シン星紀エヴァンゲリオンー神も泣くかもしれない   作:サルオ

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m.流星と共にウマレた者

 

 吐いた息が、まだ白く残る寒い朝方。

 

 相田ケンスケは自宅近くの小高い山の頂きにある、角材で作られた簡素な墓標の前に花を供えて、静かに手を合わせていた。

 

 自宅、といったが、それは相田ケンスケの実家を指す言葉ではない。すでに使われなくなっていた山の中の無人駅。それをケンスケなりに改造したセルフビルドの家の事だ。

 

 14年前に、世界を襲ったニアサードインパクト。それが世界に残した爪痕は大きく、人類は少ない生存圏で日々を必死に生きていく生活を強いられていた。

 

 そこに争いはない。少なくとも、ヒト同士の争いは。

 

 皆が皆、手を取り合い、食糧を分かち合いながら懸命に生きるような、文明の利器のほとんどが使えない世界。それでも苦しみを分かち合い、人々が助け合う姿は、ケンスケにとって理想的な世界と言っても過言ではなかった。

 

 ・・・いや、もしかしたら、行き詰まっていた人類全体にとっても、これはある種の理想的な世界の一つだったのかもしれない。

 

「ありがとう。朝から付き合ってくれて」

 

 黙祷を終えたケンスケが、顔を上げ、自分の後ろで同じように手を合わせる二人に礼を述べた。墓標を見つめる彼の目には、この墓の主を悼む心が宿っていた。

 

 しかし、その瞳に悲壮感は感じられない。生命の終わり。それをあるがままに受け止めて、消化し、生命を次に繋げていこうとする強い決意の籠った『力』のある瞳であった。

 

 相田ケンスケという人物に武勇はない。知略もない。彼という『登場人物』にそういった役割は当てはめられていない。

 

 だから、これはイレギュラー。

 

 かの人物が放つ輝きは、こうした自然の中で生きることで初めて垣間見える輝き。人々が忘れかけていた、雄大で、無慈悲な自然の中で生きていくこと。与えられた日々の生活、その一瞬一瞬を懸命に生きること。その中でこそ、光る才能であった。

 

「ニアサードインパクトを生き延びた親父が、まさか事故でアッサリ死ぬとは、その時はまるで思わなかったな・・・。こんな事ならちゃんと話をして、酒を飲んで、愚痴の一つも聞いときゃよかったよ・・・」

 

 彼の言葉とは裏腹に、彼自身に後悔というほどの感情はない。ただ自分が経験した、辛い出来事という前例。「こういった事もある」という前例を、自分の友人に伝えたかっただけだ。

 

 ケンスケが後ろの二人に振り返る。

 

 式波・アスカ・ラングレー。

 

 そして、碇シンジ。

 

 その二人に向けて、自分の前例を「教訓」として、ただ、自分の感じたありのままを伝えたかった。

 

「碇。お前の親父は生きてるんだろ?無駄と思っても、一度は会って、ちゃんと話せよ。後悔するぞ」

 

 自分の得た教訓。その苦しみを、友人に味わって欲しくないという彼の優しさ。それゆえに、彼はシンジに向かって毅然と、厳しい口調で言った。

 

「そんなのコイツには重いわよ。あの碇ゲンドウじゃ・・・」

 

 シンジの横で、式波・アスカ・ラングレーが吐き捨てるように言った。それはきっと、隣にいる男の子を(おもんばか)った言葉。「逃げてもいい」と、暗に示した言葉だとケンスケは感じた。

 

 彼らの関係を、うらやましく思う自分がいる。14年という歳月を離れ離れになっていた二人が、それでもなお理解し合うために歩み寄ろうとした言葉なのだとケンスケは感じていた。

 

 その関係を眩しいと思うが、妬むような気持ちはない。そんな段階はとうの昔に過ぎ去ってしまった。幼い頃に憧れたアスカという少女の時間は、心も体も、14年前から変化を見せていない。自分への呼び方が少し身近に感じる愛称になったのは、ケンスケへの数少ない報酬なのだろう。

 

 親愛、という言葉に近いのかもしれない。アスカという少女の幸せを望むからこそ、ケンスケはアスカの中にあった境界線を踏み越える事は決してなかった。もしかしたら、彼女は自分を受け入れてくれたかもしれない。だけどそんな、ある意味で少女の弱みにつけ込むような、そんな真似だけはしたくなかった。

 

 それは碇シンジの友人として。

 

 そして、式波・アスカ・ラングレーの友人として。

 

 だから、彼はついぞ彼女の事を『式波』と呼んでいたのだ。

 

 その少女の隣に立つ少年。絶望からようやっと立ち直り、人生の幸福の針をマイナスからゼロにまで自力で戻した少年。彼が更にもう一歩進むため、ケンスケは強い気持ちを込めた言葉を彼に贈る。

 

「しかし、親子だ。縁は残る」

 

 ケンスケに残された縁。決して取り戻せない時間の彼方に去ってしまったソレを、シンジならばまだ手繰り寄せる事ができる。

 

 それが為されるのかは、シンジ次第。自分というキャラクターが彼に贈れる、数少ないアドバイス。

 

 だからケンスケは、シンジの心に傷を残すように、刻みつけるように、彼に言葉を贈ったのだった。

 

 

 

───

 

 

 

「かぁっこいいなぁ!『相田ケンスケ』!いや、『ケンケン』てかぁ?」

 

 

 

 2020年12月3日。時刻は18時28分。

 

 かつての長野県松本市にある第2新東京市。そこに設立されたネルフユーロ軍の簡易格納庫の中に、相田ケンスケの姿はあった。

 

「俺も、『お前』みたいになりたかったよ。『お前』はある意味で俺の理想の男だ。もう、なんだ?カッコいい!いい奴!!そんな言葉しか出てこねぇ・・・・・・」

 

 薄暗い格納庫の奥。ケンスケは、そこに鎮座していた自分専用のオルタナティブ・エヴァンゲリオンの前に一人、物憂げな顔で立っていた。

 

 彼の瞳は濁りきっており、その中には、過去の世界の『相田ケンスケ』のような輝きはない。自分の強さも弱さも受け止めて、世界の慈悲の無さに打ちのめされて尚、自分の立ち位置をしっかりと見定めた男。そんな男の面影は、この世界の『ケンスケ』にはない。

 

「でも、お前も失敗してんだよなぁ、結局はさ・・・」

 

 ケンスケは、過去の世界の『相田ケンスケ』を嘲笑う。その途端、彼の足首を何者かが掴んだ。

 

「・・・・・・・・・いい加減、鬱陶しいんだよ」

 

 ずるずる、ずるずる、と。

 

 何人もの亡者の手が、ケンスケの足を這い上がってくる。

 

 亡者の顔は、全て同じ。

 

 『相田ケンスケ』だった。

 

「未練たらしいんだよ、負け犬どもが」

 

 自らの脚にしがみつく亡者の群れ。それらは遠い過去にあった『失敗した世界の相田ケンスケ達』だった。

 

 この世界の相田ケンスケ。その体に、不慮の事故とはいえ宿ってしまった『箱舟』の記憶の一部。それが、彼を終わる事のない悪夢へと引き摺り込んでいた。

 

 ネルフの上位機関であるゼーレ。彼らが人類補完計画完遂のため、幾度となく試行錯誤を繰り返した上で創り上げた、全ての生物の生命情報の塊『箱舟』。人類補完計画の失敗と共に、次の世界へと持ち越されるセーブデータ。それは言い換えれば、『全てのバッドエンドを記録したセーブデータ』に他ならない。

 ケンスケの意思など関係ない。『箱舟』に触れようとして消え去った右腕。その傷口からジクジクと徐々に侵食するように、過去の世界の『終末』がケンスケ自身を蝕んでいく。

 自分の経験した事のない記憶。見たこともない風景。それらは実感としてケンスケの魂に刻み込まれ、痛みと恐怖という形でもって、世界の終焉と怨嗟をケンスケに突き付けてきた。70億を超える人類、そして、それ以上に存在した地球上の全生物。彼らの生への執着と、逃げきれず苦しみ悶えて死んでいく全ての感情、感覚が、ケンスケに絶え間なく絶望を訴えかけてくる。

 かつてアルマロスに心身を乗っ取られた洞木ヒカリ。彼女は無意識のうちに大衆を虐殺し、殺した人間の思念を魂に刻みつけられた。それこそ老若男女問わず。生まれたばかりの赤ん坊の断末魔でさえ。

 それを遥かに上回る苦痛、恐怖、絶望。ケンスケの気が狂ってしまえるならどんなに楽だっただろうか。しかし、それらの感情を実感として魂に刻まれつつも、相田ケンスケにはそんな逆境を乗り越えてきた見本(・・)があった。

 

 エヴァンゲリオン初号機と心臓を共有し、肉体を失いながらも世界を救った碇シンジ。

 

 エヴァンゲリオン参号機に取り憑いていた使徒バルディエルに侵食され、それでも生還した鈴原トウジ。

 

 彼らが乗り越えてきた苦しみは、こんなものではないはずだ(・・・・・・・・・・・・)

 

 ケンスケはシンジやトウジに憧れている。故に、彼らの事を英雄視しすぎていた。

 

 ケンスケが受けている苦しみに耐えられるかどうかなんて、シンジ達ですらわからないのに。

 

「俺だったらとりあえずアスカを抱いて、自分のものにしてたのに。もったいねぇな。失敗するくらいなら、自分の思うままにヤればよかったのに」

 

 脚にまとわりついた亡霊どもを足蹴にしつつ、ケンスケは目の前のAEに近付いていく。

 

「結局、お前らが失敗した要因は二つ。どの世界の『俺』もそうだ。一つは単純にエヴァに乗れなかった事。もう一つは、エヴァに乗れても、碇達を守ろうって覚悟が全然足りてない奴らだったからだ」

 

 鎮座したAE。その右腕。

 

 おもむろに近付くケンスケに、AEの中に移植されていた使徒バルディエルがすぐさま反応する。

 ヒトガタだ!新しい贄が来た!と嬉しそうに機械の隙間から触手を伸ばし、もっと近付いてこいと懇願するように手招きをする。

 

「粘菌風情がよ。いっちょ前に体を欲しがるかよ」

 

 ケンスケに宿る『箱舟』の力を呼び覚ますための依代。その役目しかない、その程度しかできないかつての人類の敵、使徒バルディエルをケンスケは笑う。

 

「いいぜ?くれてやるよ、俺の身体。だけど悪いな。勝つのは俺だ。お前は一生、俺に利用され続けろ」

 

 ぐぱあっと。

 

 粘菌がその触手を広げ、一瞬でケンスケを飲み込んだ。

 同時に、AEの右腕からバルディエルの触手が血管のように伸びていき、あっという間にAEの全身を覆っていく。血管が波打つように、脈動するようにドクンドクンと音を立て、機械であるはずのAEに生身の肉体が産まれていく。

 エヴァンゲリオンに相似した機体。ケンスケのオーダー通りに製造されたAEの双眸がカッと見開かれた。それと共に、AEの額が割れて、その割れ目から新たな第三の瞳がギョロリと現れる。

 

『ほぉら。俺の勝ちだ』

 

 使徒に体を侵食されながらも、精神の奪い合いに勝利し、逆に取り込んだケンスケの声が格納庫に響いた。

 

『神の子たちは人の娘の美しいのを見て、自分の好む者を妻に娶った。まさしく俺に相応しいだろ?俺によって堕天された使徒。堕天使たちの筆頭。俺こそが『シェムハザ』だ』

 

 神によって遣わされ、人類を見張るはずだった天使たち。その筆頭の名を、ケンスケは口にした。

 

『戦争が始まっちまった以上、世界を救えるのは俺しかいない。今までの世界は、俺がみんなを救えなかった(・・・・・・・・・・・・)から滅んだんだ。世界を救う報酬として、アスカを娶るのは俺だろう。それから・・・・・・』

 

 ケンスケのAE、いや、第一の使徒アダムから分たれた使徒の肉体を持ち、新たに生まれた『エヴァンゲリオン・シェムハザ』。その手が格納庫に打ち捨てられていたボロ布に伸び、掴んで、マントのように羽織る。

 

『俺が創り出すエグリゴリ(・・・・・)。この星を、神の楽園にしてやるよ』

 

 ケンスケの宣言に応えるように、シェムハザ内部にポーンという軽い音が響いた。通信の相手はネルフユーロの副司令、ジルであった。

 

『いいねェ〜ケンスケ。実にいいよォ?これが君の望んでたコトなんだネ?』

 

『ジル副司令・・・いや、そろそろ司令になられました?』

 

『あのハゲなら僕の目の前で転がってるヨ?写真送ろうか?』

 

『いやぁイイっすよ。汚いものはあんま見たくないし』

 

『そォなんだよねェ!それが困り事でさ、高級カーペットが台無しだヨ!』

 

 ハハハハ!と二人が同時に笑う。

 

『ありがとうございます、ジル司令。貴方のおかげで俺はここまで来れました』

 

『ギブアンドテイク♪最初に言ったじゃナイ!』

 

『そうですよね。じゃあ今から、日本を貴方にプレゼントしますよ』

 

Merci(ありがと)!これで僕の地位は盤石だ。うるさいハエ供も黙らせるコトができるヨ。ついでに欧州が世界の覇権を取り戻すキッカケだ。ハデな花火を上げてネ〜!』

 

『それはもちろん!』

 

 シェムハザが閉じていた口をバキバキと音を立てて開き、その口角を上げた。

 

『楽しみにしてるヨ・・・』

 

 その様子を見たジルは満足そうに通信を切った。

 

『さってと、やるかぁ!』

 

 シェムハザが立ち上がり、大きく伸びをする。格納庫の天井が破壊されようと、ケンスケは意にも介さない。

 

『『箱舟』に触れた男は俺一人。女はアスカ一人。(つが)いとして、これ以上のベストカップルなんてないだろう?俺たちの遺伝子をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせて溶け込んでさ・・・二人で気持ちよくなろうぜぇ!』

 

 ケンスケが、シェムハザが、夜空を見上げる。新たなエヴァンゲリオンの誕生を祝福するかのように、夜の帳が下り始めた空を、対ネルフLUNA連合艦隊を葬り去った流星群が彩っていた。

 

 

 

 

 

つづく

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