碇シンジがケンスケのシェムハザと死闘を繰り広げ、姿を消した世界線にて。
12月5日。時刻はあと2時間ほどで日付を跨ぐかといった時間帯に碇・アスカ・ラングレー、加持リョウジ、そして剣崎キョウヤの三人は、アスカエヴァ統合体の手に乗って、夜の「黒い森」、アルザス・ロレーヌの森の上を低空飛行で進んでいた。
《ところで加持さん。ヒカリ達の家族のいる場所って、本当にその場所で合ってるのよね?》
エヴァ統合体となったアスカが加持に問いかける。
「ああ。あの相田の寄越した情報もそうだったが、剣崎があらかじめ調べていた情報とも座標は一致している。余程のことがない限り、ハズレって線は薄いと考えていい」
「私一人で集めた情報ではありません。私を含めて三人で収集に当たっていました。まず間違いないか、と」
冬の、それも夜のヨーロッパは極寒だ。アスカエヴァ統合体の手の上に乗っている二人は防寒具をしっかりと着込んでいるが、それでもどんどんと奪われていく体温に、歯をカチカチと鳴らしながら答えた。
《悪いわね二人とも。この状態だと人、乗せらんなくってさ。もう少しスピード上げようか?》
「いや、早く現地に着きたいって気持ちもあるにはあるが、これ以上スピード上げられたら俺たちが凍っちまう。それにアレゴリック翼とはいえ、無音じゃない。今のスピードをキープだ」
《了〜解ッ♪》
アスカは軽い口調で答え、現状を維持した。
《でも信じらんないわ。その座標ってパノラマ街道沿いじゃない。ちょっと奥まった森の中にあるとはいえ、そんな観光名所の人気の多い場所に隔離施設なんて作る?フツー》
アスカが小首を傾げて二人に問う。加持はアスカの純粋さに少しだけ苦笑した。
「隠したいものを見つかりにくい場所にってのもあながち間違いじゃないが、本当に見つけられたくないものってのは、意外と人目の多い場所にそれとなく置いとくもんなのさ。その方が案外気付かれにくい。覚えておいた方がいいぞ?」
《ふーん、あ、そう。・・・・・・シンジもエロ本とかをそんな隠し方してんのかしら》
「んあ?どういう意味だ?」
アスカの唐突な疑問に対し、加持も若干だが戸惑ってしまう。
《いや、アイツも男だからエロ本の一つや二つは持ってるだろーなぁって時々家ん中探してんだけど、一向に見つからないのよね?からかってやろうと思ってんのに・・・・・・」
そりゃ、あれだけ嫁さん達がいればな。喉まで出かかった言葉を、加持は苦笑しながら飲み込んだ。
「それは奥様以上の女性がいないからでは?」
サラッと言いやがって。加持は聞こえるように舌打ちをした。
《んー、まあそれは当然だからいいとして、アイツの趣味趣向が知りたいのよね〜。マンネリ化も嫌だし、加持さんどう思う?》
「・・・俺に聞くなよ。シンジ君に聞けばいいじゃないか」
《あのバカ、恥ずかしがって喋んないのよ》
思わぬところで知り合いの夫婦の夜の生活について聞かされた加持は苦笑するしかない。それこそ酒でもあれば話は別だが。
「加持」
剣崎がサングラス越しに鋭い視線を向けてくる。どうやら目的地が近付いてきたようだ。
「そろそろか・・・。アスカ、高度を下げてくれ。ここからは隠密行動だ、エヴァは置いていく」
《了解、腕が鳴るわね》
「アスカ、あまり前には出るなよ。基本的には剣崎と俺が先行する」
《わかってるってば。・・・降りるわよ》
アスカエヴァ統合体が黒い森へと降下する。
(シンジ。あんたのおかげでアタシ達は上手く行きそうよ・・・・・・だから、今どこでどうなってんのか知らないけれど、必ずアタシのところに戻ってきて)
アスカエヴァ統合体は祈るように膝を折って大地に降り立つと、かすかな発光と共にその姿をエヴァンゲリオン弐号機へと変える。加持と剣崎を地面に下ろし、アスカはエントリープラグから身を乗り出した。
夜の風がアスカの髪を巻き上げる。その瞳には強い決意と、微かな憂いが込められていた。
▼△▼△▼△▼△
「碇、どうだ?お前の見立てでは・・・」
「問題ない。シンジ、サードチルドレンは『器』として選ばれた存在だ。まだ物証は足りないが、確信がある」
『アルマロスの過去』の世界線。そのNERV本部、碇ゲンドウの執務室にて、ゲンドウと冬月は珍しく向かい合って座り、ワインを飲みながら語り合っていた。
静かな夜だった。普段であれば聞こえてくる人狼の遠吠えも、今夜は珍しく鳴りを潜めている。静かで贅沢な時間を味わえる機会は、この世界では少ない。
「シンジはすでに『人狼を束ねる者』となっている。あの映像がよい証拠だ。あの資格があれば、エヴァに乗る事で生き残った人類と、人狼共の意識を全て集めることもできるだろう。そこまで来れば・・・」
「補完計画の完遂も近い、か・・・・・・」
冬月は手にしたグラスを傾けて、口の中を湿らせた。
「すべての意識を束ねたエヴァンゲリオン。そしてそれに足る資格。その両方を備えた者こそが、『フォルトゥナ』に選ばれ補完計画を完遂させる、というわけだな」
「ああ。ただし、ヤツの中にある魂、惣流・アスカ・ラングレーの魂も必要だ。あれはシンジにとっても大切な魂。補完計画の発動に、あれは不可欠だ」
「故に『フォルトゥナ』にも消えてもらう必要がある、と」
「そうだ。だが、ヤツは強い。今までの使徒とは違い、我々、いやSEELEの「裏死海文書」にすら記載のない存在。それを確実に仕留めるには、駒がもう一つ必要だ」
ゲンドウもグラスを傾けて、なみなみと入っていたワインを飲み干した。冬月はその様子を黙って見守り、飲み干したのを見届けると鋭く切り出した。
「そのためにレイを差し向けるのか。リリスの魂はどうする気だ?」
「問題ない。ヤツを消耗させ、その魂を『フォルトゥナ』が取り込めば、セカンドチルドレン同様シンジが魂を拾い上げる。所詮は出来損ないの紛い物だ。ユイに会うためであれば必要な犠牲だ」
「・・・・・・ユイ君は我々をどう思うかな」
「会えばわかる。例え罵りでも、私はユイの声が聞きたい。今までのユイの居ない虚無を思えば心も軽くなる。全ての魂、意識を集めて発動した人類補完計画の後、ユイの魂は完全に覚醒して、必ず我々の元に戻ってくる」
「・・・・・・そうだな」
冬月がゲンドウの空いたグラスにワインを注ぐ。ゲンドウはそれを受け取ると立ち上がり、司令室の窓際までゆっくりと歩いていった。
「この悍ましい光景も──、」
ゲンドウは眼下に広がる人狼の街を見下ろす。
「ユイが全て救ってくれる」
ゲンドウの口角がわずかに上がった。
「レイの出撃は8時間後だ。・・・それまで体を休めておきましょう。冬月先生」
ゲンドウの態度に、冬月ははぁと小さくため息をついた。
何を今更な態度だ。
冬月はグイッとワインを飲み干すと、自身の私室へと帰っていった。
──────
ダデス渓谷の現地時刻15時ころ。綾波レイを乗せたエヴァンゲリオン00は赤い大地を踏み締め、巨大な弓アズマテラスを引きずるようにして移動していた。
『やはり機動力、という点では難ありね』
通信に赤木リツコの冷静な分析が流れてくるが、レイにとってはどうでもよかった。与えられた任務を遂行する。それだけしか、この少女の頭には無い。
この場に、シンジが居なくて本当に良かったとレイは思う。レイは一度人狼化したシンジに襲われて、貞操の危機と恐怖を味わったのだ。NERVの支援も乏しい遠い異国の地で、シンジと二人きりで任務に当たるなど考えたくもなかった。そういった配慮をしてくれた碇ゲンドウに対して感謝を覚えるレイは、やはり自分の頼れる大切な人は碇ゲンドウを置いて他にないと確信していた。
ゲンドウの命令だから、やる。やる価値がある。自分はそのために存在している。少女の思いはただひたすらに、純粋だった。
『レイ、あと十分ほどで目的地に到達するわ。頑張って』
「了解・・・」
ミサトの通信に実に端的に回答したレイは、地面を引き摺りながらアズマテラスを運ぶ。目標地点は『フォルトゥナ』から10キロメートルは離れた小高い山の上。そこから『フォルトゥナ』を狙撃し、殲滅する作戦だった。
疲労はないが、遅々としか進まない行軍にレイは少しだけ辟易していた。だがそれも、もうすぐ終わりだ。この山を登り切れば、そこから赤い大地を見渡すことができる。そこからが彼女の仕事の本番。弓を構えて、2連続で矢を放つ。作戦が順調に進めば、たったそれだけで終わる簡単な仕事だった。
エヴァンゲリオン00が小高い山の上に立つ。眼下に広がる赤い大地。その向こうに見える、青白く光る十字架。
「見つけた」
レイは手元のアズマテラスを構え直すと、弓の下端の石突を大地に突き刺した。膨大な威力を誇るがゆえの固定砲台。その固定を完了させ、レイは照準を遠い十字架に合わせる。
「・・・静かね」
レイがそう呟いた瞬間だった。
「!?」
山の影から獣の影が躍り出る。それも一匹どころではない。何十匹も。
「ビースト・・・!」
レイは慌てる様子もなく、糸ない弓の弦を思いっきり引いた。途端にアズマテラスが発光し、周囲からエネルギーを吸い取り始める。
飛びかかってきたビーストの数体が、アズマテラスに力を吸い取られて動きを鈍らせる。代わりにエネルギーを吸い取ったアズマテラスの周りにまばゆい七つの光が浮いていた。
まばゆい光が直線に並ぶ。それに合わせてレイの駆るエヴァ00の周りのビーストたちが、その光に吸い込まれるように体を粒子へと変えていく。
「碇司令の邪魔はさせない」
光を引き絞り、レイは7つの光を解き放つ。途端に起こる凄まじい轟音と大気の震え。レイと青白い十字架の間にあった空間が消え去り、レイの目の前に漆黒の闇が生まれる。闇のトンネルの先には青白い光。レイの打ち出した矢は空間を文字通り貫き、レイの目の前で光と闇のコントラストが生まれる。側から見ればそれは、巨大な光を連ねたアズマテラスの矢が、赤い大地に向かって素晴らしい速度で空間を削り飛ばしたように見えただろう。
その一瞬の静寂のあと、まるで止まっていた時が動き出したように突発的に凄まじい嵐が吹き荒れる。レイのエヴァ00を除いた周りのビースト達が大地にしがみつけず、次々に空へと舞い上がった。
こじ開けられた赤い大地の真空を埋めるために、周辺大気が殺到したのだ。
アズマテラスの矢が、青白い十字架に命中した。
つづく