人を人たらしめる物とはなんだろうか。
獣と人とを別つ要素とはなんだろうか。
それは『知恵』である。
黒き月に乗ってこの星へと舞い降りた使徒、リリス。そしてリリスが生み出した人類、即ちリリン。知恵の実を手にして楽園を追放されたとされる原初の人は、知恵によって全ての獣を従える術を与えられていた。
しかし、知恵を得たことによって失われた物もある。それは『力』である。
四つ足の獣。四つ足であるが故に、急所である内臓の詰まった腹を骨で守れる獣に対し、人は二本の脚で地に立つことによって急所を晒す事になり、その弱さを手に入れた。四つ足の力強さは失われ、人はどんな獣よりも弱く、遅く、泳げず、飛べない獣となった。
では、人は何故に立ち上がったのだろうか。それは獣よりも頭を高い位置に置くためである。
高きより見下ろされる視線に、獣は畏怖を抱く。唸るだけの獣どもを従えるために『自分は上位存在である』と知らしめるために、人は立ち上がったのだ。
誰から見ても解るように。どこから見ても解るように。人こそが獣の霊長である事を、彼方へと知らしめるために。
それは、かつて人よりもはるかに獣が多かった時代に、獣どもを従えるのには都合が良かっただろう。しかし時の流れと共に、その意味合いもすり減っていく。人は増えすぎたのだ。そして何より、進化をしなかった。
どんな動物よりも早く走り、泳ぎ、跳び、その手を空の彼方、宇宙にまで伸ばして月を掴むほどに進歩しても、人は人のままであった。人が人を超えることは決してなかった。人が作り出したそれらの叡智は、結局のところ『模倣』でしかなかった。早く走る獣、高く飛ぶ鳥、深く泳ぐ魚、自然の炎、雷、風、水。それらを模倣して、それを操れるようになっただけ。それは『進歩』ではあったが『進化』ではなかった。
まして、人類が知恵を身につけた時からの悲願である『命』の模倣など夢のまた夢。逃れられぬ死から逃れる術を見つけることはできず、進化もしなかった種族。それが『リリン』。
その文明の行き着く先に、格好の獲物が姿を現した。『生命の実』を持つ『使徒』である。
人々は使徒の圧倒的な生命力に可能性を見出した。つまり『これこそが死を乗り越えるための最後のピース』である可能性を。それを手に入れるため、人は自身の持つあらゆる知恵を使って使徒を手に入れようとした。
時には、『神=アダム』の模倣をしてまで。
かくして、アルマロスとなったシンジの世界は、アダムより造られしエヴァを使い、遂には全ての使徒を滅ぼした。地球、いや、『テラ』と呼ばれる惑星において、現れた使徒の数は膨大であったが、この世界にも存在していたネルフは、三体のエヴァンゲリオン、即ち、EVA00、01、02を用いて、全ての使徒を迎撃し、撃滅した。
テラに平和が訪れ、各国が使徒ではなくエヴァそのものと向き合い、その技術を乱用しようとした時代。使徒の肉体は素体として扱われ、各国が自国のエヴァンゲリオン製造に乗り出そうとした時代に、『ソレ』は突如として現れた。
ある一つのエヴァが、人々の手によって創り出された。しかしそれは、人々の意思によるものではなかった。
創り出された、いや、産み出されたエヴァンゲリオンは、そのエヴァンゲリオンの意思によって人々を操り、自らを創り出したのだ。
獣を従える人。その人を従えるエヴァンゲリオン。これこそがまさに進化。新たな生命の誕生と、テラにおける霊長の世代交代の幕開けであった。
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『な、なんだ、これ・・・・・・?』
月明かりが照らす荒廃した都市の中を、ヒトの形をした獣が駆け抜ける。その獣は言葉を話さず、視線とその力のみでわずかにナワバリと種族繁栄のためにコミュニケートし、道具を使わず四足で大地を駆けている。
それは一匹、二匹といった少数ではない。まさしく群れ。獣の群れと思しきほどの膨大な数であった。
それが四足歩行の獣であれば、碇シンジとて納得はできる。しかし眼下に広がる光景は全くの異質。人が人のまま、人の骨と形で四足で大地を駆けている。そしてその速度は驚くべきことに、速い。まさしく獣が大地を駆けるが如くだ。
その異常を目の当たりにしたシンジは、胃から迫り上がってくるものを抑えようと必死で口を手で覆った。
《驚くのも無理はないよ。彼らは
その隣にいる、この世界を生きていた中学生の姿をした『アルマロスのシンジ』。彼は眼下の光景をさも当たり前のように、しかしどこか悲しみを秘めた瞳で語る。
《まるでおとぎ話のオオカミ男さ。見てみなよ、あの四肢を。人の形のまま、獣としての機能を無理やりに持たされたような歪さ。大の大人が、犬の真似をして走るような滑稽な姿で、さもそれが正しい形のように群れをなしてすごいスピードで走っていっている。気持ち悪いったらないよ・・・・・・》
獣の、いや、
『ど、どうして・・・・・・』
《ん?》
『どうして、彼らは、あんな・・・・・・?』
《質問の意図がわからないよ、『僕』》
アルマロスのシンジが走り去っていった
《アイツらがなぜあんな事をしてるのかが知りたいの?それとも、アイツらがなぜああなってしまったのかを知りたいの?・・・・・・残念だけど、僕にも正確にはわからない。いつの間にか世界中の人々がああなった。それくらいしか、僕にもわからない》
『せ、世界中が!?』
シンジの悲鳴とも取れる驚きの声に、アルマロスのシンジは黙って頷いた。
《そう。ある日、突然だった。人々は言葉を忘れ、両手を大地に添えて、まるで獣のように生きるようになった。この時点ではその原因もわからなかったけど、ネルフはこの現象を『
『・・・・・・さっきも言っていたね?その『フォルトゥナ』っていうのは、いったい何なの?』
《自ら意思を持ち、人々を操って自分を造らせた、異常なエヴァンゲリオン、ていう事になっている。けれど、アイツはエヴァンゲリオンなんかじゃない。もっと大きな何かを秘めていた、と思う。・・・・・・それが何かは、結局解らなかったけど》
『・・・君にも解らないことがあるんだね』
《むしろ解らない事ばかりさ。なにせこの時点で僕も、人としての境界があやふやになっていたんだから》
『え・・・・・・?』
シンジが聞き返すよりも先に、アルマロスのシンジは踵を返して背を向けていた。まるで、その問いに答えるのは今ではない、というように。
《今見た光景は、この世界中のどこでも見られる現象だよ。ネルフ関連の一部の人間や施設が生き残っているのは否めないけど、この世界は既に終わりかけているんだ。『人類補完計画』。君たちの世界とは違う形で保管を目指した世界だって事だけ、覚えてくれればいいよ》
『あ、待って・・・!』
アルマロスのシンジがそのまま何処かへと行こうとしたので、シンジは慌ててアルマロスのシンジを止めた。
『ア・・・いや。ねぇ、ネルフのみんなは?アスカやトロワ、ミサトさん達はどうなったの?』
《それは今から行けばわかるよ。それと──》
そこでアルマロスのシンジは言葉を切り、少し迷ってから告げた。
《呼びづらいだろうから、僕のことはアルマロス、って呼んでくれていいよ。結構気に入ってるんだ。その呼び方》
──僕に名前を付けてくれたのは、君たちだけだったから。
最後のアルマロスの呟きはシンジには聞こえず、二人はまるで幽霊のように夜空を滑るようにして移動を開始した。
《君が心配している場所に行こう。この世界において数少ない、人類の灯火のある場所に・・・・・・》
アルマロスの視線の先で、人狼たちが月に向かって一斉に吠えていた。
◇
どれくらいの時間、空を飛んでいただろうか。二人のシンジの目に、荒廃した第三新東京市が見えてきた。その街の中心には正四面体をいくつも重ねたような幾何学的な建造物が建っており、その周囲は壁でぐるりと囲まれている。壁の上には篝火と、恐らく見張りだろう。何人かの人間がゆっくりと、しかし緊張の面持ちで見回りをしている。
人狼の侵入を拒む壁。まるで質の悪いゾンビ映画のようで、シンジとしては軽率にも笑ってしまいそうになる。だって、しょうがないじゃないか。本当にチープな映画そのものの世界なんだから。
《・・・荒廃した世界で出来ることなんて少ないんだよ、『僕』。まともな設備も資源もないから、どうしたってチープな物しかできないんだ。そういう点では、B級のホラーやパニック映画ってのはあまり馬鹿にできないものだよ》
『あ、いや・・・・・・ごめん。不謹慎だった』
《気に病む事はないよ。どうせここは『終わった世界の焼き直し』だ。誰が何を叫んで抗ったって、やり直しはできない。エンディングは決まってるんだ》
諦めたような表情のアルマロス。それを見たシンジの胸に、なんとも言えない虚しさが込み上げた。その顔から逃げるように視線を逸らすと、シンジは見知った顔を壁の上に見つけた。
『あ?あれって、まさか日向さんと青葉さん?』
《ん?》
シンジの声に釣られ、アルマロスも空から壁の上を見下ろした。そこには髪を肩まで伸ばした男と、メガネをかけた短髪の男の二人がサブマシンガンを手に話をしていた。間違いなく、ネルフオペレーターの青葉と日向だった。
《へぇ、こんな感じなんだ・・・・・・》
『・・・?何が?』
《いや・・・》
アルマロスが声を抑えて笑う。
《この景色、僕も見覚えがないんだよ。たぶんこの時間の僕は、施設内でエヴァの訓練をしてた、と思う。だからあの二人が外で何をしていたのかなんて、わからないんだよね》
『え、そうなの?』
《うん。コレが『焼き直し』だからかな?もしかしたら僕自身も知らない、いろいろな景色が見られるのかも・・・》
少しだけ、アルマロスは楽しそうに笑った。
《あ、ごめん・・・》
『・・・?なんで?』
気まずそうに目を逸らすアルマロスに対して、シンジは不思議そうに尋ねた。
《いや、だって、さっきは君が笑って「不謹慎だった」て言ったから。僕も不謹慎な事やっちゃったのかな?って・・・》
『気に病む事はない、って言ったのも君だよ?』
《・・・・・・・・・・・・》
少しの間があって、アルマロスはやっと少しだけ本音を漏らした。
それはつまり──、
《ありがとう。僕には、友達らしい友達なんかいなかったから、そんな風に言われるの慣れてないんだ》
と照れたように、感謝を述べて笑った。その笑顔があまりに寂しくて、シンジは思わずアルマロスをそっと抱き寄せた。
《・・・・・・・・・・・・・・・え、なにこれ》
『まあまあ、そう言わずに』
ニコニコと笑いながら、アルマロスを抱きしめるシンジ。アルマロスは拒むべきか、このまま抱きしめられているべきか、判断に悩んでいるようだ。
《・・・・・・同情ならやめてほしい》
『あはは。同情ではあるけれど、君は僕の先輩だから、さ。すごく頑張った先輩に抱きつきたくなる事って、ない?』
《・・・そんな事、一度もなかったよ》
『奇遇だね。僕もなんだ。だから、僕もちょっぴり恥ずかしいんだ』
腕の中のアルマロスが優しく、そっとシンジを突き放す。その表情には怒りと、羞恥と、嬉しさが微妙なバランスで混ざり合っていた。
《君はまだ、僕の苦しみの1%もわかっちゃいない。これからはどんどん苦しくなる。覚悟、しておいてね?》
目を逸らしながら、アルマロスはシンジに先輩としての忠告を送った。それはとても辿々しいものであったが、シンジにはアルマロスのその辿々しさが嬉しかった。
『ねぇ、僕たちっていま、この世界では幽霊みたいなモノなんだよね?』
《・・・・・・?そういう認識でいいと思うけど》
『じゃあちょっとさ、青葉さん達の会話を聞いてみようよ。君も知らないんだろ?』
《・・・・・・・・・はぁ。緊張感が足りないよ。覚悟しておいてって言ったばかりじゃないか》
『わかってるさ。そのくらい』
アルマロスの言葉に、シンジは即座に顔を引き締めた。決して、結果的に救われなかったこの世界を軽んじている訳ではない。シンジは知りたかったのだ。この世界に生きた人たちの、生の声を。これがチープな映画ではなく、本当に起きた事なのだと、胸に刻み付けたかった。
そのシンジの表情を見たアルマロスもまた顔を引き締めると、シンジとともに青葉と日向にゆっくりと近付いた。
「なぁ、エヴァに意識や意思があるって話、お前どう思う?」
「どうしたんだよ、いきなり?」
シンジ達が近付くのを見計らったように、青葉が不明瞭な質問を日向に投げた。
「初めてネルフに来たシンジ君をエントリープラグ無しで瓦礫から守ったり、色々と暴走したり・・・。使徒と戦っている時は気にしなくてよかったけどよ。使徒がいなくなった今、エヴァってモノはなんなんだって思っちゃってさ・・・」
「・・・・・・それは、フォルトゥナの事を言ってるのか?」
「それもある。けどよ、やっぱ改めて考えると、エヴァって不気味だなって思ってさ」
「・・・うん。まぁ、そうだな。エヴァが何か考えているってのは本当らしいぞ。素体のままでは存在しなかった目や口、そういった物を自らの意思で創り出してはいるんだからな。そうでなくちゃ説明できないって」
「それ、赤木博士が言ってたのか?」
「ああ。ただ、何を考えてるのか?そこまでは解らないってボヤいてたんだよなぁ・・・」
「そうか・・・」
なんとも煮え切らない日向の回答に、青葉は何気なく壁の外、その向こうの瓦礫の街を走る人狼に視線を向けた。
「まぁ、同じ解らないにしても、奴らとは随分と違うとは思ってる。エヴァはなんかもっと、こう、途方もなく高度な・・・・・・なんて言うのかな?とにかく、アイツらとは違って、何かすごいことを考えてるんじゃないかって事さ」
「・・・まあ、言いたい事はわからないでもないが」
日向もまた壁の外の人狼に目を遣り、この激動の数ヶ月を振り返った。
「俺たちは守るべきだったものをいきなり奪われてしまった。まともなのはこの施設や、世界中のネルフの支部、もしくは政府の中枢がごく少数ってところだろ。はっきり言って俺は、エヴァが高尚な神様なんかなんだとしたら、この世界をやり直してくれって本気で思うよ」
「おいおい。流石にそれは飛躍しすぎだろ」
「わかってるって。・・・・・・ただ、ここも含めて、まともなヤツはこの地球上に僅かな人間しか残っちゃいない。装備がなくちゃ外に出られないし、第一、ここの備蓄だっていつまで持つことやら・・・・・・」
日向はため息とともに壁に寄りかかり、サブマシンガンの安全装置をカチ、カチといじった。その様子を青葉は不安そうに見つめる。
「おい、ヤケ起こすんじゃないぞ。俺たちはその残り少ない人間たちのために戦ってるんだから・・・」
「それだって、正しいことかどうかなんて解らないだろ?俺たちは正常だ。そう思いたい。けど、だからこそ今の世界から見たら、人狼しかいないこの世界では俺たちは異常なんだ。もしかしたら、本当に病んでるのは俺たちのほうなのかも・・・・・・」
「おい、落ち着けって!」
安全装置を完全に外し、何かをしようとした日向を青葉が諌める。だが、それを端から聞いているシンジには、この世界の事情を知れば知るほどに、本当の意味で心安らぐことなどないのではないかと、突き付けられるような話であった。
「なんでもいい、なんでもいいんだ・・・。何か希望になるような事があれば、なんでも・・・・・・」
日向は壁に背を預けたまま、ずるずると崩れ落ちてしまう。その肩に、青葉は優しく手を乗せた。
「エヴァがさ、本当に神様なんだったら・・・・・・」
「・・・・・・?」
「いや、やり直してくれるんだって、思っとこーぜ?」
「・・・・・・ふふ。ああ、そうだな」
力のない二人の笑顔を嘲るように、遠くで人狼の遠吠えが聞こえる。それを特に感慨も無く、聞き慣れたものとして聞き流している日向と青葉。その二人の姿に、シンジは薄ら寒いものを感じるしかなかった。
《ね?重い話だったでしょ?》
月夜に二つの影が浮かぶ。二人のシンジの影だが、その表情は対照的だ。アルマロスは諦めたような乾いた笑みを浮かべ、シンジは鎮痛な面持ちで俯いている。
『そう、だね・・・・・・』
《辛いなら、やめるかい?》
『いや、やめない』
シンジは即答した。
『だって、君はこれからもっと辛い目に遭うんだろ?それをほっぽって、ここで終わりになんてできないよ』
シンジの決意を込めた眼差し。それにアルマロスは一瞬虚を突かれ、そしてゲンナリとした面持ちへと変化した。
《君、本当に僕と同じ人間?》
『え・・・?』
《僕は君ほど歳を取ることはできなかったけど、でも、君と同い年まで成長したとして、僕はそこまで気持ち悪い性格になれるか自信がないよ》
『き、気持ち悪い!?』
アルマロスのあんまりな言い草に、シンジは思わず身を引いてしまった。それを見たアルマロスはやれやれ、と肩を竦める。
《だって、そうだろ?他人の不幸の片鱗を垣間見て、それにショックを受けているにもかかわらず、それでもまだ本番じゃないから、底の底まで見たいって君は言ってるんだよ?とんだお人好しかマゾか、ただのバカとしか思えない。言われたことない?》
『えっと、奥さんには、結構・・・』
売り言葉に買い言葉。それに加えて、普段の人とのやり取り。それは何気ないシンジの一言でしかなかったのだが、それを聞いたアルマロスの顔は苦痛に歪んだ。
『あ!ごめ・・・・・・』
《謝ったら今すぐに君をこの世界から追い出してやる》
アルマロスの射殺すような視線に、シンジは黙り込んでしまった。
《・・・・・・やっぱり、君と僕は魂が違うのかもね》
『え、魂・・・・・・?』
《そう。同じ見た目、同じような性格をしていても、どれだけ僕らが似通っていても、根本のところで、君は僕に無い強さを持っている。そんな感じがする》
褒められているのかなんなのか、シンジには判断が付かなかったが、アルマロスは気にせずに続けた。
《君はきっと折れない。僕と戦ったときも、僕に殺されたときも、君は決して折れなかった。それが、今のこの事態を呼び込んだのかも知れないけれど》
アルマロスは痛みに耐えるように俯いた。
《・・・・・・だから、僕は君に縋るしかないんだ》
『それって・・・・・・・・・・・・・・・あれ?』
アルマロスの真意を問いただそうとしたシンジの視界の端に、何かが映った。いや、それは誰か、というべきだろう。
第三新東京市、いや、ネルフ本部と言うべきだろうか。それを囲む壁、それと外界を繋ぐゲートの上に、人影があった。
制服に身を包んだ、アスカであった。
『アスカ・・・?』
《ッ!!》
その呟きを敏感に聞き取ったアルマロスは、何も言わずにもの凄いスピードでゲートに向かって降りていく。あまりにも咄嗟の出来事に、シンジは慌ててその後を追った。
ゲートの上に座り込むアスカ。その眼前に、アルマロスがゆっくりと近付く。怯えたような瞳で、その震える手が、恐る恐るアスカへと伸ばされる。
《───ッ》
その手はアスカに触れることなく、透き通るようにアスカの身体を通過した。
アルマロスの顔が、耐えがたい痛みに耐えるように歪む。
《こんな、こんなに近くにいるのに・・・・・・》
アルマロスの声が震える。
《見てくれることも、話しかけてくれることも、触れてくれることも、もう、無いんだな・・・・・・》
諦めたように、アルマロスが顔を覆う。
《もう一度、たった一度だけでいいんだ・・・・・・「あんた、バカぁ!?」って言ってほしい。「バカシンジ!」って怒ってほしい。なのに、僕は、なんで・・・・・・ッ!》
世界を滅ぼそうとし、実際に幾つもの世界に終焉を齎した者。黒い堕天使。
アルマロスが、声を殺して、泣いた。
『あ、アルマロス・・・・・・』
声をかけたものの、シンジは戸惑っていた。自分と同じ顔をした少年が、大切な人を前にして泣いている。そして、それを目の前の少女が気付く事は決してない。
残酷すぎる現実。それを前にシンジは声を失った。
何かに気付いたのだろう。あるいは、夜風が寒くなってきたのかもしれない。制服姿のアスカは、まるでこの世の全てが敵であるような視線をその場に残して、颯爽と建物の中へと入っていった。
目の前で泣き続けるアルマロスに、最後まで気付かないまま。
《・・・・・・自業自得、さ。わかってるんだ》
『え・・・・・・』
《僕は、いくらでもアスカを助けることができた。この時点だったら、まだなんとかなったハズなんだ。なのに、僕は肝心なところで動けなかった》
アルマロスが、顔を覆っていた手を外し、シンジに振り返る。その泣き腫らした両目を、シンジに向ける。
『君と、アスカには、何があったの・・・?』
恐る恐る、シンジは尋ねた。
《何も?何もなかったよ?何もなかったから、アスカは想像を絶する痛みと苦しみと悲しみの末に、世界中の誰からも愛されないまま、この世から消えてしまった・・・・・・》
『・・・・・・・・・・・・え?』
《彼女は、惣流・アスカ・ラングレーは、この世界全てにとっての裏切り者なんだよ。そして、それを救えなかった事こそが、僕の最初の罪なんだ》
つづく