シン星紀エヴァンゲリオンー神も泣くかもしれない   作:サルオ

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r.雨音と共に

 

 カツ、カツと靴音が響く。

 

 中国は北京市、1406年に明王朝の永楽帝が造らせたとされる紫禁城。その地下に、ネルフASIAの本部があった。

 

 靴音の主は相田ケンスケ。エヴァンゲリオン・シェムハザから降り立ったその姿は、一見すると普通の人間のようでいて、しかし、掛けたメガネから覗く赤い瞳と肌の白さ、そして全身を脈打つ青い血管が、彼が「普通の人間」でないことを雄弁に物語っていた。

 

 不気味なほどに静かであった。照明のほとんどは下ろされ、薄暗い間接照明だけがだだっ広い廊下を心許なげに照らす。衛兵や職員の姿も見当たらず、ケンスケは一瞬「本当にココがASIAの本部か?」と訝しんだほどだ。

 

 誰に会うでもなく、何に止められるでもなく、悠然とした態度で歩くケンスケ。もっとも、今の彼を止められる人間が、果たして地球上に存在するかは甚だ疑問であるが。

 

 そうしてケンスケがたどり着いた場所。そこは王への謁見を叶える玉座の間。体育館ほどはあろうかという広さを誇りながら、その壁面にはこれでもかというほどの金銀財宝が散りばめられており、この部屋、いや、城の主がどれほどの力を持っているのかを見せつけていた。当然、王が座る玉座の装飾は、これの比ではない。

 

 しかし、玉座に座るはただ一人。一人の護衛もつけることなく、されど悠然たる態度を崩さず、ゆったりとその身を玉座に預ける人物。

 

 ネルフASIAの総司令、王・紅花(オウ・フォンファ)であった。

 

「寒くないのか?」

 

 ケンスケが最初に聞いたのは、この場に似つかないなんとも抜けた質問であった。だが、ケンスケの疑問も当然。なぜなら王紅花が身につけているのは、肌が透けて見えるような薄い羽織を一枚だけ。まるで遊女のようなその姿は、決して玉座に座って良い姿ではなかったからだ。

 

「ちっとも。むしろ火照りすぎてちょうど良いくらいですわ」

 

 ニコリと、王紅花が妖艶な笑みをケンスケに向ける。

 

「なんのつもりだ?」

 

「あら?貴方こそなんのつもりでここにいらしたの?」

 

 二人の問答。それは一見するとケンスケの目的と、王紅花の目的との探り合い。しかし実情は、王紅花の方が一枚上手。なぜなら彼女はケンスケの目的を既に知っていたのだから。

 

「正直におなりなさいな。ASIAが、世界が欲しいのでしょう?相田ケンスケ」

 

 その情報の優位を、紅花はあっさりと捨てる。

 

「だとしたら、どうする?」

 

 ケンスケがゴキッ、ゴキッと首を鳴らす。体内に取り込んだバルディエルがニチャニチャと音を立てて、ケンスケの失われたはずの右腕を創造した。ケンスケがその腕をムチのように振るうと、腕は長剣へと変化した。それを構えて、ケンスケはあくまでも綽々(しゃくしゃく)と紅花に近付いていく。

 

「あげますわ。お望み通りに」

 

「・・・・・・」

 

「むしろ、貰っていただかなければ、私、困ってしまいます」

 

 紅花は薄布の羽織の袖を目元に持ってくると、わずかに浮いていた涙を拭き取った。その仕草がいかにも胡散臭くあったので、ケンスケは躊躇うことなく、右腕の剣を紅花の喉元に突き付ける。

 

「女狐、てアンタみたいなのを言うんだろうな。色仕掛けか?悪いけど俺、アスカ以外には・・・」

 

「いえ。今から貴方はネルフASIAの総帥、相田ケンスケ様になられます。私がこの玉座から立ち上がった瞬間に」

 

 突きつけられた剣をモノともせず、紅花が立ち上がる。突き立てられていた剣が僅かに紅花の喉を切った。つぅーっと、紅花の首を薄く血が伝う。

 

「・・・・・・何が望みだ」

 

「覇者を。その子種を」

 

 訝しんだケンスケの問いに、紅花は即答した。

 

「私たちASIAは、いえ、中華は、長年、世界の覇者たらんとする事をこそ、至上の目的としてまいりましたわ。それは願い。えぇ。悲願と言っても過言ではないでしょう」

 

「ふーん・・・・・・。でもアンタ、無条件降伏したようなもんじゃん?」

 

「ふふふ。降伏したのは貴方様が『人を超えた存在』であり、ゼーレの裏死海文書によるところの「神に近しい存在である」から。リリンの知恵の実、そして使徒の持つ生命の実。その両方を手にした貴方は、並び立つ者のない究極の生物となった。それに抗おうと考える人間が、この星におりますでしょうか?」

 

 紅花がそっとケンスケの胸に手を当てる。そこにあったのは使徒が持つとされるコア。紅花はそれをケンスケの服の上から、優しくさすった。紅花の顔に朱が滲み、少しずつ息遣いが荒くなっていく。

 

「俺はネルフも国なんて物もいらないぞ?」

 

「でもこの星の覇者には興味がお有りになる。違う?」

 

 空いたもう一つの手で、紅花がケンスケの頬を愛おしそうに撫でまわした。

 

「我々中華は、誰が覇者になるかではなく、我々の中から覇者が生まれることを望みます。そして、その血が自らにも流れている事を誰もが誇りに思う。そういうものですの」

 

「つまり、俺の子供を作りたい、と・・・?」

 

「は、はいぃ・・・!」

 

 紅花の顔が恍惚に歪む。パタタと音を立てて、豪奢な床を紅花の愛液が濡らした。

 

「はしたない女だなぁ・・・」

 

「申し訳、ありませ、んッ」

 

 ケンスケに責められたのが快感であったのか、紅花はその身を大きく震わせた。

 

「あ、はぁぁあ・・・し、失態をお許しください。貴方が世界の覇者になるのはもう確定。統治は私にお任せください。私は貴方の子を授かることができるのが、『神の子』を産むことができるのが、至上の幸福にございます」

 

 もはや隠しようもない。薄布の上からでもわかる豊かな乳房の先はピンと上を向き、紅花の秘所からは濃厚な愛液がとめどなく溢れ、見事な曲線美を誇る脚を伝って床を濡らしていた。

 

「あとは、どうぞ貴方様のお好きになさって・・・?」

 

「・・・・・・く、くくくくくく」

 

 ケンスケが肩を震わせる。

 

「あっははははははははははは!イイぜ!気が変わった!お前は貰ってやる。だが俺の女はアスカ一人だ。子種はくれてやるが、お前を俺の妻として娶ることはない。いいな?」

 

「あっ!」

 

 そう言うとケンスケは紅花の薄布を剥ぎ取り、ドンと押した。体勢を崩した紅花が再び玉座に座らされる。

 

「その玉座もお前のだ。ただし、これからそこはお前の垂らした愛液でビショビショに汚されるがな。わかったか?」

 

「わん!」

 

 紅花は自ら股を開き、自身の主人を迎え入れようと犬のように情けをねだった。ケンスケがそれに覆い被さる。

 

 紫禁城の地下深く。人と人ならざる者の契りが、深く長く、結ばれた瞬間であった。

 

 

 

──────

 

 

 

 『光の回廊』は流れ星のごとく、地球に降りた。『光の回廊』はネルフLUNAと地球を一瞬で結び、碇シンジと最終号機を地球へと導いていた。

 

 降り立った先は鹿児島の先端にある開聞岳。セカンドインパクト後もその姿を残した、九州最南端に位置する見事な円錐形の山だ。その中腹に『光の回廊』は最終号機を導く。

 

 雨が、降っていた。

 

 山の中腹から見下ろした感じだが、このあたりは随分と静かだった。どこかで戦火が上がっているような状況では無さそうだ。もっとも、土砂降りの雨で小さな火程度ならすぐに消えていてもおかしくはない。だから油断は禁物だ。

 

 都合がいい。シンジはそう考えていた。『光の回廊』の天の川のような輝きは隠せないが、地球に降り立った時点で周りは森。エヴァンゲリオンの巨体を隠すには物足りないが、その足りない点を土砂降りの雨がいくらかカモフラージュしてくれている。

 

 シンジは最終号機の腰に下げていた二振りの刀、マゴロックスステージ2とカウンターソードを抜くと、自身の足元に丁寧に置いた。背負っていた無反動砲とパレットライフル、それぞれ一丁ずつも地面に置く。シンジは最終号機の中で大きく深呼吸すると、その場にエヴァごと胡座をかき、坐禅のように息を整えていく。

 

 雨の音が、シンジの耳を心地よく打つ。シンジの思考がゆったりと深く、自身の中に沈んでいった。

 

(僕の戦い方は、シンプルだ。とにかく暴れ回って、少しでも多くの敵やケンスケの注意を引くこと・・・・・・)

 

 すぅーっと、息をゆっくり吸い込む。

 

(でも、それだけじゃダメだ)

 

 はぁーっと、息をゆっくり吐き出す。

 

(パレットライフルや無反動砲は弾に制限がある。しかも使徒相手じゃどれくらいの効果があるのかわからない。ミサトさんが念の為と言って持たせてくれたけど、一対多数なら、むしろ刀で戦ったほうが長く戦える)

 

 シンジのゆったりした呼吸と雨の音が混ざり合い、プラグ内に満たされたLCLを静かに掻き回す。

 

(全て倒す必要はない。アスカと加持さんがトウジ達を助け出したら、『光の回廊』を使ってすぐに離脱する。・・・それだけでいい)

 

 だけど、とシンジは思う。

 

(それだけじゃ、済まないよね・・・?)

 

 シンジの脳裏に焔のように文字が浮かぶ。

 

 

 

     《お前を選んでやる》

 

 

 

(君は、アルマロス、なのか・・・?)

 

 シンジは古代の神剣『天之尾羽張(アメノヲハバリ)』を振るっていた時の感覚を思い出す。宇宙でそれを振るい、数多の敵を滅していった感触を。

 シンジは、人を殺す覚悟はできていた。マゴロックスで敵を切り裂きながら艦隊を突き進んでいた時も、自分の振るった刀が人を殺す、という事をしっかりと理解していた。その上で、シンジは刀を振るった。

 だがアレは、あの神剣はそんな感情など不要とでも言わんばかりに、慈悲なく、躊躇なく、容赦なく、敵を処理していった。そこに命への尊敬など、無かったように思える。それなのにあの神剣は、相対した敵のその身だけでなく、乗り手の魂までも焼き尽くした。

 

 もう二度と、生まれてくるなというように。

 

(『君』は、どんな想いであの刀を振るっていたの・・・?)

 

 その感覚、感触が今もシンジの手には残っていて、激しい後悔と哀しみが心を掻き立てる。

 

(・・・・・・・・・・・・答えてはくれない、か)

 

 シンジはゆっくりと瞼を開いた。

 

「一つだけ、確認させて?僕が今後もあの力を使ったら・・・・・・」

 

 コポポッと、LCLが小さく泡立つ。

 

 

 

 

 

「僕の存在が、生命が、削られていくんだろ?」

 

 

 

 

 

 シンジの脳裏に再び文字が燃え上がる。

 

 

 

     《そうだ・・・》

 

 

 

 その声はどこか嬉しそうでもあり、どこか、哀しそうでもあった。

 

 

  《お前は消える。『僕』と共に》

 

 

 

「ありがとう。答えてくれて、嬉しいよ」

 

 シンジはプラグ内で微笑み、少しだけ頷いた。シンジの耳に、外の雨の音が戻ってくる。

 

(逆に考えるんだ。あの力を使いすぎなければ、僕は消えない。なんとか最終号機だけの力で、この作戦をやり遂げればきっと・・・)

 

 そう考えた瞬間、シンジの体にビシリッと何かが侵食してきた。

 

「が・・・・・・っ」

 

(今、今のは・・・・・・?)

 

 何が、かはわからない。しかし何かが確実にシンジの『中』に根を張り、少しずつ伸びていくような感覚を覚えた。シンジの背筋を冷たい汗が流れる。

 

(・・・・・・使っても使わなくても、どっちにしろ変わらない、って、ことか・・・)

 

 

 

《終わった・・・とうに潰えた、僕の悲しみを、呼び覚まし、果たす者。いま、再び、宇宙(ソラ)へ・・・・・・》

 

 

 

 シンジの脳裏で焔が次々に上がっては消えていく。

 

 

 

《これはお前の、小さな物語だ。

 

 選べ。

 

 何事もない、穏やかで、安らかな死か。

 

 激しく辛く、しかし唯一つの救いのある死か。

 

 選び、願え》

 

 

 

 焔が、シンジの脳裏から消え去った。

 

 それと共に、雨霧の向こう、十数体の巨獣の影が浮かび上がる。

 

(そんなの、決まっている。僕の、僕らの願いは、『ミライが笑って生きられる世界を守る事』だ・・・!)

 

 シンジが、最終号機がゆっくりと立ち上がり、二振りの刀を腰に帯びる。そして、地面に置いたパレットライフルと無反動砲を手に取って構えた。

 

 

 

   《なら、お前を選んでやる》

 

 

 

 かくして、神話の始まり。その最終章が幕を開けると同時に、碇シンジの死が確定した。

 

 

 

 これは生き残るための物語ではない。

 

 

 

 

 死に様を選ぶ。ただ、それだけの物語だ。

 

 

 

 

 

つづく

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