っていればと後悔を覚えるような大損失。マキシマス自身の未来は閉ざされたに等しい。

 

 いや、マキシマス自身は自分の進退など、どうでも良かった。愛する母国のため、ただ、ネルフLUNAという存在を消し去れれば、それだけで良かったはずなのに・・・。

 

 あまりの悔しさと悲しさに、マキシマスの目尻に、軍人にあるまじき涙が浮かぶ。

 

 そんな彼の心情など一切察すること無く、執務室の電話が再び鳴った。

 

 悲痛な面持ちで受話器を取るマキシマス。それを耳に当てた彼の顔が、悲痛から憤怒へと変わる。

 

 

 

「相田、ケンスケぇぇえええ・・・・・・ッ!!」

 

 

 ◇

 

 

「あん?なんや。ケンスケのヤツ、帰ってきてないんか?」

 

 ディジョン=ロングヴィック空軍基地。フランス空軍基地の中でも95年以上の歴史を持つ、最古の空軍基地である。そこに、日本から帰還したネルフユーロの輸送機が降り立った。

 輸送機から車椅子に乗った鈴原トウジが、妻であるヒカリに車椅子を押してもらいながら降りてくる。トウジの左腕と左脚は今まで装着していたサイバネティクスの義手、義足ではなく、痩せ細ってはいるが生身の人間の手足になっていた。

 ケンスケの乗るオルタナティブ・エヴァンゲリオン。その右腕へトウジに寄生していた第13の使徒バルディエルを移植した事で、トウジは今までできなかった人工培養の手脚の移植手術を受ける事ができたのだ。

 生身の身体を取り戻した嬉しさが半分、リハビリを受けなければ日々の生活もままならないという億劫さが半分。

 そんなトウジを、妻のヒカリが献身的にサポートする。日本男児として妻に迷惑をかけたくないトウジであったが、新しい二人の生活が夫婦の絆をより強くしたのは言うまでもないだろう。

 

「変ね。日本を出る時には相田くんの輸送機も一緒だったはずだけど・・・・・・」

 

 トウジの指摘に、ヒカリも不思議そうに首を傾げた。

 

 何か、嫌な予感がする。二人が同時に、共通の思いを胸に抱いた時だった。

 

Bonsoir(おかえり)!久しぶりの日本は楽しめたかイ?」

 

「・・・あんさんの顔は、もちっと落ち着いてから見たかったわ」

 

 ネルフユーロ代表、ジル副司令が二人を笑顔で迎えた。その胡散臭すぎる笑顔に、トウジとヒカリの表情が陰る。

 

「そんなつれないこと言わないでよォ!僕だってキミたちに会うためにガンバッて時間作ったんだからサァ!お腹すいてない?夕ご飯まだデショ?」

 

「なんやねん、さっきから気色わる・・・。いやに上機嫌やんけ」

 

「そりゃあモチロン!全て僕の思い描いていた通りに事態は動いているからねェ!夕飯の一つでもご馳走したくはなるさァ」

 

「・・・ジル副司令。相田くんはどこですか?」

 

 意味深なジルのセリフにヒカリが反応する。「事態が思い通りに動いている」。その言葉の裏に、この場にいないケンスケが関わっているだろう事は容易に予想できる。

 

 そのヒカリの問いを無視しつつ、ジルはおもむろに二人に近付いた。

 

「そうそう!忘れてたよ。ケンスケからプレゼントを預かってたんだ。キミたち二人に、だってサ!」

 

 言うが早いか、ジルは目にも止まらぬ速さで二人の首元に何かを取り付けた。あまりにも一瞬の出来事に、車椅子のトウジはもちろんのこと、ヒカリですら反応ができなかった。

 

「きゃっ!」

「ちょっ、なんやねんコレ!」

 

「ネルフJPNの開発したバ・ク・ダ・ン♪『DSSチョーカー』っていうらしいよ、ソレ」

 

「なんやとォ!!?」

 

 咄嗟に二人は首元の爆弾に手を伸ばした。しかし皮膚にピッタリとくっついたソレは、指をかけるどころか爪を隙間に入れることもできない。

 

「あ〜ムリムリ。それ、ほとんど処刑用らしいから。死刑囚とかを無理やり使うときに取り付けるらしいよ?」

 

「ふざけないで!なんで私たちが・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、君たち信用ならないんだもん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジルの顔から笑顔が剥がれ落ちる。およそ感情と呼べるものが一切抜け落ちた、人形のような顔。

 二人はその表情を、何度も目の当たりにしてきた。ジルが「不要」と判断した人間に向ける顔だ。事実、彼の命令でネルフユーロの前副司令をトウジとヒカリが殺害する直前も、ジルは被害者に対して同様の表情を向けていたのを二人はしっかりと覚えている。

 そんな顔が自分たちに向けられている。トウジとヒカリは一気に青褪めた。

 

「ワシらは、命令違反なんかしとらんで・・・?」

 

「そうだね。違反はしてない。でもさァ、君たち最終号機のパイロットと戦場で仲良くお喋りしてたんだって?僕は『殺れるんなら殺せ』って言わなかったっけ?」

 

「殺れるなら、でしょ!?あの時はそんな余裕は・・・」

 

「ウソつくなよ。ケンスケから聞いてるよ?無力化した最終号機に銃口すら向けやしなかったって。ソレどころか、ケンスケに向かって発砲までしたデショ」

 

「あ、あれはそんなつもりじゃ・・・・・・」

 

「どっちでもいいんダ。君たちが何を思っていようが関係ないよ。重要なのは、僕はキミ達をもう信用してないってコト」

 

 ジルがポケットからスティック状の装置を取り出して、二人の目の前で弄り始める。

 

「これ、起爆装置ね。この先っちょのボタンをクリックしてやれば、キミたちの頭と胴体はサヨナラしちゃうから」

 

 そんな危険な装置を、目の前で危なっかしく取り扱うジル。手元が狂って落としてしまいそうなその動作に、不安と恐怖が一気に二人に襲いかかった。

 

「ワシらを殺したら、誰がウルトビーズを動かせんねん・・・」

 

 全身に冷や汗をかきながらも、トウジが必死にジルへと交渉を持ちかける。

 それを、さして興味も無さそうに、ジルは手元のスティックをクルクルと回した。

 

「うん。まぁ代わりがいないかって言われりゃ、一応いるヨ?ただ育てる時間が勿体ないから、まだキミたちは使ってあげる」

 

 そう宣言した後、ジルの顔がぐにゃりと歪んだ。それは目の前の哀れな食用の子羊を、どのように調理したら美味いだろうかと考えるような、(おぞ)ましい笑顔だった。

 

「ただ、もうキミたちが居なくなっても僕は困らないんダ。だからキミたち。しっかりと自分の有用性をアッピールしてね?でないとポチッとやっちゃうから♪」

 

 トウジとヒカリが言葉を失う。

 

 それを見たジルは満足そうに手を叩いた。

 

「そうそう!ケンスケが何処にいるかって質問だけどネ。彼なら日本に戻ったよ」

 

「な、なんやて・・・?」

 

 驚く二人に背を向け、ジルはその場を後にしながらこう呟いた。

 

「僕はちゃあんと、『早い者勝ち』って言ったもんネ〜・・・・・・」

 

 

 ◇

 

 

『ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!』

 

 国会議事堂が、巨人の足に踏み潰される。

 

 巨人の周りには戦車が、戦闘機が、そして戦略自衛隊の四式統合機兵『あかしま』が、至る所で煙と炎を吐いて横たわっている。その周りには当然、その兵器を取り扱っていたはずの戦自隊員の死体も。

 

『やっぱ、たいしたコトないなぁ!戦略自衛隊なんかじゃ、今の俺は止められないっての!!』

 

 ケンスケの乗るオルタナティブ・エヴァンゲリオン。闇夜を照らす炎によって浮き彫りになったソレこそが、国会議事堂を踏み潰した巨人の正体だった。

 しかしその見た目は、既存のAEとはかけ離れた姿をしていた。ボロ布を肩からマントの様にかけ、その全身を窺い知ることは難しいが、最も異様なのはその顔。

 

 機械であるはずのその顔が、大口を開けて笑っている。口の中には人間の歯が並んでおり、舌まで見える。メインカメラとしての機能しかないはずの双眸は、人間と同じ瞳を持ち、怪しげにギラギラと輝いている。その双眸の上、額の真ん中には第三の瞳があり、辺りをギョロギョロと不気味に見回していた。

 

 人類の科学だけで作られた、100%機械の人型兵器。それがAEだ。こんな設計などされてはいないし、作れるわけがない。その半ば生物のような見た目はまるで──、

 

『戦自のみなさん、どうよ!?俺が創り出した『エヴァンゲリオン・シェムハザ』は!?カッコい〜だろ〜!?』

 

 答えなど返ってくるはずのない死体の山に向かって、相田ケンスケは自慢の機体を見せびらかすように両手を広げて笑っていた。

 

『碇ィ!見ているか!?アスカも見てくれるよな!?綾波シリーズに、トウジに、委員長!それとネルフLUNAのみんなぁ!』

 

 ケンスケは遥か上空に浮かぶ月を見上げながら嬉しそうに叫ぶ。

 

『俺がぜぇんぶ、なんとかしてやるよ!お前たちに危害なんか加えさせない!世界を救って、俺がみんなを守ってやるからなァ!!』

 

 狂ったようなケンスケの高笑いと共に、東京が炎の海に飲まれていく。

 

 2020年12月3日の夜。

 

 日本という国はこの日、相田ケンスケというたった一人の人間の手によって、歴史上から姿を消した。

 

 

 

 

つづく

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