シン星紀エヴァンゲリオンー神も泣くかもしれない   作:サルオ

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z.彼方の待ち人-4

 

 アスカの最期を見た『碇シンジ』は発狂した。

 

「ああああああああああああ!ああっ!ガアアアアアアアアアアッ!!」

 

 アスカが最期の力を振り絞って残してくれた映像記録。通信によって送られてきたリアルタイムの画像。それの録画記録を見せられたのだ。

 

 「最期の力を振り絞った」。その表現は正しくはない。アスカは確かに後続に情報を残してはくれた。だがアスカは決して前向きな気持ちで、未来を仲間に託してなどという気持ちではなかったはずだ。映像に残されていたのはアスカの絶叫と命乞い、凄惨な最期だけだった。

 

 アスカの作戦行動の翌日に、エヴァパイロットである『シンジ』と綾波レイはこの映像を見させられた。それを見た『シンジ』は暴れ回り、今は椅子に縛り付けられている。感情に乏しいはずのレイですら、この惨状には口元を抑えて目を逸らした。

 

「ダメよ、みんな。よく見なさい」

 

 作戦司令室に流れる映像。何度も何度も再生されるその凄惨な光景は、集まっていたネルフスタッフ全員の心を削った。それを叱咤する葛城ミサトも、唇を噛んで画面を睨みつけている。

 

 アスカの最期。それから得られる情報を、一つでも正確に捉えるために。そして、『フォルトゥナ』を打倒する鍵を見つけ出すために。

 

「アスカ!アスカぁッ!!なんでだよ、なんでェッッ!!」

 

 縛り付けられたまま暴れ続ける『シンジ』の頭を、碇ゲンドウが無理やり押さえつけて画面に向けさせる。

 

「シンジ。目に焼き付けろ。これがお前の倒すべき『敵』だ」

 

「ああああああああああああああああッ!」

 

 必死にソレから目を逸らそうとする『シンジ』を、ゲンドウが力任せに押さえ付ける。

 

「あの叫びを聞け。あの嘆きを聞け。あれがお前の悲しみになるのであれば、一切を聞き逃さず、全てをその目に焼き付けろ」

 

 シンジの目は血走っていた。涙を流し、嗚咽を漏らし、それでも目の前の惨劇が覆ることはない。NERV本部の全スタッフの中で、一番の傷を負っていたのは間違いなく『シンジ』であった。

 

 秘めた想いがあった。

 伝えられない想いがあった。

 すれ違ってしまった感情があった。

 

 その全てを清算できないまま、彼女はこの世を去ってしまった。

 

 この世に精一杯の未練を残しながら。

 

 『シンジ』はその現実を受け入れられず、とうとう、気を失ってしまう。

 

「碇・・・・・・」

 

 ゲンドウのその行いを咎めるように、冬月が睨む。それをどこ吹く風といった表情でゲンドウは流した。

 いや、或いはゲンドウは、この展開をこそ望んでいたのかもしれない。

 

「・・・・・・これでシンジも私と同様、大切な人を失った。これでいい。ようやく私の息子は私と同じステージに立った」

 

「本当にそうか?碇。お前はここまでの破滅的な離別を受けたか?ユイ君はここまでの事をお前に残したか?」

 

「起こった現象に多少の違いはあれ、起こった結果は変わらない。シンジは私と同じになった。今は、それでいい・・・・・・」

 

 サングラスに隠れたゲンドウの眼差しは読み取れない。だがその口元が、僅かに上がるのを冬月は見逃さなかった。

 冬月はため息と共にミサトと、その周りに控えていたスタッフに告げる。

 

「現時点よりサードチルドレンを拘束。留置所にて要経過観察対象として扱え。サードチルドレンは知っての通り『危険人物』だ。扱いには細心の注意を払うように」

 

 その言葉を受けて、NERVスタッフの数名が『シンジ』を椅子ごと運んで作戦司令室を後にした。

 その光景には目もくれず、ミサトは画面に映し出されるアスカの惨状を何度も何度も見返している。

 

「ねぇ、リツコ・・・」

 

「・・・・・・なにかしら?」

 

「こいつ、もしかして瞬間移動してる?」

 

「!!」

 

 リツコは親友の突拍子もない発言に驚いた。すぐにリツコは映像を巻き戻し、エヴァ02と『フォルトゥナ』との戦闘シーンを見直す。

 

 微かな違和感であった。戦っていたアスカですらが気付かないような、本当に微かな違和感。『フォルトゥナ』がキンッと音を立ててエヴァ02へと距離を詰める瞬間の映像。このシーンにだけ、リツコも違和感を感じていたのだ。

 あの巨体にしては余りにも距離を詰める速度が速すぎる。エヴァ02の録画映像では『フォルトゥナ』が単に視界から消えた程度にしか感じ得ないが、客観的視点で持って状況を読み取れば、『フォルトゥナ』の移動速度は異様に速いと結論付けるしかない。

 

 まるで、瞬間移動をしているように。それこそ一瞬、『世界から消えている』のでは?と錯覚するほどに。

 

「まさか・・・・・・」

 

 リツコの発した言葉は否定の意味を込めていた。だが、否定しようとすればするほど、その否定した事象が真実なのでは無いかという考えが鎌首をもたげる。

 

 やがてリツコは、認めたく無い事実を認める事になる。

 

「あり得ない事、じゃあないわね・・・・・・」

 

「やっぱり・・・・・・」

 

 それが事実であろうと、リツコの親友はすでに感じ取っていた。これは恐らく論理か直感の差。理論的に物事を断ずるか、直感に従うか。その程度の違いでしかないのだが、リツコはこういった時に発揮される親友の才能を羨ましく思っていた。

 だからこそ、なのだ。リツコはミサトに意見を求める。科学者として検証すべき事象を正確に把握するために。

 

「ミサト。貴女はあの動きをどう捉える?任意の場所に一瞬で移動しているのか。それとも何かの制約があるのか、という意味なのだけれど・・・」

 

「たぶん後者ね」

 

 親友は即答した。

 

「上手く言えないけど、『フォルトゥナ』の動きはあらかじめ決められた通路を動いてるように感じるわ・・・。あ、通路って言ったのは、なぁんかそんな風に感じただけだけど・・・」

 

「通路・・・・・・言い得て妙ね。つまり貴女は、『フォルトゥナは決められた道筋であれば一瞬で移動できる』と言いたいのね?」

 

「そう感じただけよ。根拠は無いわ」

 

 そう宣った親友の瞳は、しかし真剣そのものであった。

 それを親友であるリツコは信じる。根拠はないが、その説得力に信を置いて。

 科学者として甘い。だから母に追いつけないのだが、そんな無粋な思いを傍にやるほどには、リツコはミサトを信じていた。

 

「もしそれが本当ならば、それに対抗すべき兵器が必要になるわね・・・」

 

 珍しく、リツコの口角がギィィと上がる。それは目標を定めた捕食者の笑み。今世における『赤木リツコ』を絶対的な存在に引き上げた瞬間であった。

 

 

──────

 

 

 独房にて、『シンジ』は放心していた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 自分が独房に叩き込まれた理由はわかる。NERVという特殊な機関において、自分勝手に暴れ回ったのだ。それぐらいの分別は、中学生の『シンジ』と言えども、ある。

 

 だが自分の身に、ひいてはアスカの身に起こってしまった事実を受け入れるのは土台無理な話であった。『シンジ』はここに来て初めて、惣流・アスカ・ラングレーという存在の大切さを理解したのだ。

 失ってからようやく気付く。ありきたりな話だ。だが真実だと認めざるを得ない。彼女の存在がどれだけ自分の心を支配していたのか、『碇シンジ』は失った後にようやく気付いたのだ。

 

 独房の壁の一点を、ただジッと眺めるしか無い『シンジ』。彼は失った物の大きさと、それを埋めてくれるであろう自分に残っている物について思いを馳せていた。それが彼の中で纏まることなど、きっと無いのだが。

 

 不意に、独房の格子の向こうに人の気配を感じた。『シンジ』は格子に目を向ける。そこには自分にとって何の価値があるのか分からない父親と、自分に僅かに残った物の一つである少女が立っていた。

 

「綾波・・・・・・」

 

 格子の向こうに無表情の少女が立っていた。その目は変わらず冷ややかで、何の感情も無く『シンジ』を見つめてくる。

 

「あや、なみぃ・・・・・・ッ!」

 

 少年は涙を浮かべ、少女に縋るように独房の格子に縋る。

 

「ねぇ・・・!綾波は、居なくなったりしないよねぇ・・・・・・ッ!?」

 

 格子の間から、『シンジ』は必死に手を伸ばした。その手は少女の衣服に触れるかどうかという所まで伸ばされて、しかし触れる事が出来ずに空を掻く。

 

「ねぇ綾波・・・!教えてよ!君は、君だけは、居なくなったりしないよねぇ!?」

 

 『シンジ』の言葉は懇願であった。余りにも凄惨な現実に、縋ってしまいたい程の願望。それの体現を、『シンジ』は目の前の少女に求めたのだ。

 

 少女はゆっくりと、格子から離れた。

 

「・・・・・・ッ!?」

 

 

 

 

 

「汚らわしい」

 

 

 

 

 

 少女の言葉が、少年には理解できなかった。

 

「あや、なみ・・・・・・?」

 

「わたしは、ケダモノが嫌い。ケダモノの棲むヒトも嫌い」

 

 レイはそれだけをシンジに告げると、『シンジ』に侮蔑の視線を投げつけ、その場を去ってしまった。

 

 呆気に取られる『シンジ』の前にゲンドウが立つ。その手には、映像を映し出す端末があった。

 

「シンジ、これを見ろ」

 

 そう言ってゲンドウは、手にした端末の電源を入れる。そこに映し出されたのはNERV本部内にある、監視カメラの映像だった。

 

 映っていたのは、『シンジ』だ。

 

「な、なんだよ・・・これ?」

 

 保安部員二人に取り押さえられながら、まるで獣のように歯を剥き出しにして暴れて回る自分の姿があった。

 

 覚えがない。記憶がない。こんな暴挙をNERV本部内で働いたなど、あり得ない。

 

「父さん・・・・・・これは、だれ?」

 

「お前だ。シンジ、お前自身だ」

 

「嘘だ!!こ、こんな、これじゃあまるで・・・!」

 

 まるで、人狼。

 

 歯を剥き出し、爪で保安部員を引っ掻き、吠える様はまさに獣。『シンジ』にとって受け入れ難い事実であった。

 

 そこに現れる新たな人影。

 

 綾波レイが、暴れるシンジに近付いた。

 

「だ、だめだよ綾波!!僕に近付いたら・・・!」

 

 『シンジ』が叫ぶ。だが、ゲンドウの手元にある映像は記録だ。そこに映し出されたものがもたらす結果を変えることなどできはしない。

 

 画面の中の『シンジ』が保安部員を振り解く。物凄い力で吹き飛ばされた保安部員が壁に激突する。

 

 画面上のレイは肩をビクッと振るわせるも、その場を離れようとはしない。

 

 それをチャンスと見てとったのか、獣と化した『シンジ』はレイに踊りかかった。

 

「やめろォォオオオオオ!!」

 

 画面越しに、『シンジ』がレイに襲い掛かる。力任せに組み伏せ、その衣服を剥ぎ取っていく。悲鳴を上げているレイの首筋に『シンジ』が噛みついた。レイは噛みつかれながら、衣服を剥ぎ取られながら、それでも必死に抵抗する。

 まるで獣の交尾。獣と化した『シンジ』は目の前の『雌』を逃してなるものかと力任せに押さえ付ける。

 

「やめろ!何してんだよ、やめろ!やめろォォ!!」

 

 『シンジ』の叫びも虚しく、画面の向こうでとうとうレイの最後の下着が引きちぎられた。獣と化した『シンジ』はレイを逃さないようにレイの両腕を抑えると、自身のベルトに手を伸ばした。

 

「やめろ!やめろやめろやめろやめろやめろおおッ!!」

 

 画面上の『シンジ』が下半身を露わにした瞬間であった。

 

『麻酔銃を!早くッ!』

 

 吹き飛ばされた保安部員二人がシンジに飛び掛かった。そのうちの一人は腰から拳銃を取り出して、暴れる『シンジ』の首筋に当てる。

 

「世界規模の精神汚染が確認されたとき、シンジ。お前はNERV本部にいなかった・・・」

 

 映像端末を手にしたゲンドウが、あまりの事態を目の当たりにした『シンジ』に語りかける。

 

「お前は、すでに重度の精神汚染を受けている」

 

 画面の向こうで、保安部員の引き金が引かれる。直後、獣と化した『シンジ』の体がビクンと跳ねた。力無く倒れた『シンジ』の下から、綾波レイが恐怖に涙を流しながら這い出てくる。

 

「お前は人狼だ」

 

 

 

 

 

つづく

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