シン星紀エヴァンゲリオンー神も泣くかもしれない   作:サルオ

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n.誕生日

 

 2020年12月3日。

 

 グリニッジ標準時、14:30。

 日本時間、23:30頃。

 

 人類史上初の宇宙空間戦争を勝利で飾った、ネルフLUNA。その主要格納庫(メインケージ)内では、先ほどまで宇宙港である『喜望峰』を撃ち抜いたデブリによる被害の復旧作業がすすんでいたが、今は電源を落とされてすっかり暗くなり、作業の音も聞こえない。

 

 

 

 本来であれば、作業スタッフは戦闘を終えたエヴァの修理作業で忙しいはずだった。しかしアレだけの激戦を繰り広げていながら、幸いなことにエヴァンゲリオン各機には目立った外傷や損傷は見られず、作業スタッフの予想は良い意味で裏切られたといえるだろう。

 

 最も深刻なダメージを受けた機体は綾波レイ・トロワの乗っていた0・0エヴァ改。彼女が戦闘中に見せた『天使の鱗』を用いた必殺技の反動で、左腕の上腕の筋組織が内部で千切れていたのだ。

 しかし残念ながら、エヴァの生体部品の修理は容易ではなく、できる事は少ない。生体部品の取り外しと培養による回復を試みて、あとは傷が塞がるのを待つしかない。そこまでの作業を終わらせた作業スタッフは、次の作業、兵装の修理に移行しようとした。

 

 兵装として一番の損害を出したのもまた、0・0エヴァ改であった。0・0エヴァ改の左腕に装備されていた『天使の鱗』の鉄色の八角柱、つまり親機が過剰電力により破損していた。また、ATフィールドのクリスタルを発生させる32個の子機も戦闘中に破損、または紛失していた。

 こちらは再生産自体は比較的容易であるものの、予備パーツの生産自体が消耗に対して追いついていないのが現状だ。

 修理ができる人員は足りているが、肝心の部品がないのであれば、現場の作業スタッフにできる事はない。この時点で、ネルフLUNAの作業スタッフたちは手持ち無沙汰になってしまっていた。

 

 そんなところに、鶴の一声が響いた。

 

『作業スタッフ各員へ通達。日本時間の夜の12時きっかりに、居住区総合ホールへ集合。祝勝会やるわよ〜ッ!あと明日はアスカの誕生日!パーティも派手にやるからね!!』

 

 ネルフLUNA総司令官からの天の声。それを聞いたスタッフ一同は歓声を上げ、目にも止まらぬスピードで整理整頓を終わらせて格納庫を後にした。

 

 

 

 暗く、静寂だけが耳を打つ寂しい格納庫には人影が一つ。

 

 碇シンジであった。

 

 シンジは最終号機、ではなく、その横の壁に貼り付ける様にして格納されている、とある兵装をじっと見つめていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 それはエヴァンゲリオン最終号機のメイン武器であるマゴロックスステージ2。数多(あまた)のオルタナティブ・エヴァンゲリオンを切り裂いた、シンジの愛刀だった。戦闘終了後、宇宙空間に放り捨てられていたものを、アスカが見つけてわざわざ持って帰ってきてくれたのだ。

 

 その見事な刀身(・・・・・)が、暗闇においてもわずかな光を受けて、ギラリと輝いている。

 

(・・・・・・僕の中に残ってる、かすかな感覚)

 

 それはシンジが、『アルマロスになったシンジ』と同調(シンクロ)していたときの感覚。

 

 赤黒い焔に身を包んだ最終号機の中で、シンジが感じていたモノ。

 

天之尾羽張(アメノヲハバリ)・・・」

 

 シンジが呟くように、確かめるように、古代の神剣の名を口にした。

 

(あの炎が、なんだったのかはわからない。けど、あの炎に刀身は確かに飲み込まれたはず・・・。手の中にあったマゴロックスが全く別のモノになったのは、僕自身が一番感じていたことだ)

 

 なのに目の前には、新品同様の武装が見事な調度品のように飾られている。

 

(あの炎は、力は、なんなんだ・・・・・・?)

 

 何一つ、シンジにはわからなかった。自分が手にした力も、その力を振るえた事も、何もかも。

 

 ただ一つ、シンジが確信を持って言えることは──

 

 

 

(僕の中に、僕じゃない何かがいる(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 シンジが自分の右手を何気なく見つめる。

 

 その右手が、その輪郭が、ジジジッと音を立てて乱れた。まるで砂嵐に遮られたように。自分の形を保っていた魂の枠組みが、音を立てて、少しずつ崩れていくように。

 

 

 

 

 

    《お前を選んでやる》

 

 

 

 

 

 シンジの魂に、暗闇に浮かび上がる焔のように、言葉が焼き付けられた。

 

(誰、だ・・・・・・?)

 

 突如響いた声音。忌避感を覚えるような、嫌悪感を覚えるような、声音。

 

 とても聞き慣れているようでいて、しかし、決して認めたくはないと心が叫んでいる。

 

 それは、『碇シンジ』の声音だった。

 

 録音された自分の声を聞けば、きっと同じように感じる事だろう。自分の声を他人が聞けば、きっとこのように聞こえるのだ、と。

 

 自分自身は決してこんな声音では無いと確信を持ちつつも、自分と他人の間にあるフィルターが、ここまで自分の声を捻じ曲げるのだという現実。

 

 その現実が、『自分の声』として、自分の胸の内から、魂から聞こえてくる。

 

 恐れよりもまず先に、拒絶感があった。自分の中に異物が混じった。それを排除したいと願う、圧倒的な拒絶。しかし、決してこの異物を切り離すことはできないだろうという確信もまた、シンジの中にはある。

 

 どうすればいいのか、わからない。

 

 シンジは一人、暗い格納庫の中で佇むしかなかった。

 

 

 

「シンジ?」

 

 

 

 唐突にかけられた声に、シンジの肩がビクリと跳ねた。

 

「・・・・・・アスカ?」

 

 シンジは自身の背後、そこで呆れ顔で立っているであろう女性に振り返る。

 

 振り向いた先には予想通りの最愛の妻の姿。

 

 だがシンジの予想に反して、アスカの表情は曇っていた。

 

「・・・どうしたの?大丈夫?」

 

 自身の夫を心の底から心配した声音。

 

 アスカがほとんど見せることのない表情を見たシンジは、言いようのない不安と、申し訳なさを感じていた。

 

「ごめん、心配かけちゃって。コレ、ありがとう、拾ってきてくれて」

 

 自分でも無理をしているなと自覚しつつも、シンジは無理やりに笑顔を作った。少なくとも、愛しい女性の不安な気持ちを少しでも和らげようと思って。

 

 しかし、アスカの表情は変わらない。ゆっくりと、探るような足取りでアスカはシンジに近付いた。

 

「・・・あはは。ごめん。ちょっと無理やりすぎたよね」

 

「当たり前よ、バカシンジ。アタシをなんだと思ってるわけ?」

 

「僕のことを心から理解してくれる、世界で一番かわいい奥さん」

 

「・・・ふん」

 

 目の前まできたアスカは、シンジの額に手を持ってくると、とても優しく、軽いデコピンをした。アスカなりの気遣いに、今度はシンジも自然に笑う事ができた。

 

「聞いたよ。僕の暴走、アスカが止めてくれたんだって?」

 

「アタシじゃないわ。止めたのはミライ。あとであの子をしっかり抱いてやりなさいよね」

 

「そりゃあ、もちろんだよ」

 

 シンジの視線が、壁にかけられた太刀を見上げる。アスカも釣られるようにそれを見上げた。

 

「・・・・・・どうせ、あんた自身もわかってないんでしょ?あの力の事」

 

「・・・・・・うん」

 

「どっか体に変なところはないの?メディカルチェックでは問題なしだったみたいだけど・・・」

 

それは大丈夫(・・・・・・)。ただ、不安なんだ。僕の知らない力が暴走して、みんなに迷惑をかけそうな気がして・・・」

 

 嘘を、吐いた。

 

 不安な気持ちは、確かに感じている。これは本当だ。体に変なところもない。これも本当のことだ。

 

 だからシンジは、このなんでもお見通しの奥さんに、ごく自然に嘘を言うことができた。

 

 本当の気持ちに紛れ込ませた嘘。もっと深刻な、魂の変調だけは言わない。聞かせたくない。先ほどのアスカの表情を見たシンジは、これ以上の心配をアスカにかけたくなかった。

 

 だから、ほんの少しの本音を混ぜつつ、肝心なところを隠した。アスカにその部分を見抜かれないように祈りながら。

 

「・・・あっそ。まぁいいわ。あんたが解らないってんならアタシにも解らないからね。原因究明と対策は、マヤとリツコに任せましょ」

 

 腰に手を当てて、アスカは小さくため息を吐いた。シンジは何かを隠してる。それはアスカにもわかった。だが意地になったシンジの頑なさをアスカは誰よりも知っていた。きっとここで追求しても、しどろもどろになりながら、シンジははぐらかすだろう。

 

 だから───

 

「シンジ」

 

 呼ばれて振り向いたシンジの顔をガシッと掴むと、強く引き寄せてアスカはキスをした。強引ではあるが、温もりを伝えるだけの優しいキス。

 

「アタシがあんたの思い通りにならないリアルだってこと、忘れんじゃないわよ?」

 

 唇を離したアスカがニヤリと笑う。

 

 いつも、だ。アスカはいつもシンジが挫けそうな時、こうやって笑いかけてくれる。

 

 それがシンジにとってどれだけ救いになることなのか、アスカはきっと理解していて。

 

 シンジの胸に、抑えきれない愛しさが溢れていた。

 

「わかってるよ、アスカ」

 

 目尻に涙を浮かべながら、シンジは強く頷いた。

 

「・・・さぁってと!そろそろパーティー会場に行くわよ!アタシの19歳の誕生日、今年はどんなお祝いしてくれるの?」

 

「特大ケーキを作ってあるんだ。アスカが見たことのないくらい、大きなケーキをね」

 

「ほぉん。アンタ、そういうところは抜け目ないわね」

 

「でしょ?」

 

 くすくすと、二人して笑う。

 

「さぁ、パーティー会場に乗り込むわよ!ほら、さっさと歩くッ!」

 

「わかってるよアスカ。そんなに引っ張らないで・・・」

 

 シンジの手を引き、アスカはずんずんと進む。繋いだ手の温もりがシンジの心を癒す。

 

 しかし、シンジは見ていた。

 

 アスカと繋いだシンジの手が、再びジジジッと音を立てて、輪郭がぼやけていくのを。

 

 

 

────

 

 

 

「かんぱ〜〜〜〜〜〜〜いッ!!」

 

 ミサトの掛け声と共に、至る所でグラスがぶつかる音が響く。その音を肴に、ミサトはゴキュッゴキュッと音を立てて、グラスに注がれたビールを飲み干した。

 

「ぷっはあああああああ〜〜〜ッ!!ウマいッ!!まさしく勝利の美酒ってヤツね!」

 

 ミサトの言う通り、勝利の美酒は美味い。会場のあちこちで談笑が起こり、会場はいっきに宴会ムードへと突入した。

 

 特に、会場の中心にある特大ケーキの前には、若いスタッフを中心として、グラスを片手に女性陣がやいのやいのと騒いでいる。

 

「これ、ホントに碇くんが作ったんだぁ!」

「え、マジ?一人で?ヤバくない?」

「すごーい!早く食べようよ!」

「ダメダメ!碇くんから言われてるでしょ?食べる前にやる事があるって」

 

 特大ケーキ、改め、ウェディングケーキ。何段にも重なった特大ケーキは、文字通り山と言っても過言ではなかった。

 

 そのケーキは広い会場のどこからでも見えるほどの高さを誇り、今日の主役が誰なのかを明確にパーティーの参加者に示している。

 

 それを遠巻きに見ているネルフLUNA首脳陣も、これには苦笑いするしかなかった。

 

「いつかシンジ君に『料理のできる男はモテるぞ〜』とか言ったが、いやはや・・・。もう彼、料理人の道に進んだほうがいいんじゃないか?」

 

 加持リョウジはビールをぐびっと一口飲むと、シンジの腕前を素直に称賛した。

 

「すごいわね、シンジ君・・・。戦争が始まるまえの少ない時間でこんなものを作っていたなんて・・・」

 

「いや、先輩。実はシンジくん、LUNAにいる間に隠れて準備してたみたいですよ。ほら、ミライちゃんとアスカを連れて家を見に来たときとか・・・」

 

「甲斐甲斐しいわねぇ〜!私も誰かそんな男を早く捕まえたいもんだわ!!」

 

 リツコとマヤの会話に混じり、ミサトは自分の横でビールを飲んでいた加持に向けて皮肉を言う。言われた加持は「はは・・・」と笑って顔を逸らした。

 

「ちょっとバカシンジ!いくらなんでもやりすぎでしょ!?」

 

「いや、だって僕たち結婚式してないし、ミライを妊娠してた間はそれどころじゃなかったから・・・。あ!ミライだめだよ!まだ触らないで!」

 

「だぁぶー!」

 

 ケーキの山の向こう側。姿は見えないが、碇シンジとその家族が特大ケーキを前にしてわちゃわちゃと騒いでいる。

 

「あーはいはい!ミライこっちおいで!あんたにケーキはまだ早い!」

 

 山のようなケーキはミライにとって見たことのない宝の山。目の前のそれから離されたミライは不機嫌になる。シンジからミライを抱きとったアスカはあやしながら、ミライと一緒にシンジを睨んだ。

 

「ほぉ〜んと、パパはやる事が極端なのよね〜」

 

「ぶー!ばー!」

 

「ねーッ!」

 

 アスカとミライが、親子にしかわからない意思の疎通を交えるなか、シンジは気まずそうに、それでもケーキ入刀用のナイフを用意する。

 

「アスカ」

 

「ん」

 

 シンジの真剣な眼差し。それにアスカも真摯に応えた。

 

「言うのがだいぶ遅くなっちゃったけど、しっかり言ってなかったから、言うよ。僕と家族になってください!」

 

 緊張した面持ちでナイフの柄を差し出す。それを見た周りの女性陣からきゃーっ!と歓声が上がった。

 

 当のアスカは差し出されたナイフの柄を見ながら、ふんっと鼻を鳴らした。

 

「今さらすぎるでしょ、バカシンジ。娘もいる状況で断るとでも思ってんの?」

 

「いや、それはないと思いたいけど・・・」

 

「そこは自信持て!」

 

 アスカはひったくるようにナイフの柄を握っていたシンジの手を取ると、

 

「ミサト!」

 

「イエスマム!」

 

 ミサトに合図を送った。

 

『あー、テステス!オッケー、マイク入ってるわね・・・。それでは皆さま!会場の中心をご覧ください!ただいまより新郎新婦による初めての共同作業を行っていただきましょー!ケーキ、入刀!』

 

「どおりゃあああッ!!」

 

 ミサトの宣言とともに、アスカは気合いを込めてナイフを振り下ろした。ウェディングケーキの中段から下段にかけて、見事な太刀筋でナイフが入刀された。

 

 わぁっ!と会場全体から歓声が上がり、万雷の拍手が二人に贈られた。

 

「・・・・・・なんか、ちょっち違くない?」

 

「いいんじゃない?アスカらしくて」

 

 ミサトとリツコが苦笑する。その横で、ゲンドウがもう何本目かわからないワインの栓を抜いていた。

 

「ゲンドウさん」

 

「大丈夫だ、問題無い」

 

 リツコの注意に、全く安心できない返事をするゲンドウ。まあ、たまには良いかとリツコもグラスを傾ける。空いたグラスに、ゲンドウがすかさずワインを注いでいた。

 

「アスカ、誕生日おめでとう」

 

「ありがとう、シンジ。これからもよろしくね」

 

「だぁーだっ!」

 

 シンジとアスカが、ミライを真ん中にして優しく抱き合う。それを見た観衆から、改めて拍手が贈られた。

 

「碇くん。アスカ。おめでとう」

 

 そんなシンジたちに近づいたのは、綾波レイ・トロワ、シス、そしてカトルだった。

 

「シンジー!アスカ!おめでとー!」

 

「ありがとう。シス」

 

「ミライちゃんもね〜!」

 

「でぃぶー!」

 

 シンジとアスカ、そしてミライが笑顔で応える。ただ、トロワとシスの後ろにいるカトルは気まずそうだ。

 

「・・・・・・おめでとう、と一応言っておくわ」

 

 カトルは口角を上げつつも、どこか悔しげな表情をしていた。

 

「これで、私たちは用無しね。アスカと一緒に、もう築いてるけど、幸せな家庭を築きなさいよ」

 

 それは皮肉とも嫉妬とも取れた。碇シンジを諦めきれないカトルの、最後の悪あがき。

 

 それを見たトロワが、ぺしんとカトルの頭を軽く叩いた。

 

「ちょ!何よ、バカ姉!」

 

「バカはアナタ。碇くんは、アスカは、そんなに小さくない」

 

「え?」

 

「そーいう事よ!」

 

 叩かれた頭を押さえていたカトルに、ミライを抱いたアスカが近づいた。

 

「最初の約束通りよ。正妻はアタシ!最初に子供を産んだのもアタシ!それをあんた達はしっかり守ったでしょ。だから、あんた達はもう、アタシやシンジの家族なのよ」

 

 そう言うと、アスカはミライをひょいっとカトルに渡した。赤ん坊を抱き慣れてないカトルは慌てたが、ミライは小さな手でカトルの服を掴むと、その胸元にすりすりと頬を寄せた。

 

「────っ」

 

 カトルの胸に、温もりが満ちていく。

 

「ほら、ミライもあんたに懐いてる。今後はあんたもシンジの妻で、ミライのママよ。しっかり面倒見てよね。・・・シンジ!あんたもそれでイイわね!?」

 

「そこで僕に振るの!?」

 

「あったりまえでしょッ!?」

 

「いや、僕はトロワともカトルとも、その、結婚できるなら嬉しいけど、いいのかな・・・?」

 

「碇くんのお嫁さん。うれしい・・・」

 

 トロワが赤らめた頬に両手を当てる。

 

「あ、シスはどうする〜?シンジの嫁候補になる?」

 

「ワタシはやめとく!シンジは好きだけど、もっと好きな人がいるし!」

 

「・・・貴女は素直になりすぎじゃないかしら」

 

 アスカの誘いをキッパリと断るシスに、カトルは顔をしかめた。妹が素直になるのは喜ばしい事だが、戦争を経験した事で、シスの素直さは限界突破を遂げたらしい。

 

 胸元でうごうごと動き回るミライを落とさないように抱きしめながら、それでもカトルの表情は優れない。

 

「嬉しい申し出だけど、私もお断りするわ。だって、私はアルマロスとともに世界を壊そうとした人間で・・・」

 

『あー!あー!ただいまマイクのテスト中!It's fine day(本日は晴天なり)!ここでネルフLUNAから重大なお知らせがあります!』

 

 突然、会場中にネルフLUNA総司令としてのミサトの陽気な声が響いた。

 

『今回の戦争。歴史上初の宇宙戦争は、幸いなことにネルフLUNA側に死者は出てないわ。今怪我してる人たちもよく頑張ってくれた。パーティーには参加できていないけど、きっと彼らも病室でお祝いしているでしょう!』

 

 ミサトの言葉に、皆がシンと静まり返る。暗い沈黙ではない。だが、今日体験した出来事は皆の記憶にしっかりと刻まれており、それを乗り越えて生き延びたという実感をそれぞれが噛み締めていた。

 

『私たちはこの上なく逆境に立たされていた。ネルフLUNAの戦力は少なく、防衛手段も限られていて、敵はこちらを圧倒する数で攻めてきた。ここで私たちが美味しいお酒を飲めているのは奇跡と言っていいでしょう。でもね・・・』

 

 そこでミサトは言葉を切り、ウェディングケーキの近くにいるシンジ達を、いや、カトルを見た。

 

『奇跡でもなんでもない。私たちが生き延びたのは、エヴァに乗って戦ってくれたパイロット達、現場や司令所のみんな、そして何より、私たちをずっと身を削って守ってくれた、綾波レイ・カトルのおかげよ!!』

 

 ミサトの言葉とともに、会場中から今まで以上の拍手が起こった。

 

『カトルは確かに、アルマロスと共に世界を壊そうとした大罪人だった。でも、それでも彼女は決して私たちを見捨てず、ATフィールドで私たちを守りきった。カトルが自分の意思でATフィールドを解けば、私たちはこの場に絶対にいなかった。カトルは自分の意思で、私たちネルフLUNAを守ってくれた!だから、私はネルフLUNA総司令官として、彼女に恩赦を出すわ!誰が何を言おうと、文句は言わせない!私たちネルフLUNAは、彼女を我々の一員として、改めて迎え入れる事をここに宣言しますッ!!!』

 

 割れんばかりの歓声が、会場の空気を震わせた。

 

 呆気に取られるカトルの肩を、トロワが優しく叩く。

 

「ね?」

 

「・・・・・・なにが、「ね?」よ。貴女、何もしてないじゃない。本当、キツかったんだから・・・」

 

 カトルの言葉尻が震える。

 

 どこかで諦めていた。自分のやってきた事は、決して正しいものではなかったかもしれない。だから、カトルは遅かれ早かれ、自分は処刑されるだろうと考えていた。自分の命を諦めていた。

 

 それが、怖くないはずがなかった。ずっと独房の暗闇の中で、いつ自分の最期が訪れるのかを震えながら待っていたのだ。

 

 それが、許された。生きていて良いと、この場にいるすべての人間が認めてくれている。

 

 死ななくていい。それが、どれだけカトルの心を救ったか。

 

 カトルの目から、涙が溢れ出した。

 

「う、うぅ、うああ・・・・・・」

 

 涙がパタパタと、胸元のミライの顔に落ちる。それを不思議そうに見ているミライが、カトルを慰めようとカトルの胸をトントンと叩いた。それを受けて、カトルは優しく、しかし強くミライを抱きしめる。

 

「カトルぅ・・・」

 

 シスもカトルの服をつまむ。アスカとシンジも、優しい眼差しを向けていた。

 

「これで、碇家も安泰ね」

 

 にかっと、アスカがシンジに笑いかけた。シンジも釣られて笑顔になる。

 

「まあ、頑張るよ。みんなが幸せになるように」

 

「違うでしょ、シンジ。みんな『で』幸せになるのよ」

 

「あはは。そうだね」

 

『さぁーーーーーっ!!みんなグラスにお酒注いで!ネルフLUNAの勝利に!アスカの誕生日に!新たな碇家の誕生に!!』

 

 

 

『「乾杯ッ!!!」』

 

 

 

 楽しい時間はすぐに去ってしまう。真夜中のネルフLUNAは、窓から見える巨大な月を肴に盛り上がっていく。ステージ上では青葉を中心とした有志のバンドが楽器をかき鳴らし、宴会に彩りを加えていく。

 

 今日を生き延びたネルフLUNAは、自分たちの生命を実感し、生きる喜びを爆発させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「葛城総司令ッッ!!」

 

 

 

 

 

 楽しい時間は、すぐに去ってしまう。

 

 

 

 

 

「どうしたの日向くん!何があったの!?」

 

「ニュースを!すぐにニュースを見てくださ・・・、ああもうッ!すみません!プロジェクター借りますよ!」

 

 飛び込んできた日向は機材をいじり、ステージ上に地球のニュースを映し出した。ライブバンド組が慌ててステージ上から降りる。

 

 ステージに映し出されたニュースは、ヘリコプターからの映像だろう。アナウンサーがまくし立てるように現状を視聴者に伝えていた。

 

『大変な事になりました!日本の国会議事堂が!日本の象徴とも言える首都が!!炎に包まれています!たった一人の巨人に、日本の首都が蹂躙されています!!こんなことが、許されるのでしょうか!?これは明確な侵略行為です!私達の真下で暴れているのは、おそらくネルフユーロの・・・・・・あ!!』

 

 画面を、強烈な閃光が襲った。

 

『現場リポーターのナルセさん・・・?ナルセさん!?どうしました!?・・・・・・おい!連絡取れるか!?すぐに安否確認を・・・・・・』

 

 画面上を砂嵐が覆い、ニュースキャスターの切迫した声が事の重大さを伝えてくる。

 

 

 

 

 楽しい時間は、

 

 

 

 

 

 唐突に、終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 つづく

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