シン星紀エヴァンゲリオンー神も泣くかもしれない   作:サルオ

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v.それをなすもの

 

 2020年12月6日。

 時刻は日本時間6時50分頃。

 

 日本の九州地方最南端の地域の消滅と共に発生した大波と大地震は、文字通り瞬く間に世界中にその波紋を広げていった。

 それは地球から遠く離れていたネルフLUNAからも目視で観測ができるほどの、大きな衝撃をもって世界中の人々を震撼させた。

 

「葛城総司令!」

「何?日向くん」

 

 ネルフLUNA、リングEarth側にある作戦司令部でアスカの弐号機と最終号機のバックアップをしていた日向が、声を荒げてミサトに報告をあげる。

 

「鹿児島県南端、開聞岳にて巨大なエネルギーを観測!こ、これは・・・!」

 

 慌てた様子の日向が端末を操作し、作戦司令部のメインモニターに現地の様子を映し出した。

 その姿を認めたネルフLUNAスタッフの全員が息を呑んだ。

 そこに映っていたのは、まるで巨大隕石が衝突したかのような巨大なクレーター。日本の鹿児島県一帯をすっぽりと覆い隠し、完全に地形が変わってしまった九州の姿だった。クレーターをぐるっと囲むような縁は標高が高いのか、クレーター内部への海水の侵入を全く許していない。

 それほどまでに巨大な爆発が起きたという、何よりの証拠だった。

 

 ミサトの背を嫌な汗が伝う。爆心地の中心は碇シンジと最終号機が、アスカと加持を無事にユーロに送り届けるための囮として奮迅していた場所だった。

 ミサトは日向に負けずと声を荒げて、司令室の全員に状況確認の指示を出した。

 

「葛城総司令!MAGIから回答が上がっています!」

「MAGIはなんて言ってるの!?」

 

 青葉の報告に飛び付くように食いついたミサトが、青葉の肩を掴んで横に立ち、端末に映し出された回答を凝視する。それを青葉が、司令室の全員に聞こえるように読み上げた。

 

「観測したデータを照合した結果、セカンドインパクト発生の状況と酷似しており、新たなインパクトの可能性大!」

 

「そんな・・・!まさか、最終号機のサードインパクト!?」

 

「いえ!インパクトの規模はセカンドと比較しても極小規模!しかし地球全体への影響は現状把握しきれません!」

 

「すぐに地軸のチェックを!」

「最終号機パイロットの安否確認!急いで!」

 

 青葉の報告に驚いたマヤと、ミサトが同時にスタッフに指示を飛ばした。

 極小とはいえ、発生したのはインパクトだ。マヤの指示した地軸チェックは、地球規模での観点から最優先に確認すべき事だった。新生の月により元に戻った地軸が今のインパクトでズラされたのならば、世界全体で再び激しい気象変動が起こるに違いない。

 一方でミサトの指示は碇シンジの安否確認、いや、生存確認であった。自分の提案した「ユーロカチコミ作戦」の囮役。そのシンジのバックアップも、地球から離れたこのネルフLUNAでは十分に行えない。地球との通信も、月に近いこの場所では若干のタイムラグや電波障害もある。致し方ない事ではあった。

 しかし、ミサトはゲリラ戦に臨むシンジの出発前に「生命を最優先」と再度念押しをしたのだ。シンジがそれを忠実に守っているなら、シンジが生き残っている可能性は高い。

 

 そう、縋りつきたいだけなのかもしれないが。

 

 現地で何があって何が起きたのかは、この場にいる者の誰一人として把握しきれていない。ならばシンジはきっと生きているはず。そんな確証も根拠もない、薄っぺらい希望的観測。

 

 だからその希望は勿論、裏切られて当然だったのだ。

 

「エヴァ最終号機、応答ありません。パイロットのフィジカルチェックもシンクロ測定も反応を示さず・・・・・・」

 

 青葉の静かな報告は、作戦司令部という池にぽちゃんと落とされた小さな石。それが起こした波紋がゆっくりと、沈黙という形で司令部に広がっていく。

 

「シンジ・・・・・・」

 

 司令部の隅で、初孫を抱きながらその様子を見守っていた碇ゲンドウは、目の前が暗くなっていくのを感じていた。

 親子の復縁。初孫の誕生。そういった人生の一大事を経験したゲンドウにとって、碇シンジは既に真の意味での「自分の息子」となっていた。

 

 その息子が、死んだ?

 

 

 

「諦めちゃダメよ!碇副司令代理!」

 

 

 

 その諦観を叱咤したのは、自身の愛弟子。

 

「これくらいの事なんてしょっちゅうなんだから。だいたい、アルマロスの騒乱でシンちゃんが何回死んだか知ってる?二回よ、二回!人生ってそんな簡単にやり直せるんだ〜って馬鹿らしくなるくらい、シンちゃんは逆境を乗り越えてきてるわ。だから、諦めるのはまだ早い!!」

 

 ミサトが腕を組んでメインモニターを睨みながら、それでも自信たっぷりに言い放った。

 

(希望的観測?上等ッ!うちのシンちゃんをあまり舐めないでよね、運命さま・・・!)

 

「葛城総司令。地軸の方に関しても問題ありませんでした。ただ、南半球や東南アジアを中心として、大規模な地震と津波は発生しているようですが・・・」

 

「・・・現地の人には本当に申し訳ないと思うけど、とりあえず私たちの作戦への支障はなさそうね」

 

 非情に聞こえるかもしれない。だがインパクトが発生して、被害がその程度なら安いものだ。今取り組んでいるのは自分たちネルフLUNAが生き残るための作戦。

 如何なネルフLUNAとて全てを救えるわけではない。辛い事だが、この作戦に関してだけは一切手を抜くわけにはいかない。

 

「私たちは予定通りにアスカ達のバックアップを!アスカと加持くんに繋がる?」

 

 ミサトは日向に確認を取る。その日向が力強く頷くのを見たミサトは、

 

「繋いで」

 

 と、一言だけ発した。

 

 その背後に控えていた老人、冬月コウゾウはその様子を見て満足げに頷くと、自身の携帯端末を取り出し、どこかへ連絡を取った。

 

「・・・私だ。準備のほうはどうかな?」

 

 

──────

 

 

 アスカの体がびくんっと唐突に震えたのは、フランスとドイツの国境付近で剣崎キョウヤと合流した加持とアスカが出立の準備を進めているときだった。

 

「・・・・・・・・・シンジ?」

 

 魂の繋がりか、または別の何かが作用したのか。アスカは遠く離れた最愛の夫の身に起こった何かを察知し、正確に日本の方角に目を向けた。

 

「アスカ?」

 

「どうかしましたか?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 加持と剣崎の両名から上がった、アスカを案ずる心配の声。「ユーロカチコミ作戦」の直前だ。作戦の要となるエヴァ弐号機の操縦者であるアスカの体調には当然気を配る。

 だがそれ以上に、アスカの様子が切迫したものであったのが、二人がアスカに声をかけた要因としては大きい。

 当のアスカは遠くの地を睨みつけたまま、微動だにしない。

 

「敵、か・・・?」

 

 加持が懸念を口にする。その可能性は十分にあった。だがそれにしては、アスカの様子には周囲への警戒という点が薄れている事が気にかかるが。

 

 ややあって、アスカが口を開く。

 

「あんの、ブワァカ。またやらかしたわね」

 

「ん?」

 

「良いのよ加持さん。バカは放っといて、アタシ達はアタシ達の仕事をやりましょ♪」

 

 妙に明るいアスカの声に違和感を覚えた加持は、しかしアスカの左手が微かに震えているのを見て取った。だが、振り返ったアスカの表情は明るい。無理をしているのが見え見えだった。

 

「・・・・・・本当に、大丈夫か?」

 

「・・・まあ、正直平気ではないけど。今ここで悩んでも怒っても仕方ないし。あいつが帰ってきたら三日間は寝かせないわ。それでチャラにしたげるつもり」

 

 にかっとアスカが冗談を口にしながら笑う。それは彼女自身のモヤモヤにも決着をつけるカンフル剤だったようで。

 

「行けそうなら急ぎましょう。この時間なら警備も油断し始めてくる。動くなら早急に・・・」

 

「わかってるわよ。剣崎さん?アナタって結構真面目さん?」

 

「・・・・・・つい最近、別の女性からも言われましたよ」

 

「あら。意外にモテモテなのね」

 

 軽いジョーダンを初対面の剣崎と交わすほどには、落ち着いたようだ。

 

 12月5日。現地時間22時ちょうど。

 

 アスカはエヴァ弐号機に乗り込み、その機体の手の上に加持と剣崎を優しく乗せる。

 

『流石に三人だとプラグ内は狭いしね。少し寒いけど我慢してよ』

 

「問題ありません。寒いのには慣れています」

「とはいえ、落っことさないでくれよ?アスカ」

 

 そのやり取りを皮切りに、エヴァンゲリオン弐号機は肩のアレゴリック翼を起動させる。一瞬の業風の後、弐号機は比較的静かにヨーロッパの闇夜を飛び始めた。

 

 

 ◇

 

 

Qu'avez-vous fait(なんて事をしてくれたんだ)! Cet idiot(あのバカは)!」

 

 机の上に広げられていたワインとつまみ。それをジルは怒りに任せて振り払った。床に落ちたグラスが割れて、中のワインが絨毯に染み込んでいく。

 

「碇シンジなんていくらでも殺りようはあるッ!それをゴリ押しで突っ込んでいった挙句にセカンドインパクトぉ!?馬鹿にも程があるヨォ!ケンスケッ!」

 

 ジルの行動理念。それは欧州を世界の玉座に再び君臨させること。

 しかしそれは大前提として、地軸の戻った地球、つまりセカンドインパクト以前の慣れ親しんだ気候があってこそ。ケンスケのインパクトの影響でもしも地軸がズレて欧州が極寒の地に逆戻りしてしまえば、一時的には王者に返り咲くことはできても維持するのは途端に難しくなる。極寒の地で育つ作物は少ない。

 その大前提を崩しかねないケンスケとシェムハザ。ジルは今この瞬間までケンスケを都合のいい同盟相手として見ていたが、ケンスケの手札に予想外のカードが加わった事で、ジルはケンスケの危険性を無視することができなくなった。

 

(使徒製造機として使い潰したら殺ス!それくらいの、都合のいい駒程度にしか見てなかったのにィィ・・・)

 

 使徒を生み出し、その素体を用いてエヴァンゲリオンの軍隊を作り上げる。その計画が軌道に乗ってしまえば、粋がっている若造など簡単に潰せる。それがジルの考えていた道筋であった。

 それがまさか、世界全体を崩壊させかねない危険な存在になろうとは。

 

(ケンスケはもはや旧時代の『核』だ。その威力ゆえに世界中が抑止力として持ち始めた核兵器。今のケンスケはそれを上回る威力を備えた『個人』だヨ!このままではケンスケ一人に世界が跪ク!なんとしても殺さないト・・・・・・、いや。まだ大丈夫カ?まだ利用はデキル、か・・・?)

 

 混乱する頭を必死に制御し、ジルはこの後の計画を練り直す。幸いなことにジルの手札は潤沢だ。質の良いオルタナティブ・エヴァンゲリオンの軍団はまだまだ残っているし、正真正銘のエヴァであるウルトビーズもある。ケンスケが生み出す『エグリゴリ』は厄介だが、向かってくる敵が新たなエヴァの素体になってくれると考えれば、それも好しとできようもの。

 そう頭の中で計画を組み直す一方で、その実現性が低くなっている事も認めなくてはならない。ケンスケ自身のエグリゴリ、それとASIAがケンスケに靡いたことが大きな要因だ。それが無性に腹立たしい。

 ジルの頭は怒りと混乱で完全に茹っていた。

 

 コンコンッ

 

 その思考に割り込んできた雑音。ジルの執務室のドアがノックされた。

 

「ウルサイよッ!イマ忙しいンダ!!何の用ッ!?」

 

 ジルの怒号に怯む様子もなく、執務室の扉はごく自然に開けられた。

 

「ありゃりゃ・・・、ご機嫌ナナメだねぇん」

 

 ニヤニヤと笑いながら入ってきたのは白衣姿の真希波・マリ・イラストリアス。それと、黒服に拘束された男性が二名。

 

「ン?誰だイ、コイツら?」

 

「ネズミだよーん!褒めて褒めて!」

 

 マリがおどけながら拘束されている二人の背を蹴り飛ばす。勢いに負け、二人は地面に倒れ込んだ。

 

「ハァン?スパイってコト?目的は聞き出しタ?」

 

「いんや、まだ〜」

 

「そうカイ・・・・・・」

 

 それを聞いたジルの顔から感情の仮面が剥がれ落ちる。ジルは無造作に机の引き出しから銃を取り出すと、拘束されていた二人のうちの一人の頭を容赦なく撃ち抜いた。

 

 脳漿が、床にぶち撒けられる。

 

「ひ、ヒィいい・・・・・・、ホーク・・・ッ!」

 

 生き残った男の顔が恐怖に歪む。その男の肩に、後ろから優しく女性の手が置かれた。獣の笑みを浮かべた、マリである。

 

「ざぁ〜んねぇ〜ん!お友達はゲームオーバーしちゃったねぇ。・・・・・・して、貴殿はどんな秘密を抱えておられるのかな?ポーカー君、だっけ?」

 

「ぽ、ポーターだ・・・俺は・・・」

 

「オゥケイ!ポーカー君や。この私に秘密を教えてごらんよ。そうしたら君は、横の彼みたいにならなくて済むかもよん?」

 

「面倒くさいヨ。もう殺っちゃおうヨ」

 

「いやいや、一応は聞き出した方がいいんでない?ね〜え?ポーカーくぅん?」

 

 マリは震えるスパイ、ポーターの耳に息を吹きかけ、そのまま舌で艶かしく舐め回す。普段であればそれは多大な快楽を男に与える舌技であったが、今この瞬間は獣の舌なめずりと変わらない。次の瞬間には耳が食いちぎられていてもおかしくはない。

 同僚の死と、自分の死の恐怖。その両方を突きつけられたネルフLUNA諜報員ポーターの心はあっさりと折れた。

 

「ネ、ネルフLUNAから・・・・・・」

 

「うんうん♪」

 

「鈴原トウジ達と、その、家族・・・それを手助けする為に、エヴァンゲリオン弐号機が来てる・・・・・・」

 

「来てるダッテぇ!?」

 

 ポーターの答えにジルの怒りが頂点に達した。咄嗟に銃を構えるジルだったが、マリがそれを手で制する。

 

「ん〜なかなか際どい所まで踏み込んできたねぇ。『来る』んじゃなく、『来てる』ときたか。こりゃ厄介だにゃ〜。・・・ちなみに場所は?」

 

「そ、それは・・・」

 

「あ、答えたくないなら別にいいよん♪」

 

 マリは優しい手つきでポーターの肩を叩いて立ち上がり、ゆっくりとポーターの背後に回った。背後に立ったマリは懐から小さな拳銃を取り出すと──、

 

「グッナァ〜イ♪」

 

 容赦なく、ポーターの頭を撃ち抜いた。

 

「シュバルツバルドだネ!すぐに施設に連絡を・・・・・・」

 

「いんにゃ、ジル司令?そんな慌てなくったって大丈夫大丈夫!それよりさぁ、せっかくエヴァが来てんだからこっちもエヴァを出せばいいんじゃにゃ〜い?」

 

 猫のような笑みを浮かべて、マリはたった今撃ち殺した、まだ暖かいポーターの死体に座り込んだ。

 

「ウルトビーズ・・・弐号機の兄弟機、いや、姉妹機?出せばいいじゃん。まあ、なんでそんなに慌ててんのかはだいたい想像つくけど、もっとドンッと構えてなよ」

 

「ン?どーゆー事だイ?」

 

「エヴァの素体がさ、向こうから来てくれたってことさ♪」

 

 再び、マリが獣の舌なめずりを浮かべた。それを見たジルも冷静さを取り戻し、ニヤリと顔を歪める。

 

「その考え・・・bon(いいね)!」

 

「でしょ?」

 

「さぁて、そうと決まれば鈴原夫妻にはシッカリ働いてもらおッカナァ〜!ここで万が一にでもシクったら、派手に爆弾をボンってやっちゃおカ!」

 

「あっははは!お友達同士で殺し合わせるとかジル司令、鬼畜〜!」

 

「日本の言葉ダネ?僕その言葉だぁーい好キ!!」

 

 

──────

 

 

 九州鹿児島県の跡地。メモリアルインパクトの影響でできたクレーターの縁に、ケンスケの乗ったシェムハザは蹲っていた。

 

『はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・』

 

 呼吸は荒く、しかしそれを必死に宥めようと大きく息を吸い、無理やりに吐き出す。

 

『はぁ、はぁ・・・、か、勝った・・・・・・』

 

 シェムハザが、ケンスケが両の手をギリギリと握りしめる。

 

『俺はッ、碇に勝った・・・ッ!!』

 

 喜びに震え、余韻を噛み締めるように、相田ケンスケは勝利に浸っていた。

 

『あは、あはは、あははははははは・・・・・・』

 

 だが、その笑いはどこか虚しさを帯びていて。

 

『・・・・・・・・・・・・まだだ。碇はきっと、死んでない』

 

 シェムハザが立ち上がり、辺りをぐるりと見回した。朝陽に照らされて、シェムハザの機体がキラキラと輝く。

 首をキョロキョロと回しながら、ケンスケは最終号機を探した。

 

『いない・・・。でも、間違いない・・・・・・!』

 

 碇シンジは生きている、という確信だけがあった。なぜなら彼は『英雄』なのだから。相田ケンスケにとっての『幻想』そのものなのだから。

 だから、碇シンジがこんなにあっさりと舞台から姿を消すなんて思えない。思いたくない。

 

『何度も、何度も何度も立ち上がってきたもんなぁ!碇ィィイイイイイイッ!!!』

 

 ケンスケの叫びに応える声はなく、ザザーンという波音と、静かな風の音だけがケンスケの耳を打った。

 

『・・・・・・碇が戻ってくるまでに、俺も強くならなきゃ。あの『メモリアル・インパクト』。アレを制御できるようにならなきゃ・・・』

 

 ケンスケはシェムハザを操作して爆心地の中心に立つと、先ほどと同じように、祈るように手を合わせた。

 

(碇の作った、『ルクレティウスの槍』。アレがインパクトのエネルギーを使って作り出されたなら、俺にも槍が作れるはず・・・)

 

 合わせた両手から、光が溢れ出す。

 

『今なら、俺にもできる・・・!失敗しても何度でも、何度でも・・・・・・ッ!!』

 

 この日から約四日間。世界は断続的に発生する大地震と大津波に悩まされることになる。それはケンスケの失敗の記録であり、同時に、5日目にはケンスケが槍を手にしたという何よりの証拠だった。

 

『待ってるぜ、碇ィ・・・・・・!』

 

 人のものとは思えない歪んだ思想と笑みが、ケンスケの表情を醜いモノに変えていく。

 

 その日、碇シンジは、戻ってこなかった。

 

 

▼△▼△▼△▼△

 

 

 赤い。血のように赤い、海。

 

 全ての命が溶け合ったような赤い海。

 

 その水中で、碇シンジは静かに目を開いた。

 

 

 

「ここ、は・・・・・・」

 

 

 

 水中で横たわるように浮かんでいたシンジが、ゆっくりと体を起こす。

 

「えっと・・・・・・どこだ?ここ」

 

 戸惑いながらも辺りを見回す。

 

 不思議な感じだった。水中なのに息ができる。声も出せる。まるでLCLを思わせるような性質。

 でも違うのは、この液体はLCLよりもずっとずっと赤く、まるで血のようであるということ。

 

「おおーい・・・・・・!」

 

 なぜ自分はここにいるのか?

 何が起きたのか?

 

 何一つわからないまま、シンジは己の胸に手を置いた。

 

「・・・ん?あれぇ!?」

 

 体に触れた感触は、プラグスーツのそれでは無かった。驚いたシンジは改めて自分の体を見遣る。一糸纏わぬ生まれたままの姿のシンジがあった。

 

「ええええ!?なんでぇ!?」

 

 

 

 

 

《ここに来るのは初めてかい?碇、シンジ・・・》

 

 

 

 

 

 突然の声に、シンジが振り返る。そこに立っていたのは──、

 

「・・・・・・僕?」

 

 今の自分よりも若干幼い、中学生の頃の自分であった。

 

《うらやましいよ。この地獄に、君は来た事がないんだね・・・・・・》

 

「アルマロスの、僕・・・・・・」

 

《ここはLCLの海。全ての生命が溶け合って生まれた、人類補完計画の一つの終焉。ある種の、幸せの形の一つ・・・・・・》

 

「・・・・・・こんなのが?」

 

《そう。こんなのが》

 

 アルマロスのシンジが微笑む。

 

《そう言えるってことは、君にはここが幸せな場所に思えないんだね》

 

「・・・・・・だって、ここには誰もいないじゃないか。何も無い。たぶん嫌な事も無いんだろうけど、嬉しい事や楽しい事もない。そんなの、死んでるのと同じだよ」

 

 その答えに、アルマロスのシンジは嬉しそうに頷いた。

 

《僕もそう思った。だから僕も、何度もやり直したいと思っていた。綾波とアスカを取り戻せるまで、何度も。何度でも。ただ、僕の意識は『フォルトゥナ』に乗っ取られていたけど・・・・・・》

 

「フォルトゥナ・・・?」

 

《君たちがアルマロスと呼んでいた、あの存在。僕はアレを殺したから、こうなったんだ》

 

 アルマロスのシンジが、今のシンジに手を伸ばした。まるで、握手を求めるように。

 

《僕たちは、きっと分かり合えると思う。だから、知ってほしいんだ。僕のことを》

 

「君のことを?」

 

《今のこの世界は、限りなく僕の世界に近い状態になりつつある。僕が全てを失った、あの世界に》

 

「全てを、失った・・・・・・」

 

 シンジの目に戸惑いの色が生まれた。だがその戸惑いの奥に、「知りたい」という気持ちも同時に生まれていた。

 

《僕はもう二度と、綾波もアスカも失いたくはない。一緒に、見てくれるかい?僕の世界で、何があったのかを・・・・・・》

 

 アルマロスのシンジが、再度握手を求めてくる。一瞬の逡巡のあと、シンジはその手を強く握った。

 

《ありがとう》

 

 その言葉を最後に、赤い海が光に包まれる。

 

 シンジの心臓である次元の窓。そしてケンスケの引き起こしたメモリアル・インパクト。

 その二つが共鳴することで起きた、ある種の奇跡。時間も世界も超えた、逆行の旅。

 

 全てが始まった、最初の人類補完計画。シンジが存在した、初めての人類補完計画。

 

 その真実を明らかにする、二人の旅が始まった。

 

 

 

 

つづく

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