シン星紀エヴァンゲリオンー神も泣くかもしれない   作:サルオ

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t.地において滅びを呼ぶ焔(前編)

 

 目の前に広がる光景、といえば聞こえはいいが、実際は画面の向こうの出来事。ネルフユーロの最高司令官のみが座れる椅子にゆったりと体を預けていたジルは、その部屋から望める夜景の優雅さとは裏腹に、机の上の端末に映し出される光景を見ながら、わずかに顔を顰めてため息をついた。

 

「ケンスケ〜・・・・・・」

 

 映し出されているのは現在の鹿児島県、開聞岳。瞳に捉えるはネルフLUNA最高戦力であるエヴァンゲリオン最終号機。それと、海上にてそれを睨む名目上はネルフユーロ所属のエヴァンゲリオン・シェムハザ。

 

「予想してなかったわけじゃないけどモ、あのビッチ・・・・・・」

 

 そしてシェムハザと共にある、数万にも及ぶネルフASIAのオルタナティブ・エヴァンゲリオンの群れ。

 

「まさか、もはや人では無くなった者にまで股を開くとは、ネ。そーゆープレイはマンガの中でだけにしてもらいたいもんだヨ・・・」

 

 そう言って、ジルはネルフASIAの司令である(オウ)紅花(ホンファ)を蔑んだ。

 

 現在の世界全体を見回しても圧倒的な戦力数を誇るネルフASIA。その戦力を、使徒の肉体を取り込むことによって覚醒した相田ケンスケが欲するだろう事は、ネルフユーロ総司令であるジル・ド・レェにとっては予想の容易い選択肢であった。

 しかしケンスケにとっては利となる選択肢も、相手プレイヤーにとって不利となる選択肢であれば容易に避けられるというもの。直に会った事はないが、ジルが画面越しに対面した王・紅花という女傑は、そういった損得に対して非常に過敏であり、かつ、暴虐性に満ちていたというのがジルの判断であった。狂気はある。しかしそれに飲み込まれないだけの判断力も備えた、一角の人物である、と。

 そんな人物が、よりにもよってジルが「あり得ないだろう」と真っ先に切って捨てた選択肢を選ぶなど、思いもしなかった。だからこその不快感。だからこその嫌悪。人外と交わってまで果たしたいと願うほどの理想など、ジルには判りはしないし判りたくもないが、それゆえにジルの先見の届かなかった事態を前に、ジルはネルフASIAを悍ましいと心の底から軽蔑していた。

 

「いやぁ、わかるにゃー。自分が生き残るためだったら、女は女の武器を使ってナンボだし?」

 

 その椅子の横で腕組みをしたままタバコの煙を楽しんでいたバスローブの女性。眼鏡をかけた見目麗しい女性は画面の映像が楽しいのか、それともこの胡散臭い男のしかめ面が小気味良いのか、ニヤニヤと笑っている。

 

「しっかし、まさかホントーに押し倒されるとは思わなかったにゃあ・・・私これでも結構な年増よん?」

 

「君の国の価値観は理解できないヨ。魅力的な女性はいつまで経っても魅力的じゃないのカイ?」

 

「あっそう。まあ自慢の胸をたぁ〜ぷり堪能していただいたんだから、私としては助かった、って事でいいのかにゃ?」

 

「もちろん!だってキミはとても優秀だモン。ねェ?真希波・マリ・イラストリアス博士?」

 

 タバコのジジジッという焼ける音が室内に響いた。二人の牽制し合うような沈黙。それを破るように女性、真希波・マリ・イラストリアスは大きく煙を吐き出した。

 

「・・・・・・そりゃどーも。私の経歴がお気に入りってわけだね」

 

 苛立ちに似た感情を乗せて、マリは煙と共に言葉を吐き出す。

 

「そりゃあそうでショー!真希波シリーズの製作着手にEVA・EUROII・ウルトビーズの改修、改良。キミのネルフでの実績といやぁ、そりゃあもう輝きに満ちてるじゃあないノ!」

 

「私がやった事なんて、全てが終わった後のどーでもいい物ばかりだったけど?」

 

Too late!(後の祭り)って言いたいのかイ?それは『人類補完計画』からってコト?」

 

「どっちも正解、だにゃん」

 

 マリは自分の足元に吸いかけのタバコをポイっと捨てた。高級な絨毯が微かに焼ける匂いを発するのも構わず、マリはタバコを強く強く踏み躙って消した。

 

It's too late to be sorry(後悔先に立たず).はっきり言ってこの5年間は後悔のオンパレード。私の研究は間に合わず、私の約束は果たされず。私がやった事といえば終わってしまった祭りの後で、散らかされた会場をちょこっと整理しただけ。オマケに私の知らないうちに、USAはウルフパックなんてものを造り出すわ、それに最後の『マリ』を勝手に乗せるわ。・・・・・・自棄になって行きずりの狂愛国者に身体を許してしまうくらいには、やってられないってのが本音だよ」

 

 ふう、とマリはため息をついた。

 

「もう疲れちゃったんだよね。正直さ。・・・・・・んで?私はこのあと何をすればいいの?昨日の続き?」

 

 疲れたようにバスローブの帯に手を伸ばすマリ。それをジルは笑って止めた。

 

Désolé(ごめんね)!昨日はひさしぶりにハッスルしちゃったからねェ!まだ腰が痛いでショ?今日は帰って休んでイイヨ〜。キミにはこれから『新しいエヴァ』をたっくさん作ってほしいんだから」

 

「・・・・・・は?」

 

 ジルの信じられない発言に、マリの両目が見開かれた。それを愉快そうに眺めながら、ジルは画面の向こうを顎でしゃくった。

 

「アソコに素材はい〜っぱいあるじゃナイ?それにケンスケはいまや『使徒製造機』だからサ!いくらでも素材は調達できる!オルタナティブ・エヴァンゲリオンなんかじゃない、本物のエヴァの軍団を創り出すなんてわけないヨ!それが出来れば、欧州は世界の王に返り咲けるよォォ!」

 

 あはははははは、と狂ったように笑うジル。それをどーでも良さげに眺めているマリ。歪な二人のベクトルが、歪な形で合致した。世界を手にしたい狂人(MAD)と、世界がどうなっても構わない博士(Scientist)。それはまさしく二人一組で成り立つ『マッドサイエンティスト』の誕生であった。

 

「ははは、いやァ〜笑った笑った。さぁってと。コイツらの戦い、キミはどう見る?真希波博士」

 

 ジルが卓上のモニターを指差す。

 

「はぁ・・・。LUNAの最終号機と、使徒や量産型と、AEがたくさんいるね。どうみたってこれは相田ケンスケくん?の勝ちじゃない?」

 

「どぉーかなァ〜?数の有利は圧倒的にケンスケだけど、兵器としての出力が違いすぎるしねェ。たぶん普通にやりあったらLUNAの最終号機だろーねェ」

 

「でも勝つつもりなら、使徒をぶつけ続けるしかないんじゃないの?まあ、それをやると使徒製造機のケンスケくんは潰れちゃうんじゃないかにゃ?」

 

「それが悩みどころでねェ・・・。ケンスケには良い感じのところで退いてほしいんだけど、彼、無駄にプライド高いンダ・・・」

 

 むーん、とさして悩んだ風でもない様子でわざとらしくジルは唸った。

 

「どの道、最終号機はどこかで破壊した方が良さそうだにゃん。あんなのが残ってたら、いつまで経っても世界平和なんて来ないだろうし。・・・・・・まぁ、適度に負けそうになったところでテキトーに退くように促せばいいんじゃにゃい?」

 

「イイネ!それで行こうッ!」

 

 その案に膝を打ったジルは、まるでサッカーの試合観戦を楽しむように、机の上にワインとつまみを用意し始める。そんな様子のジルの横を、マリはすっと通り抜けた。

 

「アレ?見てかないノ?」

 

「別にどっちが勝とうが私のやることに変わりはないし、言われた通り今日は部屋に帰って休むにゃーん」

 

「あらソウ?それじゃお疲れ様ー!またヨロシクねッ!」

 

「もうイヤだよバーカ」

 

 傷にもならない捨て台詞を吐きながら、マリはジルの執務室を後にした。その姿を名残惜しそうに見送るジルは、下卑た笑みを浮かべて呟いた。

 

「Je ne te laisserai pas partir. Chaton・・・」

 

 

──────

 

 

 朝陽を迎えるのは誰なのか。

 

 空には闇。地には焔があった。焔は夜の海をも照らし、そこに浮かぶ数千にも及ぶ艦隊と、それに搭乗し、地に攻撃を加えている大量のオルタナティブ・エヴァンゲリオンを映し出す。

 大地には過去の世界より呼び出された巨人と巨獣がひしめいていた。空から降り続ける豪雨を上回るほどの砲弾やミサイルが、獣諸共に大地を焼く。

 空の闇には、大量の戦略N²弾が引き起こしたキノコ雲の残滓が浮かんでおり、稲妻を伴って渦巻いていた。

 まさしく、現世に顕現した地獄絵図。人の生き延びる余地など有りはしない。しかしその地獄絵図を超えるほどの劫火が、戦場の中心にはあった。

 

 赤黒い焔を纏ったエヴァンゲリオン最終号機。それの振るう地獄の焔『天之尾羽張(アメノヲハバリ)』。そして、まるで細い金糸のような光をいくつも放つ『ルクレティウスの槍』。劫火が柱となって天へと高く伸び、それに絡まるように金糸の光が柱を彩る。幻想的で、破滅的な光景。巻き上げられた金糸には全て、巨人と巨獣が括り付けられていた。

 最終号機の繋いだいくつもの『光の回廊』。それに繋がれた哀れな獣たちが、次々と劫火に投げ込まれていく。まるで、薪のように。火はますます燃え盛り、開聞岳周辺を徐々に、確実に、死の大地へと変えていった。

 

『はあッ、はあッ、はあッ、はあッ!』

 

 その光景に、相田ケンスケは絶望していた。

 

『くそ、くそぉ!こっちを見ろ碇ィィ!!』

 

 相田ケンスケの駆るエヴァンゲリオン・シェムハザ。それの羽織っていたマントが爆風に巻き上げられ、空を舞う。マントは瞬く間に劫火に引き寄せられ、一瞬の内に消し炭と化した。

 

『うがあああああああああああッッ!!!』

 

 シェムハザの全身がボコボコと泡立ち、そこから幾つもの光が飛び出すと、次から次へと光が死の大地に降り立った。光は使徒であり、量産型であり、エンジェルキャリヤーであり、複数の動物の合成生物(キメラ)であった。既存の生物や使徒同士を織り交ぜた、相田ケンスケが創造した渾身の怪物共であった。

 それを何百、何千と生み出しただろうか。もはや日本どころか世界を火の海に変えることが可能なほどの戦力の投入。それらが無意味に、無抵抗に、無駄に、雑に薪として劫火に焚べられていく。

 

『碇・・・碇ィィイイイイイイッッ!!!』

 

 まるで神楽を舞うように、焔の中心で刃を振り続けるエヴァンゲリオン最終号機。その耳に、ようやくケンスケの声が届いた。

 

 威圧と共に、最終号機が振り向く。

 

 

 

 

 

《・・・・・・・・・・・・きミは、誰ダ?》

 

 

 

 

 

『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!?』

 

 

 

 殺意が爆発した。

 

『殺してやるぅぅううううああああっ!!』

 

 シェムハザの身体が変異を始めた。咆哮と共にその双眸と第三の目をくわっと見開くと同時、シェムハザの全身が一気に泡立った。『箱舟』から引き出せるだけの最大最多の生命情報が、シェムハザの、ケンスケの情報に上書きされていく。

 それは最早ヒトでも、エヴァンゲリオンでも、使徒でもない。いくつもの腕、脚、爪、牙、翼、瞳を持った、完全なる異形。この星にあってはならない、全ての命を冒涜した姿であった。

 

『ぎyiiiiiゅああAAあAAアアアアアッっ!』

 

 甲高い雄叫びを上げた怪物は、突如として、足元で自身の船と化していた使徒ガギエルに襲いかかった。

 

「グギャアアアアアアアアア!!?」

 

『GWOおおオオOBYUEEェエエエア!!』

 

 ミシリ。ぐちゃり。バギバギと音を立てて、哀れな使徒は怪物に捕食された。その生命情報が、ケンスケとシェムハザに更に上書きされていく。

 

 ガギエルのヒレを手に入れたシェムハザは、ザブンッと海に飛び込んだ。

 

什么(なんだ)!?这是怎么回事(何が起きている)!?』

 

我们的英雄在哪里(英雄はどこに行ってしまった)!?』

 

 突然の凶行に、ネルフASIAの軍人たちに動揺が走る。だが、それも一瞬。

 

『啊啊啊啊啊啊啊啊啊啊啊啊!!?』

 

 数千の艦隊を、海中から何かが同時に襲った。それは粘菌のような使徒、増殖したバルディエルであった。それらは瞬く間に艦隊を飲み込むと、そこにいる人間や機械、オルタナティブ・エヴァンゲリオンに自身の肉体を分け与えていく。

 そこから生み出されるのは、ヒトと使徒と機械の融合体。ケンスケ同様に、『知恵の実』と『生命の実』の両方を手にした完全生物の群れ。しかしケンスケとは違い、精神の奪い合いに負けた、ただの化け物であった。

 その化け物どもを海中から従え、ケンスケとシェムハザは陸を目指して猛スピードで泳ぎ始めた。

 

(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!絶対に、殺してやる!!)

 

 全身を異形へと変貌させながらも、相田ケンスケの意識は奇跡的にも残されていた。それは今まで幾つもの世界の滅びを身に刻んだ結果手にした、強靭的な精神力の賜物。

 

 いや、狂人的な、と言い換えたほうが良いかもしれない。

 

 海岸近くまで物凄いスピードで進んでいたシェムハザは、陸が見えると同時に海底を蹴った。海から飛び出した異形のシェムハザが大地に降り立つ。その後ろから、シェムハザが巻き起こした余波によって生まれた巨大な津波が押し寄せてくる。

 その津波に乗り、ケンスケに操られた化け物どもも続けて上陸する。津波は最終号機から見て最後方にいた合成生物を飲み込みながら、それでも勢いは止まらない。

 

『いKARィィ!!殺すッ!!』

 

 その津波よりも更に速いスピードで猛進するシェムハザは、手近にいた使徒や量産型を片っ端から喰らっていく。シェムハザの生命情報が更に上塗りされていく。そのケンスケの行動に倣い、海からの怪物どもも手当たり次第に使徒を喰らっていく。

 餓鬼と灼熱とが共存する地獄。そんな悪夢が現世に顕現された。最早誰が敵で誰が味方なのかもわからない。血を血で洗い、隣人の肉で腹を満たす。難を逃れた愚か者は目の前の劫火に滅されるか、または押し寄せる津波に押し潰されるか。

 津波の勢いは止まらず、遂に最終号機の『天之尾羽張(アメノヲハバリ)』が起こした火柱に激突した。途端、海水が一気に蒸発し、巨大な水蒸気爆発が起こった。連鎖的に起こる海水の爆発。生まれた蒸気は空へと向かわず、開聞岳一帯を覆い尽くした。それはまるで幻想的な雲海のようであった。

 

 最終号機は舞うように振るっていた刀の動きを止めると、周囲を見回した。濃い水蒸気のせいで何も見えない。いくつか残った『光の回廊』だけが、獲物の動きを察知してくれている。最終号機は無造作にそれを引っ張って、捕らえていた獲物を引き寄せた。水蒸気を割って、数体の獲物が目の前に現れた瞬間、最終号機は刀を振るってそれらを滅した。

 その直後であった。水蒸気の向こうに一際巨大な影が映ったのは。水蒸気を割り、幾つもの腕、脚、爪、牙が最終号機に襲いかかる。咄嗟に刀を振るうもあまりの数に最終号機の体が鷲掴みにされ、動きを封じられた。

 

『相田ケンスケだ!二度と忘れるなッ!!』

 

 ケンスケの怒号と共にあらゆる物理攻撃が、使徒の光線が、形を変えたATフィールドが、最終号機に叩き込まれる。

 

 

ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド・・・ッ!!!

 

 雲海に、最終号機が打たれる音だけが響いた。

 

『潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろよッ!碇ィィイイイイイイッ!!』

 

 だがケンスケの願いの籠った叫びとは裏腹に、最終号機が纏ったATフィールドは強固なものであった。いくら攻撃を叩き込もうと、その威力が最終号機に傷を与える事はない。

 最終号機が無造作に身を捩る。それに合わせて、化け物と化したシェムハザの巨躯が振り回され、地面に叩きつけられた。

 

『ぐはぁッ!?』

 

《・・・ケンスケ、きミは》

 

 最終号機が刀を振り上げる。

 

《もう、ヒトではないんだね・・・・・・》

 

 その刀が、ゆっくりと振り下ろされる。

 

 

 

     《さようなら》

 

 

 

 刀は地面でもがくシェムハザの顔を、綺麗に縦に切り裂いた。その傷口から滅亡の焔がシェムハザに燃え移り、その存在自体を否定するように燃え広がっていく。

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアッ!?』

 

 ケンスケの断末魔が、大地に響き渡った。

 

 

 

 

 

『・・・・・・なんてな』

 

 傷口の奥から、何かがずるりと這い出した。それは三つ目のエヴァンゲリオン、シェムハザ。異形の巨躯を身に纏い、着ぐるみのように中から操っていたのだ。刀が切り裂いたのはその着ぐるみのみで、燃え広がる焔もシェムハザ本体には届いていない。

 シェムハザは振り下ろされた刀の峰を踏みつけると、右手を振りかざした。右手の指の先、一点に集中され、赤く輝くATフィールド。

 

『やっぱお前、人殺しに向いてないよ。碇』

 

 シェムハザが右手を突き出す。それは最終号機の纏っていたATフィールドを易々と中和し──、

 

 

 

《・・・・・・がッ》

 

 

 

 最終号機の左胸を、無慈悲に貫いた。

 

 

 

 

 

つづく

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