シン星紀エヴァンゲリオンー神も泣くかもしれない   作:サルオ

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y.彼方の待ち人-3

 

 嫌な天気だった。重苦しい雲が空を覆う。その重たさに、『シンジ』の気持ちも自然と沈んだ。作戦の内容が内容なだけに、『シンジ』の心も晴れやかなものではない。本当に、嫌な日だった。

 

 目の前に広がるのはNERV本部眼前の廃墟。その一画だ。葛城ミサト主導のもと、外界探査局が施設外調査を行っていた。

 無作為に探査局員が捕獲した人狼たち。その腕から血液を採取した探査局員が、その血液に薬剤を混ぜて、検査装置に入れてスイッチを押した。あっという間に薬剤と血液は撹拌され、その血液の持つ情報が端末に映し出される。

 

「どう?」

 

 ミサトは探査局員達に尋ねる。その問いに、探査局員達は一斉に首を振った。

 

「この地区はもうダメです」

 

「人狼になった彼らに、公害や危険物質なんて解るはずないし、食べ物を作ることを忘れた彼らはなんでも口にするしかない・・・・・・」

 

 「それがたとえ、相手が同じ人間であっても」という言葉を、探査局員は必死に飲み込んだ。ミサトの顔にも苦悶が浮かぶ。その視線が、捕獲した人狼たちに向けられた。ヒトではなくなった者達。ミサトの胸中に、彼らに対する憐れみの心が生まれた。

 

 それでも、やるべき事は、やらねば。

 

 ミサトは懐からタバコを取り出すと、一本を口に咥えて火を付けた。タバコの煙がゆっくりと上がっていき、曇り空に吸い込まれていく。

 ふぅーーーっと、ミサトは長く長く煙を吐き出した。

 

「決行するわよ」

 

 ミサトは開口一番、懐から拳銃を取り出し、捕獲した人狼たちの頭部に的確に銃弾を撃ち込んでいった。人狼達の身体がビクンッと跳ねて、すぐにぐたりと力無く四肢を地面に投げ出した。

 

「シンジ君、レイ。聞こえる?」

 

『はい』

 

『・・・・・・ミサトさん』

 

「川の向こうからこちら、全部焼き尽くして」

 

 ミサトの命令。人狼の殲滅。人の形をした獣の、虐殺。

 

『了解』

 

 その命令に従い、綾波レイは即座に行動に移った。レイの乗るエヴァンゲリオン00は手にした火炎放射器を川向こうに向けた。

 

『ちょ、ちょっと待ってくださいよミサトさん!彼らは敵じゃない、人間なんですよ!?』

 

 対する『シンジ』は良心の呵責からか、ミサトの命令にすぐに従う事ができない。『シンジ』が人狼を人間と認識している以上、彼が今から行う事は立派な殺人だ。普通の神経で、できるはずがない。

 

「可哀想だけどシンジ君。彼らはもうとっくに人間じゃなくなったのよ。これは管理なの。放っておくと他の地区にまで伝染する。もっともっと多くの人たちが死んじゃうのよ?」

 

『でも!』

 

 食い下がる『シンジ』に対し、ミサトは厳しい目を向けた。

 

「何度も言わせないで。これは管理なのよ。私たちには、もはや善悪の有無なんて必要ないの。やらなければ皆が死ぬの。だからやる。それだけの事なのよ」

 

『い、嫌ですよ!僕は使徒と戦うためにエヴァに乗ったんだ。人を殺すためにだなんて、できるわけがないよ!』

 

「シンジ君!!」

 

 ミサトの喝に、エヴァンゲリオン01の肩が震えた。

 

「・・・わかってる。わかってるわよ。自分でも無茶苦茶な事を言ってる。命の選別なんて、まるで神様みたいな事をしてるって。・・・・・・きっと私は地獄に落ちるわね。でもね、そうまでしてでも守らなきゃいけないの。どんなに嫌でも、やるしかないのよ!」

 

 ミサトの険しい顔に、一筋の涙が光った。それを見た『シンジ』は、納得しきれないものを抱えつつも、恐る恐るといった様子でエヴァンゲリオン01の持つ火炎放射器を川向こうに向けた。

 

「ごめんね、シンジ君。嫌よね。私たち、別に望んだわけでもない。人を選別するだなんて、とんだ羊飼いもいたもんだわ」

 

 ミサトの自嘲を耳にしながら、『シンジ』とレイは火炎放射器の引き金を引いた。操縦桿を握る手が震えている。しかし幸か不幸か、その震えは、エヴァに伝わる事はなかった。

 

 炎が街を舐める。

 

 人狼が炎に飲まれ、踊る。

 

 人の焼ける匂いが辺りに漂い始める。

 

『いまさら、良い人ぶらないでよミサトさん・・・・・・』

 

 『シンジ』の呟きは、エントリープラグの中だけのもの。決して外の人間に聞こえるような声量ではない。

 にも関わらず、ミサトは拳銃を炎に向けて、そこで焼け苦しんでいる人狼に向けて乱射した。炎の海に撃ち込まれる銃弾。大した威力もないだろう。

 だがミサトは、まるで懺悔するように、自分も共犯であると示すように、銃を撃ち続けた。

 

 人狼を焼き尽くす巨人。人狼からすれば、手にした杖で全てを焼き尽くす恐怖の神。

 

(僕は、何から何を守ってるんだろう?)

 

 『シンジ』は自問する。ただ逃げ惑うだけの人狼に劫火を降り注ぎながら。廃墟の街を、劫火で浄化させていく。

 

(それは、守らなければならないものなのか?目の前の人たちを、犠牲にしてまで・・・・・・)

 

 答えは得られない。火炎放射器の炎が凄まじい勢いで廃墟の街を舐め尽くす中で、『シンジ』は不意に、どこかで見たことのある子人狼が炎に巻かれるのを見た。

 その刹那、『シンジ』の視界にザザッとノイズが走った。思わず目をつぶった『シンジ』の瞼の裏側に、月下の景色が映し出される。

 月光の下、集う人狼の群れ。その中心で、恐怖もなく微笑む自分。そして近づいて来る、『シンジ』の服を着た子人狼の姿。優しく頭を撫でた感触。

 

『ぶはあッ!・・・・・・はあ、はあ、はあ』

 

 視界がクリアに戻る。『シンジ』は全身に冷や汗をかいていた。汗はLCLにすぐに洗い流されてしまうが、それでも体の震えが止まらない。

 

『僕は、一体・・・・・・』

 

 突然の『シンジ』の不調は、しかしエヴァ01の操縦に影響を与えず、『シンジ』の目の前で、子人狼は熱さに断末魔を上げた後、身を縮ませながら、ただの炭と化した。

 

 

──────

 

 

 NERV本部、中央実験棟内、司令部作戦室。そこにある巨大な立体ディスプレー上に、地球全土を覆う精神汚染の状況が仮想モデルでシミュレートされていた。

 その様子を、碇ゲンドウをはじめとしたNERVのメインメンバーが無言で眺めていた。

 

「それで・・・・・・」

 

 ゲンドウがサングラスの位置を直しながら声を発する。

 

「原因は特定できたのか?」

 

「は、はい!」

 

 ゲンドウの覇気に気圧されながらも、観測の責任者として声を返したのは伊吹マヤ。マヤはディスプレーのコンソールに手を伸ばし、地球のモデルとは別に、月のモデルを映し出した。

 

「今まで、私たちはこの精神汚染の発信源が月だと考えていました。その根拠は、精神波の不規則な軌道と照射時間。余りにもめちゃくちゃな地球への入射角に、私たちは勝手に月に発信源があり、それが気の赴くままに精神波を送り出していた。そう捉えていたんです」

 

「だが、そうではなかった。月が発信源ではないとすると、月面反射か」

 

 ゲンドウの的を得た答えに、マヤも強く頷く。

 

「はい。精神波はビーム状にされていても方向計測が困難なので、今までは月の公転に合わせて入射角が変化していることに気付けなかったんです。結局は地球上から発信して、月をリフレクター代わりにしていたんですね」

 

「つまり、発信源を特定したのかね?」

 

 冬月コウゾウ副司令の発言にも、マヤは力強く頷いた。

 

「はい。すでにマップ上での発信源の絞り込みも完了しています!」

 

「あとはそこに行くまで、だな」

 

 ゲンドウがディスプレーに映し出された地球上の発信源と思われる箇所に目をやる。まだ完全には絞り込めてはいないが、そこはアフリカ大陸の北西部を指していた。

 

「モロッコ周辺、だな。碇、どうする?」

 

 冬月がゲンドウに問い掛ける。

 

「葛城作戦課長は?」

 

「施設外調査だ。もうすぐ戻って来るとは思うが・・・」

 

「構わん。現地に重装甲無人機を10機飛ばせ。まずは情報収集だ」

 

「許可は取らんのか?アフリカやユーロが黙ってはいないぞ?」

 

「我々は国連所属の特務機関NERVだ。全世界を巻き込んだ人狼化現象の原因調査であり、決して他国を訝しんでの行動ではないという事で押し通す。SEELEには私から提言しておこう」

 

「なるほど。しかし無人機による情報収集後はどうする?仮に『フォルトゥナ』を発見した場合、無人機ではなんの役にも立たんぞ?」

 

「その時はドイツ支部から巻き上げたオモチャを使う。使い手も、それに相応しい者が我々のカードの中にはある。それでいい」

 

「ふむ・・・・・・」

 

 冬月はしばし顎に手を当てて考え込んでいたが、

 

「了解した。葛城作戦課長にもそのように伝えておこう」

 

「ああ。冬月、後は頼んだ」

 

 そう言い残すと、碇ゲンドウは作戦司令室を後にした。

 

 

 

 

 数日後の事である。

 

 『シンジ』はNERV本部内、エヴァ02のゲージへと向かう通路を、陰鬱な表情で歩いていた。アスカから急に呼び出されたからだ。

 『シンジ』の心は沈んでいた。裏切者のレッテルを貼られたアスカとどう接するべきなのか。また、数日前の人狼達の虐殺も含め、真綿で締め付けられるような苦しさが彼にはあった。動けない事はない。しかし、動くのがこれ程までに億劫と感じるのは初めての事だった。無理矢理動かした身体は、心の痛みを訴え続けている。

 だからだろう。ボーッと歩いていたら足を引っ掛けられた。シンジは受け身も取れず、ゲージに向かう通路の床にドタッと倒れ込んでしまった。

 

「ボーッとしてんじゃないわよ、馬鹿」

 

 棘のある口調で語りかけてきたのはアスカだ。倒れ込んだまま首をひねれば、眉間に皺を寄せたアスカがこちらを睨んでいる。その態度に、シンジは苛立ちを覚えた。

 

「普通、ごめんなさい、だろ?こういう時にはさ」

 

「あぁん?なんでアタシがあんたに謝んなきゃいけないのよ?」

 

 アスカの棘のある口調は変わらない。カチンときたが、言っても無駄だと感じた『シンジ』は、わざとらしく長い溜息をつきながら立ち上がった。

 

「何よ、その態度」

 

「そっちこそどうなんだよ、その態度・・・・・・」

 

「なに?文句あるわけ?」

 

「別に。文句なんてない」

 

 口調とは裏腹に、『シンジ』の態度は険悪そのものだった。実際、腹の底から煮えくり返っていた。ただでさえ重い気分を更に害する足払い。それが『シンジ』の心を大きく揺さぶっていたのだ。不快なほうに。

 その態度を向けられたアスカは、一瞬たじろいで悲しそうに瞳を伏せたが、その瞳は一瞬で消えて、『シンジ』に対して思い切り敵意の籠った瞳を向けていた。

 

「何よ、あんたも結局、アタシが裏切者だって言いたいわけ?」

 

「・・・・・・は?」

 

「あんたもどうせ、アタシがNERVの裏切者だって思ってんでしょって聞いてんのよ!」

 

「・・・心の底からどうでもいいよ」

 

「な・・・・・・!」

 

「用件はそれだけ?それだけなら僕はもう帰るよ?僕、こんなことの為に時間を使いたくないんだ・・・」

 

 バシンッ!と。

 

 『シンジ』の頬が張られていた。

 

 張った本人も、なぜ自分が手を出してしまったのか分からないといった様子で。

 

 気まずい沈黙が、NERVの通路に流れる。

 

 やがて、シンジは何も言わずにその場を立ち去ろうとした。その手を、アスカが握って止める。

 

「なんだよ」

 

「待ちなさいよ」

 

「もう用事は済んだろ?」

 

「まだよ」

 

「なんでだよ」

 

「まだっつってんでしょ」

 

「いい加減にしてよ!僕だって忙しいんだ!ただ殴られるために呼んだってんなら、僕の事なんてどーでもいいだろ!」

 

「何よ!あんたもアタシのことはどーだっていいって言いたいの!?」

 

「どーでもいいよ!アスカなんか!!」

 

 

 

 

 

《・・・・・・決定的だった。この一言が、アスカの運命を決めた。後悔してもしきれない》

 

 通路の二人の様子を、アルマロスとシンジが見ていた。アルマロスの顔は耐え難い痛みに歪んでいる。

 

《売り言葉に買い言葉。それだけのことだったんだ。ただ、僕にも余裕が無かった。言い訳なんて、後からならいくらでもできるけど・・・・・・》

 

 

 

 

 

 言われたアスカの瞳が潤む。

 

「離せよ」

 

「・・・・・・・・・・・・嫌」

 

「離せって」

 

「嫌ッ!」

 

「離せってば!!」

 

「嫌よ!絶対嫌ッ!!」

 

 顔を俯かせ、拒否するアスカ。その様子に舌打ちを打つ『シンジ』。

 

「なんなんだよ、ホントに・・・・・・」

 

 『シンジ』は心底うんざりと言った面持ちでアスカを見下した。アスカの顔は俯いていて『シンジ』には見えない。

 その顔が、ばっとあげられた。瞳に涙を浮かべながら、アスカはシンジを蔑むように笑っていた。

 

「教えてあげるわ・・・・・・『フォルトゥナ』の居場所がわかったの」

 

「・・・・・・え」

 

 『シンジ』の声に混ざる、確かな驚き。それを感じ取ったアスカは、勝ち誇った様に胸を張る。

 

「数日前に、アフリカに向けて無人機がたくさん飛ばされたのは知ってるわね?」

 

「・・・・・・ああ」

 

「そこに行った重装甲無人機は、たった一機を残してすべて破壊されたわ。かろうじて生きて帰ったその無人機も、さっき見せられたの。ボロボロだったわ。データもユニットごと破壊されて・・・」

 

 そこまで話し、アスカは『シンジ』の手を離した。『シンジ』がこの話に食い付いたと確信したからだ。

 

「あんた、この話、聞かされてないでしょ。何故だかわかる?」

 

「それは・・・・・・わからない、けど・・・」

 

「アタシが選ばれたから、よ!」

 

 アスカが自分の胸に手を置き、勝ち誇る。

 

「無敵のシンジ様じゃなく、アタシが選ばれたの!『フォルトゥナ』をやっつける役目を、あんたではなく、アタシが請け負ったのよ!!」

 

 目に、涙を浮かべたまま。

 

「アタシが『フォルトゥナ』を仕留めるの!そのための装備も用意されている!アタシが裏切ったドイツ支部で作られていた『死神の背骨』!地球最強の兵器で、それを使ってアタシがこの世界を救うのよッ!!」

 

 自分を誇示するようにアスカが両手を広げる。その手が震えていることに、本人は気付いているのだろうか。

 

「わかった!?あんたもファーストも、もうお役御免なのよ!あんたらはせいぜい、その辺をウロついてる人狼を燃やしていればいいわ!アタシはそんなくっだらない事に付き合ってる暇はないしねッ!」

 

 その言葉を発した瞬間、『シンジ』はアスカの胸ぐらを掴んでいた。

 

「・・・・・・取り消せよ」

 

「ああ!?」

 

「取り消せよ!今言ったこと!」

 

「はん!自分が惨めな仕事しか貰えないからって八つ当たりしないでよね!」

 

「違う!そんなのどうだっていい!アスカは人狼をなんだと思ってるんだよ!?同じ人間なんだよ!?」

 

「バッカじゃないの!?あんなのが人間!?笑わせないで!あんな知性のカケラもないような連中、人間でもなんでもないわ!」

 

「アスカ!」

 

「離してよ!!」

 

 アスカが『シンジ』の手を振り払う。そして、そのままアスカは『シンジ』の胸に頭突きをするように飛び込んだ。

 

「痛・・・・・・ッ」

 

「はっ!無敵のシンジ様の次はケダモノの王様!?あんたこそ、一体、なんなのよ・・・・・・!」

 

 『シンジ』はアスカを突き放そうとその肩に手を置き、そこで思いとどまった。握ったアスカの肩が、小刻みに震えていたからだ。

 

 アスカは、静かに泣いていた。

 

「・・・・・・・・・何やってんのよ。あの時みたいに、アタシを迎え入れてみなさいよ。あんた、ケダモノの王様なんでしょ」

 

 シンジには何のことだかわからない。わからないが、アスカが本気で悲しんでいて、怖がっていて、どうしようもなくなっているのは判ってしまって。

 シンジは、アスカの両肩に置いた手を、そっと下ろした。

 

「やめてよ・・・・・・」

 

 アスカの声も震えている。

 

「あんたなんかに同情されたら、ますます惨めになるじゃない・・・・・・」

 

 本当に、僅かな時間だった。

 

 アスカは『シンジ』の胸でしばらく泣き、『シンジ』を振り払って、通路の奥へと消えていった。

 

 それが、『シンジ』が見たアスカの最期の姿だった。

 

 

──────

 

 

 アフリカ北西部。ダデス川の流れるダデス渓谷。その遥か上空に、アスカとエヴァンゲリオン02はいた。

 

『さぁってと、そろそろご到着だぜ?カワイ子ちゃん』

 

 エヴァ02を運搬していたキャリアー。そのパイロットが軽薄そうな声でアスカを煽る。

 

「さっきから鬱陶しいわね。そのカワイ子ちゃんてのやめなさいよ」

 

『悪いな!俺からしてみたらあんたらチルドレンはみぃんなガキンチョなんだ。まだカワイ子ちゃんって呼んでやるだけ、ありがたく思いな!』

 

 通信の向こうで、キャリアーパイロットがガハハと笑う。日本を立ってからおよそ13時間。アスカはこのおしゃべりなパイロットにうんざりしていた。

 

『さて、最終確認だが、これからカワイ子ちゃんはモロッコ上空から切り離されて、『フォルトゥナ』とかいうバカをとっちめに行く!つまりこれは、裏切者のあんたにとって名誉挽回のステージってわけだ!』

 

「ちょっと!ちゃんと回収してくれんでしょーね!?」

 

『それはあんたの頑張り次第だ』

 

「・・・・・・・・・!」

 

『まぁ、精々見捨てられないように気張んな。カワイ子ちゃん』

 

 その言葉を最後に、エヴァ02がキャリアーから切り離される。自由落下に伴う浮遊感がアスカを襲った。

 

「・・・・・・ちっ!!」

 

 通信がアスカの舌打ちを拾ったかはわからない。屈辱の表情を貼り付けたまま、アスカはどんどんと近付いてくる赤い大地を睨みつけていた。

 

「今ッ!」

 

 アスカの気合いの入った声。それに合わせて、エヴァ02の背中に取り付けられたジェットエンジンが火を噴いた。落下の勢いを殺すための簡易落下傘も開かれる。超重量のエヴァンゲリオンだったが、この二つの機能が見事に仕事を果たし、エヴァ02を無傷で赤い大地に降ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 エヴァ02が地表に降り立ってからどれだけの時間が経っただろうか。長時間の単独行動であったが、赤木リツコが急遽デザインした携行用バッテリーのおかげで、エヴァンゲリオン02はフルパワーで72時間は稼働が可能だ。

 

 太陽も傾き、空に夜の帳が降り始めた時間だった。アスカは視線の先に、青白く光る何かを見つけた。

 

「なにかしら、アレ・・・・・・」

 

 アスカはエヴァ02を渓谷の影に隠し、様子を伺った。

 青白く光る、巨大な物体。それは遠目から見るに、青い十字架のようなオブジェに見えた。

 その十字架に架けられている者。本来であれば、それは古代の救世主が架けられているはずだったが、何かの悪い冗談だろうか。

 一体のエヴァンゲリオンが、その十字架には架けられていた。

 

「・・・・・・!?」

 

 アスカとエヴァ02はとっさに物陰に隠れる。

 

(まさか・・・あれが『フォルトゥナ』!?)

 

 鼓動が早くなる。息が荒くなる。アスカは震える指でエヴァンゲリオンの通信ボタンと、同時に録画ボタンを押した。これからの情報は、なるべく沢山残さなくてはならない。自分が勝っても負けても、残された情報がNERVに届くのならば、それは多ければ多いほど良い。

 もちろん、アスカは負けるつもりなど毛頭ないが。

 

 しかし、青白い十字架に架けられたエヴァンゲリオン。それが放つ威圧感に、アスカは気圧されていた。それどころか、自身の駆るエヴァンゲリオンの動きまでもが重たい。まるでエヴァ自身が何かをアスカに訴えたいかのようだ。

 

「もしかして、本能的に敵だって察している・・・・・・いや、怯えてる?」

 

 その表現が、アスカには一番正しいような気がした。だが、だからといって、ここまで来ておいてみすみす尻尾巻いて逃げる気はさらさら無い。あのムカつくキャリアーパイロットの言う通りだ。これは名誉挽回のチャンスなのだ。

 

 アスカはエヴァの右腕に装備した『死神の背骨』に視線を移した。まるで巨獣の顔を模ったようなその兵器は、今回の作戦でエヴァ02に唯一配備された兵装だった。

 

「これさえあれば・・・・・・、ちゃんと仕事しなさいよねッ!」

 

 アスカはシートに深く座り直し、大きく息を吸うと、思い切って物陰から飛び出した。

 

「もらったぁぁあああッ!!」

 

 アスカは怒号と共に、左手で『死神の背骨』銃口カバーを後方にあるグリップで引き寄せた。

 

「ヴオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 『死神の背骨』が雄叫びを上げながら、まさに怪獣の如くその口を開いた。同時に、銃身の両側に並んだ鱗状の装甲が一斉に開いて、内部に埋め込まれたエヴァの脊髄のような銃身が姿を現す。次の瞬間、その脊髄を中心に、周りの空間がぐにゃりと歪み始めた。

 

 『死神の背骨』、いや、それに使われた脊髄に籠った怨念が、現実を拒絶するため巨大なATフィールドを銃身の周りに生み出す。余りにも濃いそのATフィールドは、脊髄を中心とした周りの空間を断絶。しかし直後にそのATフィールドは消失し、空間に生まれた『隙間』に周囲の風景が吸い込まれる。それは渦を巻きながら『死神の背骨』の銃口に集まっていった。

 ATフィールドで無理やり作り出した空間の隙間、消失した空間を補填しようとする世界の理。それを無理やりに銃口に集めて、再度ATフィールドの斥力を使って撃ち出す。言い換えれば、『ATフィールドで削り取った空間を弾にして無理やり撃ち出す兵器』。それが『死神の背骨』であった。

 撃ち出された空間の弾は着弾すると同時に、着弾点にあった『空間自体』を吹き飛ばす。物理的抵抗や物体の強度などまったく意味がない。存在している空間自体が弾き飛ばされるのだ。それは紙に描かれた風景画が、紙ごとビリビリと破られるに等しい衝撃を生み出す。

 

 アスカが、『死神の背骨』のトリガーを引いた。瞬間、圧縮された空間の弾丸が青白い十字架に向かって、光の速さで飛んでいく。アスカ自身の認識では、引き金を引いた途端に目標物はすでに吹き飛んでいるはずだった。

 

 その着弾点が、()()()()()()()()、であるが。

 

「!!?」

 

 アスカの目が大きく見開かれる。アスカは引き金を引く寸前、確かに青白い十字架をロックオンしていた。それが引き金を引いた直後、照準はズレて、十字架の後方にある山脈に弾は着弾した。

 

 弾け飛ぶように、山脈が綺麗な円状にくり抜かれた。

 

「ウソ!ウソよ!?だってアタシ、ビビッてない!ちゃんと照準を合わせていた!」

 

 アスカの悲鳴は、しかし現実を塗り替えるには至らない。起きた事象は明白。『弾は外れた』。それだけだ。

 

「ま、まさか・・・・・・」

 

 アスカはそこで初めて気付く。己の駆るエヴァンゲリオンの腕がブルブルと震えている事に。

 

「まさか!まさか!!あんたがビビッたっていうの!?」

 

 信じがたいがそうとしか思えない。アスカの乗るエヴァンゲリオン02。それが目の前の敵を恐れて、アスカの意思を超えて、無理矢理に攻撃を外したのだ。

 

「こんの、裏切りもんがぁッ!!」

 

 アスカの怒りと恨みの籠った怨嗟の叫び。だが、事態はすでに動き始めた。それを巻き戻す術は無い。

 

「!!」

 

 青白い十字架から、エヴァンゲリオンが糸で引っ張られたマリオネットのように立ち上がる。丸みを帯びた重装甲に覆われた、エヴァンゲリオン『フォルトゥナ』。それが立ち上がると同時、アスカの乗るエヴァンゲリオン02が再び恐怖に震えた。

 

 アスカは操縦桿を握り、怒りの意思を込める。エヴァンゲリオン02の拳が、己の顔を打ち抜いた。

 

「うっぐ、ううう・・・ッ!!」

 

 ダメージのフィードバック。だが、これでいい。

 

「少しは目ぇ、覚めた!?02!!」

 

 頭を振り、恐怖を振り払う。アスカの怒気がエヴァ02の性根を叩き直した。弾は外したがまだ初弾だ。いくらでも挽回は効く。

 

「うぅぅオオオオオオオオオオ!!」

 

 エヴァ02はフォルトゥナには近付かない。距離を保ったまま、フォルトゥナを中心とした円の動きで距離を保つ。『死神の背骨』の第二射がうちだされる。

 

「ちぃっ!」

 

 アスカの舌打ち。今度はエヴァ自身もビビッていない。フォルトゥナが躱したのだ。第二射が再びフォルトゥナの背後の山脈を抉る。フォルトゥナがキンッと音を立てて距離を一瞬で詰めてくる。

 

「なめんじゃあ・・・」

 

 アスカはワザと後ろに倒れ込んだ。

 

「無いわよぉっ!!」

 

 同時に両足を上げ、一瞬で間合いを詰めて近付いてきたフォルトゥナを水泳の蹴り込みのように蹴り飛ばした。両者の距離が再び開く。

 

「ふんぬうぅぅうあああああああッッ!」

 

 巨大な『死神の背骨』を振り回し、再びフォルトゥナに照準を合わせる。フォルトゥナはまだ体勢を立て直していない。

 

「くらえぇッ!」

 

 第三射。今度こそ弾丸はフォルトゥナに命中した。

 

 しかし、フォルトゥナは倒れず、弾はフォルトゥナのATフィールドによって弾き飛ばされた。夜の帳が降りてきた空を、一筋の流星が切り裂いた。

 

「まさか!?射角をズラして弾き飛ばしたの!?」

 

 再びフォルトゥナが距離を詰めてくる。対してアスカとエヴァ02は距離を取り、何度も『死神の背骨』を打ち込むしか無い。単発式の武器である『死神の背骨』では、ATフィールドを巧みに使うフォルトゥナに対応しきれないでいた。

 

「だったらぁ!!」

 

 そこで、アスカは敢えて前へと踏み出した。距離を置いての射撃で意味がないならば、ゼロ距離からかましてやるまで。

 

「どおおりゃああああああああッッ!!」

 

 距離を詰めようと二体のエヴァが急接近。フォルトゥナはこの動きに反応できずに驚いたのか、一瞬だけ動きが止まった。

 

 その一瞬が命取り。

 

「ぜぃやあああああああッ!!」

 

 エヴァ02の渾身の右回し蹴り。それを両腕で防ぐフォルトゥナ。超至近距離で互いのATフィールドが中和される。そこにねじ込むようにして、エヴァ02が『死神の背骨』をフォルトゥナの側頭部に突き付けた。躱しようがない。

 

「今度こそぉ!もらったッ!!」

 

 アスカの勝利宣言。『死神の背骨』のトリガーが引かれる。

 

 

 

 

 

 それでも尚、『死神の背骨』の弾丸は外れた。

 

 

 

 

 

 刹那の瞬間、目の前で発生した事態に目を見開くアスカ。

 

 フォルトゥナの胸部から、さらに二本の腕が生えていた。いや、正確には、腕を組むようにして収納されていたのだろう。それがこの土壇場に来て、展開された。

 

 展開された腕。四本の腕。新たに出現したその左手は『死神の背骨』へと伸び、銃口を明後日の方向に逸らしていた。

 

 残る右手はエヴァ02の首を締め上げる。

 

「うっぐう!?」

 

 途端、エヴァ02に何かが侵入してきた。それは正しく異物。フォルトゥナが、エヴァ02を侵蝕し始めたのだ。

 アスカの乗るエントリープラグ内の映像がプツンと切れる。それと同時に、エヴァンゲリオンの深部から深い紫色の光が逆流するように迫り上がってくる。

 アスカはその光に、強い拒絶を示した。まるで自身の心が犯されるような感覚。自身の体内に異物が入るような、感じたことのない不快な感覚。

 

「いや!アタシの中に入ってこないで・・・あぎ!?」

 

 とうとうアスカの心の壁は破られて、アスカの中を強引にぐちゃぐちゃとかき混ぜ始めた。

 

「いや!嫌ぁッ!!出てって!出てってぇ!!」

 

 アスカの内部を掻き混ぜるのは、獣の如き欲望。相手の全てを手に入れたいという支配欲。

 

「あああああ!やだァァアアアアアア!!」

 

 アスカが思わず顔を覆う。だが次の瞬間であった。アスカの顔の皮膚がベリィッと音を立てて剥がれた。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 アスカの絶叫。それに構う事なく、プラグスーツが、その下の皮膚が、筋肉が、ぶちぶちと音を立てて剥がされていく。

 

「いや、いや、イヤイヤイヤイヤいやぁ!!死にたくない!吸い込まれる、アタシが・・・情報が、力が、アタシがぁッ!!」

 

 アスカの絶叫が渓谷に響き渡る。フォルトゥナと組み合ったエヴァ02が、粒子となってバラバラに解けながら、ジワジワとフォルトゥナに吸い込まれていく。

 

「助け、助けて・・・ッ!!お願い、誰か、誰でも、いいよぉ!!見捨てないで、助けて!アタシを、誰か、誰、か・・・・・・」

 

 アスカの脳裏に映る最期の光景。月下の光景。自分に向けられる『シンジ』の優しい微笑み。

 

 筋肉が剥がれ落ち、内臓が引き抜かれ、骨がぐずぐずに溶け出していく。そして、アスカの生命情報である、魂さえも。

 

「ばか・・・・・・し、んじ、ぃ・・・・・・・・・」

 

 その言葉を最期に、惣流・アスカ・ラングレーとエヴァンゲリオン02は、この世から姿を消した。

 

 通信の最後を、当初の役割通り、NERV本部へと届けた上で。

 

 

 

 

 

つづく

 

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