シン星紀エヴァンゲリオンー神も泣くかもしれない   作:サルオ

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q.この星の海に産まれた者として

 

 とある建物の屋上で、夜空を見上げる女性がいた。

 

「はぁ〜あ。まさか、こんな形で戻ってくるなんて、ついてないにゃ〜・・・」

 

 女性は無造作に伸ばした髪を夜風に散らされながら、手にしたコーヒーを一口啜る。冬の寒さでとっくに温くなっていたコーヒーは、白衣を羽織った彼女には物足りなく感じたようだ。

 

「まぁ、面白いものも見れそうだし。人〜生ラックッあ〜りゃ苦ぅ〜もあ〜る〜さ〜ってね♪」

 

 女性は残り少なくなったコーヒーを一気に飲み干すと、ふはぁっと白い息を吐き出す。夜風がそれをさらい、星の海へと連れ去っていった。

 

「とはいえ、今回は中々の無茶振り・・・。流石に心折れそ〜!歳も歳だし、あんまり無茶したくないんだけどなぁ」

 

 女性がそう呟いた時、彼女の後ろでドアの開く音がした。振り返ればそこには、黒服にサングラスの男性が銃を構えて立っている。

 

「こちらにいらしたのですね。探しましたよ」

 

 黒服は銃を構えながら、ゆっくりと女性に近付いてくる。

 

「お聞きしたい。貴女は『どちら側』ですか?」

 

「それって聞く意味のある質問?」

 

「・・・・・・いえ。悪ふざけが過ぎましたね」

 

 黒服が拳銃を下ろす。

 

「貴女は誰の味方でもない。でしょう?」

 

「それは言い過ぎ。私は私が好きな人の味方だよん」

 

 女性はそういうと、手にしたマグカップから手を離した。重力に任せて落下したマグカップは、地面にぶつかって粉々に砕け散る。

 

「少しは抵抗した、っていう演出。どう?」

 

「あまり意味はなさそうですが・・・」

 

「わぁかってるよ。んで?私はどこに連れて行かれるのかにゃん?剣崎さん、だっけ?」

 

 女性は両手を上げ、降参の姿勢を見せた。それに対して黒服の男、剣崎キョウヤも銃を仕舞う。

 

「まずはジル・ド・レェ司令の所に。話はそれからになります」

 

「はいはい。もう好きにしちゃって〜。年増だけど、胸には自信あるよん?」

 

「そういった対応をジル司令が求められるのであれば、ですが・・・」

 

「ジョーダンだよ、ジョーダン。真面目なんだね、剣崎さんは」

 

 にゃはは、っと軽い笑顔で返す女性を見た剣崎は黙って踵を返す。付いてこい、という事らしい。

 

「まあ、今回のアタシはボーナスタイムみたいなもんだからね。やれるだけの事はやりますよ〜んっと」

 

 剣崎とその後ろに続く女性。2人は寒空の下から避難すべく、屋上を後にした。

 

 

 

 ここはネルフユーロの研究棟。つい先ほどまで階下では血生臭いクーデターが起きていたはずだが、今は静寂そのものだ。どうやら事件は無事、収まったらしい。それが誰にとっての『無事』かは、捉え方次第だ。

 

 そして、それと共に、新たな陰謀の幕が上がる。

 

 いまこの場から去った彼らが舞台に上がるのは、もう少し先のことになるだろう。

 

 

 

──────

 

 

 

 「集中治療室」と掲げられた部屋の前には、シンジとアスカ、そして三人の綾波レイが、皆一様に俯きながら吉報を祈るようにして待っていた。

 特にカトルは、自分の心を癒してくれた幼子が、自分の腕の中で動かなくなってしまったことに、強いショックを受けているようだった。涙で泣き腫らした顔を隠すこともなく、両手を握りしめて、幼子の無事を祈っている。その肩を優しく抱くのは、彼女らの姉、トロワであった。

 

「ミライちゃん、だいじょうぶかなぁ・・・」

 

 いつもは元気いっぱいのシスも、流石に事態の重さを理解しており、ずうっと集中治療室のドアを眺めている。

 

 そのミライの両親であるシンジとアスカは、治療室の前に備え付けられているベンチの上で、ただ項垂れていた。無理もない。彼ら夫婦にとって、ミライは特別だった。

 

 アスカのお腹の中で、生まれるまで2年成長してきた我が子。懸念されていた身体的特徴の齟齬などはなく、極々普通の赤ん坊として生まれてきてくれたこと。その事に感謝しつつ、家族として3人で過ごした日々は、シンジとアスカの幸せの象徴だった。

 生まれてから三か月弱。特に異変もないため半ば安心しきっていたタイミングで、ミライに起きた異常事態。原因は不明。しかしそれでも、「何か自分たちが悪かったのだろうか」と考えてしまうのは、この二人が立派に親として成長している証だ。

 

 ただ、その証としてこれだけの精神的苦痛を受けるとは、夢にも思わなかったのだが。

 

「碇くん。アスカ」

 

 トロワが優しく、二人に話しかける。

 

「だいじょうぶ。ミライちゃんは強いわ」

 

「悪いんだけどトロワ。アタシ、今なにを言われても腹が立ちそうなの。少し黙っててくれる?」

 

 それに刺々しく応えたのは、母親であるアスカ。

 

「八つ当たりだって、わかってる。でも、ごめん。今は、ほんとにムリ・・・・・・」

 

「アスカ・・・」

 

「なんでよ・・・。なんで、アタシはあの子の異常に気付けなかったの・・・?母親で、いつも一緒にいるはずのアタシが、あの子がこんなになるまで気付けないなんて、あり得ないでしょ・・・・・・」

 

 あり得ない。それは、アスカが自分の不甲斐なさゆえに吐露した言葉。その言葉とともに、アスカは堰を切ったように嗚咽を漏らした。その肩を、シンジがしっかりと抱きしめる。

 

「大丈夫。絶対、大丈夫だよ。アスカ」

 

「うぅ、うううう、うあああああ・・・」

 

 シンジは妻と、自分に向けて「大丈夫」と言い聞かせた。しかし、それでも不安は拭えない。アスカの静かな慟哭とともに、シンジの頬にも涙が伝った。

 

 不甲斐ない親。その重圧に、あとどれだけ耐えなくてはならない?いや、もしかしたらこの重圧は、最悪の場合が起こればそのまま二人を押し潰してしまうだろう。「絶対にそんな事は起きない!」と強く思う一方で、「もしあの扉から、ミライが出てこなかったら?」という不安も取り除けない。

 

 彼らはただ自身の心に戒めと後悔の傷を刻み続けながら、ひたすらに待つことしかできなかった。

 

 

 

 やがて───、

 

 

 

「お待たせ」

 

 

 

 集中治療室から出てきたのは、医師としての職分も全うする赤木リツコ博士と、その助手として同席した伊吹マヤ技術マネージャー。

 

 その二人だけ、だった。

 

「・・・ッ!ミライ、ミライは!?」

 

 アスカが取り乱したようにリツコに縋り付く。泣き腫らしたアスカの顔を見たリツコは、安心させるように笑顔を返した。

 

「だいじょうぶ。ミライちゃんは元気になったわ。今はまだ、治療中だから出てこれないけど・・・」

 

「そんな・・・嫌よ、リツコ。ミライに、ミライに会わせてぇっ!」

 

「アスカ!」

 

 取り乱したアスカを、シンジは後ろから抱きしめた。

 

「大丈夫・・・!リツコさんが大丈夫って言ったんだ。大丈夫なんだよ、きっと・・・」

 

「ええ、ミライちゃんの体調については順調に回復に向かってるわ。そこは保証する。かなり焦ったけどね」

 

 リツコはアスカの両手を優しく振り解くと、ネルフLUNAの廊下の壁に背を預け、懐からタバコを取り出した。

 

「マヤがいなかったら、きっと私には原因はわからなかった。だから感謝するなら、どうぞ、マヤに・・・」

 

「いえ、先輩のおかげです。私はキッカケに気づいただけですし・・・」

 

「キッカケ・・・」

 

 シンジとアスカは、マヤの言葉をオウムの様に返した。その反応に、マヤとリツコは頷いた。

 

「この後、貴女たちはミライちゃんに会ってもらうわ。ただ・・・一本だけ吸っていい?」

 

 そう苦笑しながらタバコを見せてくるリツコに、シンジは手の動きで「どうぞ」と促した。それを受けて、リツコはタバコを咥えると火をつけ、実に美味そうに煙を肺に迎え入れた。

 

 ふぅーーーっと長い煙を吐き出すリツコ。その顔が、少しだけ強張る。

 

「先に言っておくわ。ミライちゃんは元気。これは間違いない。ただ、今、私達がとった『治療方法』については、おそらくみんなビックリすると思うわ。だから、何があっても驚かないって約束、できるかしら」

 

 リツコの試すような眼差しに、いつもなら「はいっ!」と即答するはずのシンジとアスカは気圧されてしまったのか、すぐに返答する事ができなかった。

 だが、自分たちの娘は元気。この言葉を信じて、リツコの指示に従うしかない。二人も、その後ろにいたトロワ、カトル、シスも、黙って頷いた。

 

「強いわね、貴方達。いや、強くなった、って言い方の方がいいのでしょうね」

 

 

 

 

 リツコに連れられて皆が通されたのは集中治療室のさらに奥、かつ、ネルフLUNAの外壁に沿った形で設立された、宇宙空間での作業および実験を行うための小実験室。ネルフLUNA技術部管轄の狭い部屋だった。小さな会議室ほどの広さはあるが、この部屋には机や椅子といったもの、それどころか細かな装飾といったものが存在しない。なんとも殺風景な部屋であった。

 それも当然と言えば当然。この部屋は、さらに奥にある部屋から宇宙服を着た作業員がネルフLUNAの外に出るための準備をする、そのためだけのエントランスなのだから。

 この部屋には大きな窓があり、そこから太陽光が室内に照射されている。フィルターとして何十にも重ねられたガラス窓であり、これが無ければ、部屋に入った瞬間に人間は焼け死んでいるだろう。

 

 そんな危険な場所に、娘がいる。そう聞かされたシンジ達は気が気ではなかったが、意を決して部屋に入ってきたのだ。

 

 だがそこに、ミライの姿は無かった。

 

「ちょっとリツコ!どういう事!?説明して!ミライはどこなの!?」

 

 ヒステリックに声を荒げるのはアスカ。彼女の疑問はもっともで、それはこの部屋に通された全員が思っていた事だ。ただ最初に声を上げたのがアスカなだけだ。

 

「落ち着いて。ミライちゃんならあそこよ」

 

 落ち着いた仕草でリツコの指が示したのは、窓の『外』。

 

 シンジとアスカの顔が一気に青ざめた。

 

 シンジとアスカはベタァッと窓に張り付く。窓から見える景色は無限の暗闇に浮かぶ星々と、いささか大きく感じる太陽。

 

 そして、ネルルLUNAから伸びたチューブの先に取り付けられた、簡易的なエントリープラグのようなカプセルであった。しかもそれには、窓があった(・・・・・)

 

「ミライぃッ!!」

 

 シンジが悲鳴を上げる。途端、アスカはリツコに踊りかかった。

 

「アタシ達の娘に何してんのよ!!?」

 

「くっ、アスカ、落ち着いて・・・」

 

「できるかッ!あんた、ミライを殺す気!?あんな場所であんな粗末なカプセルで!太陽光や放射線なんか防げるわけないでしょ、赤ん坊が生きられるわけないでしょッ!!?」

 

「アスカ!アスカ、待って!」

 

 リツコに組み付いたアスカを引き剥がそうと、マヤがアスカを後ろから羽交締めにした。

 

「クソ!クソ!なんなのよ!早くミライを、戻さないと、死んじゃうじゃないッ!!」

 

「違うのよアスカ!ミライちゃんはあそこじゃないと『生きていけない』の!!」

 

 

 

「は?」

 

 

 

 あまりにも突拍子もないマヤのセリフに、アスカは毒気を抜かれてしまった。

 言っている意味がわからない。一体なんの冗談だ?ミライがあそこでないと生きていけない?あんな、あんな狭いカプセルの中だけ?

 

「ふぅ・・・、いい?みんなも落ち着いて聞いてちょうだい」

 

 乱れた白衣を正しながら、リツコは大きく息を吸って、吐き出す。そして意を決したように説明を始めた。

 

「地球上、いや、太陽系に生きる全ての生物は、太陽無しでは生きられない。太陽の光は女性のお肌にとって大敵のUVを照射しているけれど、それよりも重要なのは太陽光によって生物の体の中でビタミンDを生成することよ」

 

 リツコが面々を見渡す。

 

「ビタミンDはカルシウムの吸収を助け、より強い骨を作る。それ以外にも免疫の機能調整や維持にも役割を持ち、ホルモンに働きかけて体中の細胞に様々な指示を出す、重要な成分なの。

 

 ミライちゃんには、それが不足していた。あの子の症状はその欠乏症、それと酷似していたの」

 

「そーなの?」

 

 無邪気に問い返すのはシス。そのシスは、さらに上乗せで質問をした。

 

「あれ?でもミライちゃん、普通にネルフLUNAの中で遊んでるよね?お日様の光もしっかり浴びてたと思うんだけど・・・?」

 

「そうよ、シス。だからこそ私達は気付けなかった。何か別の要因だろうと、必死に手を尽くしたけどどれも空振り。そんなところに、マヤからの助言があったの」

 

「はい。もしかしたら『足りない』んじゃないかなって・・・」

 

「足りない?」

 

 シンジがアスカの肩を両手で抱きながら聞き返した。

 

「ええ、シンジくん。ミライちゃんは一見、普通の子供と何も変わらない。でも、やっぱりミライちゃんは『新しい人類』なのよ」

 

 否定でも、ましてや差別などでもない。ただの、純然たる事実。

 

「私が見てきた限りでは、シンジくんの精子とアスカの卵子、それと異常なまでの細胞分裂を繰り返して産まれてきたミライちゃんは、やっぱり普通の子じゃなかったの。ミライちゃんは恐らく、体内のエネルギー消費量がとても多い。それはきっとあの異常な細胞分裂から得た、新人類としての肉体強度に関わってると私は仮説を立てた・・・」

 

 マヤが掛けていたメガネの位置を直す。

 

「普通の食事は、アスカのお乳で多分大丈夫。アスカはエヴァと融合できる人類だから、きっと母乳にはミライちゃんに必要な成分がたっぷり入ってるんだと思う。・・・後で検査してみていい?アスカ」

 

「んなもん、いくらでも持ってっていいわよ。それより!ミライはつまり・・・どういうことなのよ!?」

 

「ミライちゃんに必要なのは大きく3つ。一つは食事。一つは環境。そして最後はもちろん、酸素がある事・・・」

 

 マヤに代わってリツコが説明を続ける。

 

「新人類であるミライちゃんは、地球上で得られる通常の日光ではまるで足りない。常人の被爆許容範囲を遥かに超えるX線や大量のガンマ線とそれと荷電粒子。あの子が必要としてたのは、ソレだったの」

 

 リツコが携帯端末を取り出して操作すると、部屋の壁の一面にミライの姿が映し出された。

 

「だぁーだ!んーま!」

 

 きゃっきゃっと、まるで何事もなかったかのように元気な姿のミライが笑っている。その笑顔を見て、アスカとシンジは緊張の糸が切れたのか、ずるずるとその場にへたり込んだ。

 

「よかった・・・よかった・・・!」

 

 シンジが嗚咽を漏らす。その様子に、トロワたちもホッと胸を撫で下ろした。

 

「まるでこの星の海で生きるために産まれてきたような子。地球上では恐らく長くは持たなかった。ネルフLUNAに連れてきて正解だったわね、シンジ君?」

 

「はい・・・はい・・・ッ」

 

 シンジが顔を覆う。横のアスカも静かに涙を流して安堵の表情を見せていたが、その顔が何かに気付いたように凍りついた。

 

「リツコ・・・・・・」

 

「・・・何かしら。アスカ」

 

「・・・・・・さっき、『酸素も必要』って言った?」

 

 震える声で、アスカが聞いた。

 

 その質問は、リツコの想定の範囲内であった。

 

「その通りよ。アスカ」

 

 その肯定を聞いたチルドレン達は、一様にばっとリツコの顔を凝視した。

 

「つまり、ミライは酸素のある宇宙空間でしか生きられない?」

 

「そうよ、シンジ君。そして、そんな矛盾した環境が整った場所は、人類が到達できる範囲ではこのネルフLUNAの中だけ。彼女は、ネルフLUNAが無くなってしまえば生きていけないの」

 

 その言葉が、その事実が、まるで鈍器で殴られたような衝撃をシンジとアスカ、そしてトロワ達に与えた。

 

「将来的にミライちゃんがどうなるか、現段階ではわからない。もしかしたら成長と共に、地球でも生きられるようになるかもしれない。でも今は、この子はココでしか、生きていくことができないわ」

 

 リツコにしては珍しい鎮痛な面持ちとは逆に、画面のミライは屈託なく、笑っていた。

 

 

 

───

 

 

 

 ミライが元気を取り戻したということで、シンジとアスカ、そしてトロワ、カトル、シスはミライを連れて、碇家に帰宅していた。今は授乳を終えてお腹いっぱいになったミライが、寝室のベッドの上で大の字で眠っている。

 

「この寝相だけ見りゃ、豪快な子なのにね」

 

「アスカにそっくりだよ」

 

「どーいう意味よ?」

 

 場を和ますジョーク。言われたアスカもわかっているから、少し笑いながらシンジを睨みつけた。

 

「カトル、こっち来て」

 

 アスカが部屋の隅で不安そうに突っ立っているカトルに声を掛ける。カトルは言われるがまま、恐る恐る、ベッドに近づいた。

 その手をアスカが取り、ミライの頭の上にそっと乗せてやる。途端、ミライは寝ながらにニコォと笑顔になった。

 それを見たカトルの目尻に涙が浮かぶ。

 

「アタシ達がいない間、ミライのこと、任せたわよ」

 

「・・・ええ。わかった。任されてやるわよ」

 

 アスカとカトルは目を合わせて強く頷きあう。それを見たシンジも、意を決したように頷いた。

 

「行こう・・・!」

 

 シンジを先頭に、カトルを除いたチルドレン達が扉を潜る。覚悟と決意、そしてシンジを中心とした碇家の絆を胸に宿して。

 

 

 

 

 作戦司令室では、ミサトを中心にネルフLUNAの各設備チェックが進められている。ネルフLUNA運営のための日常業務だ。先程まで行われていた作戦会議は、ミライの騒ぎが起きたことで中断されていた。

 

 そこに、シンジ達が入室してくる。シンジが室内を見渡せば、ミライを診てくれたリツコやマヤの姿も見てとれた。振り返ったミサトが優しい笑みを湛えていることから、恐らく報告は上がってきているのだろうと推測できる。

 

「ひとまずは安心ね、シンちゃん」

 

「はい。お騒がせしました」

 

「いいのよ。ミライちゃんは私たちの希望の星なんだから」

 

 そう言うとミサトは両手をパンパンと叩いた。作業していたスタッフ達の手が止まる。

 

「さーて。じゃ、作戦会議の続きをやるわよ。だけどその前にシンジ君。あなたの今の最優先事項を教えて?」

 

 ミサトが優しい笑顔で、シンジに質問を投げ掛けた。受けたシンジの瞳には、強い決意の光。

 

「家族を守る事です。アスカやトロワ、それにここで一緒に過ごしてきたみんな。何よりミライを守りたい。だから僕の今の最優先は、このネルフLUNAを守る事です」

 

「よろしい。それが聞けて安心したわ。じゃあさっきの続き。私の考えた作戦を説明するわよ」

 

 ミサトが腕を組んで、集まった面々を見渡した。

 

「最初に言っておくわ。シンジ君に確認を取ったけど、私たちの最優先事項は生き残る事。そのために、ネルフLUNAを守る事。これを主軸にして作戦を練らなければならない。だから、私がこれから話す作戦は『日本を救うためのものじゃない』って事だけは理解しておいて」

 

 ミサトの非情とも取れる決断であるが、それを否定する者はいない。

 

「今の私たちが取れる最善手は、地球で起きているイザコザの一切を無視し、ここで戦力を整えて静観すること。これが一番被害が少なく、かつ、こちらの体勢を整える一石二鳥の作戦よ」

 

 でもね、とミサトは続けた。

 

「それは短期的な視点で見た場合の話。時間が経てば、相田ケンスケとあのエヴァもどき『シェムハザ』は、より強固なエグリゴリを増やし続けるかもしれない。また、ネルフユーロとエグリゴリが結託していると仮定した場合、シェムハザが本当に七日間で日本を落とせば、他国は相田ケンスケとユーロに服従する可能性もあるわ。そうなったらホントに手が付けられない。今日、私たちが撃破した連合軍に加えて、使徒やエンジェルキャリアーも含めた最強の軍隊が、このLUNAに攻め込んでくるのが最大のリスクよ」

 

「その通りだ、葛城総司令。だが、どんなに逆立ちをしてもLUNAの戦力は少なすぎる。それを割いてまで、相田ケンスケとシェムハザを倒すだけのメリットがあるだろうか。先程、総司令が言った通り、ユーロやASIAが攻め込んでくるリスクも無視はできない」

 

「ご指摘ありがとう、碇副司令代理。でも、だからこそ私が立てる作戦はこう。『戦力を分散させた両面作戦でもって、敵方の戦力を削りつつ、いまのLUNAに打ち込まれた楔を断つ』」

 

「!!?」

 

 首脳陣全員が目を見開いた。あり得ない作戦だ。三機しか使えないエヴァを分散させて、両面作戦などと。先ほどのゲンドウのリスクに対する回答になっていない。

 

「・・・本気か?」

 

 ゲンドウが半ば怒気を孕んだ確認を取る。

 

「本気よ」

 

 しかしミサトも引かない。

 

「納得のできる説明をしてもらおう」

 

「もちろん。ただその前に一つ確認を。冬月先生」

 

「ん。なんだね」

 

「冬月先生から見て、ウチの子達。エヴァ単体の戦闘能力をどう評価されます?」

 

「・・・・・・なるほど。君の隣でアルマロスと戦ってきた私の私見がほしい、と」

 

「ええ」

 

「・・・はっきり言おう。守るべきものがない、いや、足手纏いがいない状況であれば、それぞれが間違いなく地球最強の兵器だ。君達のこれまでの戦争は撤退戦と防衛戦だった。そうではない強襲作戦であれば、エヴァ単機でも相当な戦果を得られるだろうな」

 

「ありがとうございます。私も同意見です」

 

 ミサトは確認を終えると、チルドレンを含めた全員に改めて向き直った。

 

「今回の強襲作戦の目的はただ一つ。ゲリラ戦を仕掛けて、今のうちに少しでも敵戦力を削る事。ターゲットはエグリゴリとネルフユーロ。この二つに絞ります」

 

「待て。ネルフユーロだと?エグリゴリだけでなく?」

 

「そうです。エグリゴリのいる日本にはシンジ君と最終号機が、ユーロにはアスカエヴァ統合体が担当します」

 

「一機ずつ!?」

 

 流石に冬月も驚きの声を上げた。エヴァの性能面をミサトに伝えはしたが、まさか本当に単機で攻め込もうなどとは考えていなかったからだ。

 

「殲滅作戦ではなく削り。無理に深追いはせず、嫌がらせのようにゲリラ戦を仕掛ければ、作戦成功率は格段に上がるかと・・・」

 

「待て葛城。もし本当に実行するつもりなら、それならばやっぱりエグリゴリに集中させた方がいい。ユーロを削るのは後でも問題ないはずだ」

 

 加持も反対意見を述べるが、ミサトは黙って首を横に振った。

 

「ダメよ加持くん。ユーロにはどうしても攻め込まないといけないの」

 

「なぜ?」

 

「あそこに私達にとっての楔、鈴原君達がいるからよ」

 

「・・・!相田の情報を鵜呑みにする気か!?」

 

「それはオマケ程度で構わない。私が楔と言っているのは、ウチの子達が、将来的に友達と殺し合う運命をどうにかして変えたいからよ。鈴原君たちが敵方にいる限り、どうしたってシンジ君たちの決断は鈍るわ。相田の提案に乗るのは癪だけど、後々の事を考えるなら彼らを救出することが大きな意味を持ってくるはず。彼らを助け出し、ネルフLUNAまで連れてくることができれば、シンちゃんたちも本気で戦えるわよね?」

 

 最後の問いはシンジに。シンジは力強く頷いた。その横で加持は口に手を当てて考え込んでいたが、やがて再び口を開いた。

 

「なら、やはり両面作戦より、ユーロに集中させた方が・・・」

 

「ダメよ。この作戦を両面作戦にしてるのはね、エヴァの移動をどれだけ隠密にできるかが掛かってるからよ。地球は今、ネルフLUNAへの監視体制を強化してるはず。そんな中でエヴァを二機、どうやって地球に送り込むの?しかも救出作戦の方はなるべく隠密かつ速やかに遂行した方がいいのに、宇宙からエヴァが飛んできたら隠密どころじゃないわ」

 

「お前、まさか・・・!」

 

「シンジ君」

 

 ミサトの考えがなんなのか、加持は答えに辿り着いたと同時に戦慄した。それを無視して、ミサトは再度シンジに問い掛けた。

 

「アナタの覚悟を試すことになるわ。アナタには『光の回廊』を使って、ド派手に日本に向かってもらいます。要はアスカ達を地球に安全に降ろすための囮よ。できる?」

 

「はっはっはっ!なるほど、ジル・ド・レェがやったクーデターを隠すための作戦を、今度はこっちがそのままお返ししてやるというわけか!」

 

 冬月が豪快に笑った。

 

「その通り。シンジ君。まずは九州方面のどこでもいいから降り立って、せいぜい派手に暴れてちょうだい。アスカ達を守るために。鈴原君達を助けるために。やれる?」

 

「・・・・・・やります。やらせてください。暴れ回ればいいんですよね?」

 

「思いっきりね!」

 

 シンジの決意に、ミサトは親指を立てた。

 

(その方がいい。僕のよく分からない力。アレを制御するには、僕一人でいろいろ試す方が好都合だ)

 

「ねぇ、結局のところ本命はユーロって事よね?アタシ一人で探し回るのは結構キツいわよ?」

 

「いや、そういう事なら俺もアスカに同行する。相田のデータを持ってるのは俺だし、ユーロに潜伏させてる防諜部との連絡も俺の方が得意だ。その方がスムーズだろ?」

 

「そうね。悪いけど加持君はアスカと同行で。・・・構いませんね?碇副司令代理」

 

「・・・君が総司令だ。かなり無理のある作戦だが、やる価値はあるように思える。だが、一歩間違えれば、エヴァ二機を無駄に失う事になるぞ?」

 

「そうですね。だから本作戦は自分の命を最優先。あと、私はウチの子達を信じてますから」

 

 そういったミサトの瞳にも、強い決意が込められていた。それを見たゲンドウも、サングラスの位置を直すと素直に頷いた。

 

「ねぇねぇ、さっきから話に出てこないけどワタシはどーするのぉ?」

 

「シスは居残りよ。流石にネルフLUNAを手隙にするわけにはいかないわ。頼んだわよシス!」

 

「え〜〜〜!?また『ぼーえー作戦』!?」

 

「しょうがないわ、シス。あなたは、隠密作戦に向いてないから・・・」

 

「と、トロワまでぇ!?」

 

 シスの驚きようは、この作戦会議の空気を和ませたようだ。作戦司令室のあちこちでクスクスと笑い声が起きる。

 

「ミサトさん」

 

「ん?なに?シンちゃん」

 

「ありがとう。僕の、僕たちの事を考えてくれて」

 

「・・・・・・それでも危険な作戦なんだから、絶対無茶はしない事。これだけは約束して」

 

「はいっ!」

 

「うぉおっしゃああああ!やったるわ!」

 

「えー、えー、えぇ〜!ワタシも行きたいのにぃ!トウジを助けるんでしょ!?」

 

「わたしも0・0エヴァ改が修理されるまではお留守番。一緒にLUNAを守りましょ?シス」

 

「ぶー」

 

 それぞれの役割が明確になった事で、各人がやる気を漲らせていく様が見て取れる。それを見たミサトは満足そうに頷くと、作戦名を全員に大声で告げた。

 

 

 

 

 

「さぁ、みんな!名付けて『ユーロカチコミ作戦』!!今回も派手に行くわよぉ!」

 

 

 

 

 

「ダッサ・・・」

 

 あすかの冷静なツッコミを受けたミサトがズッコケる。それを見た全員が笑い出し、場の雰囲気がさらに和んだ。暗い出来事を吹き飛ばす、葛城総司令の見事な滑り具合であった。

 

 

 

 

つづく





 ミライちゃんはウルトラマンなんですw
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